「記憶なんて、曖昧な情報の集合体にすぎない。」

   と、お前は言った。

   だが。オレは。 

  

 

 

 

 

  ガーディアン第一章

 

      1

 

 

 雲一つない、快晴の6月下旬、早朝。

 アウトドアに出掛けるには最適の車の一つ、一台のレンジローヴァーが高速を走っていた。助手席にも、後部座席にも、誰もいない。運転手である男が一人だ。

 助手席には、黒いナイロンのザックが一つ、ぽつんと置かれていた。中にはペットボトル入りの蒸留水と、皮革製のヒップホルダーに収められた、スミス&ウェッソン38口径チーフスペシャルが一挺。

 休日のハイキングにしては、寂しく、物騒な所持品だった。

 

 

 

 『ガブリエフ家の呪い』だ、とガウリイは思った。

 前方には果てしなく続く、広大なラスベガスの砂漠。フロントウィンドウが砂にこすれていく。

 一人。

 ガウリイは数え始めた。

 二人。最初の犠牲者は二人だった。ガウリイの両親だ。

 三人。四人。次の犠牲者も二人。祖父母。

 五人。六人。七人。その次の犠牲者は三人。叔母、叔父、従兄弟。

 そして最後の八人目。

 全部で八人。

 ・・・・ガブリエフ家の呪いだ、とガウリイは思った。

 

 

 荒涼とした風景は、そのまま自分の心象風景を表しているようだった。

 レンジローヴァーを乗り入れ、赤茶けた砂岩の前に止める。運転席から降りると、助手席を開けてザックを開いた。

 ワンウォッシュのデニムシャツに、長い金髪がさらりと流れる。

 手馴れた様子でヒップホルダーごと拳銃をジーンズの腰に挟むと、ひょいとザックを肩から掛けた。履き古したトレッキングシューズが細かい砂利を踏みつけ、ローヴァーのドアが、ばたんと無情な音を立てて閉まった。

 

 涸れ谷は静かだった。

 獣の気配すらない。ところどころに生えた低木類は、強い風にも十分耐えられそうなほど、がっしりとした枝を密集させている。砂漠の侵食もまだここまでは来ていない。だがそれも、あと数年か。

 彼の歩幅は一定していた。その歩き方は、ある種の、特定された職業を連想させた。

 


 二年の歳月を経て、彼が国へ戻った時。
 そこには何も残されていなかった。
 ただがらんどうの、家という容れ物が迎えてくれただけ。

 その事件が起こったとき、彼は遠く祖国を離れており、外部との接触は一切許されない状況下だった。

 任務が空け、本国に戻って初めて、彼は最新の犠牲者の名前をつきつけられたのだ。

 家の中は、家主によってすでに清掃された跡だった。

 見知らぬ模様が目に入る。飛び散った血痕をふき取るより、壁紙をはがして、安物でも何でも新しいものに取り替える方が早かったようだ。

 それはまるで知らない家のようで、彼には全く実感が湧かなかった。

 ・・・・・ガブリエフ家の呪いだ。

 

 日光を浴びて、季節外れの蝶が一羽、車を止めたと同じ赤茶けた砂岩の上で日向ぼっこをしていた。ガウリイには邪魔する気は毛頭なかったのだが、蝶は動く物の気配にさっと飛びあがった。

 砂岩の先はちょっとした崖だ。

 ガウリイは先客のいなくなった観覧席に腰を下ろした。ホルダーに納まった銃身が、こつりと岩に当たった。

 長い足を前で曲げ、膝を抱えるようにして、ガウリイは長い間、そこからの光景を眺めていた。だが目に映っているだけで、実際には見ていなかったのかも知れない。