「おでかけしましょ」


 昼過ぎより降り続いていた雨は、強い風とともに通り過ぎ、おだやかな夜へと変化していった。
 冴え渡る空気は、夜空に浮かぶ金色の月をどこか冷たく見せていた。
 そんな日に、一人の少女がこう言いました―――

「みなさん。おでかけしましょう!」
 リナたちは、少々遅めの夕食を済ませ、そろそろ各自の部屋に戻ろうかとしていた矢先の事だった。
「こんな時間に、どこに行くと言うんだ。アメリア?」
「もちろん、桜を見に行くんですよ。ゼルガディスさん」
 ゼルガディスの問いに、アメリアは元気よく答えた。
「あのねぇ、さっきまで雨降ってたこと忘れたの?
 雨上がりってことは、地面もぐちゃぐちゃになってるってことじゃない。
 そんななかで、なんで桜なんて見に行かなきゃいけないのよ」
「なに言ってるんですかリナさん!桜は夜に見に行くのが一番キレイなんですよ」
「晴れてたら、よかったんだけどね……」
 リナの声が、険悪な空気をはらむ。
「アメリア。この雨のせいで、リナの機嫌が悪くなったって事を忘れたのか?」
「そーだぞ。楽しみにしてた露天風呂に入れなくなったんで、さっきまで機嫌が悪かったんだぞ」
「腹一杯になって、ようやく機嫌が直ったと思ったら、また蒸し返すようなことをして……」
 ゼルガディスとガウリイが交互に言うと、リナのこめかみがぴくりとひきつる。
「やぁっかましぃぃぃぃ!二人して文句ばっかり言うなぁぁぁぁっ!」
「だってなぁ、呪文でぶっ飛ばされて、八つ当たりされたんだぜ」
「文句くらい言ってもバチは当たらんだろ」
 風呂に入ってすっきりしたとはいえ、二人の身体には、まだあちこちにぶっ飛ばされた痕が残っている。
「でもでも、せっかく桜の名所に来たんですから、見に行きたいんです!」
 アメリアはそれかけた話を必死に修正した。
「そういえば、あんたずいぶんここに来たがってたけど、なんかあったの?」
「そ、それは……」
 なぜかアメリアは真っ赤になって、口ごもる。
「とにかく、悪いけど、あたしは行く気はないわよ。雨上がりで外は冷え込んでるし、地面だってぐちゃぐちゃだろうし。それに、この雨で、桜も散っちゃってると思うわよ」
 リナはまだどこか不機嫌さを残した様子で言った。
「オレもパス。花見はやっぱり晴れたときに、うまい物持ってから行きたいしな」
「と、言うわけでゼル。あんた、アメリアと一緒に行ってあげなさい」
 リナは問答無用で宣告した。
「なんで俺が」
「アメリアを一人で夜道に放り出すつもりなの?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「じゃぁ、なによ?」
「なんで、俺だけなんだ?」
「あたしもガウリイも行く気がないからよ。で、アメリアは行く気がばっちりある。意見を言ってないあんたに護衛を頼むのは当然のことでしょうに」
 何とも理不尽な説明である。
「めんどくさがってないで、つき合ってあげなさいよ」
「お願いします。ゼルガディスさん」
 女二人に詰め寄られ、ゼルガディスは助けを求めるかのようにガウリイに視線を向けたが、彼はいつもののほほんとした表情で、
「外はまだ寒いからな。カゼひくなよ」
と、あっさり見捨ててしまった。

「いってらっしゃーい」
 リナとガウリイの二人に見送られ、アメリアはうきうきした様子で、ゼルガディスはいかにもやれやれといった様子で、出ていった。
「しかし……。ゼルガディスのやつも、なんだかんだ言いながら結構甘いやつなんだよな」
「そーね。ま、アメリアに対してだけなんだろうけどね……」
「そーなのか?」
「あのゼルのことだもん。ホントに嫌がってたら、絶対、一緒になんて行かないと思うわよ」
「確かに。
 で、オレたちはどうする?」
「そうね……。お花見はムリでも、お月見くらいはできると思うけど」
 リナはどこか意味ありげな視線を彼に向けた。
「じゃ、オレの部屋に行くか?」
「うん」
 リナはガウリイの腕に、そっと手を添える。
「先に言っておくが、酒は飲ませんぞ」
 ガウリイは飲みかけのワインボトルを手にしながら言った。
「ちぇ。ばれたか……」
 リナはぺろりと舌を出した。


 雨上がりのためか、風はどこかしっとりとした柔らかさと冷たさを含み、アメリアの髪をくすぐる。
 ゼルガディスは子供のようにはしゃぐアメリアを、優しい瞳で見つめていた。
「あんまりはしゃぐと転ぶぞ」
「だいじょうぶで……、きゃっ!」
 アメリアは、ぬかるみに足を取られ、転びそうになる。
 ゼルガディスは、手を伸ばし、支えてやった。
「だから言っただろうが、ケガでもしたら、どうするんだ」
「ごめんなさい。ゼルガディスさん」
「分かればいい。
 しかし、リナの言ったとおり、ほとんど散ってしまっているな」
 二人の足下には、桜の花びらがまるでカーペットのように敷き詰められていた。
「残っているのは、ほとんどが蕾だな。これはあと数日経たないと、咲かないぞ」
「…………」
 アメリアは無言のまま、桜の木を見上げている。
「で、なんでアメリアはここに来たがったんだ?」
 宿屋では答えなかったことを、アメリアは口にした。
「昔……。まだわたしが小さかった頃、家族みんなでここに来たことがあったんです。
 その日も、あんまり天気は良くなくて、道もこんな風に散った桜の花びらでいっぱいだったんですけど、わたしは父さんに肩車されて、隣に母さんと姉さんがいて、おしゃべりしながら歩いてるだけで、すごく楽しかったんです。
 たったそれだけのことなのに、今でも鮮明におぼえているんです。
 だから、そのときみたいにリナさんや、ガウリイさんや、ゼルガディスさんと、おしゃべりしながら、歩きたかったんです」
「そうか……」
 ゼルガディスにはそういった思い出がない。が、そのときのアメリアの楽しそうな表情と笑い声が目に浮かんでくるようだった。
「だったら、また来年来たらいいだろう」
 えっ?と驚いたようにアメリアが振り向く。
「桜は今年で終わりなわけじゃない。今度来るときは、ガウリイが言ったように、うまい物でも持って、みんなで行けばいいさ」
「いいんですか?」
「ああ。俺には花見なんてした思い出がないからな。一度くらいは楽しんでいたほうがいいだろう」
「はい!約束ですよゼルガディスさん!」
 アメリアはほっそりした小指を差し出す。
「?」
「指切りですよ。約束なんですから」
 アメリアの子供っぽさに苦笑しながら、ゼルガディスはその指に自分の小指を絡めた。
「ホントはもうひとつ、ここに来たかった理由があったんです」
 アメリアは、頬を赤く染めて言った。
「もうひとつ?」
「はい。母さんが話してくれたんですけど、父さんと母さんはここで出会って一緒になったそうなんです。ここで、自分を幸せにしてくれる、大事な男性を見つけたって、話してくれたんです」
 <あのおっさんがか……?>
 ゼルガディスは、アメリアの父フィリオネルの姿を思い出しながら、心の中でつぶやいた。
「母さんが言ってたんです。桜の木の下で交わした約束は、きっと守られるって……。
 リナさんやゼルガディスさんなら、迷信だとか、思いこみだとか言って笑うかもしれないですけど、わたしは、母さんの言葉はきっと真実だと思ってますから」
 確かに、とても迷信だとしか思えないことであった。だが、アメリアは真剣そのものだった。
 アメリアは、息を大きく吸い込むと、まっすぐにゼルガディスを見つめた。
「ゼルガディスさん。わたしと約束してください。
 人間の姿に戻ったら、一番にわたしの所に来てください。そして、一緒にお花見しましょう」
 ゼルガディスはその瞳に、なんの迷いもないことに気づいた。
「……花見だけでいいのか?」
「いいえ。ずっと……、ずっと一緒にいてください」
「……分かった。一番に駆けつけてやるよ」
「ホントですか!?」
 アメリアは宝石のように、大きな瞳を輝かせた。
「だが、こっちの約束はいつになるか分からんぞ。おまえがばあさんになっても、来れるかどうかも分からん。それでもいいのか?」
「はい。待ちます。待ち続けます。
 わたし、ずっと待ってますからね」
 ゼルガディスは苦笑すると、アメリアの柔らかな唇に、そっと口づけた。
 そして、真っ赤になったアメリアに向かって、誓う。
「指切り以上の約束だ。きっと、守ってやるよ」
「はい!」


 静かな月明かりの下、ぎこちなく手をつなぎながら歩く二人に、桜の花びらがまるで祝福するかのようにいくつか舞い落ちた。

「ねぇ、ゼルガディスさん」
「なんだ?」
「来年はみんなでおでかけしましょうね」
「来年は……な」







おしまい










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 初めてゼルアメ小説を作ってみました。
 頭の中で発酵し続けていたものを、ムリヤリ文章にしましたので、自分でもなんだかよく分からないものになってしまいましたが、お気に召していただけましたでしょうか?
 それでは、これにて失礼させていただきます。m(_ _)m