「タイムリターナー」

 
 
「時間をひっくり返せるとしたら、どうする?」
リナがこんなことを聞いてきた。
 
タイムなんとかってアイテムを探すため、オレ達は古い廃虚を訪れていた。アメリアとゼルガディスが西側、オレとリナは東側に分かれて探す、ということになったのはいいのだが。
物がよくわからん。
そう言うと、リナはパタパタと手を振って答えたところだ。
「アテにしてないから。安心して。」
何をどう安心すればいいのかわからんのだが・・・・。
まあ、そんな訳で、リナがあちこちと飛び跳ねる後ろをオレはついて行き、掘り返したり、持ち上げたりという作業に終始していた。
 
そんな時だ。
ガレキの下をほじくり返しながら、リナがそんなことを聞いてきたのだ。
「時間をひっくり返せるとしたら、どうする?」と。
オレは腕組みをしたかったのだが、片手がふさがっていたので、首を傾げるだけにした。
「時間をひっくり返すって・・・どういうことだ?」
リナは小さな陶器の欠片を拾い、ぽいっと後へ投げた。
「ん〜。今、あたしが探してるのはそ〜ゆ〜アイテムなんだけどね。ある一定の時間を遡ることができるらしいの。」
「・・・・・よく・・・・わからんのだが・・・。」
「つまりね、過去へ戻れるってこと。」
「過去?」
「例えて言うならね。」
リナが細い木の枝を拾い、ぶんぶんと振った。
「昨日の夜、あんたが剣の手入れを忘れて眠っちゃったとするでしょ。んで今日、剣の切れ味がいまいちで苦戦する。そんな時よ。このタイムリターナーを使って、昨日の夜へ戻って、剣の手入れをしてくるの。今日も切れ味は抜群、あたしがこれ斬って♪とおねだりした鉄の扉だって、スパスパ〜〜〜ッッ!!と、これこの通りって訳よ。」
「・・・・はあ。」
「過去へ戻って、その時できなかった事をする。すると、未来が変わる。そゆアイテムなの。」
「未来が・・・変わっちまうのか?」
「変わるようなことをすればね。それがどういう風に転ぶのかは、実際のところわからないのよ。使ったけれど、結局元の未来と同じ結果になったなんて記録も残っていることだし。」
 
オレは空いた片手でぽりぽりと頬をかいた。
「それじゃ・・・・結局、何の役にも立たないんじゃ・・・・。」
「hっ。」
リナが咽が詰まったような変な声を出した。
「そっ・・・それは言わない約束よ!役に立つか立たないか、使ってみなければわかんないっしょ?」
「・・・・使って、みたいんだ?リナは。」
オレが静かに問い掛けると、ふと、リナは顔を上げた。
その目に何か迷いはないかとオレが探していると、そのうち、リナがにっと笑った。
「さあね。ちゃんと役に立つ代物かどうかわかんないものを、あたしが自分で使うと思う?」
「じゃあ、何のために探してるんだ?」
オレに向かって、リナはきっぱりと言い放った。
「なるべく高く売って、路銀にする。」
「あ・・・・ああ、そーいう訳か。」
オレは笑って、ガレキの下をほじくり返す作業に専念した。
リナも、先程の問い掛けの答えは期待していなかったようで、もう忘れたらしい。
あれは、自分に対する問いかけではなかったかと、オレは考えていた。
 
「あ。なんかアヤしい扉発見。」
「土の下から鉄の扉か・・・。よく錆びなかったもんだな。」
掘りまくった下から、黒ずんだ扉が出てきた。
ドアノッカーに似た、丸い取っ手がついている。
リナに言われて、周りを掘ってみたら、小さく思えた扉は意外に大きかった。
人一人くらい入れそうだ。
「玄関のドアが倒れて埋もれてただけって気が、しないでもないな・・・。」
オレが現実的な事を言うと、リナが顔を顰めた。
「夢がないわね、ガウリイ。土の中から不思議なトビラ、これこそファンタジーへの入口ってもんじゃないの。」
「ファンタジーって・・・・・。」
「とにかく、開けてみましょ。その辺の棒っ切れ拾ってきて。テコの原理で開ければ開くと思うわ。」
オレは笑って、その扉の取っ手に手をかけた。
「リナこそ夢がないんじゃないか?こうやって、手をかけただけで開いたりして。」
「ガウリイっ!」
「えっ・・・?」
 
くんっと腕が引っ張られた気がした。
地上へ向かって持ち上げようとした扉が、内側へ、地中へと向かって開いたのだ。
がくんと身体が傾き。
バランスを崩し。
オレは頭からまっ逆さまに、扉の内側へと落ちた。
はるか上の方で。
リナの声が聞こえたような気がした・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大きな木が、風にそよがれて、枝をかさかさと鳴らしていた。
体中が痛かった。
無理もない、あんなところから落ちたんだから、という考えが浮かんだ途端、オレは目を覚ました。
辺りを見回す。
 
まるで全てが凍ってしまったような、青ざめた風景だった。
前方に見える高い建物も、脇にある小さな噴水も、頭上の大きな木も。
全てが青で彩られていた。
小さな池のまん中に、細長い水鳥の形をした水の吹き出し口のある噴水は、水が枯れていた。
見つめるうちに、オレは気づいた。
これは時が止まっているのではなく、この噴水はずっと水が枯れていたのだと。
さやさやと鳴る枝の木の葉ずれの音も、どこか懐かしい感じがしたのは、このせいだったのだ。
つまり。
ここは、オレの知っている光景の一つだった。
 
痛む身体を引き摺り、オレは立ち上がった。
木の固い肌に手を添わせる。
覚えのある、悪戯の跡。
そうだ、間違いない。ここはオレの家の裏庭だ。
何故自分がここにいるのだろう、これは夢だろうか。
 
その時、建物の方から走ってくる小さな人影が見えた。
咄嗟に木の裏側へ隠れる。
訳のわからない状況で、そうすることしか浮かばなかった。
 
足音は段々近付いてきて、やがて、噴水の手前で止まった。
やはり時間が止まっている訳ではなかった。
どうやら、陽が昇る前の、まだ暗いうちの朝のようだ。
 
誰がいるんだろう。
知りたいような、知りたくないような。
もう何年も、実家へ帰ったことはなかった。
そう、あの朝、家を飛び出してから。
今ここで、オレがここにいるのがわかったら。
あの誰かは、どんな顔をして迎えるんだろう?
 
オレはそうっと、木の影から様子を伺った。
噴水の前に立ちつくす人影は、何も言わず、じっと建物の方を振り返っているようだった。
背中が見えた。
何か長い物を背負っている。
その上に、髪が揺れた。
「・・・・・!」
まさか。
オレは目を疑った。
だが、目をこすっても、瞬きしても変わらなかった。
背負われていたのは、見間違えようもない。
・・・・光の剣。
 
『時間をひっくり返せるとしたら、どうする?』
リナの質問が、頭の中ではっきりと響いた。
まさか。
これが、そういうことなのか?
オレは来ちまったっていうのか。
自分が家を出た、あの朝へ、時間を遡って。
 
 
 
何年前になるんだろうか。
奇妙な気持ちで、オレは過去のオレを見ていた。
嫌になって。
こんなものがなければいいと思った、あの剣を持ち出して。
誰にも何も言わずに、家を飛び出そうとしているオレ自身を。
屋敷を見つめ、過去のオレが呟く。
「こんなものがなければいい。」
時間がひっくり返る。あの時に。
「オレもいなくなればいい。」
あの時の気持ちに。
「オレと、これがなければ。
もう・・・静かになるはずだよな。」
そう。そう思ったから、オレは家を出た。
 
背中に背負った剣は、ひどく重そうに見えた。
外から眺めたオレは、ただの若造で、華奢で、頼りなくて。
一人で旅に出るのは、無謀にも思えるほど。
だが、そんな風に見えた過去のオレは、しばらく屋敷を見ていたかと思うと、きっぱりと身を翻し、こちらに向かってきた。
オレは慌てて木の陰に隠れなおす。
過去の自分と、今のオレが。
出会ってしまったら、どうなるんだろう?
 
ざくざくと歩く音がして、噴水の周りを回って、足音が近付いてきた。
もう、すぐ傍まで来ている。
そこで再び、彼は立ち止まった。
いや、オレが。
ややこしい。
 
この木の脇を抜ければ、庭を突き抜けて家の裏手へと出ることができる。
そこから先は、街の表通りが。
そして、街を出れば、街道が。
あの時、最初にオレがしなければいけなかったことは、国を出ることだった。
だから、まっすぐに街を出て。
手配が回りそうなところを避けて、国を出る道を探したはずだ。
国さえ出てしまえば、そう思っていた。
だから。
それ以外に、行くあてなどなかった。
どこへ行こうとも、何をしようとも思わなかった。
 
何もなかった。あの時の自分。
 
家を出る前に、足を止めた過去のオレは。
何を考えていたんだろう。
これから先の事を、考えていたんだろうか。
すぐ傍で。
どんな気持ちで。
 
 
過去へ戻って、できなかった事をすれば。
未来が変わるかも知れない、とリナは言っていたような気がする。
変わらないかも知れない、とも言っていたような。
果してどちらだろう。
 
オレは木の陰から、飛び出して行きそうになった。
過去を変えるつもりなど、毛頭ない。
ただ一言、たった一言だけ。
教えてやりたかった。
あの時のオレに。
これからどこへとも知れない、あてのない旅を始める彼に。
剣の重さに、耐えかねている自分に。
 
お前はこの先、あいつに会うんだ、と。
 
 
けれど。
オレは飛び出すことも、呟くこともしなかった。
ただ息を潜め、彼が意を決し、歩き始め、通り過ぎるのを待った。
彼は気づかなかった。
すぐ傍に、未来のオレがいることに。
 
やがてその背中は遠くなり、陽が昇り始めた。
庭は一気に、青さを消し。
本来の色を取り戻す。
泡のような木もれ日の中、オレは目を閉じた。
自分までが、色の中に溶けて行く気がした。
 
 
 
 
 
「・・・リイ、ガウリイ!?」
どこかで、リナの声がする。
何だか心配そうな声だ。
オレは大丈夫だと言ってやりたくて。
目を開けた。
 
辺りは真っ暗だった。
「お〜〜〜い、リナ?」
立ち上がって呼んでみると、頭上から声がした。
「ガウリイ?いるの!?」
見上げると、小さな光の中に、ぴょこりとリナの顔が見えた。
「真っ暗で見えないんだけど。いるのね?」
「オレからはリナが見えるぞ。どこだかわかんないけど、穴の中みたいだ。」
「大丈夫なの?怪我してない?」
「身体が痛いけど、とりあえずオレは大丈夫だ。」
リナの声が安心したような口調に変わった。
「もう。心配させないでよね。ま、あんたの事だから、穴に落っこちたくらいでどーにかなるとは思わないけど。」
「そういや、オレは何でこんなところにいるんだっけ?」
がくっ。
のぞいたリナの顔が、思いきり脱力した。
「覚えてないのね・・・・。やっぱりあんたはしょーしんしょーめいガウリイだわ。」
「何だよ、疑ってたのかよ?」
「だって。しばらく応答がなかったから。」
 
さらりと言った言葉だったが、オレには、どうして最初に聞いたリナの声があんなに心配そうだったかがわかった。
「ちょっと意識が飛んでたみたいだ。もう大丈夫。」
「今、そっちに行くわ。」
そんな声がしたかと思うと、光の中から、リナの姿が現れた。ふわりと降りてくる。
オレは目を細めながら、そんな光景を眺めていた。
確かに意識は飛んでいた。
だが、それは過去への旅だったと。
彼女に言うべきかどうか、迷いながら。
 
「何にもないわね。単なる作りそこねの地下室か、空洞か。」
「どっかに続いてるって訳でもなさそうだ。ここを飛び上がるしかなさそうだな。」
「そーみたいね。じゃ、翔風界で上がるから、つかまって。」
「ああ。」
手のひらに生んだ魔法の明かりを消して、リナはオレの手を取った。
浮かび上がる直前、彼女は不思議そうに呟いた。
「変ね・・・。あんたと一緒に落ちたはずの、あの扉がどこにもないわ。」
「あ・・・そういえば・・・。」
「まさか。」
オレを抱えて、リナがくすりと笑った。
「あれがタイムリターナーだったりして。時を遡る扉、とかさっ。」
「・・・ははは。」
「それも、一回こっきり。んで、ガウリイ、どっかに飛ばされなかった?」
「・・・どうだっけなあ。」
「ま、飛ばされたとしても、あんたが覚えてるわけないか。
でも、ちょっとキョーミあるわね。あんたがもし、過去へ戻ったら。
何をするか。」
オレに抱きつく格好の、小さな頭を眺めて。
オレは笑った。
「オレが何かをして、もう未来が変わっちまってたりしてな。」
「未来を変えるよ〜なとんでもないことを、あんたがするとは思えないけど。」
ちらりと見上げた瞳は、茶化しているような。
意外なほど、真剣なような。
 
地上へ浮かび上がり。
リナが翔風界を解くと、オレは待ちかねたようにその頭を撫でた。
「ありがとな、リナ。」
面喰らった顔をするリナ。
「な、何よ。いきなり。」
「いや、いろいろと。」
「何よっ・・それじゃ、余計に訳わかんないじゃないっ。」
「訳わかんないのも、たまにはい〜だろ。」
「何なのよ、それっ。」
 


オレは告げなかった。
過去のオレに。
お前はいずれ、リナに会うんだと。
 
言わなくても、告げなくても。
オレはリナに出会う。

その未来を、壊したくはなかったから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
---------------------the end.
 
 
『ハリー・ポッター』シリーズ第3作に、タイムターナーという魔法の小道具が出てきます。ちとネタバレになってしまうのですが。ここではタイム「リ」ターナーとして使わせていただきました。
それともう一つ。マキャフリィの『竜の騎士』です(笑)さあどこでしょう(笑)
○キさんならわかるはず(笑)ね?(笑)
 
過去と未来は一つながりで。過去の何かささいなことでも変えてしまえば、未来が変わってしまう、そんな気がします。永遠のパラドックスですね。
そんなことはさておいても、ひさびさに見たバックトゥザフューチャーは、もう随分前の映画なのに相変わらず面白いなと単純に思ったそーらでした(笑)でも見逃しちゃ行けない部分もあるんですよ。アメリカ人のテロ観はやっぱり中東のイメージなのかと。ああ、脱線です。
ともかく、ここまで読んで下さったお客様に、愛を込めて♪
タイムマシンに乗って過去へ行くなら、どの時代がいいですか?
恐竜は好きだけど、実際に全盛期へ行ったら暮らし辛いだろうなあと現実的なことを考えてしまった(笑)そーらがお送りしました♪
 
 
 
 
 
 
 

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