すれひやーずin落窪物語
第一部
『落窪の君と右近の少将』

一の巻
「落窪と右近の少将」




<おはなしのまえに>

 むかあしむかし。中納言てエラいおっさんがいたそうな。天皇に政治のことで報告したり、逆に天皇の言葉を下の者に伝達するのが仕事だ。

 時は平安時代。なので奥さんは複数いたりする。そのうちの一人はあっけなく死んでしまった。まだ小さい姫を一人残したまんま。北の方(きたのかた)と呼ばれる奥さんには、娘が四人息子が三人もいたというのに。

 北の方は俄然権力拡大。ぼへーーーーっとしてる中納言のおっさんを言いくるめ、残された姫を質素な部屋へ閉じ込めて、お裁縫が上手なのをいいことにまるで下働きのようにこき使ったそうな。

 姫が押し込められた部屋は何の飾りもなく、床が落ち窪んでいたので、姫は『落窪(おちくぼ)の君』と呼ばれバカにされる始末。腹違いのお姉さんである一の君、二の君、三の君がめでたく婿を迎えても、姫は来る日も来る日も裁縫ばかり。

 それを悔しがるのは、姫が小さい時から仕えている阿漕(あこぎ)。美しく賢いこの娘は、何とか姫に幸せになって貰いたいと悩んでいる。ところが三の君に引き抜かれて仕えなければならないため、しょっちゅう姫のところに行けない。誰かいいお婿さんでもと考えている。自分はちゃっかり帯刀という恋人がいたりするのだが。

 キャストは落窪の君がりな、阿漕があめりあ、帯刀(たちわき)がぜる、蔵人(くろうど)の少将がぜろす、右近(うこん)の少将が、がうりいでお送りします。

 そんな感じで落窪物語の始まり始まり♪

 







 「ああ。悔しい。」

 あめりあは心の中で一人、地団駄を踏んでいた。
 心にかかる事はいつも一つ。小さい頃から仕えていた、中納言の姫のことだ。

 姫様は誰よりも愛らしくて賢いのに、誰も見向きもしようとしない。本来ならば一番輝いていていいはずだ。なのに。それもこれも、継母の北の方のせいだ。

 りな様は皇族の血を引く正統な姫君だ。なのに母親が死んでしまったばかりに後ろ楯をなくし、今では屋敷の中にちゃんとしたお部屋ももらえず、飾り気も何もない質素な、床が落ち窪んでるようなところをあてがわれる始末。周囲からは『落窪の君』(おちくぼのきみ)などと呼ばれて、まるで下働き同然の扱いだ。

 北の方の子供達はそれぞれ出世し、四人の娘たちは毎日綺麗な衣装を纏い、一の君、二の君、三の君までが立派なお婿さんを迎えたというのに。りなはその婿達の衣装まで縫わされる毎日だ。

 北の方は一生りなをお裁縫係として、閉じ込めておく気に違いない。

 あめりあは自分も情けないと思う。こんなに姫が心配なのに、三の君に仕えるよう引き抜かれ、ずっと姫に付いてあげることができないのだ。

 何とかしなくちゃ。口ぐせのように言うのだが、なかなか名案が浮かばない。

 今日も北の方が山程の絹を持って来て、りなに縫えと言い付けていた。すぐに戻って手伝いたいのだが、三の君が帰してくれないのだ。あめりはため息をついた。

 




 その晩のこと。あめりあの部屋を訪ねるものがいた。

 「あめりあ。」

 入ってきたのは、ぜるがでぃすだった。何度か文を交わした後、ぜるがでぃすはあめりあの部屋に通うようになっていた。つまり、この時代の結婚をしたことになる。

 男性は意中の人にまず手紙を書き、その女性の親かおつきの人からおっけーの返事をもらう。それからしつこく手紙を書き続け、女性から承諾をもらうと初めて、夜になると女性の部屋に通うのだ。

 三晩続けて通うと結婚が成立し、昼間でも訪ねられるし、女性の家で暮らすこともできる。これを通い婚と言う。当時は一夫多妻制だった。

 あめりあは夫に相談してみることにした。

 「ぜるがでぃすさん、うちの姫様のことなんですけど。」

 「ああ。落窪の姫さんか。ひどい名前を付けられたもんだ。」

 「ええ。それに北の方からいじめられて。筝(そう)の琴もお上手だし、お習字も上手だし、歌も詠めるしお裁縫も得意。その辺のお姫様には絶対負けないのに、あれではお可哀想です。なんとかしてあげられないでしょうか。」

 ぜるがでぃすは愛しい妻を見つめる。この娘は、美しくてとても賢いというのに、心根まで優しい。自分の目に狂いはなかったと満足する。

 「一番いいのは、誰かいい人を見つけてやることだな。」

 「でも、北の方がお許しにならないでしょう。一生こき使うつもりなんだわ。中納言様は言いなりで、自分の娘がどんなにひどい状況に置かれているか考えもしない。お婿さんなんて探してくれそうにありませんよ。」

 あめりあはしみじみとぜるがでぃすを見る。わたしにはこの人がいる。困った時にも相談に乗ってくれる。でもりなにはいないのだ。

 ぜるがでぃすはしばし思案すると、やがて何かを思い付いて膝を打った。

 「そうだ。うちの殿様はどうだ。」

 「あなたが仕えている蔵人の少将ですか?すでに三の君のお婿さんじゃないですか。」

 「違う違う。俺の乳兄弟(ちきょうだい)に当たる人だ。俺の母は右近の少将の乳母(めのと)なんでね。がうりいと言うんだ。
 男の俺が言うのもなんだが、見目よし家柄よし、何よりまだ独身だ。その上将来を嘱望されとる。何たって左大将の息子で帝の覚えもめでたい。末は必ず出世するぞ。
 うちの母上にせっつかれて縁談の相手を探しているのだが、これがその辺の女じゃ納得しないんだ。ちょっと変わったヤツでな。」

 その言葉に、あめりあは考え込む。

 「右近の少将のことは以前に聞いたことがあります。なんでも大層美しい若様だとか。
 ・・・ぷれいぼーいなんじゃないんですか?そんな人じゃ困ります。誰よりもうちの姫様を大切にしてくれる方じゃなきゃ。」

 「お前はホントにあの姫さんが好きなんだな。」

 ぜるがでぃすはあめりあを抱いたまま、床に寝転がる。いい匂いがする。

 「ええ。姫様にはどうしても幸せになっていただきたいんです。それだけの価値はあるし、今までのご苦労が報われないなんて、世の中に正義はないのかしら。」

 憤慨する妻の顔も愛らしい。

 「わかったよ。まずはがうりいにそれとなく話してみよう。」

 「ありがとうございます、ぜるがでぃすさん。」

 感謝を込めてきらきら輝くその瞳を一人占めする喜びを、ぜるがでぃすは感じる。

 「よし。俺に任せておけ。」






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