『一緒に食べよう』

 
 
ハシで差すととろけるように分かれるダイコン。
ああ、いいお出汁。
色どりが美味しさをあらわしているかのよーな、煮込んだタマゴ。
ほくほくジャガイモ。
出汁をたっぷり吸っているので、野菜がおいしー。
寒い季節には、体の芯からぬくもること間違いなし。
鍋からあがる白い煙。
そう、おでんである。
 
 
「おいしーーーっv
「当たりめーだ。うまくなきゃ、店には並べねーよっ!」
あたしがその日、街道をえっちらと歩いて辿り着いた街は、名物料理がおでんとなっていた。
その中で選んだこの店は、構えは小さいが、味は最高!
カウンターの向こうには湯気が立ち、きりりとねじり鉢巻きをしたおっちゃんが、恐モテの顔でおでんを勧めてくれる。
「おっちゃん、あと、餅入り巾着と、そのはんぺんもv」
「イケる口だねぇ、嬢ちゃん。
こっちの、自家製さつまあげも試してみねえ。」
「へ〜〜、いろんな根菜が入ってんのね。これもおいしーv」
「で、新製品、トマトはどーだっ」
「まいうーーーっっvvv
 
皿におでんが乗るやいなや、それは影形もなくあたしに吸収されていった。
よきかなよきかな。
ああ、このおでんに会うために、あたしはこの街に来たのねっ!!
 
 
感涙にむせびつつ、おでんを食すあたしに、おっちゃんはある事を言い出した。
「挑戦………?」
「ああ。この看板の通りだよ。」
「看板…………?」
 
おっちゃんが指し示した背後の壁には、メニューの間にせせこましく、一枚の板看板がさがっていた。
「これって…………ええええええっっっvvvvvv
赤いペンキで書かれたその文字に、思わず喜びの声をあげてしまったのも無理はない。
そこに描かれていたのは、いわゆる食の挑戦というやつで。
『制限時間内に店のおでん全種類制覇!!
成功したらお代はいただきません!』
の輝かしい文字列だったのだ。
 
「こ………こんなに美味しいのにっ…………!
全部食べたら、タダ……………?」
タダ…………………。
タダ………………!
あ。よだれが。
 
口をおさえるあたしに、おっちゃんはにやりと笑いかける。
「一種類でも食べ残せば、お代はちゃーんといただくぜ?」
くうっ!この挑戦、受けて立たなきゃ女がすたるっ!
「やるわ、おっちゃん。」
「ウチのメニューはざっと100種はあるんだぜ………?
お嬢ちゃんには厳しいと思うんだがな〜〜?」
にやにやと笑うおっちゃんに、あたしはうっとりと答えた。
「100種類も味わえるなんて………最高v」
「おお、頼もしいねえ。んじゃ、行ってみるか!
おい、ヨメ、あれ持ってきな!」
 
ばぐぅっ!!
 
隣のおばちゃんに声をかけたおっちゃんは、そのまま強烈な右ストレートを受けて倒れこんだ。
「あたしの名前はヨネだよっ!
ヨメじゃないって何回言ったらわかるんだいっ!!」
「す、すまん、ついっ!ノリでっ!」
「ノリで許されるのは三度までぢゃっ!」
ばぐばぐっ!!
さらに左ストレートと右フックを受け、おっちゃんはちょっとぼろっちくなってからカウンターの上に復帰した。
 
「う、美しくて優しいヨ、ヨネさん。
お願いですから例のお皿をとっておくんなさい。」
「よろしい。最初からそー言えばとってあげるものを。」
おばちゃんは鼻息ひとつ吹いて、後ろから黄金色の皿を取り出した。
カウンターについている客は大ウケで、ヨネさんに声援を送る者もいる。
どうやら、この店の名物はおでんだけではなさそうだ。
 
黄金色の皿があたしの前に置かれると、店の中がざわついた。
わざわざ席を立って、あたしの周りに客達が集まってくる。
「おおっ………久々にチャレンジャー登場かいっ!
こりゃ楽しみだねっ!」
「そーいやここ一年ほど、成功したやつが出てないからなあ。
嬢ちゃん、がんばれや。」
「しかしちっこい嬢ちゃんだが、大丈夫かね。」
 
ギャラリーは十分、お腹のウォーミングアップも十分。
あたしは腕組みをして、おっちゃんに頷いてみせる。
 
「よっしゃ、じゃあお嬢ちゃんはすでに10種類食ってるからな。
残り90種類。食べ尽してくれよっ!」
子供の身長ほどある、どでかい砂時計をヨネさんがどこからか取り出した。
よっこらせと持ち上げ、カウンターの上にどんっと置く。
制限時間は半時ほどである。
「じゃ、行くぜっ!」
 
 
 
かくして、わんこソバのよーなおでん競走は幕を開けた。
「おおっ………これはっ!」
観客が驚くのも無理はない。
皿におでんが乗るやいなや、観客の目に止まることなくあたしの胃袋に消えてゆく。
「なんて早さだっ!技が………早すぎて見えないっ!」
「黄金のハシさばきだなっ!」
でもしっかり味わうのがあたしである。
ただ飲み込むなんて勿体ない。
「なんとぉっ!しっかり噛んでるぞ、この娘っ!」
「お百姓さんへの感謝を忘れぬ娘じゃっ!」
「すばらしかっ!」
しかし美味しい〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
は〜〜〜たまらんっ!
ひょいひょいっと、目の前の皿にアツアツのおでんが乗せられていく。
う〜〜ん、いいにおひっ!
「おっちゃん、どんどんやっちゃって!」
「よっしゃ!ぶっ倒れるなよっ!」
 
 
 
 
さらっ…………
そして砂時計の砂の、最後の一粒がするりと落ちた。
 
静まり返る店内の中。
おっちゃんが厳しい目であたしを見つめる。
その熱い視線を、真正面からがっしと受け返すあたし。
そして、黄金の皿の上には。
 
「汁ひとつ残っていねえ……………」
誰かが呟いた。
おっちゃんが親指をぐっとたてる。
「嬢ちゃん、やったな。」
「うひゃほーーーーっっっv
わああああっ!
周囲から歓声が沸き上がり、いつしか観客は店の外にまで黒山の人だかりとなっていたのに気がついた。
 
おっちゃんがカウンター越しに手をさしのべ。
タコのできた職人の手に、あたしは素手で握手を返した。
「大した嬢ちゃんだ。見事、合格だ。無料にしてやるよ。」
「おっちゃんこそ、いいウデだわ。
これならあたし、失敗しても後悔しなかったわよ。」
「泣かせるね。名前は。」
おっちゃんは看板の隣を指さした。
どうやらそこには、制覇した人間の名前を書き残しているらしい。
一つだけ描かれた名前の下に、ヨネさんが筆を構えて待っていた。
「リナ=インバース。
あたしの名前は、リナ=インバースよ!」
 
 
 
気持ちよく満腹になり、気分も洋々として。
あたしは店を後にした。
ばらばらと解散していく観客達が、すれ違いざまに賞賛の呟きを残していく。
「いやあ、嬢ちゃん。いい食いっぷりだったな!」
「ありがと!」
「長年あの挑戦を続けてるが、滅多に破られることはなくてなあ。」
「そうそう。
一年前に、ひょっこり来た旅の若者が勝つまでは、誰も成功しなかったんだ。」
「お嬢ちゃんみたいにちっちゃい女の子が、あんなに綺麗に平らげると。見てるこっちも気持ちよかったよ。」
「へえ〜〜〜。」
そういえば、あたしの名前の上には、ひとつしか描かれていなかったっけ。
よく見てはいなかったが、確かに男性の名前ぽかった。
「たぶん、この先も制覇するやつはそうそう出ないだろうなあ。」
「あの店に、二人の名前だけが残るかも知れないやねえ。」
 
ひょろ長い鼻をした、一人のおっちゃんがあたしの姿をまじまじと見ていった。
「どうやら、旅の魔道士みたいだが。独り旅かね?」
「ええ、まあ。」
「寂しくないのかい?」
「いえ、別に。」
こんな質問は初めてではないので、あたしはさらりと受け流す。
 
姉ちゃんから、世界を見てこいと言われて。
旅立った日から、あたし一人の生活は始まった。
あっという間に二年の歳月が流れていた。
その途中、一人で旅をしていることを知ると、よく人に聞かれたのだ。
「寂しくないのかい?」と。
あたしは「別に。」と答える。
実際、寂しいとはあまり感じたことはない。
 
「だったら、名前が残った二人を、一度並べて食わせてみたいなあ。
そりゃ凄いだろーな。はははははっ。」
おっちゃんに背中を叩かれ、もう一人のおっちゃんが笑い返す。
「よく食うヤツが二人もいたら、お互いに刺激されてもっと食うかもな。
店のおやぢ、破産しちまうぜ。」
「それもそーだ。うはははははは。」
「まあ、そんな人がいるなら、一度一緒に、気持ちいいくらい食べ尽してみたいもんだわね。」
くすりと笑うあたし。
おっちゃん達はひとしきり笑い、手を振って離れていった。
 
夕陽が完全に落ち、街の中は急に暗くなった。
街灯に明りが灯される。
誰もが夕食を心待ちに家へ戻る中。
街灯に照らし出され、道に落ちるあたしの影は一つ。
 
 
 
「何て言ったっけかな、あたしの前に書いてあった名前。
ちらっとしか見なかったし……。
……ガ………………ガリ…………ガブ‥…………
何にせよ、なんかすごく食べそーなヤツの名前ね。
ま、会うこともなさそーだけど。」
 
カウンターにその誰かさんと並んで。
黄金の皿を二つ並べて。
ヨネさんが砂時計を置いて。
おっちゃんが青ざめて。
お互いの食いっぷりに見とれるよーな、負けるかとさらに争うような。
そんな食事が。
できたら、それは楽しいだろうか。
 
 
宿に入り、一人部屋を取り。
お風呂に入って、パジャマに着替えて。
ベッドに入って、毛布をかけて。
誰に言うでもなく、なんとなくあたしは。
『おやすみなさい。』と呟いて目を閉じた。
打って変わって静かな街を、夜の時間が音もなく流れていった。
 
 
 
 
 










 
++++++++++++++++++++++++++++++
 
 
「おい、リナ〜〜、そんなに引っ張るなよ〜〜〜」
「だったら早く走ればいいじゃないっ。
のんびり歩いてたら、ネタがなくなるかも知れないでしょっ!」
「そんなに人気の店なのかあ?」
 
手を引っ張られ、困った顔をしたガウリイをあたしは振り返った。
街は夕暮れの光に満たされ、まもなく夜がやってこようとしている。
街灯に明りが灯される。
走るあたしの影の後ろに。
大きな影がもう一つ。
 
「しかし、いい匂いだなあ。
ええと、何だっけ?この街の名物って。」
「おでんよ、おでん。」
 
角を曲がり、小さな構えのあの店へ。
今でもカウンターの向こうで、おっちゃんが腕によりかけておでんを作っているだろうか。
ヨネさんが巨大な砂時計を。
金の皿の隣に置いて。
今度はガウリイが一緒だ。
二人で一緒に行ったら、あの店を食べ尽してしまうかもv
などと楽しい想像を思い浮かべながら、あたしは立ち止まった。
 
「あの店に行ったら、ちょっとびっくりするかもよ。ガウリイ♪」
看板にはまだ、あたしの名前が残っているはずだ。
秘密めかして、ウィンクをすると。
ガウリイは笑った。
「お前さんといると、驚かされてばっかりだ。」
 
 
そして、変わらぬ店ののれんをくぐり。
「へい、らっしゃいっ!」
おっちゃんの声がして。
それから、看板の上に仲良く並んだ二つの名前を。
目にして、あたしが叫びだすまで。
そう時間はかからなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 












+++++++++++++++++++++++++++++++おしまい♪


リナがガウリイに出会う前、どこかの街ですれ違っていたら。そう思うと楽しいですよね♪
で、よくあるじゃないですか、制限時間内に食べたらタダ!みたいなお店で、ガウリイの記録が残っていて。それを見たリナが、それほど食べるヤツなら、一度一緒に気持ちいいくらい食べ尽してみたいもんだわね、と思ったらいいなと(笑)

ネタがおでんだったのは、SPの表紙から。リナっちがおでん食べながら歩いていて、その背景にちらっとガウリイが同じおでんを食べてる絵がありましたよね(笑)あれ見て、あらいずみさんてだからスキよっ!と思ったガウリナンはたくさんいたに違いない(笑)

大した話ではありませんが、この話は三度書直しました(笑)冒頭が長かったので、それをとっぱらっていきなり店内に入る展開になってようやくおさまりがついたかと(笑)
ボツになったネタに『手打ちおでん』ってのがありました。いつだったかテレビで『手打ちとんかつ』の看板を見たから(笑)ホントは『手打ちソバ、とんかつ』のソバが消えてただけなんだけど(笑)
豚肉に『ほわっ!』と手刀を叩き込む板さんを想像したのは言うまでもありません(笑)

では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪
おでんはどんな具が好きですか?
やっぱりダイコン?それともバクダン?
 


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