やめないで、天使(ピュア)


 
 
「がぁぁぁぁ……!!」

 
 一人の女が、町を歩いていた俺に向かって襲いかかってきた。
 血走った目。獣じみた表情。おそらく、薬物中毒者だろう。
 以前、レゾのところで山ほど目にしたことがある、狂った連中と似通った気配を持っていた。
 町中の誰もが、その女の異常さを知っているのか、近づこうともしない。
 俺は剣を振るい、その女を何のためらいもなく切り裂いた。
「!!」
 驚きの表情だけを残し、女は絶命する。
 肉片となった身体が、地面へと落ちていく。
 
「ゼルガディスさん……?」
 どこか惚けたような声が、俺の耳に届く。
 驚いて振り返ると、アメリアが立っていた。
 
 しまった。アメリアもいたことを忘れていた……。
 まずいところを見られたな……。
 
 俺は何も言わずに、その場を去ろうとした。
 
「いや……いやぁぁ!お母さん!お母さん!死んじゃいやぁぁぁ!!」
 アメリアが突然、悲鳴を上げてへたり込んだ。
「アメリア!?」
 俺はあわててアメリアの元へと駆け寄った。
「アメリア?どうしたんだ?しっかりしろアメリア!」
 俺はアメリアの小さな身体を揺さぶった。
 だが、その大きな瞳は、ここを見てはおらず、どこか遠くを見ているようだった。
「いや……いやぁぁぁ……お母さん……お母さん……」
 アメリアは、虚ろに言葉を漏らすだけで、全く生気というものが感じられなかった。
 
 俺は数年前にどこかで聞いたうわさ話を思い出していた。
 セイルーン第一王子の后、すなわちアメリアの母親のことだが、子供の目の前で、何者かによって殺害されたということを……。
 俺がさっき殺した女と、自分の母親の姿が重なってしまったのだろう。
 どうやら、俺の行動が、アメリアのトラウマに触れてしまったようだ。
 うかつだった……。
 時折、楽しそうに家族のことを話すところをみると、そうとう母親に甘えていたのだろう。その母親が目の前で亡くなったんだ。ショックだったに違いない。
 オレたちに気を使わせないためなのか、そういった素振りも見せずにいたので、余計に気づかなかった。
 くそ、リナがいないときに、こんなことになるとは……。
 
「アメリア!!」
 俺が大きな声で呼びかけると、アメリアはびくんと身体を振るわせ、どこか怯えた様子で、俺の方を見る。
 俺はほっと息を吐いた。が……。
「いやぁぁぁぁ!!」
 アメリアは恐怖に凍り付いた表情で悲鳴を上げると、俺を突き飛ばし、町はずれにある森の中へと入り込んでいく。
「アメリア!」
 彼女の視線があったところに目をやると、俺は返り血を浴びていたことに、今更ながら気づいた。
 
 
「まずいな……」
 俺はアメリアを探しに、森の中に入っていった。
 それほど深くはないようなのだが、やたらと高い木が多いので、あまり日の光が射さない上に、入り組んだ形に植えられてある木々のせいで、見通しはこの上なく悪い。
 気を付けて行かないと、自分が今どこにいるかも分からなくなりそうだ。
 町の連中が、入らない方がいいといったのはこのためだろう。
 だが、探さずにはいられなかった。
 俺のせいで、彼女にあんな表情をさせてしまった。
 アメリアには、いつも天使のような笑顔でいて欲しいと願っているのに……。
 
 がさり。
 
 背後で、茂みが揺れる音がした。
 振り向くと、探していた少女が立っていた。
「アメリア……。そこにいたのか」
「ゼルガディスさん……?」
 アメリアの瞳は、まだどこか虚ろだった。
「どうしたんですか?」
「すまん。思い出したくないことを思い出させてしまったようだ。本当にすまなかった」
 俺は素直に頭を下げた。
「気にしないで下さい。ゼルガディスさんは、誰でも平気で殺せるんでしょう?。血だらけになっても、気にしない人なんでしょう?」
 感情のない声と表情。
 アメリアからは、きらきらと輝く瞳も、その背中にあるはずの透明な羽も失われていた。
 俺の胸がズキンと痛む。
 俺の中で、忘れかけていた、熱い感情が甦るようだった。
 
 
  天使をやめないで
  苦しまないで 羽を捨てないで
  天使をやめないで
  狂おしいほど 君のことを
  愛しているから
 
 
 俺はアメリアの身体を抱きしめていた。
 彼女の身体が強張り、拒絶するようにもがく。
 だが、俺は離そうとはしなかった。
「アメリア!もとのお前に戻ってくれ!俺が俺であるために、いつもの天使のようなアメリアでいて欲しいんだ……!」
 そう。アメリアがいつも天使のような笑顔で俺に接してくれるから、俺は俺でいられるんだ。
 俺はしばらくアメリアを抱きしめたままでいた。
 アメリアの身体から、少しずつ力が抜けていく。
「ゼルガディスさん……?」
 アメリアの声に、少し暖かさが戻る。
「すまなかった……。俺のせいで嫌なことを思い出させて」
「ううん。いいんです。母さんが死んじゃったことは、すごく悲しかったですけど、いつまでも悲しんではいられないですから」
 アメリアは先程とは違い、しっかりした口調で言った。
 気丈にふるまう少女が痛々しくて、俺は、何とかしてやりたかった。
「泣きたかったら、泣いてもいいんだぞ。誰もバカにしたりしない。もし、そんなことをする奴がいたら、俺に言え。そいつを殴り倒してやる」
「ゼルガディスさん……」
「俺は、アメリアにはいつも笑顔でいて欲しいんだ。天使のような心で、天使のような笑顔で俺のそばにいて欲しいんだ」
 俺は、さらにアメリアを強く抱きしめた。今の自分の顔を見られたくなかった。
 照れくささでいっぱいだったが、アメリアのためなら、と我慢することにした。
「だから、心の中の嫌なことを全部吐き出してしまえ。全部受け止めてやるから。陽が暮れて夜になっても、月が沈んで朝になっても、ずっと聞いててやるから、全部吐き出してしまえ。俺がずっとそばにいてやる」
「……ゼルガディスさん……!!」
 わぁっとアメリアが泣き出した。
 慟哭といってもいいほどの深く激しい悲しみだった。
 俺はただ黙ってアメリアの身体を抱きしめていた。
 
 
 アメリアはしばらく泣き続けていたが、やがて泣き疲れたのか、泣き声のかわりに小さな寝息が聞こえてきた。
 俺は、アメリアを起こさないようにそっと抱き上げると、手頃な木の根本に腰を下ろした。
 風で身体が冷えないように、俺のマントで包み込む。
 リナに見られたら、何て言われるだろうな……
 俺は思わず苦笑を漏らす。
 見上げてみても、高い木々のせいで空はほとんど見えないが、辺りの暗さから、陽はすでに沈んでしまっている頃だろう。
 俺は、ライティングの呪文を唱え、小さな明かりを作り出した。
「うぅん……」
 アメリアが身じろぎする。
 起こしてしまったのかと、顔をのぞき込んだが、目を覚ます気配はなかった。
 <お前さんも、すっかり甘い男になっちまったよな……>
 少し前に、ガウリイに言われた言葉を思い出した。
 あの時は、何をバカなことを言う奴だと思っていたが、ただ自分が気づいていなかっただけのようだ。
 俺は再び苦笑した。
 
 かなり冷え込んできたが、アメリアは目を覚ます気配がない。
 さほど寒い時期でもないが、たき火でも焚いていた方がいいだろうかと考えていると、アメリアが目を覚ましたようだ。
「ゼルガディスさん……?」
「起きたか、アメリア」
「ゼルガディスさん……。わたし、ゼルガディスさんのためにも、天使でいますね。だから、ずっとそばにいてくださいね……」
「ああ。ずっとだぞ。ずっと天使をやめないでいてくれよ」
「はい。ずっと一緒ですよ……」
 アメリアは寝ぼけたような声で言うと、再び眠りについた。
 やっぱりたき火でも焚こう。
 俺は立ち上がりかけたが、アメリアがしっかりと俺のマントをつかんでいるために、動くことができない。
 無理に動こうとすると、せっかく寝入ったアメリアを起こしてしまいかねないし……。
 仕方ない。たき火はあきらめて、もう少ししてから宿屋に行くか……。
 俺はアメリアの柔らかい重みを胸に感じながら、目を閉じた。
 
 
「ゼルー?アメリアー?どこにいるのー?」
 森にリナの声が響く。
「ったくもう……!いいトシこいて、迷子になんてならないでよね」
「おい、リナ」
 ささやくような、ガウリイの声。
「どしたのよ?見つかったの?」
 リナが声をかけると、ガウリイは「しーっ」と人差し指を唇にあてた。
「?」
 ガウリイが指さした方へ、リナは顔を向けると、そこにはゼルガディスとアメリアが、仲良く木の幹にもたれかかって眠っていた。
「あ。あんなとこにいた」
「どうする?起こしてやるのか?」
 リナはしばらく考える。
「うーん。もう少し寝かせといてやりましょ」
「ずいぶん優しい答えじゃないか」
「あたりまえじゃない。あとでこれをネタに、思いっきりからかってやるんだから」
「おまえ、それは悪趣味だぞ……」
 リナの言葉に、ガウリイは苦笑混じりの声で言った。
「うるさいわね、ほっといてよ。
 う〜ん。安心したらなんか疲れちゃった。あたしたちも、どっか様子が見えるところで休みましょ」
 リナは大きくのびをしながら言った。
「あの二人みたいにか?」
「それもいいかもね」
 
 
 登り始めた朝日が、薄い光のベールとなって、二組の男女を優しく包んでいった。
 
 
























                                  
おしまい。
 
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 またまたゼルアメ小説を作ってしまいました。
 今度は完全に歌ネタです。タイトルの「天使」の部分は「ピュア」と読んでください。
 作っているうちに、かなり甘々になっちゃいました。
 うう……。ゼルがゼルじゃないよぉ……(泣)