「あなたにそばにいてほしい

 サイラーグの、二度目の滅亡を見送った一同が、アメリアとシルフィールをセイル
ーンに送ってゆく、その途中のささやかなエピソード。
 
 
「ねえ。アメリア、来てない?」
 リナの声に振り向くガウリィとゼルガディス。戸口に立ったリナは、やや困惑した
表情でつぶやいた。
「シルフィールも、いないのよね。どこいっちゃったのかなぁ」
「ふたりで、買い物にでも行ったんじゃないのか」
 ゼルガディスの言葉に、珍しくためらいの表情を浮かべたまま、リナが答えた。
「今日だけじゃ、ないのよ。昨日もいなかったし。よく考えたら、その前も、夕食の
あとでふたりとも、どこかに行ってたみたいなの」
「・・・今まで、気付かなかったのか?」
 穏やかな声でたずねるガウリィの声に、リナの困惑の表情はますます濃くなってゆ
く。
「うん。だってあたし、盗賊退治に行ってたりした・・・し・・・あはははは」
 ガウリィににらまれ、リナの言葉は途中でとぎれる。
「またお前、そんな事を!休んでろって、言っただろ?」
「ま、まあ。それはこっちに置いといて・・・」
 あわてて手を振り、何かを横に置くような身振りでごまかすリナ。
「まあ。一人でいなくなったのならともかく。ふたり一緒なら、心配することはある
まい」
 ゼルガディスも落ち着き払っている。それが、何となく面白くない。
「昨日今日のことなら、あたしだって心配しないわよ。でも、連続でこっそり宿を抜
け出すなんて変じゃない。あたしだけじゃなくて、ゼル達にも、何も言わずによ?!

 その、意外なほどの語気の強さに、顔を見合わせるふたり。
「・・・ひょっとして、心配してるのか?リナ」
「あたしが心配しちゃ、おかしいの?ガウリィ」
 険悪な表情で言い放つと、そのままの勢いで今度はゼルガディスに向き直る。
「ねえ、心配ないって言うなら、どんなシチュエーションが考えられるか、教えても
らえるかしら、ゼル?」
 問われて、言葉に詰まるゼルガディス。
「それは・・・オトメのヒミツとかいうやつじゃ・・・」
 最後までいわせず、リナがつかみかからんばかりの勢いで叫んだ。
「ちょっとゼル。つまんないこと、言わないでよ。仮に、あんた達に言いにくいこと
だったとして、どうしてあたしにまで秘密にしなきゃならないのよ!!」
 最後は絶叫だった。はあはあと肩で息をするリナの頭に手を置いて、ガウリィがつ
ぶやいた。
「な〜んだ、リナ。お前、仲間外れになったのが寂しいんだな」
 ぱしっ!頭上のガウリィの手をはたくと、リナはふたりに背を向けた。
「・・・何よ、ふたりとも。
 あたしたちにも言えないような、ややこしい事態に巻き込まれてるかもしれないと
か、考えないの?!!」
 聞き逃しそうなほど、低い声でつぶやくリナ。
「おまえじゃあるまいし」
 ガウリィが答えると、ゼルも言葉をつないだ。
「リナがらみのトラブルより、ややこしい事態なんてそう、ないと思うぞ」
 ぴりっ、と。部屋に電流が走った・・・ような感触が、あった。
 ふたりの不用意な発言が、リナの表情を凍らせたのだ。はっきり言ってそれは、絶
叫していた今までのどの表情よりも・・・怖かった。
「そおね。その通りだわ。よくわかった。あたし一人で行くから」
 そういい捨てるなり、リナはくるりときびすを返すと、部屋から飛び出していって
しまった。
「・・・・・・」
 気まずそうに、顔を見合わせるふたり。冥王との壮絶な戦いのあとのせいか、少々
緊張感に欠けていたかもしれない。
「いくか」
「おお」
 短い受け答え。そして、どちらともなく窓を開けると、剣をつかんでそのまま飛び
降りた。
 
 
「馬鹿、馬鹿、馬鹿」
 つぶやきながら、林の中を進む。誰に対する罵倒なのか、リナにもわかっていなか
った。
 ふたりの行方は簡単に、わかった。宿の女あるじに尋ねたら、あっさりと答えが返
ってきたのだった。
 アメリア達は彼女から、林の中の貯蔵小屋を借り受け、そこで何かやっているらし
い。
 ふたりが、自分から隠れ家を求め、そこでゼルガディス言うところの「オトメのヒ
ミツ」とやらにいそしんでいるのなら。何も心配することはないのであるが。
(ガウリィの言うとおり、仲間外れにされて寂しかっただけかな?まさかね。)
 精神力のすべてを消耗し尽くしたあの戦いの後遺症で、神経の波の起伏が激しくな
っているのかもしれない。リナは自分のほっぺをぺちぺちとたたくと、再び歩き始め
た。
 
 教えられていた小屋は、すぐ見つかった。リナは足音を殺して近寄ると、壁に耳を
当て、中の様子を探る。ふたりが、リナにさえ内緒で何をしているのか、興味があっ
たのだ。
 (当然よね!!)
「シルフィールさん。この髪の毛きれいです!触っていいですか?」
 アメリアの声が聞こえる。をや?
「どうぞ。でも、アメリアさんのこのほっぺも、ぷくぷくしていてとても触り心地がよさそう」
 シルフィールが答える。・・・何やってるんだろう、このふたり。
「・・・もうすぐ、セイルーンに着いちゃいますね」
 しんみりとつぶやくアメリア。
「そうですね。でも・・・」
 答えながら、シルフィールが移動する気配がする。
「・・・こうしていれば大丈夫。いつも、一緒ですよ」
「そうです・・・よね」
 なんかこぉ。はいって行きづらい雰囲気だなぁ。悩むリナの耳に届く、小さなため
息。そして。
「いつも、そばにいてくださいね」
 アメリアの声には、リナでさえ胸を突かれるほどの、真実の心が込められていた。
 そのとき。
 がたっ!という、何かがぶつかる音がした。見るとそこには、いつの間にか追いつ
いたガウリィとゼルガディスがいた。窓から中の様子をうかがっていたらしい。
 面白いほどまっ赤になったゼルガディスが茂みの中に隠れるのと、厳しい誰何の声
が聞こえたのがほぼ同時だった。うろたえるガウリィと目があったリナは、仕方なく
立ち上がる。
「あたしよ」
 声をかけつつ扉を押し開く。そして。
「ええええっ!リナさん、どうして?!」
 アメリアが、叫ぶ。どうしてってそりゃ。ばれないわけ、ないじゃない。
「あんた達、何やってたの?」
 ジト目でにらむリナを、呆然と見つめ返すアメリア。胸に、なにやら白いモコモコ
したものを抱きかかえている。
「あら。見つかっちゃいましたか。」
 一方。全く動じず、にっこりと微笑むシルフィール。
 ・・・あんた、本当にイイ性格してるわよ。
「実はアメリアさんに頼まれて、ふたりでこれを作っていたんです」
 アメリアの腕の中にあるもの、それは。
「ゼルガディスさん人形なんです。可愛いでしょ?」
 シルフィールの言葉で我に返ったアメリアは、まっ赤になってうつむいた。テーブ
ルの上には、アメリア人形やガウリィ人形もある。
「アルメテの塔のことを思い出して、どうしても欲しくなって。こっそり、作ってい
たんです」
 まっ赤になったまま答えるアメリア。
「それはいいけどぉ。どおして、『ゼルうさちゃん』なのかな?アメリア」
 リナの質問に、真剣な表情を向けてアメリアが答えた。
「だって、可愛いかったじゃないですか!リナさんにも作ったんですよ、ほら!」
「・・・だからどおして『くらげガウリィ』なわけ?」
「可愛いから、いいんです!!」
 その場で頭を抱えてうずくまる、リナ。
(あたしの・・・あたしの心配って・・・)
 悩むリナの肩に手をかけたシルフィールが、ささやいた。
「ふつうの人形も作ってみたんですけど。アメリアさんったら、照れちゃって。可愛
い人ですよね」
 ころころと笑うシルフィールを、恨めしそうに見てからアメリアが言った。
「リナさん。お願いですから、このことゼルガディスさんには、内緒にしてください
ね」
 すると。下を向いていたリナの顔がぎぎぃ〜っと持ち上がり、困ったような表情を
見せた。
「あはは。ごめん。
 まさかこんなこととは思わなかったから、ガウリィとゼルも、すでにここに来てた
りして。
 てへぇ」
 あわてて窓の外を見るふたり。そこには。
 にこにこと手を振るガウリィと、赤面したままのゼルガディスが、いた。
「リ・・・」
「り?」
「リナさんの、馬鹿〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 アメリアの絶叫が、小さな小屋の中に響きわたった。
 
 
「ああもう、まったく。まさか本当に『オトメのヒミツ』だとは、思わなかったわ。
馬鹿馬鹿しい」
 そうつぶやくと、テーブルに身を投げ出すように顔を伏せるリナ。昼下がりの酒場
には、ふたりの他に人の姿は、ない。
「何事もなくて、よかったじゃないか」
「・・・まあね」
 ガウリィの言葉に、苦笑で答えるリナの頭の上に。彼の大きな手のひらが、ぽんと
、のせられる。
「すまなかったな」
「へ?」(いきなり謝られても、訳が分からないよ、ガウリィ。)
 思わず顔を上げようとする、リナ。だが、彼の手は頑固に、ゆっくりと、リナの髪
の毛をなで続ける。
「おまえがあんなに心配性だとは、知らなかった。え〜っとつまり。
 オレが馬鹿みたいに捕まっちまったとき、心配かけたんだろうな・・・と、思って
さ」
「心配なんて、しなかったわよ」
 即座に答える、リナ。
「そんな暇、なかった。・・・夢中だったから」
 うつぶせになったまま、素早くつぶやく。髪の毛を滑る手のひらが、暖かい。
「リナに心配かけないよう、いつもそばにいるからな」
 いつも、そばに、いてくださいね。
 ガウリィの言葉に、別の声が重なる。人形を抱きしめて、せつなくつぶやく・・・
アメリア。
「馬鹿」
「お?」
 驚いて、手を引っ込めてしまうガウリィ。
「馬鹿よ。ゼルもアメリアも。アメリアなんて王族なんだから、ゼルをセイルーンま
で引っ張っていったら、強権発動して、強引に結婚でも何でも、しちゃえばいいじゃ
ない。
 ゼルと離れたくないくせに!」
 顔をテーブルに伏せたまま、強気に言いきるリナの頭に、再びガウリィの手のひら
が、被さる。
「おまえね。もし、アメリアが強権ナントカでオレ達にも結婚を迫ったら、素直に応
じられるか?」
「う・・・」
 言葉に詰まり、絶句するリナ。
「言いたいことは、わかるさ。そんなに心配しなくても、大丈夫。
 ゼルは、お前が思ってるほど、鈍い男じゃないからな」
 ぽんぽん。リナの頭を軽くたたき、ガウリィはたのしそうに笑った。
「さっきもさ。小屋の中でアメリアがゼルの人形を抱きしめたのを見て、まっ赤にな
ってたし」
「よけいなことを言うな馬鹿者」
 不機嫌そうな声が乱入してきた。
「よお。ゼルガディス」
 ガウリィが明るく声をかける。リナが顔を上げると。
 目の前に、荷物を片手に、旅支度を調えたゼルガディスがいた。ふたりの目を見ず
、苦虫をかみつぶしたような表情を取り繕っているが。
 かすかに残った頬の赤みが、彼の努力を無に帰していた。
「やだ、ゼルちゃんたら、照れてる〜〜〜」
 からかうリナをにらんでいただゼルは、ほどなく表情をゆるめた。
「俺は、ここから別行動をとる。お前達、ふたりをセイルーンまで連れていってくれ」
 素っ気なく言い放つゼルガディスに、驚くリナ。
「そのこと、アメリアは?」
「さっき、話した。リナには、関係ないだろう」
 突き放した言い方に、むっとするリナ。
「あら、そう。別れのキスでも、してきたのかな?」
 皮肉のつもりのリナのセリフに、悠然と笑って答えるゼルガディス。
「抱きしめてきたさ。押しつぶすくらいにな」
「でぇぇぇぇ?!」
 意外なセリフに驚くふたりを面白そうに見てから、ゼルが答えた。
「例の人形のことだ。アメリアが、そうしてくれといったんだ」
 そうすれば、人形にも魂がこもるのだと。まじめに告げた、少女。
「ああ。そゆこと」
 脱力するリナ。
 人形を抱いてみてくれと、彼女が言ったのは事実だが。彼が、人形をアメリアごと
抱きしめたことまでは、口にしなかった。
 (オトメゴゴロというのは、よく、わからんな。)
 内心つぶやく、ゼルガディス。
 だが。言葉にならない再会の約束は、彼の胸にしっかりと根付いていたのだった。
「元気でな、ゼル」
 ガウリィの挨拶は、短い。リナも、あきらめたように手を振る。
「ああ、また逢おう」
 そんな科白が、するりと口から滑り落ちる。自分の言葉に苦笑しつつ、ゼルはふた
りに背を向ける。
 アメリアにも。リナとガウリィにも。シルフィールにも。
 再び逢える。そんな確信を胸に、扉をくぐった。
 
 
 ゼルガディスが、自分の荷物の中に「星アメリア人形」を見つけて驚くのは、それ
から数日後のことであった。
 
                                     
おわり
 
 
 















 
作者のたわごと
 
 お読みくださり、ありがとうございました。作者です。
 ゼルアメのつもりだったのに、何だかガウリナですね。どおしてだろう。
 小説って、奥が深い。(いい加減な奴)
 
 このお話には、元ネタがあります。
 今年はウサギ年。だからゼルうさか?!・・・と。ここまで単純な話ではありませ
ん。
 年賀メールをたくさんいただいた中に、「ゼルうさ人形を抱くアメリア」という作
品がありました。
 リナバニーやアメリアバニーづくしの中のそれは、とても愛らしくて新鮮で。
 こういうお話が、速攻で浮かんでしまったのです。
 と、いうわけで。このお話は、年賀メールをくださった穂波さんに捧げます。
(以前。穂波さんの暑中見舞いでも、お話を書いたんですよね、わたし。穂波さんと
はフィーリングが合うんだろうか)
 ゼル人形は、アメリアの所に。アメリア人形は、ゼルの所に。では、ガウリィ人形は?
 実は。どさまぎでシルフィールがゲットしたのでありました。
 がんばれ、シルフィール!(^0^)/
 
 それでは。気に入っていただけたら幸いです。
 また、別の作品で、お会いしましょう