「夜光虫」
〜本気で恋する五秒前〜



(ゼルガディスさん、怒ったわけじゃ、なかったんだ。)
 調子に乗りすぎたかと、どきどきしていたのだ。だって。
(ゼルガディスさんが、こんな風に私の相手をしてくれたのって、初めてですから。)
 まだ、知り合って日も浅い。それはそうなのだが。
 普段の彼は。全くと言っていいほど、アメリアとは口を利かない。というか、異様
に「無口」である。
 何か必要なことがあると、大抵リナに言って、それですます。今の彼らは、リナを
中心に動いているのだから、それで事は足りる。ガウリィともさほど話しているよう
に見えないが、それでも気心の通じている節が、ある。
 リナとガウリィの二人の仲については、今更言うこともない。だから少し、寂しい。
 たまに、自分がお邪魔虫のような気が、する。
 もし。彼がアメリアに、真剣に聞きたいことがあるというのなら。
 それを聞き逃したくはなかった。たとえそれが、「言葉」という形にならないもの
であったとしても。
 
 
 考え込んでいたゼルガディスは、アメリアと目があってようやく我に返った。
 自分を見つめる瞳の真剣さに、ふと後ろめたさを感じる。
 今までにも「女」に、熱い眼差しで見つめられたことは幾度か、ある。しかし、ア
メリアの視線には寸分の「媚び」も含まれてはいない。
 その素直さと真摯さが、身体のどこかに突き刺さるような気がする。
(・・・俺は、こいつのどこを見ていたんだ?。)
 「お姫様」だと思っていた。自分には、関わりのない世界の人間だとも。
 だが、目の前にいるのは。
 彼を理解しようとつとめる、普通の少女だった。
 ゼルガディスは、自分の心の中で何かが動いたのを実感した。正体不明の、暖かい
何か。
「アメリア」
「はいっ!」
 自分の名を呼ばれ、「待っていました」とばかりに顔を輝かせるアメリア。そんな
表情で真正面ゥら見つめられたら、彼でなくても照れる。
 ちょいちょい。人差し指で彼女を招く。アメリアの視線が指に向いたのを確認して
から、今度はその指先を下に向ける。彼のとなりのスペースに。
 目を見開く。呆然とする。頬に朱がさす。相変わらず、彼女の表情はくるくるとよ
く動く。
 アメリアが、妙に神妙な顔つきのまま彼の隣に座るのは、その直後のことであった。
 
 
(どうしたんだろう。何だか、今日のゼルガディスさん・・・優しい。)
 狭い結界の中。わざわざ身体が触れ合うような場所にアメリアを呼んだゼルガディ
ス。しかも。
(肩!肩!ゼルガディスさん、一体どうしちゃったんですか?)
 彼の手が、肩を抱く。このシチュエーションってもしかして!!
 どきどきどきどき。
 アメリアの思いを知ってか知らずか。ゼルガディスが呟く。
「身体が冷えてきたな。やはり、水中は冷えるか。そろそろ引き上げた方が良さそう
だな」
 ・・・・はうぅ。私ってば、何を期待してたんでしょう。
「さっきの話だが」
 視線を結界の外に据えたまま、ゼルガディスが語る。
「お前は今まで、周りの人間から愛され、慈しまれ、大切に育てられてきたのだな・
・・と。そういうことを言いたかっただけなんだ」
「はい。私はとても愛されて育ちました。そのことを忘れたことはありません。でも
・・・。 
 それが、『脳天気』で、『周りに甘えている』ことになるんでしょうか?
 ・・・あの〜。どうして笑ってるんですか?ゼルガディスさん」
(・・・私何か、変なこと言っちゃったんでしょうか・・・。)
「別に、おまえを笑うつもりじゃ、なかったんだ。ただ・・・面白いと思っただけで」
 これだけでも十分失礼な発言なのだが。ゼルが大まじめなので、つっこまないこと
にしたアメリアだった。話題がとぎれ、アメリアはこっそり彼の整った顔を見上げる

(ゼルガディスさんって。・・・自分が美形だっていう自覚、あるのかな?)
 アメリアの肩に手を回したまま、暗い世界に瞬く光を眺めているゼル。
 ふたりきりで。星を見つめて。
(これって、デートなんですよ・・・ね。)
 お城の女官達のおしゃべりに、よくでてきた話題。聞く方も話す方も、異様に熱が
こもっていた話題。 デート。
 お姫様という特殊な身分の彼女は、「誰かと二人で、静かな場所で寄り添って過ご
す時間」というモノにあこがれていた。
 言葉がなくても。何もしなくても。一緒にいられるだけで、どんなにしあわせな気
分になれるかと。頬を染めて語っていた、若い女官の言葉が脳裏によみがえる。
 でも。何かが、違う。
「まるで、夜空に浮かんでいるようだな」
 ゼルガディスが、呟く。視線を、外に向けて。
「・・・いつか。私たちが本当に星の世界にたどり着けるようになるころには。
 魔族なんかに、苦しめられることはなくなるんでしょうか」
 姫の言葉に、なぜか絶句するゼル。
「アメリアは、気宇壮大だな。俺はそんなこと、考えもしなかった」
 苦笑して、そして。ぽつりと呟く。
「その世界のどこかになら、俺の身体を元に戻す方法があるんだろうか・・・」
 ああ。そうか。
(この人の視線は、どこかずっと遠くに向かっている。)
 こんなに近くにいるのに。二人っきりなのに。
 やっとわかった。それだけじゃ、デートとはいえない。
(この人の心は、私の方に向いていない。)
「私やっぱり、甘えてるんでしょうか」
 アメリアの唐突な言葉に、いぶかしげに視線を向けるゼルガディス。
(誰もが愛してくれると。きっと、思い上がってるんですね、私。)
 さっき、ゼルガディスが言いかけていたのも、そういうことなのだろう。
 でなければ。こんなに辛いはずが、ない。苦しいはずが、ない。
 ゼルガディスの心に、自分がいないことが。
「アメリア?なぜ、泣いているんだ?」
 問われて気づく。瞳からあふれる、涙。
(嫌だ。見られたくない。)
 激した感情が、普段のアメリアなら絶対とらない行動に彼女を走らせる。つまり。
 涙を見られたくない一心で、逃げ出したのである。風の結界をといて。
 
 ぶくぶくぶくぶくぶく。
 
 ・・・水面に浮かび上がったアメリアが、ゼルガディスを沈めてしまったことに気
づくのには、それほど時間はかからなかった。
(ど、どうしましょう。)
 一瞬、リナ達に助けを求めることを考えた。だが、そんなヒマはない。
 もし、水中呼吸の呪文が間に合わなかったら。ゼルガディスは、溺れているかもし
れないのだから。
 ・・・意を決して再潜水する。
 その後。湖底に「腕組み仁王立ち状態」のゼルガディスを発見し、おもわず再び逃
げ出しそうになったアメリアであった。
 
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
 いきなり逃げ出した理由を説明できないアメリアは。
 ただ、ひたすら謝りたおすより他に、取るべき態度を思いつけなかった。しかし。
「俺は、おまえが怒って、行ってしまったんだと思っていた」
 ぽつりと。意外なことを呟くゼルガディX。
「だから、一晩かけて歩いて帰る覚悟を決めたところだった。・・・迎えに来てくれ
て、助かった」
 大きな目を、さらに大きく見開いて彼を見つめるアメリア。
「『愛されて育った』なんて科白は、そう簡単にでてくるモノじゃ、ない。・・・と
思う。
 そんなところが、おまえのいいところなんだろうと。始めにそう言えば、よかった
んだな。
 言葉が足りなくて、すまなかった」
「ゼルガディスさんこそ、怒ってないんですか?」
 半べそ状態のまま、彼を見上げるアメリアの視線が、ゼルガディスの視線と、ぶつ
かる。
「そういえば今朝、水難の相がでていた」
「え?」
「巨大水玉がふってきたり、池に突き落とされたり、湖底に沈められたりしたが・・
・。
 つまりはこれが、水難というんだろう」
 そう言って、にやり。と笑うゼルガディス。
 彼の表情が、「そういうことにしといてやる」と、告げている。
「あのぉ。女難の相は、でてなかったですか?」
 くすくす笑いながら、たずねるアメリア。
「女難か。それは、ガウリィの旦那の専売特許だな」
 ゼルガディスも、笑う。
「何しろあの旦那。女難と二人旅をしているようなモノだからな」
「ゼルガディスさんったら。リナさんが聞いたら、怒りますよ」
「・・・俺はリナのことなんか、口にした覚えはないぞ」
「・・・あ!ずるいです!ゼルガディスさんってば!」
 重なる笑い声。
「アメリアに、頼みたいことがある。俺に、治癒(リカバリィ)の呪文を教えてくれ
ないか?」
 ゼルガディスの言葉に、嬉しそうに微笑むアメリア。
「まかせてください!でも、どうして急に?」
 もっともな質問に、なぜか気まずそうな顔をするゼル。
「以前から思ってはいたんだが。・・・他人に頼み事をするのは、苦手なんだ」
「他人じゃないです。仲間です!仲間なら、助け合わなくちゃ。
 だから、私には黒魔法、教えてくださいね」
 「仲間」という言葉に、微妙に表情を変化させるゼルガディス。だが、元気いっぱ
いアメリアの迫力に気圧されたのか、何も言わず、苦笑する。
「黒魔法?リナに教わらなかったのか?」
「それがぁ。聞いてください!前に、リナさんに竜波斬(ドラグ・スレイブ)を教わ
ったとき・・・」
 しゃべりつつ、歩き出す二人。宿に向かって。そろそろ、リナ達が心配しているだ
ろう。
 
 アメリアが、「正義の仲良し四人組!!」と叫んでゼルガディスを辟易とさせるよ
うになるのは、ほんのちょっぴり後の話である。
 
  

















                                    
   おわり
 
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  作者のたわごと
 
 作者でございます。あははははは(乾いた笑い)。
 シシュンキな話になってしまいました。石でも何でも、投げてやってください。
(爆弾メールは、さすがに嫌ですが)
 ゼルとアメリアのFirst Contactな話を、書きたかったんです。
(ゼルってほら。人見知りしそうだから。アメリアと、どうやって仲良くなったのか
な?とか。考えちゃったんですよ。)
 舞台は NEXTの序盤です。このあと、「にゃらにゃらの鍋」につながります。
 
 タイトルの話。「夜光虫」なるハードボイルドが書店に平積みになっているのに気
づいたのは、アメリア達が二人っきりになるくだりを書いているときでした。そこで
、あわててつけたサブタイトル。
 「本気で恋する5秒前」。でも、これはアメリアのことです。ゼルの方は、5分。
イヤ、もっともっとかかりそうだな。やっと彼女が視界に入ったってところですから

 
 このお話の元になったのは、一枚の暑中見舞いです。
 暗闇の中で、背後からアメリアを抱きしめるゼルガディス。静かな、いい雰囲気の
絵でした。
「こういう二人を書きたい!!」と、思ったんです。背景に、蛍が飛んでるといいな
ぁなどと考えつつ。
 結局、蛍は夜光虫にかわったのですが。う〜〜ん。あのイラストの雰囲気、出せた
かなぁ。
 と、いうわけで。このお話は、穂波さん。あなたに捧げます。
 
 最初の予定より、長い話になってしまいました。おまけに季節が・・・。(秋が終
わろうとしていますね)。
 ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
 よろしかったら、これからもまたおつきあいくださいませ。
 それでは、また。