「君の小さな手で」


 異界の魔王との戦いが終わり。
 私たちはフィリアさんと別れ、この港町へやってきた。
 次にお別れするのは、私。
 
 
 二、三回深呼吸してから、ギュッと拳を握ってノックした。
「あの……入っていいですか?」
 すぐに部屋の中から返事があった。期待していた冷たい声じゃなく、のほほんとした声の方。
「アメリアかぁ? 開いてるぞ」
 おそるおそる扉を開けると、ベッドから半分身を起こしたガウリイさんが軽く手をあげた。
 もう一つのベッドはからっぽ。
「ゼルなら風呂だぞ」
 なんだ……。
 肩から力が抜ける。知らないうちに緊張してたようだ。
「少し待ってろよ。すぐに戻ってくるさ」
「あ、はい」
 すすめられるまま、テーブルの傍の椅子に腰かけた。
 ガウリイさんもベッドの端に座り直す。
「セイルーンへ帰るんだってな」
「はい。“光の柱”や異界の魔王のこと、報告しなきゃいけませんから」
「そーだな。フィルさんも心配してるだろうし」
 そうだ。旅の間はすっかり忘れてたけど、「黄金竜に襲われた挙句に行方不明」なんて形での出発だったもの。きっと心配してる。
 すっかり忘れてたのだ。とても楽しかったから。
 でも、もう戻らなきゃいけない。
 セイルーンに。第二王女に。
 
 
「ガウリイさんは、またリナさんと旅をするんですね」
「ああ」
 あっさりとした返事。まるで「お日様は東から昇るんだよ」と言うように。
 ガウリイさんとリナさんには当たり前の毎日。
 ふいに視界がぼやけた。
 あれ。どうしたんだろう。
 ごしごし目をこすって、自分が泣いていることに気づいた。
「アメリア、どうしたんだ? どっか痛いのか? リナを呼ぶか?」
 ガウリイさんが慌てて立ち上がる。ほっといたらお医者さんまで呼んじゃいそうだ。
 違います。どこも痛くないです。
「違います。……うらやましいんです」
 言おうとしたのと違う言葉が出た。
「ずっとリナさんの傍にいられるガウリイさんが、ずっとガウリイさんが傍にいてくれるリナさんが、うらやましいだけなんです」
 涙も言葉も止まらない。ぽろぽろこぼれて染みになりそう。
 ガウリイさんは困ったような顔をしていたけど、ふいに左手を広げて私の前に差し出した。
「手、貸してみろよ」
 ……?
 言われるまま右手を出すと、ガウリイさんの手と手のひらがくっつくように合わせた。
「ちっちゃい手だなぁ」
 そんなこと感心されても……。
 たしかに私の指はガウリイさんの指の第一関節にも届かない。でも体格差もあるんだし、
「ガウリイさんの手が大きすぎるんだと思います」
「はは。そうかもな」
 手が外れた。
 と思ったら、今度は両手で包み込まれる。
「俺の手だって小さいさ。だからなんでもかんでも掴むことなんかできない。
 本当に大切なものしか握っちゃダメだ。余計なものを掴んだら、大切なものがこぼれちまうから。
 大切なものだけしっかりと握って。絶対に離しちゃダメだ。離したら失くしちまうから」
 止まったはずの涙が、またぽろぽろとこぼれた。
 
 
「……何をしている、ガウリイ」
 魔王すら凍らせそうな冷たい声。
 驚いて扉の方を見ると、首からタオルをかけたゼルガディスさんが仁王立ちしている。チェック柄のパジャマが可愛い。
 ……なんてドキドキしてる場合じゃない。私はあわててガウリイさんの手を振りほどいた。
 ひょっとして誤解されてるかも。
 あ、ますますドキドキしてきた。
「よ。ずいぶん長湯だったな」
「何をしている、と訊いている」
 どすどすと足音も荒く近づくと、ゼルガディスさんはガウリイさんの胸倉を掴んだ。
「ゼルガディスさん、違うんです! ガウリイさんは何もしてません!」
 パジャマの袖を引っ張って、どうにか私の方を見てもらう。
 でも、ゼルガディスさんはすぐにガウリイさんの方に向き直り、
「何もしていないなら何故アメリアが泣いてるんだ!」
「そーいやなんで泣いてるんだ、アメリア?」
 あわてて目元を拭った。でも遅かったようだ。
 ゼルガディスさんの右ストレートが炸裂した。腰の入った強烈な一撃。
 さすが、かっこい〜……じゃなくて!
「やめてください! ひどいです、ゼルガディスさん!」
「俺のどこがひどいんだ!?」
「手加減なしで人を殴るよーなヤツは十分ひどいと思うぞ」
 頬を押さえながらガウリイさんが呟いた。あのパンチを喰らってすぐに動ける人はガウリイさんかうちの父さんくらいだろう。
「だいじょうぶですか? 回復魔法いりますか?」
「いや、リナに手当してもらうからいい。アメリアはゼルに事情説明、頼む」
 ひょいと立ち上がってすたすたと歩き出す。ダメージが残ってるようにはまるで見えない。
 部屋を出ようとしたところで振り返り、
「たぶん手当に一晩かかると思うから、アメリアはこっちで寝てくれ。じゃな」
 そう言ってパタンとドアを閉めた。
 な、なな……。
 
 
「……ったく、なんだってんだ」
 ゼルガディスさんがボソボソと呟いた。顔が少し赤いように見えるのは私の気のせい?
「ガウリイさんは私がゼルガディスさんを待ってる間、話し相手になってくれたんです。それだけです」
「じゃあ何故泣いてたんだ?」
「それは……」
 ふと手を見た。
 小さな小さな私の手。
「……ゼルガディスさんは旅を続けるんでしょう?」
「そうだ。人間に戻るためにな」
 ゼルガディスさんの青銅色の手。
「私、明日セイルーンへ発ちます」
「……そうだったな」
 大切なものは一つだけ。
「フィルさんによろしく言ってくれ」
「はい」
 さっきガウリイさんがしてくれたように、ゼルガディスさんの手を握った。
 私の両手の中でびくっとふるえる手。
「アメリア?」
「私、ゼルガディスさんを待ったりしません」
 ひんやりと冷たい、石のように硬い、私の大好きな手。
「セイルーンに帰ったら姉さんを捜して城に戻ってもらって、父さんを説得します。それからすぐにゼルガディスさんを追いかけます。一緒に探しましょう、人間に戻る方法」
 顔を上げて、ゼルガディスさんを真っ正面から見つめた。
 いつもクールな顔が今は驚きの色でいっぱいで、とても可愛い。
「今度はゼルガディスさんが待っててください。私が追いつくまで」
 
 
 私の両手は優しくほどかれて。
 ゼルガディスさんの腕が私を包み込んだ。
 
 
 















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はじめまして、丸丸と申します。
3月のゼルアメ強化月間に刺激されて初めてゼルアメを書きました。たまには追いかけるアメリアもありかな、と。
なにげにガウリナな匂いがしますが、そこはそれご愛敬。「ガウリナ主義者の本性は隠せなかったようだな」と笑ってやって下さい。
 
それでは載せて下さったそーら様、タイトルを考えて下さったつけきのこ様、そして読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。