『寄り添う想い』

  
 
『嬢ちゃんがホントに結婚しちゃったら、兄貴はどうするんだよ〜〜〜〜っ!
来賓席で、拍手してやんのかよっ!?
出てきた花嫁と花婿に、花を捲いてやんのかよっ!?』

 



 
街道のまん中でガウリイが突然立ち止まった。
すぐ後ろを歩いていたゼルガディスが怪訝な顔で声をかける。
「ガウリイ?どうした。」
「え?」
「え?じゃなくて。足が止まってるぞ。」
「あ。…………すまんすまん。」
まるで夢から醒めたように頭を軽く振ると、ガウリイはゆっくりと歩き出した。
「?」
何かあったのか?
ゼルガディスは周囲を見回したが、この晴れた青空を曇らせるものは何も見つからなかった。
再びガウリイに視線を戻す。
「……………」
黙って歩を進めるガウリイの先には、元気よく跳ねる栗色の髪が揺れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目指す街に辿り着いたのは、その日の昼前のことだった。
一行はなんとか同じ宿を取ることができ、食堂で顔を合わせていた。
何しろ、いつもの四人組に思わぬメンバーが加わり、総勢6名にもなっていたからだ。
 
ランツが、まるでライオンのように広がっていた髪を短く切り、さっぱりとした姿で椅子に座っていた。
「どーゆー心境の変化よ?」
テーブルの端からリナが茶化す。
「あたしがどれだけムサいと忠告しても、変えなかったくせに。」
「そりゃあ………なあ。」
ランツは眉をあげ、気取った素振りで片手をひらひらさせる。
「小娘の意見ひとつで主義を変えたとあっちゃあ、俺の男としてのメンツが立たねえからな。」
そううそぶくと、運ばれてきたコップに手を伸ばした。
「何ですって………」
リナが途端に反応して腰を浮かせかける。
両脇に座ったアメリアとガウリイが一瞬慌てるが、リナはそこでにまりと笑った。
「その小娘のオシリ触ったくせに。」
「ごほごほごほっ!!」
ランツと、何故かゼルガディスまでもがむせた。
「んなっ………なにもこんなとこで言わなくたってぇ……!」
情けない顔でランツがテーブルを見回す。
向い側ににっこりと微笑むミワンを見て、彼はほっとしたようだった。
「まったく。あんな昔のことをまだ覚えてるんですかい。」
彼はぶつぶつ言いながら腰を下ろした。
 
あの時も、そして今日も。
一行の中心的存在である、栗色の髪の自称天才美少女魔道士リナ=インバースは、ない胸を逸らしてほくそ笑む。
「あったりまえじゃない。
一度掴んだ弱味は、一生手放さずに有効に使うのが粋な商人の心意気ってもんよ。
あんた達も気をつけることね〜♪」
椅子を床から浮かしてゆらゆらさせながら、ご満悦の表情だ。
「商人って………おい。」
ガウリイが隣で呆れる。
「よく、『ヘビのように執念深い』って言いますが、これじゃヘビに失礼な気がしますよね。
………そのうち、『リナさんのように執念深い』っていうのが、慣用語になったりして………。」
アメリアが小さな声で呟き、青ざめる。
「全くだ。特にこの一行ではな。」ゼルが重々しくうなずく。

「あんたたち………………。」
ランツが同情の笑みを浮かべて、隣のゼルガディスの肩を叩いた。
「苦労したんだねえ……よっぽど。」
「苦労などと一言で片付けてもらいたくないな………。」
「ええ…………。言葉は一言で終わってしまいますが。
リナさんの嫌味ちくちく攻撃は、しつこくしつこく続きますからねぇ………。」
「全くだ。口に何か物を入れてないと、危険が喋っているようなもんだからな。」
ガウリイの訳のわからない説明にも、何故かうなずく一同だった。
 
「ま、それはともかく。」
にも関わらず、リナは上機嫌のようだった。
これといって四人を追求することもなく、さらりとかわして話題を変えた。
「ミワンはこの街に用があるって言ってたわよね。」
「ええ。」
長い黒髪は鴉の濡れ羽色、輝く瞳は緑柱石、透き通った肌はミルク色。
確かにこんな美人を目の前にして、ランツが妙に気取っているのもわかる気がする。
まあ、真相を知るまでの、ごく短い天下だとは思うが。
「この街にいるある方に会うため、私は国を抜け出してきたのです。」
「ある方って…………。」
ランツがずいっと身を乗り出す。その顔は真剣そのものだ。
「まさか、男性………とか?」
ミワンはにっこり笑って、首を振った。
「いいえ。女性です。」
「…………そ!そうですか!いやあ………それはそれは!!はっはっは!
途端に元気づくランツ。
真相を知る他の四人は、一様に頭を軽く振るのだった。

「で、その人の居場所はわかってるんですか?」
「以前、母親の出身地がこの町だと聞いたので、行くとしたらここじゃないかと思ったんです。
名前もわかっているので、役所で調べてこようと思いまして。」
「なるほど!!それはよい考えです、ミワンさん!
ふつつかながらこのランツ、慎んでお手伝いさせていただきますぜ!」
目を輝かせたランツは、どさくさまぎれにミワンのほっそりとした手をとった。
「大丈夫!すべてこのランツにお任せを!必ずや、ミワンさんの探し人を見つけてさしあげますとも!」
「まあ。ありがとうございます。」
「ミワンさん……………。」
ぽ〜〜〜っとなったランツに、ミワンはただにっこりと微笑むだけだった。
外野の四人は再び頭を振った。
 
 
 
 
 
大テーブルでの、戦争のような食事が終わったあと、ランツがいきなり席を立った。
テーブルをぐるりと周り、ミワンに手をさしのべる。
「じゃ、早速行きましょうか、ミワンさん!」
「え?あ、今からですか?」
「じゃあ、俺とミワンさんは役所へ行ってくるから!皆はゆっくりしててくれや!」
「え?え?皆で探した方が早いですよ??」
アメリアがきょときょとと全員を見渡す。
ランツはミワンの手を引いて立たせ、片方の手のひらをアメリアに向けた。
「いや!俺とミワンさんで十分だ!皆はそのう………いろいろあるんだろ?この街で。
いや、心配はいらねえっ!俺はミワンさんのナイトを立派にやってのけるぜ!
さっ、行きましょうミワンさん!」
ちゃっかりミワンの肩に手を回すと、ランツは全員に向かって大胆にもウィンクをし、足場に食堂を後にした。
 
「………な〜によ、あれ…………。」
さすがのリナも呆れた様子だ。
残された四人はテーブルを離れ、食堂を出た。
「勝手にくっついてきておいて、適当にどっかで休んでおけですって?
し・か・も、ちゃっかりここの食事代払っていかないし!!
ったく、あの調子の良さはちっとも変わってないわね………。」
「これで厄介払いができたというわけだ。」
きっぱりと言い放つゼルに、リナがじと目を向ける。
「ゼルちゃん。厄介払いって………あんた、はっきり言うわね………。」
「事実は事実だ。
第一、俺達は異界黙示録を探しているのであって、物見遊山で旅をしているんじゃないぞ。
もともと、ミワンを送るためにこの町に来たんじゃないんだからな。」
「ああら。」
リナは顎を逸らし、伏せ目がちにゼルガディスを見やる。
「その割に、ここに来ることには反対しなかったじゃない?
……ル・ル・ー・さ・ん♪」
「その名前はやめろと言っとるだろう!!
………ごほん。反対しなかったのは、この町にも手がかりがあると思ったからだ。
妙な誤解はやめてもらおう。」
「誰が妙な誤解をしたって?
あたしはただ、ゼルちゃんにもお人よしの一面が隠れてるんだって思っただけだけどぉ?」
「それが妙な誤解だっつーとろーが!!」
「んじゃ、ミワンにまだ未練があるって誤解の方が良かった?」
「…………げほげほがほへっ!」
「そーゆー誤解は困るでしょぉ?アメリアの手前。………ねえ?」
「げーほがほがほがほっ!!」
 
慌ててフードを被ろうとしたゼルガディスをリナがからかい続ける姿を見て、アメリアがほうっとため息をついた。
町中を見回していたガウリイは、ふと我に返ってアメリアを見下ろした。
「どうした、アメリア。」
「いえ………その………。
リナさんとゼルガディスさんって、なんだかんだ言って、よく喋ってますよね………。」
「ああ、そう言われてみれば、そうだな。」
「いいですよね、リナさん。ゼルガディスさんに何でもぽんぽん言えて。
私なんか…………………。」
そう言ってうつむくアメリアの顔は、はるか頭上から見下ろすガウリイには見えない。
 
アメリアの小さな頭は、いつもそこにあったリナの頭と、高さがほぼ同じだった。
習慣的に手をあげようとして、ガウリイは思い直した。
「何言ってるんだ、アメリア。
お前さんだって、自分の思ったことは何でもゼルに言えばいいじゃないか。」
「え………でも…………。」
「あの二人は、どこか似てるんだ。
言いたいことを言ってるように見えるが、本当に口に出したいことは抑えてる。
それがお互いにわかるから、ああやってからかえるんじゃないか。」
「……………………。」
アメリアは大きな目を見開き、ぽかんと口をあけて二人を見た。
それから、ガウリイの顔を見上げた。
のんびりと穏やかな表情を浮かべたその顔は、いつもと変わらないように見える。
「ほら、慌てるところなんかソックリだぞ。
……………アメリア?」
「えっ?あ、いえ、なんでも。」
「?」
「いえ……その…………。」
 
リナを見守るその表情に、ひとかけらも心配の兆しがないことに、何故かアメリアは内心歯がゆかった。
二人の姿を見て、自分の心にはほんの少しだけど、泡立つものがあるのに。
「ガウリイさんて……まるで……………」
「?」
「リナさんの、お父さんみたいだなって思って。」
「……………へっ?」
 
思わぬ言葉に目をしばたくガウリイに、アメリアは仕方のない人だと笑った。
「まるでお父さんみたいに、何でもリナさんのことをわかってるんですね。
……………でも。」
精一杯腕を伸ばして、ぴっと指を振り立てた。
「いつまでもそこにいると、見えないものだってあるんですよ?
お父さんは、いずれ娘の手を誰かに渡さなくちゃいけないんですからねっ?」
「……………は?」
訳がわからないガウリイに、アメリアはい〜〜っと舌を出した。
「人魚コンテストの時に来るべきだったんです、ガウリイさんはっ!」
「……………人魚?」
アメリアはそれには答えず、くるりと身を翻すと、リナに駆け寄った。
「リナさんっ!さあ、魔道士協会に行きましょう!
異界黙示録の情報を手に入れに!さあさあ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、アメリアっ!?
なんであんたがそんなに興奮してんのよ、こら、腕を引っ張るなってば!」
リナをぐいぐいと引っ張って門の中に入っていくアメリア。
残されたゼルガディスとガウリイは顔を見合わせた。
「なんだ、あれは?」
「………さあな?」
首を傾げるガウリイの長い髪を、潮風がふわりと撫でていった。
 





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