「抱きしめて」擦り切れてる擦り切れてる♪ 


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月のない夜。真闇。長く柔らかな光源に照らされてつながる廊下をアメリアが執務室から私室へと小さな足音を響かせてもどった。
 リナたちと別れてから、2年…。
扉を開き部屋へ入るとほっとため息をつく。足下を照らす程度の薄暗い明かり。大きく開かれた窓から心地よい風が吹きこみ庭先の、また何かが咲いたのか、昨日とは違った香りを運んできた。
アメリアがそれに気付いて息をのんだ。窓の縁に腰をかけた男はアメリアのそんな想いにもまるでお構いなしで悪びれた様子もなく言った 。
「久しぶりだな」
銀の髪、瞳、その声。
「…ゼルガディスさん」
アメリアの唇からその声がもれるとゼルガディスが薄く笑った。相変わらず屈託仕切ったひねた表情。
それだけでアメリアは泣きたくなってしまった。かわってない。アメリアが不用意に自分の方へ駆け寄ってくるのを拒むためゼルガディスがトン、と立ち上がり斜めにしていた体をまっすぐにアメリアへむけた。その瞳に射すくめられる形でアメリアの足が止まる。
「なにかあったんですか。私にできることなら」
ゼルガディスの態度に拒まれことを感じながらもアメリアは、それでもそう言った。
「綺麗になったな、アメリア」
 ゼルガディスのその言葉にアメリアがその瞳を見開いた。
「どっ、どうしたんですか、ゼルガディスさん。はっ、新手の悪性の伝染病にでも感染し…」
アメリアのボケにもゼルガディスはその瞳の光を変えようとしなかった。アメリアが小さな声で言った。
「あの。そばにいってもいいですか。ここじゃ暗くてあまりゼルガディスさんの顔がみえないので」
ゼルガディスが小さく首を横に振ったのでアメリアがらしくもなくちょっぴりうなだれた。でもそれはあくまでもほんの短い間ですぐにその瞳をゼルガディスへまっすぐに向けた。その瞳をさけるようにゼルガディスは視線を自分の足下へ落とした。
「――…リナたちと、お前と別れてから…ずっと考えてた、お前のこと。もう会うこともないだろうと思いながら」
なんでそんな…会えないなんて悲しいこと考えるんですか。私はここにいるのに’。しかしアメリアは言葉を発することができなかった。かわりに心の中で叫ぶ。
「あまりにも考えすぎて理性がすり切れたみたいだ」
ゼルガディスが小さく笑う。似合わない冗談。
「もう抑えられない」
鼓動がはやくなる。ゼルガディスが初めて足下に落としていた視線をアメリアへむけた。もとよりゼルガディスをみつめつづけていたアメリアの視線とぶつかる。
「…俺と一緒にこないか…。それが嫌だというなら」
ゼルガディスの言葉を信じられない思いで聞きながら、さらにそれに続くだろう言葉をアメリアが無意識に心の中でつぶやく。
―――嫌だというなら、2度とお前の前には姿をあらわさない。
アメリアの知っているゼルガディスにはこういう極端なところがある。しかし、ゼルガディスはそのアメリアの予想を裏切った。
「…国を捨てられないというなら…お前さえ望んでくれるなら…ここに、セイルーンに残ってもいい」
今度こそアメリアはあまりのことに口を押さえた。信じられない。ゼルガディスのだした選択肢はどちらも自分と一緒にいることを望んだものだ。
「こちらに、明かりの下に来て顔を見せてください。本当にゼルガディスさん、ですよね」
毎夜のようにみる夢の中のゼルガディスさんでさえこんなこと言ってはくれなかった。ゼルガディスがまた小さく首を横に振った。
「さっき、言ったろ。もう理性がすりきれてしまってるんだ。今、お前に近づいたら無理矢理にでも…。返事が聞きたい」
「ずるいですっ、ゼルガディスさん」
アメリアが叫ぶようにして言った。
「一方的すぎます。夜に…おまけに窓から不意打ちみたいにやってきて。顔ぐらいみせてくれてもいいじゃないですか」
ゼルガディスが体をビクリとゆらした。ゼルガディスの表情をよくみたい。本気で言ってくれているのか知りたい。
「返事が先だ。俺はお前を抱きしめていいのか、それともこのままこの部屋をでていくか。お前が2度と顔をみたくないっていうならもうここには決して近づかない」
ゼルガディスがいつにない激しい口調で言った。でも…。
――――お前が2度と顔をみたくないっていうならもうここには決して近づかない。
やっとゼルガディスさんらしい台詞が聞けたような気がして笑ってみたくもなる。それなのに。
「泣かないでくれ」
すぐそばでゼルガディスの声がして、指先でアメリアの涙を拭った。
「泣いてなんか」
.また、ぽろりと瞳から涙がこぼれ落ちた。悲しいわけではない。ゼルガディスがアメリアを抱きしめた。
「アメリア、返事を…」
アメリアがゼルガディスの胸の中で笑った。
「無理矢理にでも連れて行くんじゃなかったんですか?―――一緒にいます。ずっとそばに」
ゼルガディスのアメリアにまわされていた腕に力がこもった。アメリアもその背中にそっと手をまわした。アメリアが慎重に言葉を探す。
「3つ目の選択肢は必要ありません。でも、いますぐには」
ゼルガディスがゆっくりアメリアをはなした。
「違います、誤解しないでください。行くのが嫌だとかそういうんじゃなくてせめてと父さんに」
「いや…」
ゼルガディスが、あわてて言い募るアメリアをとめた。
「フィル王子のとこ、な…先に顔だしてきた」
「どうしてっ?」
ゼルガディスが前髪に指をとおして困ったようにそれをかき上げた。
「不意打ちでここにくるのも気が引けたんで一言ことわりをいれてきた」
「?」
「アメリアをくれないか、と」
アメリアがぽっと頬を赤らめた。
「…父さん、なんて言ってました?」
ゼルガディスがその時のことを思い出したのか苦笑を口の端にのせた。
「そういう事は当人に言え。2年も考えておいてこんな基本的な順番をまちがっとるようでどうする」
最後の最後の決心をあのときフィル王子に背を押されてしたのだ。
「父さんらしいです」
アメリアがくすくすと笑った。
「明日、あらためてフィル王子には挨拶にくるよ」
言うと、窓へ体をのりだした。
「もう行くんですか」
アメリアの言葉にゼルガディスが名残惜しそうにアメリアをみつめた。
「これ以上順番を間違ったらフィル王子に殺されそうだからな」
そっとゼルガディスがアメリアを抱き寄せた。離れがたくなりそうで早々に腕の力をゆるめると今度は振り返らずにゼルガディスはそこから飛び降りた。アメリアは身を乗り出すようにしてその背中を目で追った。

















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