「わたしはふかいうみのなか」


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深い、海の中でたゆたってました。
とても深い、海でした。淋しさの海、悲しみの海。
わたしの中の貴方を型作る、「それ」がまるで、海のよう。
深い、深い、海の中、あなたの声が聞こえました。
 
 わたしはふかいうみのなか
 
 
 
 
 
+++わたしはふかいうみのなか+++
 
 
 
 
 
 
ここは。
 
「あんたらしくないな。」
 
突き放した様な口調で、労るようにいう、
耳になじんんだあのひとの声。
 
 夜。沈みかけの満月が支配する闇。
 あたしの私室すらも蒼に染めて。
 
「ぅにゃあ〜」
 
熱くてけだるい体を身じろがせて、唸る。
どうしてもその姿が確認したくて。
でも。
ひどく頭が痛むのです。上になんだか聞き取りずらい。
視界も蒼く、朧げでうっすらと滲んでいました。
 
−まるで海に沈んだよう−
 
ゆるく目を閉じる。
「いいから黙ってろ。ほら。」
優しく頭を掻き回される。
 
…あたし…。
 
「法医都市サゼトスの薬だ。飲んで寝てろ。」
ぺちぺちとほっぺたを撫でられる。
 軽く触れるその指先が。
 
−ああ、やっぱり。−
 
「来て、くれたんですね…。」
蒼い視界が更に蒼く。縁を伝う涙。
 
「…。」
「来て、くれただけで、あたしもう元気に…。」
 
起き上がろうと体を揺らす。どうしても、このひとが「いる」事を確認したくて。
 
「バカいうな。」
 
厳しい、声。でも。
 
「平気です、あたし、あたし…!!」
「アトラスやセイルーンでも100人以上の死者が出てる熱病なんだぞ!!無茶するな!」
 
物凄い剣幕で怒鳴られる。くぐもった耳の奥にビリビリ響く。
 
「…ごめん、なさい。」
「分かればいい。」
 
大きく溜め息を一つ。
 
「寝ろ。」
 
そう言うと、わたしの額に手を当て、優しくその唇を重ねました。
 
「ゼルガディスさ」
 
もう一度、唇を重ねられる。今度は深く、深く。
 
「心配しなくていい…」
「でも…!」
 
わかってる
 
もう少しなんだ、と呟くと眠りの詠が聞こえた。
 
「お願い、もうちょっとだけ…」
 
ゼルガディスさん…!!!
 
叫ぼうにも眠りの闇に声は飲まれて。
されど暖かいあのひとの冷たい手が。
 
わたしの手を包んでいました。
 
 
 そして。
 再び。
 
ワタシハフカイウミノナカ。
 
 
 
「なあーに、すっかり元気じゃないの!」
 
呆れた様な声で叫ぶ、リナさん。
 
「なんですかー!!残念そうに言わないでくださいよー!!」
 
ぶ−ぶ−文句を言ってみるが、逆に両頬をつままれる。ぎゅ−。
 
「まあね−−!!!ゼフィーリアくんだりから飛んで来て、それじゃあさー!!!」
 
さらにぎゅ−−。いたたたた!
 
「うえーん!」
「あー、分かった、分かったからあ!!泣くなっつ−の!」
 
両目一杯に涙をためて必死に抗議。
 
「しかしま、直ってよかったな、アメリア。」
 
相変わらずの、とろ〜んとした口調でガウリィさんがいたわる。
 
「はい〜。一時は色んな事を覚悟したんですがー。」
「まったくよ!もう!あんたにポックリ逝かれちゃ、ゼルになんて言えば…。」
「だなー。ゼルもよく来てくれたなー。よかったなー。」
 
ぺちぺちと、あたしのおでこを叩きながら。
 
「…ガウリィさん…?」
 
まるで見ていた様な、その口調に、眩暈を覚えました。
 
ーあたし…ー
 
「うっ…」
 
とめどなく溢れる涙を手の甲で拭いながら。
 
「ちょっ…、!!ちょっ、ア、アメリア?!コラあ!!ガウリィ!!」
「いてて−!!!」
 
大慌てでガウリィさんに殴りかかるリナさん。
 
「うぇっく、ちが…、ちが、そうじゃなく、ひっく、て…!!」
「なによ、ほんとに来たの?!」
 
取り繕うのもままならず、頷く。
 
「アメリア…?」
「夢かもしれない、って思ってたんです、あたし…!!」
 
あまりにきれいすぎて、現実感がなかった。
手探りだけで確認したその姿。妙に生生しい、唇の感触がかえって夢のようだ。
月、
熱病、
蒼い部屋、
涙、
蒼いひと、
唇、
海、海。
 
「ゼルガディスさん…」
 
やさしいその人名を、切なくよんだ。
 
だから。
 
「だから。ガウリィさんにそう言って貰って、すごく、すごく安心したんです…。」
 
そう言うと、へへって笑ってみせた。
 
「あいつ…。」
 
ふ、とリナさんが笑う。
あたしの頭をぺちぺちはたきながら、
 
「あんまさー、ホラ。えーっと。…無理すんじゃないわよ?いろんな意味で、さ。」
「…ありがとうございます。」
「あんた、最近、疲れてた、みたいだから…さ…。」
「平気、ですよ、もう…。」
 
また、へへっと笑った。
 
「それに、ゼルガディスさん、もう少し、って言ったんです。」
「へ?!」
 
二人同時に変な声を上げる。
 
「もうすこし−?」
「なんだ、それ。」
「わかんないですけど〜!」
「まさか…」
「…だと、いいですね…」
 
しばしの沈黙。
 
「あたし、早く全快する様に…元気になるように、がんばりますね!!」
 
そうやって。
精一杯、笑ってみせた。
 
 
 
そして5年。暖かい冬のセイル−ンにて。
 
「では、誓いの宣誓を。」
 
厳かに宣言する祭神官の前に。
行く末を見守る国民は、みな笑顔。
 
「…言うのか本当に…」(ブル−)
「…だめですよ!しきたりです!…」(小声)
 
こほん。
 
「拙僧、ゼルガディス=レゾ=ラ=アザゼリウス=グレイワイスと」
「わたくし、アメリア=ウル=テスラ=セイル−ンは」
 
ホント、長い名前ですよね、ゼルガディスさん!
 
「死せる時も生めし時も、共に魂を謳い続け、」
「空の如く高らかに、深海の…深海の如く……」
 
(どうした?)
(……!い、いえ!)
 
「深く、深く、共に愛しあう事を誓います。」
 
(大丈夫か?声、震えてるぞ?)
(平気です!)
 
「我は汝、汝は我、己が身の半身、永き道の伴侶として」
「我等、此処に誓い合う。」
 
わああ!
 
 溢れくる歓声、撒かれる花々。
白亜の国に響き渡る、祝福の唄。
白いこの舞台から見回す、この国はとても優しくて。
 
「さっき、ですね。」
 
軽く腕を組み、歓声の道を歩きながら。
 
「ん?」
「思い出して、泣きそうになっちゃいました!」
「深海、か?」
 
目を細め、笑うこの人が。
 
ふふ、やっぱり気付いてたんですね。
 
「あの日、ゼルガディスさん来て本当によかった。」
「なんの事だか分からんな。」
 
肩をすくめ、また笑う。
 
「もう、離れませんよ、絶対!!」
「知らんぞ、俺に愛想が尽きても。」
 
顔を見合わせ、笑い合う。
 
「ア−メ−リ−ア−!!!ゼル−−!!!」
 
聞きなれたその魔導師の声に、手を振る。
傍らには、金髪の夫、と、手の中には娘。
 
「リ−ナさ−−ん!!あたし、もう、元気で−−−−すうう!!!」
 
大声で、大声で、叫んだ。
 
 
 
深い、海の中でたゆたってました。
とても深い、海でした。優しさの海、喜びの海。
わたしの中の貴方を型作る、「それ」がまるで、海のよう。
深い、深い、海の中、あなたの声が聞こえました。
 
「一生、俺の中に居ろ。」
 
わたしはふかいうみのなか、
ゆるく、うなずきました。














 
 
(((おわり!!)))