「ときには昔の話を」


  
 あてのあるような無いような旅を続けるリナ達一行は、小さな村を通りかかった。
 山羊や鶏が庭先でまどろみ。聞こえるのは子供の歓声と、木遣り歌。
 旅人にすれば、風景の一つに数えても差し支えないほどの、平和な村。
 むろん、リナ達も立ち止まるつもりはなかった。さっさと峠を下りて、うまい料理の食べられる「街」にたどり着く予定だった。
 だが。
 突然聞こえた子供の悲鳴が、彼らの予定を強制的に変更させてしまった。
「落ちた!落ちちゃったよ!!」
「ティンが!川に!」
「お姉ちゃんのせいだからね!!」
 脈絡のない叫びから、誰かが川に落ちたことを知り。
 真っ先に川面に身を躍らせたのは、アメリアだった。
 さして広い川ではないが、その分流れは速い。白い影が、見る見る下流へと押し流されてゆく。
「アメリア!!・・・くそっ」
 翔封界で、彼女の後を追うゼルガディス。・・・追いかけても、何もできないことを知りつつも。
 
 
「・・・あれ?わたし、どうしちゃったんでしょうか・・・」
 目を開いたアメリアは、誰にともなく、たずねた。ひとりごとよりは意味がある程度の問いに、低い男の声が答える。
「やっと、目が覚めたか」
 ぼんやりと天井を見つめていたアメリアは、一拍おいて、声の主に気付いた。
「ゼルガディスさん?」
「ああ」
 短く応える声。どうして、ゼルガディスさんが?
 アメリアは首を巡らせ、部屋の中を見回す。低い、急な傾斜を持つ天井。小さなタンス。
 屋根裏部屋なのだろう。天窓からはいる光は、ほのかに薄赤い。朝焼けか。夕焼けか。
 宿屋ではなさそうだ。タンスの上に飾られた布人形を見て確信する。ここは、子供部屋だ。
「・・・ここは?」
「覚えていないのか?お前、川に飛び込んで・・・」
 ああ。そうだった。子供が川に落ちたと思って、助けようとしたんだ・・・。
「えっと。あれからどうなったんでしょうか?」
 アメリアの問いに、苦笑で応えるゼルガディス。
「無事だ。お前よりずっと元気そうだったぞ、あの・・・子犬は」
 そう。落ちたのは子供ではなく、子犬だった。リナがガウリィを抱えて翔封界で飛び、流されるアメリアをねらってガウリィを落とすという「無責任れすきう作戦」(リナ命名)で、アメリアを助けたとき。彼女の胸にはしっかりと、小さな犬が抱きかかえられていたのだった。
「そうですか。・・・よかった」
 そうつぶやき、けほけほと軽く咳をする。
「飼い主は、ずいぶん感謝していたぞ。お前のために、自分の部屋を提供するくらいにな」
 それで、子供部屋だったのか。アメリアはあわてて起きあがろうとする。
「そんな!子供の部屋を取り上げるなんていけません!わたし、すぐに起きます!」
 がばっ!と。身を起こそうとしたアメリアは、激しいめまいに襲われた。視界がかすみ、強烈な頭痛が意識を乱す。
「・・・無理をするな。熱があるんだ。今日一日は、寝ていた方が無難だぞ」
 素っ気ない声と共に、白い法衣が彼女の横に立つ。
「あんな危険を冒しておいて、助けたのは犬一匹。」
 ぽん、と。彼女の額におかれる冷たいタオル。アメリアはわずかに視線を動かし、ゼルガディスの表情を探る。
「・・・でもまあ。アメリアのことだ。最初から犬だとわかっていても、飛び込んだんだろうな」
 ゼルガディスは、さっさと彼女に背を向けてしまった。だが、声の調子は別に、怒っているようではない。
「わたし、風邪引いちゃったんですか?」
 アメリアに背中を見せ、イスに腰掛けるゼルガディス。
(どうして、こっちを見てくれないんでしょうか?)
「風邪は、あとで付いてきたおまけのようなものだ」
 ため息ひとつ。やがて、ゼルガディスがぼそりとつぶやく。
「本当に、覚えていないんだな。お前、流木で肩を打って、意識不明だったんだぞ」
「え?」
「この村には医者はいないし、近隣まで捜しても復活の使える術士もいない。治癒は使いすぎると患者の体力を消耗するから、使いようによっては危険だとリナが言うし。
 そのうち風邪まで併発して高熱にうなされるようになった時にはもう。・・・死ぬかと思ったぞ」
 言われてみれば、肩も痛い。今までは、頭痛に紛れて気付かなかった。
「ごめんなさい・・・」
 しゅんとなって呟くアメリア。その声に、ゼルガディスの苦笑が被さる。
「謝るということは、反省したんだな?」
「え?」
 ゼルガディスが、背中で応える。
「『もう、危険なことはしません』・・・そういうことだと理解して、いいか?」
「え〜〜〜っと・・・」
 ようやく、意識が「事実」に近づいてきた。ゼルガディスさん、心配してくれていたんだ・・・。
「ごめんなさい・・・」
 しばらくして。彼女の口からこぼれたのは結局、この一言だった。だが、この科白を彼は予想していたらしい。ゼルガディスの背中が、笑いで揺れる。
「『約束は、できない』と、いうことか?・・・まぁ、そうだろうな。お前は『正義の味方』だからな」
「あの・・・」
 彼に語りかけようとしたアメリアの声は、厳しいゼルガディスの声で断ち切られた。
「『ごめんなさい』は、もういい」
 頑固に、彼女にむけられた背中。
(今、どんな顔してるんですか?ゼルガディスさん)
 アメリアは精一杯手を伸ばし、彼のマントをそっと、引っ張る。
「・・・とにかく。水だけは勘弁してくれ。俺には、打つ手がない」
 うっかりすると聞き逃しそうな、かすかなつぶやき。アメリアは黙って、マントをつかむ手に力を込める。
 そう。水に沈むという欠点を持つ彼の身体は。ああいう場合、何の助けにもならない。
 翔封界を使えば水中移動することも可能だが、溺れている人間を助けるためにはいったん結界を解かないといけない。空中からホバリングして救出するときも、同じである。どちらにしても、泳げないゼルガディスには致命的な事態になる。助けにいって、自分が溺れるわけにはいかない。
 半ばやけくそで、覇王氷河烈で川を凍らせてダムを造り、強制的にアメリアの身体を止めようとまで思い詰めたことは・・・ないしょ、である。
「何か、食べるか?」
 やや唐突に、そう言うゼルガディス。
「待っていろ」
 ぱさり、とマントをひるがえし、彼は部屋を出ていった。
 あとに残ったのは、空っぽの、手。いつの間にか窓の外には薄暮が迫り、先ほどの残光が夕焼けであったことがしれた。だが。
 アメリアは、ゼルがいなくなったせいで部屋が暗くなったような気がしてならなかった。
 
 
 ゼルガディスがお盆を抱えて部屋に戻ると、扉の向こうから呪文詠唱の声が聞こえてきた。
「復活か?大丈夫なのか?無理はしない方がいいぞ」
 その声に、アメリアがふりかえり、笑う。
「大丈夫ですよ。とりあえず、肩の痛みだけは押さえました」
「・・・なら、座れるな?食事をするなら、こちらの方がいいだろう」
 そう言いつつアメリアに近づくゼルガディス。ひょい。と、彼女を抱き上げ、さっきまで彼が座っていたイスにおろす。テーブルの上には、カボチャのポタージュスープとヨーグルト。一口大に焼いたパンケーキ。
「ゼルガディスさんは、食べないんですか?」
 もきゅもきゅと口を動かしつつ、アメリアがたずねる。
「俺のことは、気にするな。いいからさっさと食べて、寝ろ」
 相変わらず、ゼルの言動は素っ気ない。リナがここにいれば、「ゼルったら、てれちゃってぇ〜〜」と、つっこんでくれるだろうが。
 幸か不幸か、もう一組のカップルは今ここにはいない。
「わたしならもう大丈夫です!心配させて、ごめんなさい」
 そういいつつ、ガッツポーズを取るアメリア。熱で潤んだ瞳でそんな事を言っても説得力がないが、ゼルはわざと冷たく応える。
「大丈夫か。それならもう看病の必要はないな」
 ぽと。アメリアの手にしていたスプーンが、床に落ちた。大きな目をさらに見開き、無防備に驚きの表情をみせる。
 多少いじめてやろうと思ってはいたが、こんなに驚くとは思っていなかった。さらに、そのあとの彼女の反応はゼルの予想を越えていた。
「・・・それは一体、何のつもりだ」
 食事もそこそこにベッドに飛び込み、首まで毛布を引き上げて「おやすみ態勢」に入ったアメリアに、ゼルがたずねる。
「看病(はあと)」
 心底嬉しそうな声でそう言われ、二の句が継げないゼルガディス。
「看病?意識は戻った。肩の打撲も直った。メシも自分で食える。今更何の看病が必要なんだ?」
「病人がベッドから逃げ出さないように、そばについているとか・・・」
「リナか、お前は」
 大きなため息と共に呟くゼルガディスに、アメリアはあわてて付け加える。
「え〜っと。信頼できる人がそばにいてくれるだけで、快復力がぐっとアップするんです!!」
「本気で言ってるのか?」
「もちろん本気です!!でも、じっと座っているのも退屈でしょ?だから、何かお話ししましょう」
 アメリアの頬が上気しているのは、熱のためだけではなさそうである。
「その元気なら、問題なさそうだな」
「あ!!待って下さい!どんなお話でも良いんです!昔話とか!」
 本当に去りそうな気配を見せたゼルのマントを、必死で引っ張るアメリア。
 体を起こし、両手でしがみつく彼女を、ゼルは無表情に見下ろす。その瞳の奥では、明らかに面白がっているのだが。今のアメリアはそこまで気付く余裕がない。
「昔話?」
「・・・わたし、ゼルガディスさんのこと何も知らないから・・・。一度、聞いてみたかったんです」
 彼を見つめる、真剣なまなざし。
「でも、ゼルガディスさんがイヤなら、なんでもいいんです。童話やおとぎ話でも」
「お前、歳はいくつだ?」
 あきれたように言うゼルガディス。アメリアは楽しそうに、小さく笑う。
「だって。ゼルガディスさん、おしゃべりとか苦手そうだから」
 ふっ、と。ゼルの表情がゆるむ。
「おとぎ話、か。アメリアは、どんな話が好きなんだ?」
「それはもう!正義の勇者が悪人をなぎ倒し!とらわれのお姫様を救って、平和な世界を・・・ごほっ、ごほっ」
 熱弁をふるおうとしていたアメリアは、せき込みながらベッドに倒れ込んだ。
「まだ熱があるくせに、そんなに興奮するんじゃない。・・・正義関係は、没だ」
 アメリアをベッドに押し込み、毛布をかけ直してからゼルが呟く。
「そうだな・・・。『大魔道士とまぬけな弟子』という話はどうだ?」
 嬉しそうに瞳を輝かせるアメリア。まるで幼い子供のように。
(そう。おとぎ話だ・・・。)
 自分にそう言い聞かせると、少し気が楽になる。
 
 
「むかし。世界に名を知られた魔道士がいた。
 そうだな・・・。リナよりも、すごい魔道士だ。
 聖人とか、放浪の賢者とか呼ばれて、その名前が伝説化していたほどだ。
 いろいろな場所に現れては、不治の病に冒された子供を救ったり、魔族を退治したり、
 古代遺跡の封印を解いたりと・・・。まぁ、話のネタのつきない男だった。
 だが。
 その魔道士が放浪していたわけを知っているものは、ほとんどいなかった。
 当然だな。大切なのは「助けられた」という事実なんだから。
 伝説の人だから、彼らを救いに現れた。普通の人間がそう考えても、不思議はない。
 だけど、本当はそうじゃなかった。
 
 さて。ここに、ひとりの男がいる。
 そいつは、この魔道士にあこがれ、弟子になった。
 不死身に近い体と人智を越えた深い知識。
 そして何より、ずば抜けた魔力。
 それらすべてを兼ね備えた・・・最強の魔法戦士を目指して。
 弟子は、師を越えたかった。
 強く、なりたかった。
 強くなること。それしか、頭になかった。
 
 弟子から見て、魔道士は完璧な男だった。
 魔道士協会は、彼を常任理事にしようと常に行方を追っていた。
 教会も、大司教の座を彼にと、いろいろ騒いでいたようだった。
 王族達も、彼を宮廷魔道士に迎えるためなら、手段を選ばなかっただろうな。
 渋い二枚目だったから、思いを寄せる女には事欠かなかったし。
 ん?・・・ああ。そうだ。強大な魔力は老化をも遅らせるのか、
 魔道士は百年以上を生きても外見は二十代のままだったんだ。
 ところが、魔道士はそういったいっさいの栄光には、まるで関心がなかった。
 彼の真の目的を知らない人間から見れば。
 世のため人のため、放浪の旅を続ける聖人だってことになっても無理はあるまい。
 そう思いたいのが、人情というものだろう。
 
 その魔道士は、生まれつき目がみえなかった。
 だけど、誰もそんな事気にはしなかった。
 それ以外のものを、すべて手にしていたんだからな。当然だろう。
 目がみえなくても、魔道士は並の人間と全く変わらない生活ができた。
 魔道士としてだけではなく、戦士としても一流だった。
 弟子なんかいつも、片手一本で良いようにあしらわれていたほどだ。
 恐ろしく鋭い勘と洞察力で、人の考えていることを当てるのなんかお手のものだった。
 
 誰が想像する?魔道士の真の望みが、己の目を開かせる、ただそれだけだっただなんて。
 
 ところが。その偉大な知力と魔力の総力を結集しても、彼の目は開かなかった。
 彼以外の、哀れな盲目の患者はすべて光を取り戻したのに・・・だ。
 だんだんと、そいつは手段を選ばなくなっていった。
 絶望が、さしもの強靱な神経をも狂わせはじめたのかもしれん。
 
 弟子は。
 彼が聖人ではないことを知っていた。
 彼が・・・魔族に魂を売ることも辞さないことを知っていた。
 だが。それでも師のそばを離れる気は、なかった。
 いつか、あの男を越える。それが弟子の夢だったからだ。
 そのためなら、どんなことでもした。・・・どんなことでも。
 あの男の望みが、いっそ世界征服だったら。
 そのほうが、弟子は幸せだったかもしれない。
 
 ある時。魔道士が弟子に尋ねた。
 「強くなりたいですか?」と。
 まぬけな弟子は、望んだんだ。強くなることを。
 そして。そいつは・・・魔獣になった。
 剣では傷もつかない身体と、人間離れした魔力容量。
 やつは、弟子の身体をおもちゃにしやがったんだ。
 偉大すぎる魔道士は、弟子のことなんか、眼中になかったのさ。
 
 弟子の心にわいた怒りや絶望が冷めたとき。
 そいつの心に残っていたのは、「魔道士をたおす」こと。それだけだった。
 こっけいだな。
 結局、そいつはそこから離れることができなかったんだから。
 
 醜い心と体を持て余しながらさすらっていたそいつは。
 妙な縁で、女魔道士と剣士に出会った。
 そいつのような半端者じゃない、本物の力を持ったふたりのおかげで。
 魔道士は、倒れた。
 
 ・・・おとぎ話なら『弟子は人間に戻り、めでたしめでたし』となるんだろうが。
 いざ魔道士をたおしてみると、そいつには、何も残っていなかったんだ。
 何のために強くなりたかったのか。それさえ見失って。
 
 何もかもをやり直すために、弟子は人間に戻る方法を捜している。
 魔獣の姿と心のままで・・・な。
 
 だから、この話にはまだ、終わりはないんだ」
 
 
 語り終わって、深いため息をつくゼルガディス。
「つまらん話だったな。さあ、もう良いだろう。寝ておけ。熱が上がるぞ」
「・・・・・」
 いつの間にか、毛布をすっぽり頭までかぶったアメリアが、くぐもった声で何か言った。
「ごめんなさい・・・わたし・・・」
 語尾がにじんで、消える。
「おとぎ話で、泣くな」
 ゼルガディスの言葉に、アメリアは毛布をはねのけながら、叫んだ。
「でも!!」
 なおも何か言いかけたアメリアの肩に手をかける。一瞬ひるんだ隙をついて、ゼルは彼女をベッドに寝かしつけた。
「・・・弟子は今でも夢に見る。魔道士に、『強くなりたいか』と、聞かれる夢を。
 そして。そいつは必ず、望んでしまうんだ。
 誰よりも、強くなることを。
 その結果が分かっているのに。
 夢というのは、奇妙なものだな」
「ゼルガディスさん・・・」
「もう、寝ろ」
 アメリアの汗ばんだ額をなで、ゼルガディスは部屋から出ていった。
 ひとり取り残されたアメリアは。
 自分がおいていかれたことよりも、彼がひとりで行ってしまったことの方がつらかった。
 ゼルガディスは、アメリアが同情して泣いていると思っただろう。だが。
 彼女の心を満たしているのは、無力な自分に対する、怒りと悲しみだったのだ。
 思い悩むアメリアの心を、ゼルガディスは知る由もなかった。
 
 
「ゼルガディスさん!!おはよーございます!!」
 翌朝。ゼルは、ノックの音とアメリアの声で目を覚ました。
「アメリア?起きても大丈夫なのか?」
 そういいつつドアを開けると、そこには朝食をのせたお盆を抱えたアメリアがいた。
「もう大丈夫です。熱も下がりました」
 とことこと部屋に入り、テーブルの上にお盆を載せる。
「早く目が覚めちゃったから、朝御飯を作ってきました。一緒に食べましょう!!」
 指さす先にはミルクとスクランブルエッグ。レーズン入りのスコーン。トマトのサラダ。
「お前が作ったのか?」
 ゼルの問いに、嬉しそうに頷くアメリア。
 その表情に強制される思いで皿を手に取り、スクランブルエッグを口に運ぶ。
「どうですか?」
「・・・悪くない」
「ああ!よかった!」
 プレーンオムレツを作ろうとして失敗したことは、内緒である。
「しっかり食べて下さいね。 快食快眠は、健康の第一歩ですから!」
 意味のない指さしポーズで叫ぶアメリアは、確かに元気そうだ。
「あのね、ゼルガディスさん」
 ややあって。ミルクを口に運びながら、アメリアが呟く。
「昨日の話のことなんですけど」
 ゼルガディスが視線で先を促すと、アメリアは元気に喋りはじめた。
「わたし、あの話の続きを考えたんです」
「続き?」
「そうです、続きです!
 魔道士の弟子さんは、旅を続けているんですよね?
 でも、ひとり旅は良くないと思うんです。
 弟子さんの旅は、とても大変だと思うんです。それに、ひとりだと、魔道士さんと同じように絶望しちゃうかもしれないでしょ?
 弟子さんは気付いていないかもしれないけど、何だかそのふたり、とても似ている気がするんです。」
(似ている・・・か。)
 そうかもしれないと、素直に思える。
「自分以外の人間と旅をすれば、別の生き方が見つかるかもしれないでしょ?
 その人にはすでに、女魔道士と剣士という友達が、いるわけですし。
 わたし、思うんです。
 弟子さんが、世のため人のため戦って、本物の、伝説になればいいって。
 そうすれば、伝説の魔道士を越えることができるじゃないですか!!」
 ゼルガディスは、アメリアを見つめる。
「・・・お前って奴は、どこまでも前向きだな」
「そうですか?!夕べ一晩、考えたんですよ」
(かなわないな、全く)
 どういうわけかこの少女は、閉ざされかけた彼の思考に、いつもおもいきった風穴を開けてくれる。
 アメリアの頬に、手を伸ばす。瞳がまだ、わずかに赤い。
 早起きしたのではなく、眠らなかったのだと容易に伺い知ることができる。
「アメリア」
 手のひらを彼女の首筋に滑らせ、引き寄せようとしたその時。
 何の前触れもなく、ドアが開かれた。
「よぉ。アメリア、元気になったんだな」
「ゼルったら、アメリアに朝食なんか運ばせて!いいご身分じゃない」
 ドアを開けて入ってきたのは、リナとガウリィだった。
「あたし達が苦労している間、こんないい思いをしてたの?ゼル」
 そう言いつつ、テーブルの上のスコーンをつまみ、ひょいと口に放り込む。
「ん〜〜。おいしい。アメリアが作ったの?これ」
「いえ。これは、この家の奥さんが作ったのを分けてもらったんです。ところでリナさん達、今までどこにいたんですか?」
 アメリアに問われ、やや間が悪そうに笑うリナ。
「この村でちょっとしたアクシデントがあって、依頼されて出かけてたのよ」
「音に聞こえた伝説の『ロバーズ・キラー』リナ・インバースをご指名でな」
 ガウリィのつっこみに、無言で肘うちを食らわしつつ、リナが言う。
「アメリアをおいてゆくのは抵抗があったんだけど、ゼルがいれば問題ないだろうと思って。
 ま、元気になって良かったわ。
 ・・・で?いやに親密そうだったけど、何の話をしていたの?」
 そっぽを向いて、黙々とスクランブルエッグを口に運ぶゼルガディス。
「おとぎ話なんです」
「・・・へ?」
 嬉しそうに笑いながら、アメリアが答える。
「夕べ、ゼルガディスさんがおとぎ話をしてくれたんです」
「・・・アメリア。あんたいったい、歳いくつ?」
「ゼルガディスさんにも、そう聞かれました!!」
 はぁ〜〜〜〜〜。っと。深いため息をつくリナ。
「ちょっとゼル!!人がせっかくチャンスを作ってあげたのに、おとぎ話ですってぇ?何考えてるのよ、一体!!」
「よけいなお世話だ」
 ぼそりと呟くゼルガディスは、相変わらずフォークでスクランブルエッグをつついている。
「何よ何よ可愛くない!!あんたがあんまり朴念仁だから、あたしが珍しく気を使ってあげたのに!」
「人のことを言えた義理か」
 ゼルの態度に怒り狂うリナ。
「おい、止せよリナ。いいすぎだぞ」
「うるさい!止めないでよガウリィ!あんた、同じ男としてゼルのこと、情けないとは思わないの!!」
 リナにくってかかられて、ため息をつくガウリィ。
 彼は、いいところでじゃまされて静かに怒っているゼルガディスの気持ちが痛いほどわかるので、さっさと退散したいのだが・・・。
 リナの怒りは、そう簡単には収まりそうにない。
「やめてくださいリナさぁん」
「アメリア!!だいたいあんたがゼルに甘いから!!」
 何だかわからない大騒ぎを眺めつつ、ひっそりと笑いを浮かべるゼルガディス。
 
 
 弟子は、自分の居場所を見つけたのかもしれない。
 
 
 
                                          おわり
 











 
 作者のたわごと
 
 ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございます。
 気に入っていただければ、作者としてはとても幸せです。
 今回のテーマは、「甘え上手」です。
 もちろん、アメリアのことですね。ちょっと子供っぽくなったかな?と、反省しています。
 でも、わたしの「アメリア」はこういう娘です。
 イメージ違った方、ごめんなさい。
 
 作品中でははっきり書きませんでしたが、アメリアのための食事は、ゼルが作りました。
 病人の看病をしながら、こまめに用意していたんです。
 うう〜〜ん。いいなぁ。
 アメリアの料理については・・・。まあ、あんなものかな?と。
 リナは料理が得意と、すでに原作にはっきり書かれていますが・・・。
 姫は、どうでしょう。これまた、イメージの違った方には申し訳ないです。
 
 それでは。
 ゼルの『おとぎ話』に異様に時間がかかり、しかも満足はできていません。
 感想などいただけたら、とても嬉しいです。
 
 よろしかったら、別の作品でまた、お会いいたしましょう。