「眠り姫」


手紙を持ったまま、一人ゼルガディスは祭祀堂へ向かう。
再びガラスのケースを開ける。


認めろというのか。
お前の不在を。
お前の死を。
この俺に。


今すぐガラスのケースを叩き割り、辺りにまき散らしたかった。
何もかも、砕いてしまいたい。
ステンドグラスの窓も、供えられた花も、あの絵も。
滅茶苦茶にして、みんな無いものにしたかった。
彼にとってそれらは何の意味もない。
意味があるのは、その亡骸だけ。
彼女がもう手の届かないところへ行ってしまったという事実。
届くはずのない手紙は彼の手に渡り、出した本人はそれを確かめることができないなんて。

「花なんか全然綺麗に見えないぞ・・・・」
豪華な花の山を前にして。
手紙の束を、アメリアの枕元に置く。
さらりと前髪をかきあげる。
「お前がいなくて。どうやって俺に花を美しく思えと言うんだ。」
ためらうことなくくちづける。
冷たい死の味を予感して。

だが。
「?」

アメリアの首筋に触れた手が、ぴくりと動く。
ゼルガディスは顔を起こしアメリアの顔をじっと見る。
何も起こらない。
やにわに彼はアメリアの手首を取り、三本の指をそこに添えてじっと待った。

静寂が続く。
どこかで鳥の羽撃いて遠ざかる音がする。
見張りの交代する音。


ゼルガディスは確信を持った。






「何じゃと。アメリアが!?」
「ああ。死んじゃいない。仮死状態なんだ。」
フィリオネルの居室にゼルガディスがいた。
「何故わかった。」
「脈拍だ。長い間計っていたら、一度か二度脈拍を打った。これはゆっくりと心臓が動いている証拠だ。長い冬を過ごす一部の生物が、冬眠する時に似ている。生命維持活動を極限まで落とし、無駄なエネルギー浪費を防ぐんだ。」
フィリオネルは立ち上がり、ゼルガディスにのしかかるようにしてその腕を掴む。
「はっきり言ってくれ。アメリアは・・・・助かるのか!?」
「ああ。方法さえ見つかれば。」
「・・・・・!」
山のごとく聳え立った大男は、長いため息をつくとどさりと椅子に座りこんだ。
放心している。
「それからもう一つ。」
「なんじゃ、もう一つとは?!」
押さえ切れない切望の眼がゼルを射る。
「堂にいて気がついた。守護する白魔法使いたちだが、祭祀堂を守備しているのはどうも特別なヤツらみたいだな。」
「お?おお。国内でも優秀なものを集めて王女付きの親衛隊を作ったのじゃ。今は6人一組で二交代制で番をさせておる。」
「つまり、全部で12人だな?」
「そうじゃが・・・・・?」

にやりとゼルガディスが笑う。
セイルーンに着いてから初めて。
「あの男の呼び名を忘れたか。
十三人目の魔導師、と言ったんだろう?」
「・・・・・・・おお!」
フィリオネルは両の拳を握って立ち上がる。
「すぐに選抜の時の記録を集めよ。選考に入ったが惜しくも選ばれなかった人物を徹底的に洗い流せ!その中にヤツは居る!!」
「はっ!!」
居室に控えていた全員が、嬉しそうな笑みを浮かべてさっと行動に移った。






鬱蒼と生い茂る針緑樹の森。
季節が通りすぎようが姿を変えない頑固な森。
そしてその奥の、人の踏み入れない暗くじめじめしたところに、うらぶれた塔が立つ。
ゼルガディスは剣にこびり付いた獣の血を振り払う。
ここに着くまでに、すでに二桁の魔獣を倒していた。
返ってやりやすいぐらいだった。
魔獣のいるところを通っていくとこの塔に着いたから。

蔦に侵蝕されあちこちレンガが剥がれ落ちて、見るからに寂しげな塔。
ここはまともな人間の住むところではない。
居住区が少なすぎる。
それは基部に部屋を持たず、まるで上へ上へと伸びる森の木の一本のよう。
おそらく階段以外にスペースはあまりないだろう。
どんな男がここに住むのか想像するにあまりある。

するとその予想通りの人物が、塔の入り口から姿を現わした。
「よくここがわかったな。」
「ああ。簡単だったぜ。」
ぴくりとその男のこけた頬が引きつる。
「アメリアを元に戻してもらおうか。」
「何を言う。姫はすでに死んでおる。」
「お前が」ふん、と鼻で笑って「愛しい姫を死なせるわけがなかろう。」
ゼルガディスに嘲りの言葉を投げ付けられた魔導師の顔に、かすかな赤味が差した。
「アメリアの親衛隊とかいう白魔法使いの一団に入りたかったんだろ?
お前はアメリアを守りたくて志願したんだろう。
夢破れて逆恨みか。
せこい男だな。」

炎の矢!(フレア・アロー)
炎裂壁!(バルス・ウォール)

「く・・・」

「昔昔、とても愛らしい姫が産まれました。お祝いに12人の魔法使いが呼ばれました。ところが呼ばれなかった13人目の魔法使いは、姫に呪いをかけました。」
「やめろ!!」
「意外とメルヘンな魔導師さんだ。どっかのオテンバ魔導師にツメの垢でもせんじて飲ませてやりたいね。」
「わけのわからんことを言うな!」
「貴様こそ。わけのわからんことでアメリアを煩わせるな。」
「姫を呼び捨てにするな!!」
「悪いな。」
ゼルの剣は空を舞い、男の足を薙ぎ払う。
「く!」
鮮血を流し、崩れる魔導師にゼルガディスは告げる。
「俺にとってあいつはアメリアであって、それ以上のものじゃない。」
「・・・・・姫を、」
ごふ、と口から血の泡を吹き、十三人目の魔導師は末期のささやきを残す。
「呼び捨てに、・・・・する・・・・な」


耳に谺する出立の前に聞いた城の生き字引きの声。
『おそらくその者が死ねば姫の呪いは・・・』

だがこの空しさはなんだ。
俺は喜んでいいはずだ。
これでアメリアは目を覚ます。


割り切れない思いで魔導師を見遣る。
もしかしたら自分だって、こうなっていたのかも知れない。
そばにいたくて、叶わなくて、気が狂いそうになって、
その想いを何とか相手に知ってほしくて。
時としてそれを告げるやり方を間違えてしまう。
こんな男は、案外どこにでもいるのかも知れない。






城に着くと、まだ半旗のままだった。
嫌な予感を振り払えず、ゼルガディスは走り始める。
祭祀堂へ。
アメリアの元へ。

「・・・・ゼルガディス殿・・・」
ガラスケースの周りで、首をうなだれている国王。
白い鬚の生き字引。
ひざまづく衛兵たち。
「何故だ、あいつはこの手で倒した。それでもダメなのか。」
ケースを開ける。
アメリアの大きな瞳は閉じられたまま。
「くそ・・・・!」

やり方を間違える。
そんな男はどこにでもいるのかも知れない。

だから俺はもう間違えたくない。
柔らかな頬に触れ、諦めないキスを贈る。
「そばにいたい。お前の、そばにいたいんだ。」

まるでそれはおとぎ話のよう。
当然のようにアメリアの瞳は開かれ、彼女はにっこりと再生の微笑みを浮かべる。
「ゼルガディスさん。」

ゼルガディスが呆然と身を起こすと、アメリアはベッドの上に起き上がる。
枕元からぱらぱらと、宛名のない手紙がこぼれ落ちる。
「ゼルガディスさん。わたし。」

彼女は生きている。
ピンクに染まった頬。
柔らかな黒髪。
彼の名を呼ぶ唇。
腕を伸ばし、彼を求めるその姿。

「ゼルガディスさん。」

迷うことなく抱きしめる。
その髪に頬ずりする。
今生きていても、またいつかあんな日が来るかも知れない。
だから、今、言わなくてはいけないことは言わなくては。
「アメリア。」
「はい。」
「俺は、いたい。お前と、これからも。ずっと。」
「はい、ゼルガディスさん。わたし、も。」

さやさやと衣ずれの音がして、周囲から人の気配が消えたことに二人は気付かない。

「ゼルガディスさん。わたし、夢を見ていました。」
「どんな。」
「手紙を書いていたんです。でも、それは出すことのできない手紙でした。
だから紙ヒコーキにして飛ばしたんです。そしたら、それをゼルガディスさんが拾ってここまで届けてくれたんですよ。」
くすくすとアメリアがゼルの腕の中で笑う。
「変ですよね。」
「いや、変じゃない。事実、俺のとこに届いたんだから。」
「え・・・・?」

アメリアは顔を上げ、ゼルガディスは下を向いた。
「アメリア。」
「はい?ゼルガディスさん。」
「元気だったか。」

アメリアの笑顔は花が開いたようだった。
花を美しく感じる心が、ゼルガディスにも戻ってくる。

「はい、ゼルガディスさん。はい、元気でした!」
「そうか。」



そしておとぎ話の幕は閉じる。

セイルーン中に響き渡る、姫の無事を知らせる鐘の音によって。




























==============================おしまい♪

タイトル通り、おとぎ話になってしまいました♪
もっと短い予定でしたが13人めの魔導師が頑張っちゃったので(笑)これは白雪姫と眠りの森の美女の2本をごっちゃにしてます。そーらもどうしようかと思いましたよ、アメリア突然死んじゃうし。どうやって生き返らそうかと途中必死でした。
ま、最後はハッピーエンドだからいっか♪
てなわけで、優秀な図書委員3名様に捧げます。ぜるあめ強化月間を盛り上げて下さって感謝しております!これからもどうぞ宜しくお願いしますね♪

そーらでした♪

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