「冷たい方程式」


銀の髪を吹きさらしの風にそよがせ、ゼルガディスは遠くを見つめていた。
一人はいい。
静かで、何をしようと自由で、誰にも干渉されることはない。

眼下に広がる濃緑の針葉樹林。
彼方には蒼く霞む霊峰。
朝まだきの霧が押し包む。

美しい光景を目にしても、何故だか感情が湧いてこない。
人間の身体を失ったその日から、人間らしい心さえ奪われてしまったというのか。
身体が心を表わすというのか。
岩のように固く冷たい、と。






ぴょこん、とゼルガディスの横からアメリアが顔を出した。
腕を後ろで組み、にっこり笑ってゼルガディスを覗き込む。
「何考えてたんですか、ゼルガディスさん。」

この娘は。
人が決して、こんな時の俺にかけない言葉を平気でかけてくる。
まるで世間話でもしているかのようだ。
俺がどんなに渋面を作っても、無言で反発しても、どこ吹く風といった感じだ。
こいつは俺を何だと思ってるんだ?

「・・・別に。いちいち、お前に説明しなきゃならん義理はない。」

ここまで言えば、大概の人間は引いていってしまう。
そして俺は一人になる。
楽になるから、いいんだが。

「それはそうですね。うん。人にはそれぞれ、いろいろ思い悩むことがあるもんです。うんうん。わかります。」
後ろ手に組んでいた手を、今度はおもむろに前で組んで、さもわかったように一人頷くアメリア。
「わたしだって、そういう時もあります。」
そう言うと、ぱっと目を開いて輝かせる。
「でもだからと言って、一人で思い悩んでいても解決しませんよ!ここはひとつ、ぱ〜〜〜っとわたしに相談して、二人で解決しましょう!!一人より、きっと二人の方が問題に向かって、強く立ち向かえると思います!!」
こぶしを握り、バックで炎がぼうぼうと燃え盛っている。

一体、何の根拠があるっていうんだ。
俺はうんざりする。

アメリアのパワーは、どこから来るんだろう。





「俺はそうは思わんな。」

夜営地をたたみながら、俺は言った。
きょとんとする、アメリア。
「さっきお前が言ったセリフだ。一人より、二人の方が問題を解決できるって。
・・・俺はそうは思わんね。」
アメリアの目がまん丸になる。
「・・・どうしたんですか、ゼルガディスさん?何か悩みごとでも!?」
脱力。
「・・・お前な。今の状況がわかってるのか!?」
「はい?」
「俺達は今、リナたちとはぐれて迷ってるんだぞ。」
「・・・・あ。そーでした。」てへ、とアメリアは自分の頭を撫でる。
あ。そーでした。じゃ、ない。
「一刻も早く合流せんと、このままでは目的地につけんぞ。」
「そうでしたね。地図はリナさんが持ってるんでした。」

クレアバイブルの手掛かりを示す、謎の古地図をリナが買い込んで来たのは、ほんの三日前だった。かなりアヤシイ商人から高額で買い取ったと言う話だったが、リナがそれほど機嫌の悪くなかったところから見ると、高額という部分は話半分にしておいた方が良さそうだ。
それでも地図を調べるうちに、リナはもちろん、俺も真剣に考え始めていた。
詳しくは述べないが、信憑性が高いと判断を下したのだ。

終着点は、さっき俺が崖の上から眺めていた、霊峰の一つ。
何故その山が、霊峰扱いされているのはわからなかったが、ともかくも俺達は出発した。そして、迷った。

原因は霧だった。
突如襲いかかるようにして、霧に包まれた俺達は、声をかけあってお互いの所在を確かめあっていたが、いつしかはぐれてしまったのだ。
アメリアの言う通り、地図はリナが持っていた。
だが俺はとっくにルートも目的地の場所も暗記していたので、問題はないはずだった。

俺ひとりなら。


霧にまかれた時、正直言って俺はほくそ笑んだ。
これでまた一人だ。
勝手にやらせてもらうさ、と。
ところが、霧の中から現れて、俺に抱きついてきたのはアメリアだった。
『ゼルガディスさん!!良かったあ♪』
はっきり言って、良かない。





歩き出したアメリアは、ぶんぶんと元気に両手を腰の脇で振りながら、歌を歌っている。生きるって素晴らしい♪とかなんとか。
はあ。
俺は魔族ではないが、何故か精神攻撃を受けてしまう。






二日かかって、俺達は山の入り口らしき場所に辿り着いた。
登り始めて、俺はこの山の別名を知ることになる。
すなわち、無情なる山、と。


「ゼルガディスさん!!このままじゃ無理です!!」
悲鳴のような風に引き裂かれ、アメリアのかん高い声が千切れていく。
俺は振り返り、半分雪に埋もれ掛かったアメリアを引っ張りあげる。
「うきゅうう。」
「ビバークするぞ、アメリア!」
「うきゅ?びばっぷ?」
まったくこんな時にダジャレを言ってる場合じゃない!
俺はアメリアを引きずって一本の針葉樹に近付く。
雪の壁に向かって炎の呪文を唱える。
炎裂砲!(ヴァイス・フレア)

人が立って通れるくらいの穴を開けるつもりだった。
ところが。
炎はちろちろと燃え上がり、雪をほんの少し溶かしただけだった。
「!?一体、どういうことだ。」
「アメリア、行きます!」
火炎球!(ファイアー・ボール)
「はにゃあ?」
アメリアの放った特大の火炎球も、そばに立っていた木の枝を焦がしただけだった。

俺はひとつの結論に辿りつく。
「つまり、この山は魔力が正常に働かないみたいだな。」
我ながら、大した結論ではない。そのままだ。
原因はわからないが、ともかくこの山で、この吹雪の中で、呪文のサポ−ト無しに一晩を明かさなければならないことは明白だった。


「ゼルガディスさん。」
「いいから、お前は休んでろ。すぐにできる。」
「はい・・・でも。」
まだ何か言いたそうなアメリアを、俺は無視する。
焦げて炭と化した木の枝で、雪の壁に穴を掘り続けている俺に答える余裕はない。
ほどなく小さな洞穴が出来上がり、俺はアメリアに入るように指示する。
風の吹き付けてこない側が入り口になるよう、場所は選んだつもりだが、無軌道な吹雪の嵐のような風はまったく入らないとうわけにもいかない。
ザックの中をかき回し、紙の束を見つける。
幸いにも濡れていなくて、火を起こすことができた。
呪文が使えるとはいえ、火を起こす時は燧石、という基本がこんな時に役に立つ。

アメリアに火を守らせて、俺は洞穴の外に出、針葉樹に向かって再度炎系の呪文を唱える。やはり魔力は弱かったが、おかげで焚き火に使えそうな半分炭になった薪が手に入る。それを洞穴に運び込み、出口を雪で塞ぐ作業にとりかかる。



赤々と燃える炎。
見つめる。
いや、まだ足りない。
炎の燃え方からすると、朝になる前に尽きてしまいそうだ。
だが俺は口にしない。
今さら言ったところで、事態は変わらないからだ。

「・・・ゼルガディスさん。」
炎を見つめたまま、アメリアが俺を呼んだ。
「・・・何だ。」
「さっきの話なんですけど。」
「だから、何だ。」
「一人より、二人の方が強くなれるって、わたしは思うんです。でも、ゼルガディスさんは、違うんですね。」
「・・・そう言った。」
「どうしてですか。」
相変わらず、視線は炎に向けたまま。
俺も魅入られたように、薪の裂け目を彩る赤い輝点を見つめる。

「一人のが、楽だからさ。どこへ行こうと、何をしようと自由だ。」
こんなことを、説明してやる義理はない。
うざったい。
だから、一人のが楽なんだ。
「でも、もし、ゼルガディスさんがどうしてもやりたい事があって、それが自分一人の力ではどうにもならない時は、どうするんですか?」
「その時は、誰かの力は借りるだろう。最も、俺と目的が同じヤツでなければダメだ。俺の問題に、他人の首を突っ込ませるのは俺の趣味じゃない。」
「あくまで、問題は一人で解決、と行きたいんですね。」
「行きたいんじゃない。行くんだ。」
「・・・・・。ゼルガディスさんは、何かに疲れたり、困って立ち止まる時はないんですか。」
「何を言いたいのかわからんが、俺だって立ち止まることくらいはある。
だが、それから立ち直るのも自分でできるさ。」
「できなかったら?」
「できなかったことはない。」
「・・・・そうですか・・・・・」

アメリアは、急に洞穴の中が寒くなったような気がした。
炎は目の前にあるのに、まるで見るだけで熱を生まない幻の炎のようだ。

ぶるる。

アメリアが身体を震わせた。
ゼルガディスは薪を確認する。
このままでは、アメリアがもたないかも知れない。
面倒なことだ。
俺一人なら、たぶん大丈夫だったろう。
こんな身体にも利点はある。
基礎体温が極端に低いおかげで、寒さには抵抗力がある。
だがアメリアは。
ただの人間の女の子だ。
恒温動物は、熱がなければ生きていけない。
面倒なことだ。
目の前で死なれてみろ。
こんな迷惑なことはない。
だから一人のが良かったんだ。


「確かに、わたしは、ゼルガディスさんの、お役に、立ちそうにないですね。」
途切れ途切れのアメリアのセリフ。
見ると、彼女はこっくりしだしていた。
「前言、撤回しちゃい、そうです・・・・」
こく。
「わたしがもっと、強かったらなあ。いろんなことを知ってて、たくさん呪文も使えて、不死身の身体を持ってて、何があってもへこたれない鋼鉄ザイルの神経があったら・・・・・」
こく。
・・・神経だけは大丈夫そうだが。
「そうしたら、ゼルガディスさんの、お役に、立てたかも、知れません、ね。
でも、わたしは、・・・・・」
こく。
「今のわたしでも、できることを・・・・・」
こくり。
「あなたにして、あげたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



こくん。
ぱたり。

アメリアの顔が、膝の間にのめり込む。
「おい、アメリア!寝るな!」
俺は慌ててアメリアを抱き起こす。
何を慌てる?俺は。
こうなることは、さっきから予想はついていたはずだ。
「もう、ダメ・・・・」
「寝たら死んじまうぞ。」
ぱかっと、アメリアの大きな目が開いた。
にっこりと笑う。
俺の腕の中で。
「ゼルガディスさんて、あったかいですね・・・・・・・・・・・・」


ふう。


そのままアメリアは、幸せそうな顔で眠りについた。


俺は、自分の手のひらを見る。
この身体は、おそらく冷気を受けて冷えきっているだろう。
俺自身は感じないが、触れれば氷のように思えるに違いない。

だが、アメリアは、あたたかいと、言った。





ゼルガディスは、眠るアメリアをそっと床に下ろすと、おもむろに服を脱ぎ始めた。
濡れないようにザックの上に畳んで置く。

アメリアからできるだけ離れ、呪文を唱える。
火炎球(ファイアー・ボール)

それはゼロ距離で発動する。
最大の魔力を込めたが、ゼルガディスの身体をようやく包み込むだけの炎にしかならない。ちりちりと、こびりついた小さな氷のかけらが割れ、溶け始め、ゼルガディスは炎の中で立ち尽くす。

作り物の炎が消え、黙ったままゼルガディスはしばらく立っていた。
余分な熱が収まったことを確信すると、きちんと畳んでおいた服を着込む。

アメリアを抱き起こし、全身で包んでやる。
マントですっかり隙間を隠し、ゼルガディスは、腕の中のアメリアの顔を眺める。
何故こいつはいつも、幸せそうな顔をしているんだ。
こんな時でさえ。
いつもその顔で、まっすぐに駆けてくる。

一人の方が気が楽だ。
二人は面倒くさい。
何故なら相手の事まで考えてしまうから。


ふっくらとした頬に、徐々に赤味が差してきた。
熱が伝わったようだ。
あったかいと言った、アメリアの顔を思い出す。
バカなヤツだ。
今ならホントにあったかいのに。






朝。
アメリアは洞穴の外で深呼吸する。
すがすがしい空気。
朝日は、嵐の収まった静かな雪原を照らしている。

アメリアは振り返る。
ゼルガディスが荷物を持って、洞穴から出てくるところだった。
「良かった、今日はいい天気みたいですね。」
「そうだな。」
ゼルガディスは、眩しそうに目を細めた。
その向こうに、見覚えのある形が目に入る。
「おい、あれが地図にあった場所だ。」
「え。ホントですか。やったあ♪」
「ああ。」
ゼルはアメリアの顔をいっとき見つめる。
「やったな。」
「生きてて良かったですね♪」
ぷ、とゼルが笑った。
「そうだな。」
「そうと決まったら、早速目的地に向けれっつごー!です!!」
「わかったわかった。」

アメリアはゼルガディスの腕を取ってひっぱる。
その腕は、本当に暖かかった。



























==========================おしまい♪
リクエストを下さった、ふぉおさんに捧げます・・・・・捧げたいのですが。うう。またリクエスト通りに行かなかった(涙)鬼畜なゼル、というリクエストだったのですが、悩みまくったあげく、この通りです。書いてるあいだ、きちく、きちく、と念じながら(笑)書いてたんですが、
それほど鬼畜になってませんね。申し訳ないです。今はこれが精一杯。

タイトルを見て、おや、と思ったアナタは古典SFがお好きですね?かの有名なタイトルですが、あまり内容と関係ないです(笑)
二人より一人の方が気が楽、と思うのが冷たい方程式で、二人の方が強くなれると言うアメリアの主張が暖かい方程式(笑)と勝手にイメージしただけ(笑)
結局ゼルは自らの方程式をくつがえしませんでしたが、自分の身体を焼いちゃった時点で暖かい方程式に変化したんじゃないかな、と思います。
では、読んで下さったすべての方に、愛を込めて(はぁと)
そーらでした♪

この感想を掲示板に書いて下さる方はこちらから♪

メールで下さる方はこちらから♪