「君が手を、僕が瞳を。」
誰がボク?

 
 ゆらり、と蝋燭の火が揺れた。不規則な影が壁に浮かび上がる。

 ゼルガディスは耳を澄ましていた。人間のものとは形が明らかに違う、異形の耳。おのずと能力も違う。遠いところを流れる清流のせせらぎや、風が吹き渡る音、夜行性動物の密かな息遣いを間近で聞くように耳にする。隣の部屋で眠る、少女の小さな寝息も。

 何故アメリアは、真直ぐに俺に近付くのだろう。俺は異形の者、人間であって人間ならざる者、我と我が身を呪いつつただ復讐と怨嗟に生きる者、街を避け、人目を避け、まるで獣のように夜を旅する者。
 彼女は陽の光の中で生きる者、生命に賛歌をあげる者、帰る所のある者、迎える家族のある者。
 俺と彼女では住む世界が違いすぎる。そんなことは分かり切っていたが、ふとゼルガディスは女性の言葉を反駁する。
 『そんなふうに冷めたところが・・・』
 苦笑する。
 「俺はそんなに、冷めているか。」
 「ええ。冷えきっているわ。」
 「俺の体のようにか。」
 「ええ。あなたの岩のような体のように。心も岩みたい。」
 「ならば、あいつはそんな俺に惹かれたと言うのか。」
 「ええ。」
 「冷たい、冷めた俺がか。」
 「そうよ。」
 そうだとすれば、と、暗い考えがゼルガディスの頭をよぎる。

 影は光を慕うもの、光は影から離れられぬもの。

 昔どこかで聞いたそんな言葉が、ゼルガディスを締め付けた。



 夜中にアメリアは目を覚ました。泣きはらした目許が布でこすれて痛かった。頭痛もする。お付きの女性が床でぐっすりと眠っているのを見て、アメリアはそうっと部屋を抜け出した。

 月は欠けたところがなかった。そのささやかな灯をあまさず地表に降り注いでいた。宿屋の中庭にアメリアは忍び出た。
 月の光は冷たかった。温度があるわけでもないのに、冷たく感じられた。それは、今ここに起きているのは自分一人だということを、照らし出してしまうからかも知れない。
 
 その時、かたん、と音がして2階の窓が開く音がした。
 振仰ぐと、上から荷物がどさりと落ちて来た。
 あっけにとられて見守るうちに、ひょう、と誰かが地面に降り立った。
 「アメリア!?」
 「ゼ、ゼルガディスさん!?」
 二人は驚いて互いに向き合った。
 「ど、どうしてこんなところに・・・」
 「お前こそ、こんな夜中に何をしてるんだ。」
 「いえ、わたしはさっき目が覚めてしまって・・・」
 「そうか。」
 「・・・・・・・・」沈黙。
 「行ってしまうんですか。」
 「・・・・・」
 「黙って行くところだったんですね。」
 「・・・・・」
 「挨拶も、なしですか。」
 「・・・・・」

 急に、アメリアはゼルガディスにぶつかってきた。驚くゼル。アメリアはこぶしをゼルガディスの胸に叩き付ける。
 「どうして、どうしていつもそうなんです?あの人が何を言ったか知りませんが、わたしは約束したはずです!ゼルガディスさんがここにいる間は、わたしが案内する、と!そのあとは笑って送り出すつもりでした!だから、だから、少しの間だけでも、ゼルガディスさんと一緒にいたかったんです!
 わたしだって本当は、ゼルガディスさんが嫌と言っても無理矢理にでもついて行きたいんですよ!でもそれではゼルガディスさんの邪魔になるかも知れないし、哀しいけど、寂しいけど、笑って送り出そうと決めていたんです!泣いちゃうかも知れないけど、それは絶対にしない、ゼルガディスさんにこれ以上わがまま言って煩わせてはいけない、重荷にはなっちゃいけないって!!」

 小さな頭を何度も激しく振る。その度に、涙の粒がこぼれ落ちる。

 「なのに。なのにゼルガディスさんは、わたしに別れの挨拶もさせてくれないんですね!何故なんです?そんなにわたしがうっとうしいですか。煩わしいですか?その程度の存在でしか、なれないんですか!」
 両のこぶしは叩くのをやめ、ゼルガディスの服を握り締めた。
 「お願いです。教えて下さい・・・・」

 しばらくゼルガディスはそのまま立ち尽くしていた。アメリアを胸につかまらせたまま。

 「じゃあ聞くが、お前はなんで俺に構う。」
 「・・・・・え?」
 「旅の仲間だったが、それぞれ住む世界はもともと違うんだ。旅の目的が達成された今、なにも一緒につるむことはないんじゃないか。」
 知らず知らず、声に憎々し気な調子が増す。
 「お前は姫さん、俺は放浪者、ただそんな俺が珍しいんじゃないか。だから構うんじゃないか。お前は今まで会ったこともない人間を見て、ただもの珍しいんだ。でなきゃ、俺みたいに冷めた奴など相手にするはずがない!」
 語気鋭く言い放つゼルを、アメリアは見ていた。

 ぱしん。

 「!」

 音は、アメリアがゼルガディスの頬を打った音だった。

 「何故、そんなことを言うんです?」
 「・・・・・」
 「わたしのこと、そんな風に考えていたんですか。」
 「・・・・・」
 「見損なわないで下さい!」
 アメリアは腰に手を当てて、精一杯のポーズを取る。
 「わたしは、ゼルガディスさんのこと、ただの流れ者とか、変わってるとかそんな風に見ていません!珍しいなんて、これっぽっちも思ってません!そんなことを考えて一緒にいたんじゃありません!!」
 「・・・・・」
 「わたしが一緒にいたいのはゼルガディスさんです!他の誰でもない。あなたがどんな人だろうと、ゼルガディスさんはゼルガディスさんです!わたしが、」そこで少し、言い淀む。だがきっぱりと言い放つ。
 「わたしが好きなのは、今のゼルガディスさんなんですから!」

 『そういうふうに冷めてるのがあのお姫様の心を惹きつけてはなさないの?』


 「俺が冷たいからか?」
 唐突にゼルガディスがアメリアに問い掛ける。
 「俺が、冷めているからか。」

 永遠とも思われる、だがほんの一瞬の間をおいて、アメリアは破顔した。

 「何を言ってるんです。ゼルガディスさんは冷めてなんかいませんよ。」
 「・・・・・」
 「・・・あのね、昨日、あの人が食事を運んできてくれたんです。」
 脈絡のない話が始まったかと思った。
 「温かかったけど、あのね、冷たく感じたんですよ、食事が。」
 
なんのことを言っているかわからない、という顔をゼルガディスがしていると、さらにアメリアは笑った。
 「一人で食べたご飯は冷たいです。でも最初の日、ゼルガディスさんが運んできてくれたあのお食事は、とっても温かかった。ゼルガディスさんと、一緒に食べたあのお食事は温かかったんです。それはゼルガディスさんの心が温かいからです。ゼルガディスさんの心遣いが嬉しかったからです。一人ではしゃいでたわたしに、時々ですけど返事を返してくれた、ゼルガディスさん自身が温かいからです。」
 「・・・・・」
 「わたしが好きなのは、そんなゼルガディスさんなんです。」

 気がつくと、ゼルガディスはアメリアを抱き締めていた。華奢で、ちょっとでも力を入れれば粉々になりそうな。でも温かく、息づいている小さな命。頬に柔らかな髪が触れる。無意識にそれにくちづける。腕の中でアメリアが小さく震え、それでも懸命に手を伸ばして、ゼルガディスの背中に回そうとしていた。

 「俺は、大馬鹿者だな。」そっとつぶやく。
 「ええ、大馬鹿者ですとも。」返事が返ってくるとは思わなかった。
 「俺は何を見ていたんだろう?」
 「過去です。」
 「お前は俺に何を見ていたんだ。」
 「未来です。」
 「未来?」
 「そうです。いつか、一緒に歩けるように、と。いつかあなたに届くようにと。いつも思っていました。」
 「届くじゃないか。手を伸ばせば。」

 ふふっと、アメリアが笑う。「そうですね。届きました。」
 「届いたら、後はどうする気だったんだ?」
 「そうですね。考えてませんでした。」今度はゼルガディスが笑う番だった。
 「お前らしいな。」
 「ゼルガディスさん。」
 「何だ。」
 「行ってしまうんですか。」
 「・・・・・」
 「お願いです、行ってしまう時は教えて下さい。」
 「・・・行ってもいいのか、お前の許を離れても。」
 「条件があります。」
 「また条件か?」
 「からかわないで下さい。わたしは真剣なんですから。」笑いながらも怒る。女の子という生き物は、なんとくるくると目まぐるしいものか。ゼルガディスは急に、前よりアメリアが愛しくなる。
 「条件は簡単です。」
 「コワいな。」
 「コワイですよ。」
 「何だ。言ってみろ。」
 恥ずかしそうに顔を伏せていたが、決心がついたのかアメリアは上を向いた。すぐ近くにゼルガディスの顔があった。
 「心は、置いて行って下さいね。」
 「心?」
 「そうです。代わりに、わたしの心をあげますから。」
 「・・・・・」

 もう一度、ゼルはアメリアを抱き締める。何故俺は、この娘をこんなにもみくびっていたのだろう。

 「ダメですか?」
 大きな瞳が、こちらを見ている。
 吸い込まれるように、ゼルは顔を近付けた。
 「ここにも、置いていってやるよ、俺を。」
 「ゼルガディ・・・・」

 ただ月だけが、二人の証人だった。




 アメリアは城に戻り、父親のお小言を楽しそうに受けた。そしてドレスに着替え、溜まった仕事を片づけにかかった。苦情処理が主な仕事だったが、彼女はごく明るい顔でそれをこなした。

 ゼルガディスは荒野を歩いていた。セイルーンで確かめた言い伝えを調べに。
 ひどい空っ風が吹き、咽が渇く。水筒を取り出し、それをあおる。
 飲み口には、ピンクのリストバンドが巻いてあった。
 ふっと眼差しが柔らかくなり、水筒を大事そうにしまいこむと、彼は再び歩き出した。



























=====================END

いやーーー、疲れた!初物はキンチョーするう。
500かうんと記念に501をGETされたつなみさんのリクエストによりなんとか書いてみました。思ったより長くなってしまって、読んで下さった方は目が疲れたでしょう。ささ、こりこりとほぐして下さいな♪

リクエストは、ゼルアメであるセリフを入れて欲しいとのことでした。つなみん、リクエストありがとう(はぁと)そのセリフは、話の中ほどで出てきます。ゼルがキレる原因ともなる言葉ですが、おわかりになるでしょうか。みなさんの楽しみのため、あえてここでは書きません。これだ!と思ったら、たぶん正解です。

しかし最後には結構らぶらぶになりましたかねえ。意外。ガウリナだとリミットブレイクしちゃうんですがゼルアメだと寸止まりだと思ってました。まあ、キスだけならよしとしましょう♪ラストはTRYと同じにしました。

感想、ぜひぜひ聞かせて下さいな。掲示板でもメールでも。次回の参考にします。

では、そーらがお送りしました♪

 

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