「降るような花の中で」


「アメリア!?一体、何のつもりだ!」

彼女が手にした短剣は、刀身が水のように透き通った水晶でできているらしかった。
だがその切っ先は鋭い。
白い服の、タリスマンが嵌めてあるすぐ左下に、それは当てられていた。
心臓のある部分だ。

「わたしは今、十分幸せなんです。ですから、今度はゼルガディスさんが幸せになる番です。」
「何を馬鹿な事を!それとこれと、どういう関係がある!」
「この宝剣は、代々我が王家に伝わる物です。
この旅に出る前に、父さんから預かりました。
・・・この剣は。
ひとつの命と引き換えに、あるひとつの願いを叶えてくれる剣です。
この剣の持つ力故に、これは長い間、一族の禁忌とされて来ました。宝物庫の奥、そのまた奥に封印されていた物です。
・・・何故、禁忌になったかわかりますか?
セイルーンの古い歴史の中で、国を救うために幾人もの王族がこれで命を断ったからです。血族を保つため、時には幼い命が奪われたこともありました。
ですから、時の王はこれを禁忌とし、深く一族の謎のうちに封印しました。
こんな物の手を借りなくても、国を維持していけるように、白魔法の研究が盛んになりました。ですから、代々の王座についた者だけが、この秘密を胸に秘めて来たのです。」
静かに語るアメリアの、短剣を握る手はほんの少し震えていた。
 
「父さんがわたしにこれを渡したのには、もうそんな事を言っている場合じゃないほど、世界が崩壊の危機に晒されていると感じたからでしょう。フィリアさんのご神託は嘘じゃありません。予知夢を見る者達が認めました。今、この瞬間も、世界は危機へと向かって進んでいます。
・・・でも、です。
わたしは・・・。
世界の危機より。
小さな花を見て立ち止まる、そんなゼルガディスさんを護りたいんです。」
「・・・・!」
「わたし、知ってるんです。ここのところ、夜中に目が覚めるんです。お水でも飲もうと部屋から出て、ゼルガディスさんとガウリイさんが泊まっている部屋の前を通ったから。」
「!」
「苦しそうなうめき声でした。ここのところ、何度もですよね?だから、一人、皆から離れたんですね?
・・・あなたの苦しみは、あなたにしかわからないのかも知れません。
でもわたし。
でもわたし・・・・。わかってあげたい。癒してあげたい。
あなたには、苦しんだ分だけ幸せになって欲しい。
だから。この剣の力を使います。」

静かな決意を秘めたその顔は、ただ穏やかで、これから自らの命を断とうとしている人間の顔には見えなかった。
「・・・あるひとつの願いを叶えると言うのは。
何でもいい、それを、その人が望む状態に戻してあげることなんです。
国が洪水で滅茶苦茶になった時。その時代の王妃が犠牲になり、洪水に見舞われる前の肥沃な土地に戻しました。
・・・わたしは、あなたの身体を戻します。元の状態に。」
「馬鹿な事はやめるんだ!」
アメリアはただ微笑むばかり。
やめろと言いつつ、不思議なくらいに身体が動かないゼルガディス。
まるで金縛りにあったようだ。
「やめろ、アメリア!」
 

・・・俺は何故、元の身体に戻りたかったんだ?
何故?
俺が人間でいられるように。
人間だと声を大にして言えるように。

だがそれが何だ。
俺が人間だと言ったら、それは正しいんだ。
花が可愛いと思ったら、俺は人間だと思っていいんだ。
アメリアが。
目の前の、この無鉄砲な少女が。
命を断ってほしくないと思ったら、かけがえがないものだと思えたら、俺は人間なんだ。
…………どんな姿でも!
 

「やめろ!!!!!!!!!」

 
 

金縛りは解けた。
すんでのところで短剣を振り払う。
驚いた顔のアメリアを、抱きとめる。
 
「ゼルガディス、さん・・・・・?」
「馬鹿野郎・・・・・。」
「ゼルガディスさん・・・?」
「馬鹿だ、アメリア。お前は。」
「えっ・・・・」
「そんな風にして元の身体に戻ったところで、俺が幸せになんかなれる訳がないだろう。」
「・・・・・」

馬鹿は俺だ。俺なんだ。
アメリアの髪の香を嗅ぎながら、俺は自戒する。
「お前を犠牲にして。お前を失って。・・・どこに俺の幸福があると言うんだ。」
苦々しげな自分の声。
「・・・ゼルガディスさんの・・・一番の願いは・・・元の身体に戻ることでしょう・・・」切れ切れのアメリアの声。
「そうだ。そうだそうだそうだそうだそうだ!
だが!お前の命を奪ってまで、その願いを叶えるつもりはない!」
そうだと言いながら、俺の首は激しく左右に振られていた。
「・・・ゼルガディスさ・・・」
「俺が悪かった。俺が一人で勝手に思いつめて、その事で他人を苦しめるとは思わなかったんだ。」
「・・・・・」

馬鹿な俺。
手を伸ばせば、いつでもそこにあった。
見ようとしないだけだった。
たとえ俺が気付かなくとも、小さな花が路傍に咲いているように。

「俺のために死ぬな、アメリア。お前のためなら俺が死んでやるから。」
「駄目です、そんなの。」腕の中のアメリアが身を震わせる。
反射的に髪を撫でていた。
「もういい。俺は、幸せってやつが何だかわかったから。」
「わかった・・・んですか?ゼルガディスさんは・・・幸せなんですか?」
「ああ、幸せだ。」
そう。俺は自ら認めなくちゃいけない。
俺なんかの為に、己の命を差し出そうとする、この小さな存在のために。
「だから、もうあんなことはするな。わかったか。」

「ふ・・・・」
「アメリア?」
アメリアの震えは激しくなった。
思わず腕を解き、顔を覗き込む。
「アメリア?」
 
彼女の顔は蒼白だった。
唇が真紫。
その唇をきゅっと嚼んでから、彼女は笑った。
「あ・・あはは。可笑しいですね。今頃、恐くなっちゃって・・・」
 

俺は壊れるほど抱き締めた。
アメリアを。
そして、幸せという、思いも寄らなかった感情を。
 
 
 
 
「ゼルガディスさん・・・」
「何だ。」
「見て下さい・・・」
「何だ?」
「ほら、あんなに花が・・・」
「え?」
呆然としたような呟きを耳にして、
ようやくアメリアを解放した俺の目に、何かが飛び込んできた。
「花、ですよね・・・」


それは。
まるで降るように。雨のように。
咲き乱れ、咲き乱れ、空間を埋め尽くす。
真っ白い花が。

暗い森は、一変してその様相をがらりと変えていた。
全く同じ場所にいるとは思えなかった。まるで夢を見ているかのように。
辺りの木が一斉に花開いていた。
差し伸べた枝はすべて花で覆い尽くされ。
花しか見えない。他には何も。

「ゼルガディスさん・・・」
下を向いたアメリアがまた呟く。
彼女の見る方向を、俺もまた見る。
 

そこには一輪の花が、短剣にその身を貫かれ。
たったひとつの命を、森の春に捧げた姿があった。
 
 
 
 
 
 

























========================END.

 やっとゼルアメ月間に捧げるものができました。ひいはあ。
「ブライド」が詰まっているので、先にこちらを上げちゃいます。
ゼルの身体を戻すため、アメリアが犠牲になるという話はずっと頭にあったんですが。それでもいいんかい、ゼル!と突っ込まずにはいられなくて(笑)
では読んで下さった方に愛を込めて。
あなたにも、幸せになる権利があると思います。
でももしかしたら、もうとっくに幸せなのかも知れませんね?
そーらがお送りしました。

 

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