「はろうぃん」


リナ=インバースと愉快な仲間たち一行は、クレアバイブルの手掛かりを求めてある町にやってきた。おりしも『はろうぃん』とかいうお祭りの真っ最中で、怪しまれないように四人組は仮装する。
ゼルは白ウサちゃん。アメリアは魔女。
リナは妖精で、ガウリイは伝説の王様だった。
町に出て噂の教会に向かう途中、アメリアは先行するあまり迷子になってしまった。



「ガウリイさあん、ゼルガディスさあん、リナさあん、どこですかあ?」

急く気持ちを押さえ切れずにこっちですと走っているうちに、アメリアは誰も後をついてきていないことに気がついた。
祭りのメイン会場を抜けてしまうと、人もまばらになっている。
心細さに情けない声を出すと、周りを歩く若者がくすくすと笑いながら通りすぎる。

「!」

そちらを見てアメリアは焦った。周りはみなカップル。
「ふええええん。どおしましょう。ここで待ってていいものか悪いものか・・・」
大体の方向は教えておいたので、いずれリナとゼルガディスは追い付くだろうと思っていた。ガウリイさんは心配だが、リナさんが引っ張ってきてくれるだろう。

ふと、今夜の二人を思い浮かべる。
お似合いなのに。
やっぱり喧嘩しいしい来るんだろうな。
余計なお節介だったかな。
人のことばかり考えて、自分は大した仮装でもなかったし。
ゼルガディスさんと何か関連のある仮装にすれば良かったかなあ。
・・・でもそれじゃあ絶対に着てくれないだろう。



「魔女さんよ。なにしょぼくれてんだ。」
 
「ゼルガディスさん!」

アメリアの暗くなってた心に一瞬にして灯が点る。
「まったくお前は一人で勝手に行って。リナに頼まれて俺が来なきゃ、ここで夜明かししたかも知れんぞ。」どこで脱いできたのか、ゼルはいつもの格好だった。
「リナさんに頼まれて・・・」
膨らんだ嬉しい気分が、少ししぼんでしまう。
しゅんとなったアメリアに気が付かないゼルは、自分が来た方向を眺める。
「リナたちはまだみたいだな。方向はあってるし、このまま行くか。」
「はい。」
「その衣装、いつまで着てる気だ?」
「え。そう言えば、ゼルガディスさんは?」
「あんなカッコいつまでもしてられるか!」あ。おかんむりだ。
「そうですよね。」と言って、アメリアは突然脱ぎ出す。慌てるゼル。
「ば、ばか、ここで脱ぐヤツが・・・」
「なにか言いましたか?」
魔女の衣装の下に着ていたいつもの姿になってアメリアは振り向く。
ゼル、ため息。
「なんでもない。」
そんな二人の脇を、また何組かのカップルが行き過ぎる。みんな腕を組み幸せそうだ。
そう言えば・・・宿屋の主人が言っていた言葉を思い出す。
彼等が目ざす教会とは、縁結びで有名だったのだ。

リナさんとガウリイさんはどうしたかな、と思う。



その頃リナは変な男に絡まれ・・・・てはいなかったのだが、その男をガウリイが殴り倒しているところだった。




「教会ですね。」
「教会だな。」
大きな扉の前に立つ二人。扉は解放されていて、カップルが続々と入っていく。
「しかし、さっきから何なんだ。」
「ああ。あのですね。この教会って縁結びで有名なんだそうです。何でもここであることをすると、そのカップルはずっと一緒にいられるんだそうです。」
「下らん。・・・だが、そう言う以上は何か特別の力があるのかもしれん。
行くぞ、アメリア。」
「はい、ゼルガディスさん。」


おわ。

ゼル、焦る。

教会中に、ごろごろとカップルが充満している。
皆お互いの首に手を回し、一つの姿となってくちづけを交わしている。

「こ、これは一体・・・・」さすがのアメリアも顔が真っ赤だ。
「どういうことだ」扉の脇にいた神官らしき男に詰め寄るゼル。こちらは真紫。
「で、ですから、これが言い伝えなんですよ。御存じでいらしたんじゃないんですか」
「知らん!」
「いや、どこから広まったのか教会としてもよくわからないのですが、たまたま来たカップルがここでキスをしたら結婚できたとかで、以来噂を聞き付けたカップルがみんな押し掛けてくるようになったんです。
ここでキスをすればずっと一緒にいられるという言い伝えとなって。」

教会の関係者としてはあまりに無責任な発言だ。
取り乱したゼルの迫力に負けて、本音が出たに違いない。

「そ、それじゃあ・・・」
「なにかこの教会に、秘密の物とかありませんか。代々伝わる文書のような・・・」
負けじとアメリアが突っ込む。でも秘密の物なら教えないだろ?
「あ、ありませんよ。」ゼルに首根っこをつかまれ、ごほごほと咳をする。
「くそ・・・・」
神官を放し、脱力するゼルガディス。
あいも変わらず、他人が見ると恥ずかしい光景が続く。
聞こえるのは静かな吐息と、囁き交わす愛の言葉。
真っ白な大理石の荘厳な建物がまるで結婚式場に見える。

途方にくれて、立ち尽くす二人。
「この人たち、本当にずっと一緒にいたいって願ってるんでしょうか。」
ぽつりとアメリアが言葉にする。
「さあな。思ってたとしても、今は、だろ。人の気持ちは変わるからな。
一年、いや一ヶ月、下手すると明日には今日のことを後悔するヤツもいるかもな。」
いかにもゼルガディスが言いそうなことでアメリアは笑おうとしたが、何となく寂しい気もした。
「でも、中にはホントにそう願う人もいるかもしれませんよ。」
「まあな。だが俺には関係ない。」

・・・彼にとって、世界は二分されている。
つまり自分に関係のあることと、関係のないこと。
わたしはどちらに入っているんだろう、とアメリアは哀しくなった。

「神様だって、純粋な願いならきっと聞き届けてくれますよ。
少なくとも、わたしはそう信じています!」
でなければ、何だか哀しい。
そう思ってみると、教会の内部の光景がぼやけて見えた。
「神か。」
ふん、とゼルガディスが鼻をならしたのがわかった。
「なんですか?」
「神なんてものが存在するなら、何でこの俺の体を元に戻してくれないんだ。」
「そ、それは・・・・」
「十分純粋な願いだと思うが?」
挑戦するような目で、アメリアを見る。
「何でも純粋に願えば叶うのか。おかしな話だな。
どうやってそいつの願いが純粋なのかどうか、判断すると言うんだ。」
「神は人の心を御存じです。」
「なら俺の心も御存じだな。さあ、元に戻してもらおうか。」

ゼルガディスの、その体のように固い視線。
アメリアの胸にぐさりと突き刺さる。
だがここで負けるわけにはいかなかった。
ぐっと堪えて視線を真っ向から受け止める。

「あなたの願いが純粋ならば、きっと神は答えてくれます。
それがいつかはわたしにもわかりませんが、それはわたしが保証します!」
「保証か。どうやって。」
「そ、それは・・・・」
ゼルガディスは容赦ない。

何故こんなに胸が痛むんだろう。
今ゼルガディスと話したいことは、神様のことなんかじゃない。
ゼルガディスの心を閉ざす、暗い雲のようなものを取り除きたい。
たった一人で生きているようなあの目を、もっと柔らかくしてあげたい。
あなたは一人じゃないと言ってあげたい。
そうして他を拒絶して、一人で行ってしまわないで。
わたしだって、ここにいるのに。
ゼルガディスさんのことをそばで見てるのに。

ゼルガディスは別のことを考えていた。
こいつを責めて何になる。
だがこいつが神を引き合いに出すたびに皮肉な感情を覚えるのは確かだ。
神がいるなら今すぐ俺を元の姿に戻してくれ。
そうしたら、もっと周りのことがよく見えるかもしれない。
目の前で俯いている小さな少女のことも。
彼女が俺を励まそうとしていることを、素直に受け入れられるように。

だが考えることと口を出る言葉は全く違った。
「保証か。では、お前に一つ実験してもらおう。」
「実験・・・・?」
「純粋に願えば叶うと言ったな。この教会のこいつらの願いもな。例え噂から始まったことでも、願えば叶うと。」
「・・・・・・はい。」
こうなったら後には引けなかった。
アメリアはただ頷く。

「じゃあ、俺も願おう。」
くい、と少女の顎を持ち上げる。
アメリアの大きな瞳がさらに開かれる。

「ずっと一緒にいられるかどうか、身をもって実験してくれ。」



恋人たちの動かない彫像に、もう一つの影が加わる。
背伸びする少女。
少女の顔を両手で挟んで、自分の顔まで引き上げている青年。


唇を重ねてからゼルガディスは驚いていた。
俺は今、何をしている?
慌てて離そうと思ったが、何故か体が動かない。
離したくなかった。
ずっとこの柔らかい唇に触れていたかった。
アメリアが苦しそうに身動きするまで、ゼルガディスは彼女を解放しなかった。

「・・・・・・っ。」
ゼルガディスの手から逃れ、アメリアは苦しそうに息を吐いた。
「す、すまん。」
謝罪のつもりで差し伸べた手に、アメリアが倒れこんできた。
「おい!?」

こてん。

アメリアはノビていた。

抱きかかえながら、ゼルガディスがあっけにとられる。
「ノビちまうほどのことか?」
我ながら間抜けな声だと思いながら。










アメリアをおんぶして宿に帰る道すがら、だんだんゼルガディスは正気に戻る。
途端に恥ずかしさのあまり転げ回りたくなる。
だが、アメリアをおぶっていては無理なハナシだった。
背中が妙にあったかくて、ゼルガディスの冷えた体を暖めてくれた。
だがしばらくすると、熱くなってきた。



「あれゼルガディス、アメリアは?」
何だか上機嫌で帰ってきた二人に尋ねられ、ゼルガディスは顔を紫に染めながらぼそぼそと、アメリアが熱を出して寝込んでいることを告げたのだった。






























================================================おしまひ。
個人的にこれを「売り言葉に買い言葉キス」と呼んでおります(笑)
では♪

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