「クリスマス・ツリー」



 森の中を突き抜ける一筋の道。それは、白く輝いていた。
 蒼白い月光が照らすその道を、白いマントの男がやはり白い衣装の少女の手を引いて歩いていた。男は端整な顔を少々歪め、苦笑とも呆れともつかない表情をしている。一方少女は男に掴まれていない自由な右手で、自分の目のあたりをごしごしとこすっていた。
「……いい加減、泣きやめアメリア」
「だ、だってゼルガディスさん! あんなのひどいです、正義じゃないですぅ」
 大きな瞳からひっきりなしに涙をこぼしながら、アメリアが抗議の声をあげる。
「だからって、いきなり背後から蹴り入れるこたーないだろ。……お前、リナに似てきたんじゃないか」
「う……」
アメリアが顔をひきつらせる。これで忘れてくれるか、と安心しかけたゼルガディスだったが願いもむなしく、アメリアはぐっと拳を握りしめ再び力説し始めた。
「だって、だって……あの人達、あんまりです!! ゼルガディスさんは、腹が立たないんですか!?」
 アメリアの憤りの原因、それを思い出してゼルガディスは苦笑する。
 きっかけは、少女が村外れのクリスマス・ツリーを見に行きたいと言い出したことだった。寒いからイヤだとリナが言い放ち、彼女の保護者は当然のようにリナに同意した結果、ゼルガディスはアメリアとふたりでクリスマス・ツリーを見に行ったのだが、その途中いかにもちんぴらじみた男三人組に出逢ったのである。
 道行く娘に絡んだり、子供を平気で押しのけている彼等に、正義かぶれのアメリアが柳眉を逆立てたのは、当然のことだったのかもしれないが。
『放っておけ、ただのバカだ』
 街路樹によじ登ろうとしていた――おそらく口上を述べるつもりだったのだろう――アメリアの腕を引っぱり歩き出したゼルガディスの耳に、男の声が入った。
『なんだあいつ……変な肌だな、ホントに人間か? 気持ちわりぃ。女の子は可愛いのによぉ』
 ゼルガディスを非難する言葉だったが、その裏にこめられていたのは彼が可愛らしい少女――アメリアと歩いていることへの嫉妬だということはあからさまだった。
 ……岩の肌と、金属の髪、普通の人間とは明らかに違う容姿の男が、普通以上に可愛らしい容姿の少女を連れているのだ。男三人でクリスマス・ツリーを見に行く彼等にして見れば嫌味のひとつも言いたくなるところだろう。
 だが、取り合う気にもなれず冷たく一瞥してそのまま通り過ぎようとしたゼルガディスの隣、彼が制止する間もなく、アメリアが男達にいきなり跳び蹴りを入れたのだった。少女からの唐突な攻撃に、倒れた男が別の通行人に突き当たり、クリスマス・ツリーを見に行く人々でにぎわっていた街道は、瞬く間に乱闘の場へと変わってしまったのである。
 慌ててアメリアの手を引きその場を抜け出したものの、まだ怒りが収まらないのか少女はなかなか泣きやまない。
 ぐしぐしと涙を拭いながらこちらを見上げてくる少女の頭に片手を置くと、ゼルガディスは肩をすくめてみせる。
「別に、あんなバカは何処にでもいる」
 なぜ自分のことでもないのに、アメリアがこうまで怒るのかゼルガディスには正直わからない。まぁ、正義かぶれの少女だから、ああいった輩が許せないのかもしれないが。
「お前が何かされたわけでもない、そろそろいいだろう」
 宥めるつもりでそう言った途端、アメリアが怒鳴るようにして言い返してきた。
「よくないです! だって、ゼルガディスさんのことあんな言い方したんですよ、いいわけ無いじゃないですか!!」
「……アメリア?」
「ゼルガディスさんのこと、何にも知らない人に……あんな事言われて許せるはず無いじゃないですか!」
「…………」
 真っ赤になって言い放ったアメリアに、ゼルガディスは驚いて目を見開いた。何よりも彼女を憤らせていた原因が、自分にあると解って。
 ――嬉しかった。
 自分の為に、ここまで真剣に怒ってくれる少女の存在が。
 ――どうして、こう……アメリアは、いとも簡単に俺を喜ばせるようなことを言うのだろう――
 たまらなくなって、ゼルガディスは自分の前に立つ少女に手を伸ばした。
「……ゼルガディスさん?」
 大きな瞳に涙を溜めて、どうしようもなく幼い泣き顔で、アメリアがゼルガディスを見上げている。その肩に手をかけ、自分の方に引き寄せる。
 ぽふ。
 簡単に自分の腕の中に収まってしまう小柄な、やわらかい身体。
「いいから、泣くな」
 身をかがめ、少女の耳元で囁く。
 アメリアがぴくん、と震える。
「だけど……」
 頬にかかった髪を払う。間近で見ると、目のあたりが赤くなっていた。
 自分の為に、怒って……泣き出した少女。
「本当に、もういいんだ」
「ゼルガディスさん……なんで、微笑ってるんですか?」
 キョトンと、アメリアが瞬きする。
 こぼれそうな涙を人差し指で拭ってやりながら、ゼルガディスは苦笑する。
「浮遊」
 カオス・ワーズを紡ぐと、アメリアを抱きかかえたままふわりと宙に浮かんだ。
「あ、え、ゼルガディスさん!?」
 術にアレンジを加えた為、翔封界ほどのスピードではないがぐんぐんと上がる高度。腕の中で慌てふためいているアメリアに、ゼルガディスはある一点を指し示した。
「見てみろ」
「わ……あっ!」
 アメリアが息をのみ、感嘆の声をあげる。
 ゼルガディスの指の先、幾つもの揺らめく明かりにデコレーションされた一本の巨大な樹が見えた。雪を所々に残したまま、おそらく魔法の明かりで照らされているその樹の頂上、うっすらと青みがかった星が煌めいていた。
 黒々とした夜空と、純白の大地、そしてすっきりとそびえるクリスマス・ツリーはまるで絵のように美しかった。
「キレイ……」
 うっとりと呟くアメリアを見下ろし、ゼルガディスは微笑む。
「綺麗ですね、ゼルガディスさん!!」
 さっきまでの泣き顔が嘘のように、心底幸せそうにアメリアが笑う。ゼルガディスは目を細めて少女に顔を寄せる。
「……ゼルガディスさん?」
 アメリアが瞬きし……二つの影が、重なった。


 さく、さく、さく。
 雪道をしゃちほこばって歩く少女の背中を追いながら、ゼルガディスは苦笑していた。
「アメリア」
「な、なんですかっ!?」
 耳まで赤くなったアメリアがひっくり返った声を出し……突き出た木の根に足を引っかけた。
 ぱふ。
「……転ぶぞ、って言いかけたんだが」
 片手でアメリアをを抱き留め、ゼルガディスは呟いた。
「ご、ご、ごめんなさいっ」
 顔を伏せたまま、アメリアが慌てて謝罪する。黒髪の間から覗くうなじから目を逸らし、ゼルガディスはポンポンと少女の頭に手を置いた。
「……すまんな」
「え?」
「その……緊張させる気はなかったんだが」
 アメリアの髪をくしゃっと撫でる。少女はおそるおそるといった風に顔をあげた。その瞳を見た途端、何故かつられてあがりそうになっている自分に気が付き、ゼルガディスは慌てて遠くを見つめて言葉を継いだ。
「顔、赤いしな……少し、遠回りして帰るか」
 アメリアがゼルガディスを瞳に映し……ふんわりと笑顔になる。
「はい……ゼルガディスさん!」
 白銀の世界、白い二つの人影が寄り添って歩き始める。
 雪が再び、ゆっくりと地上に舞い始めていた。



















END