「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」



ガウリイはどこにもいなかった。
口を開き、何かをあたしに言おうとした次の瞬間から。

「!?」

代わりにそこにいたのは。
いや、あったのは。
一本の腕。
体はなく、奇妙なことに腕だけが宙に浮いている。
そして顔に吹き付けてくるような、どす黒い念の塊のような圧迫感。
「・・・・・!」
ここに至ってあたしは、ようやく事の真相に思い当たった。
「魔族・・・!」

『んそうよう。
それに気づくなんて、あんたもただの魔道士じゃなさそうねん?』

腕だけの存在から声が聞こえた。
ねっとりとした、おばさんのようなおじさんの声だ。
「ガウリイはどこ!」
『んここにいた人間なら、あたしの腕の中だわようん。
もう片方の、ねん。』
「・・・・・あんたがこの一件の、黒幕だったのね・・・!」
『んそうよん。
目が見えない人間と契約したんだけど、その人間がいつのまにか死んでたらしくてねん。
もう自由の身なんだけどん。
しばらくこっちで遊ぶのもいいかもってねん。』
腕の先には普通の手がついていたが、それがぷらぷらと振られる。
おそらく本体の残りは別の場所にあるのだろう。
空間を渡る魔族に遭うのは、これが初めてではなかった。

『面白かったわよん。
人間て、目が見えないってだけで恐ろしく濃い負の気を生むのねん。
・・・しかも。
目が見えるようになる泉っていう、希望をちょっと与えてやるだけでねん。
効果がないとわかった時は、さらに倍率ドン!なんですものん。』
ぷよぷよとした二の腕を震わせて腕は歌うように言う。
「泉ですって・・・。
じゃあ・・・レゾがこの地に来たのも、そもそもあんたのせいなのね・・・!」
『んん・・・・。
レゾって誰のことかしらん・・・。
あたしが契約したのは、そんな名前の人間じゃなかった気がするわん。
まあもうどうでもいいんだけどねん。』
口がないまま、腕はくすくす笑う。
『名前は知らないけど、強い負の感情を抱いた人間もいたわねん。
そりゃあ美味しかったわようん。
でも最近はあまりいいのが採れなくてねえん。
せっかくだから、埋まってたおもちゃ達を使って自分で回収することにしたのよん。
あなた達があらかた片付けちゃったみたいだけど・・・』
腕の先についた手が、地面を指差す。
『あたしがたった今つかまえた、ここにいた人間。
・・・目が、見えないのね?』

ぞわりと這い上がってきた、寒気と吐き気。

『この人間からも、いい食事が採れそうだわ・・ん!
くす。
ほら、
もがいてる。
まあ元気いっぱい。
放せ、とかなんとか叫んでるわ。あなたに聞こえるかしらん?』
「・・・・・・・!」
それを上回る怒りが込み上げてくる。
「ガウリイを・・・放しなさいよ・・・・!」
『ん〜〜〜ん・・・それはどうしようかしらねえん。』
見えないもう片方の腕と腕を組むような形を取る腕だけ魔族。
『このままあっちを捻り潰したら、どうなるかしらん?
・・・あなたから、美味しい感情が捻り出せそうな気がするわぁん?
魔族のあたし達にはわからないけどぉ。
人間て、自分より大事にしてる人間がいるんでしょおん?
それが傷ついたり、死んだりしたら?
自分が傷ついたり死ぬより、
痛くてつらくて悲しいのよねえええん??』
「!!!」

思わず握った拳から、血液が逆流してくる。

『あらあらん。
どうやらあっちの人間も、同じこと考えてるみたいよぉん?
あなたを殺しても、あっちの人間からいいのが採れそうねえ。
まあまあ。悩むわあ。
どっちがより美味しいのかしらねえん・・・?』
「・・・・・・・・・。」
沸き上がる熱い感情と裏腹に、頭と体が急速に冷えていく。

こんなやつに、黙ってやられるような。
あたし達じゃあ、ない!


「やってみなさいよ・・・・」
『ええん?』
「やってみなさいよ・・・。ガウリイを・・・殺してみなさいよ・・・。
そしてそう言えばいいわ、あたしに・・・。」
『あなたん・・・何言ってるのん?』
初めて不審そうな声を出した魔族に向かって、あたしは一歩踏み出す。
「たとえあんたが、ガウリイを殺したって言っても。
あたしは信じないわ!
だから、負の感情なんて一切出してやらない!
ガウリイはあんたなんかに簡単にやられないって、信じてるから!
たとえ目が見えなくてもね!!」
『んほほうん・・?』
顔がない魔族から、笑う気配が伝わってくる。
あたしは腕を組み、精一杯の嘲りを込めて相手を挑発する。
「もしかしたらガウリイは、あんたにつかまってすらないかも!
口で言うだけなら、何でもできるしね!
ほら、やってみなさいよ。
それであたしから何も得られなければ、とんだ骨折り損よ!!!」
『・・・・・・・』
途端に魔族が黙りこむ。

過去に何度か純魔族とやりあったことで、わかったことがある。
魔族は精神体に近く、その精神が傷つくことはかりそめの肉体が傷つくことより危険なのだ。
彼らには彼らなりの、精神を保つプライドのようなものが存在する。
それを傷つけられた時、思ってもみない行動を取ることも。

『疑り深い人間だことねえん。
・・・なら、これでどうかしらぁん?』

ビュルッ!!

長いヒモを引っ張るような音がして、何もない空間に突然もう片方の腕が現れた。
その腕に抱えられているのは、確かにガウリイだった。
「・・・・!」
あたしははっと息を飲むが、それ以上何かを言うことを我慢した。
ガウリイはぐったりとして、身動きしていなかった。
『あららん。言うのを忘れちゃったわん。ごめんなさいねえん?』
両腕が揃った魔族はやはり体がなく、腕だけで宙に浮いていた。
『あんまり暴れるもんだから、ちょっと痛めつけちゃったわん。
でも大丈夫、まだ生きてるはずだからぁん。
・・・んん〜〜〜〜っ。あら、もう死んじゃったかしらん?』

魔族はこともなげにその腕を軽々と振り回した。
木の幹に激しく叩き付けられるガウリイ。
「ダメっっ!!!」
我慢できず、思わず叫んでしまう。
「ぐぅっ!」
ガウリイの口から血の塊のようなものが吐き出される。
「!」

『ああよかった、まだ生きてたわん。
人間、これくらいしぶとく生きてくれなくちゃねん。
まだ死んじゃいやよぉん?
これからたっぷり痛めつけて、しばらくあの人間から食事を採らせてもらうんだから。
もうお腹減って減ってん・・・』
魔族は片方の腕を振ると、何かを思いついたようにぴたりと動きを止めた。
『あそうかぁん。
どっちも死なない程度にちょっとずつ痛めつければいいのねえん?
あたし、頭いいと思わないん?
そうすれば、両方から美味しい収穫が見込めるってわけよねえ?』
最後の一言に、どろりとした悪意がたっぷりと込められていた。
「やめろ・・・っ・・・!」
口の端に血を滲ませたガウリイが、苦しい息で吐き出した。
「リナに・・・手を出すな・・・っ・・!」
『あらっ。あらあらっ。
まだそんなに元気があったの?
嬉しいっ。まだまだ遊べそうねんっ!』
腕がぶんっと振り上げられる。
なすすべもなく揺さぶられるガウリイ。

・・・だが、それは見た目だけだった。

腕が出現した先は、もともとガウリイがいた場所だった。
腕に掴まった時、ガウリイの握っていた剣は足下に落ちていた。
揺さぶられると見せかけ、ガウリイは足でその位置を確認していたらしい。
「・・はっ!」
つま先で刀身を引っかけて蹴りあげる!
『んな・・・?』
腕だけの魔族に目があるかどうかはわからないが、見えたらしい。
剣が弧を描いて宙に飛び上がり、その柄がガウリイの前へ!
「っ!」
噛み付くように、ガウリイは口で柄を受け止めると、振り向きざまに魔族の腕へ突き刺した!

『んんぁああああああ!?!?』

びくびくっと腕が震えた!
肌の下で、何匹もの蛇が蠢いているような気色の悪い光景が見える。
「!」
腕が弛んだ!
ガウリイは間断を置かずに飛び出し、魔族から離れる。
ぷっと口から吐き出した柄は、今度は右手に。
「今だ、リナ!」
『んな、な、な・・・・・』

そう。
魔族の執拗な揺さぶりにも、あたしが答えなかった答えはここにある!

「烈閃砲(エルメキア・フレイム)!!」

あたしが唱えたのは、エルメキア・ランスを束にしたような精神系攻撃呪文。
ガウリイの持つ斬妖剣は、吸収した魔力を切れ味に転嫁させる。
ブラスト・ソード本来の魔力に加え、新たな魔力を吸い込んだその刃は。
腕だけ魔族の見せかけの姿と、精神体である本体をも切り裂いた。

ズドォオオオオッッ!!

「んんっぎぎぎっぁあああっっ!!!!」

苦しみ、のたうちまわる魔族。

本来ならば、この攻撃で魔族は倒れていたに違いない。
だが、長い間この地で人間の負の感情を集めるうちに、見せかけからは想像できない力を溜めていたらしい。
霧散してもおかしくない白い輝きの中で。
腕が、信じられない速度で伸びてきた!

「リナっっ!!!」

どんっと何かが強くぶつかってきて、あたしは地面にごろごろと転がった。
それがガウリイの体だったと気づくより早く。
魔族は最後の力を出しきって、煙のようにたち消えていた。




「・・・・ガウ・・・リイ・・・?」

起き上がったあたしの目の前に、ひとふりの剣が転がっていた。
たった今、魔族を切り伏せた斬妖剣。
その柄は誰にも握られていない。

その向こうに、くしゃりと地面に叩き付けられたような姿で誰かが横たわっていた。
頭部から流れる黄金色の髪が、湖のように広がっている。
「・・・・・っ・・・・」

嫌だ嫌だと声にならない言葉の繰り返しだけが、頭の中で渦巻く。
体が痺れたように動かない。
全てが静まり返ったような、痛いほどの沈黙の中で。
耳を塞ぐような耳鳴りだけが、あたしの頭に響いている。
「・・・・・・・・」

どうやってそこに辿り着いたのか。
どうやってガウリイの体を抱き起こしたのか、覚えていない。
覚えているのは、蒼白な彼の顔。
どこかで見た、前と同じような光景。
「ガ・・・・・・・・」

震えるな、と思っても止められない。
上ずった声だけが先走って、あたしをさらに追い詰める。
ぴくりとも動かない体が、その目蓋が二度と開かない光景をあたしの心にかき立てようとする。
首を振り、追い払う。
「ガウリイ・・・?」
名前を呼ぶのに、全身の力を集める必要があった。
「ガウリイ・・・・ガウリイ・・・・ガウリイっ!!!
 

「ごめんな・・・」

 
囁くような声とともに、ガウリイがうっすらと目を開いた。
見えない目を。
「ガウリイ!」
名前を呼ぶあたしを、声を頼りに見つけだす視線。
「ごめんな・・・・。」
かすれた声で繰り返す言葉。
「な、なに、よ・・・・」
目を開けたことによる安堵より、その言葉に寒いものを感じて、急いで答えるあたし。
「何言ってんのよ、何がごめんなのよ。あ、あんたは別に悪くなんか・・・」
そうだ。そのセリフは、あたしが言うはずだった。
ガウリイに。
一人にしてごめん、って。
でもガウリイは、少し微笑んだような顔をしてあたしに言う。
「ごめんな・・・。リナ・・・。一人で、行かせて・・・。」
ばっ・・・!な、何言ってんのよ、バカガウリイ!!
あたしが一人で行くって言ったのよ、あんたに待ってって!」
その声が届く前に、ふっとガウリイが目を閉じる。
「まっ・・・」

今さらながら気づく。
自分の手がぬるりと滑るのは、デーモンの血を浴びただけではないことに。
陽を浴びるときらきらと輝いていたガウリイの髪が。
みるみる赤く色を変えていくことに。
「ガウリイっ!!!」

急いでマントの裾を丸め、頭の傷に押し当てる。
じわじわと染みてくる暖かいものの勢い。
「・・・そんな・・・顔、するなよ・・・」
目を閉じたまま、ガウリイが呟く。
うわ言のように。
あたしは首を振り、そのまま言葉を続けて欲しくて急いで答える。
「って・・・見えないでしょ・・・!」
「いや・・・見える。」
「だって・・・あんたが・・・・!こんなとこまで・・・
目が・・・見えないのに!!
あたしなんか・・・あたしなんか、ほっとけば良かったのよ!!

早く。
誰でもいいから、早く。
来て、ガウリイを助けて。
あたしは自分でも気づかないうちに、魔法の光を打ち上げていた。
誰か、治療師なら誰でもいいから、早く。

ガウリイの手がふらりと動いた。
まるで剣を探しているように。
「リナを・・・守れなくなったら・・・意味が・・・ないから・・・な・・・。」
「・・・・・!」

光の剣を失って、彼が手にした斬妖剣。
全然喜んでないとむくれるあたしに、十分喜んでいると答えた彼。
彼が喜んだのは、剣を得たことではなく。
・・・あたしを。
守る武器を得たことの方だったのだろうか?

「ばか・・・・・・!!!」

首を振って追い出したいのは、弱気や恐怖だけじゃなく。
一秒も逃したくない姿を勝手に曇らせる視界だった。
「意味なんか・・・・!
意味なんか、いらないでしょ!!!
あたしがいつあんたに、守って欲しいなんて頼んだ!?
あたしは
これっぽっちも、そうして欲しいなんて思ってないわ!!
あたし・・・
あたしは・・・・!
誰か。
早く止めて。
流れる血を、逃げ出そうとする命を、力を。
言葉を遮ろうとする咽の塊を。
早く。
「あたしがあんたに望むことは、ただひとつよ・・・!
たとえ世界がどうなったって・・・
あんたに生きてて欲しい・・・それだけ・・・!」
 

たとえずっと、目が治らなくても。
あたしは。
ずっと、あんたと。

「・・・・・」



ぱたり、と腕が下に落ちた。
赤い塊と化した髪の上に。
剣の柄から、遠く離れた場所へ。

「ガウリイ・・・・?」

呼びかけにも、今度は答えはなかった。
いくら待っても。
微笑んだような顔で目を閉じて、眠ってしまったのかと思ったくらいに。

「・・・・・・・・・・・・・・!!!!!」



 
そしてあたしの声は、彼には届かなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
































〜〜〜〜〜〜〜〜〜つづく



書き直したおかげで、ガウリイの活躍するシーンは増やせました(笑)
ただやられちゃうだけのガウリイなんてガウリイじゃないしね!リナじゃないしね!

ということで、残すところたぶんあと二回くらいです。
ではまた♪

 







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