「ラストキス」


 ふっ、と風が吹いた。
 やわらかく、2人を包み込むように。


「俺は、このまま行く」
「……そうですか……」
 街道の分かれ道にある立て札の前に、2人の男女が立っていた。
 立て札には矢印と共に、向かう都市の名前が書いてある。
 上から下まで白づくめという出で立ちの男。
 巫女のような服を着た小柄な少女。
 沈み込むように言った言葉をはじき飛ばすように、アメリアはわざと明るく言った。
「でも!セイルーンに寄ったら顔くらいだしてくれますよね!」
「ああ。気が向けば、な……」
 ゼルガディスが低く応える。
 それは彼がセイルーンへと寄っても、アメリアの元へ顔を出す気がない現れだった。
 少なくともアメリアにはそうとれた。でも、あきらめることなんかできない。
 例えそれが、

 ほんの1%の可能性でも─────。

「お待ちしてます」
 笑った。
 泣き笑いだったかもしれない。
 その笑顔は。
 でも、すべてをあきらめていた自分に、前向きな考え方を教えてくれた、彼女なら。
 きっと、笑って言うのだろう。
 輝くような笑顔で『またね!』と。
 自分の想い、それを言葉にしてしまえば。

 そうすれば、その勇気が、もう少し、あと少し─────。

「セイルーンまで送っていけなくて悪いが……」
「いえ! 良いんです。
 ゼルガディスさんこそがんばってください!
 きっと、みつかります!」
 何を、とは言わない。
 分かり切ったセリフ。
 気休めと聞こえるかもしれない。
 だが、言いたかった。
 それは本心。
「ああ……」
 ゼルガディスは見ていなかった。
 アメリアのことを。
 ただ今、彼の頭の中を占拠しているのは、前の街で手に入れたという情報。
 それがどんな情報だったのか、彼女は知らないけれど、きっと良い情報だったと信じたい。
「ゼルガディスさん」
 アメリアが、口を開いた。
「あ、ああ……」
 物思いから戻ってくる彼。
「……わたしは………………」
 キッと、顔を上げて。
 アメリアの大きな瞳が、彼を捕らえる。
「アメリア」
 低い。だがよく通る声が、アメリアの言葉を遮った。
「は、はい……」
 びくり、と驚いて震えたアメリアの細い肩を、ゼルガディスが引き寄せた。


 刹那、影が、ひとつとなる。


「さよならだ」
 自分に背を向けて去っていく彼。
 くちびるに残るほのかな暖かさ。
「ゼルガディスさーーーーーーーんっ!!
 また、会いましょうねーーーーーーーーー!!!」

 彼の姿が見えなくなる頃、我に返ったアメリアが大きな声で叫んだ。


 彼女に言わせなかったのは、彼の優しさ。
 いつ辿り着くともわからない旅の終わりに。
 待っていて欲しいとも。
 必ず帰ってくるとも。
 言葉では決して語らない不器用な彼の優しさ。
 だから、アメリアも言わない。
 待っていますとも。
 戻ってきてくださいとも。
 ただ、今少し待ってみようと思う。
 気持ちは彼に伝わっているのだから。











END