「ホワイト・デー」



「まったく、なんだって俺がこんなことを…………」
 
ブツブツと文句を言いながら歩いているのは、白いマントのフードを深くかぶった細身の青年。
彼がいるのは商店が立ち並ぶ賑やかな通り。
日頃、人前に姿をさらすことを極端に嫌っている、銀髪の青年がなぜ真っ昼間からこんな所にいるのか。
 
それは、今から一月前。
 
「お世話になっている人へチョコを送る。
これ、即ち正義です!」
 
と、真っ赤な顔をして、ずずーーいっと迫ってきた
黒髪の小柄な少女の迫力に押され、
気が付けば手の中にあった手作りチョコレート。
不器用にラッピングされた箱の中には、
ハートの上に真っ赤なアイシングで正義という文字が
勢い良く踊っていた。
 
「ああ、俺にどうしろっていうんだ。
お姫さんが喜びそうな物なんてわかるわけないだろうが」
 
ため息をつきつつ露天をのぞく。
 
お気軽に国を抜け出して悪に正義の鉄拳を下すという、
はちゃめちゃな行動からは想像もつかないが、
少女は、れっきとしたセイルーン公国の第2王女。
装飾品にしろ、食べ物にしろ、幼い頃から一級品に囲まれ
て成長したのだ。露天に売っている形だけを取り繕った品
など彼女の目に映れば、すぐにメッキがはがれてしまう。
かといって高級品を買う金など……。
 
「だが、これで何もお返しをしなければ、それこそ
『正義じゃありません。
ゼルガディスさんは悪ですーーーーー!』なんて叫ばれそうだし。
人混みでそんなことになったら、め、目立ってしまう」
 
彼の脳裏に、テーブルの上に立ち片手を腰に、もう一方の
手でびっしっと天を指さして
「天に代わってこのアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが
成敗してあげるわーーーー!」
とポーズを決めている元気爆発娘の姿が浮かんだ。
 
「やれやれ、まったく俺の周辺にはどうして、
正義の味方に憧れるのだとか、
金目のものに目がないのだとか、
頭の中がからっぽのだとかしかいないんだ。
俺は残酷な魔剣士のはずなのに。最近じゃあ、あいつらに
影響されてすっかりおちゃめになってるような気が……。
今ならまだ本当の俺に戻れる、
早い内に縁を切った方がいいかもな」
 
しかし、その言葉とは裏腹に青年の顔には
笑顔が浮かんでいた。
 
キメラにされ、普通の人間に戻ることだけを
考え生きてきた。
そのためなら何をしてもよかった。
 
一つの目標だけを見つめて走り続けてきた彼が、
周囲に目を向け、立ち止まる余裕を得ることができたのは、
自称天才魔導師で、すぐに攻撃魔法をぶちかます
栗色の髪の少女と、天才的な闘いのセンスに美麗な容姿、
それと反比例した知能を持つぼけぼけの青年と、
王女という言葉からはまるで想像がつかないほど、
行動的で、無鉄砲、どこまでも真っ直ぐで迷いのない瞳を
持つ黒髪の少女と出会ってからだった。
 
 
「さて、いいかげんに選ばないとな」
 
真剣な顔で再び品物に目をやる。
 
「おーーい、ゼル」
 
突然、背後から掛けられた声に振り返れば、
長い金髪の青年が人の良い笑みを浮かべて立っていた。
 
「なにやってんだゼル?」
 
「いやっ、なんでもない。これはつまり……」
 
何となく慌てて取り繕うゼルガディスに向かって、
長身の青年はのほほーんと一言。
 
「あっ、アメリアにプレゼントか。よろこぶぞアメリア」
 
がくっ。
別に隠すことでもないのだが、
あっけらかーんと言われて思わずゼルガディスは
脱力してしまった。
 
「そういうガウリイこそ何してんだ。
リナへのプレゼントは買ったのか」
 
しかし、仕返しに人の悪い笑みを浮かべ問い返した
彼に向かい、
 
「ああ、もう買ったぞ。ほらこのリボン
あいつに似合うと思わないか」
 
照れる様子もなく答え、ガウリイはポケットから
赤いリボンを引っぱり出した。
 
そのリボンを見て、ゼルガディスは軽い目眩を覚えた。
 
「ああ、おいガウリイ。お前、本当に
リナにこれをやるつもりか」
 
「へ、そうだが。どうかしたか」
 
「お前、こんなもん贈ったらリナに殺されるぞ」
 
自分が何を言いたいのか、まったく理解していない、
ガウリイに呆れつつ説明してやる。
 
「こんな安物のリボンじゃな。
いっつも盗賊いじめちゃあ、財宝手に入れてるリナから見れば
『バカにするなーー』ってことになるぞ。
攻撃呪文ぶちかまされたくないんなら、悪いことは言わない、
もうちっと別のもんを贈れ。なっ」
 
ポンポンとガウリイの肩を叩くゼルガディス。
が、ガウリイから発せられたのは意外な言葉だった。
 
「リナは絶対に怒ったりしないさ。だってこれは
俺があいつの為だけに選んだものだからな。
リナはちゃんとそういうことを分かる奴だから、
喜んでくれるさ」
 
普段そのおおぼけぶりで、保護している少女に
「このくらげーー」とスリッパではたかれている
金髪の青年が実は鋭い観察力と判断力をもっていることに
ゼルガディスが気が付かされるのはこんな瞬間だった。
 
「ゼル、アメリアもきっと知ってる、
お前がくれたものならなんでも喜ぶさ。あんまり難しく
考えないでアメリアに似合うものを選んでやれよ。
じゃな」
 
片手を上げ、保護している少女のもとへと
帰っていくガウリイの背に向かい銀髪の青年はつぶやく。
 
「リナのためだけに選んだ物か…、まったく
かなわないな。旦那には」
 
 
<アメリアに似合う物。あいつのためだけに俺が選ぶ物>
 
しばし立ち止まり、いつもの彼女の様子を
思い起こしてみる。
肩上で揃えられている艶やかな黒髪。
何者にも真っ直ぐな視線を投げかける大きな瞳。
「正義です」と嬉しそうにポーズを決める姿。
「ねぇねぇゼルガディスさん」と自分の腕にぶら下がって、
にっこり笑う姿。
記憶の中のアメリアはいつでも自分を真っ直ぐに
見つめて笑っている。
 
小さくてドジで、でも何事にも迷わずに
一生懸命に進んでいく彼女を見ていると、
つい手を貸したくなる。
妹のような、もう少し特別な存在のような。
 
「そうだな、王女としてのアメリアじゃなくて、
俺にとってのアメリアに贈り物をすればいいんだ」
 
晴れやかな顔でゼルガディスは商店のウィンドウを覗く。
そして、ある物に目を留め店の中へ入っていった。
 
 
 
「おっそーーーいゼル。もう待ちかねちゃったわよ。
もう、早くごはん食べに行くわよ」
 
「まぁまぁリナ」
 
「ゼルガディスさんどうかしたんですか。あんまり
遅いんで心配しちゃいました」
 
宿屋に戻ると、にぎやかな仲間の出迎え。
空腹にイライラしているリナの頭に目をやり、彼は笑う。
 
「ちょっとゼル、人を待たせといて何わらってんのよ!」
 
「いやなに、その髪はどうしたんだ。
いつもと違うようだが」
 
途端にボッと顔を赤くし、リナは叫ぶ。
 
「そ、そんなの人の勝手でしょ!ガウリイ行くわよ」
 
自称保護者の手を引っ張り、走っていくリナの髪は
ポニーテールに結い上げられ、赤いリボンが揺れていた。
 
「もう、リナさんたら照れちゃって。
さっ、ゼルガディスさん私達も行きましょ」
 
「アメリア、手を出せ」
 
「何ですか?はい」
 
「これは、その、チョコのお礼だ」
 
銀髪の青年は照れながら、黒髪の少女の両手に
そっと贈り物を乗せる。
 
「正義の味方の熱い心だ。気に入ったか? 
お、おいアメリアどうした。やっぱりこんなんじゃ
嫌だったか?」
 
俯いてしまったアメリアに慌てる青年の言葉に
彼女はゆっくりと顔を上げ、
 
「嬉しいです。ありがとうございますーーー」
 
「ア、アメリア。落ち着け、
落ち着いてくれ!」
 
いきなりバッととびつかれパニックに
陥ったゼルガディスに構わずアメリアは
更に抱きしめる。
 
「ゼルガディスさん大好き!」
 
 
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 
「正義のハートですね!」
 
「ああ、お前にぴったりだ」
 
月明かりの下、リナとガウリイが待っているであろう
食堂に向かい、並んで歩く二つの影。
小さな少女の胸には真っ赤なハートのブローチが
輝いていた。
 
 
しかしその後、正義のハートをもらい燃え上がった少女が
今まで以上に正義の行いに励むようになってしまい、
青年を困らせたのは、また別のお話。
 

















おしまい