「たった一人の闘い」


「ふわあああ・・・。」

ガウリイがひときわ大きなあくびをした。
我慢をしかねた様子で、リナはフォークを乱暴に皿に置くと言った。
「いい加減にしなさいよね、ガウリイ?今朝からそれで軽く10回は越してるわよ。」
「ふわ?・・・何が?」
「だから。あくび。」
「へっ・・・・そうか?」
びしっとばかりに指差され、ガウリイはかりっと頭をかく。
どうやら自覚はないようだった。
「そーよ!人がせっかく美味しく朝食を頂いて、楽しく一日を始めよ〜って時に。
向かいに座ったヤツがあくびばっかしてたら、落ち着かないでしょーが!」
「おお・・・それはすまん。」
 
自称天才美少女魔道士、背とムネは少々物足りないが魔力は絶大。
加えて言えば舌先三寸で魔族も丸め込む、栗色の髪の少女。
リナ=インバース。
その自称保護者は、金髪長髪、見目麗しく。
背丈もばっちり黙っていればハンサムで通る、ライトアーマーに長剣を帯びた剣士。
ガウリイ=ガブリエフ。
ひょんなことから共に旅をするようになってしばらくたつ。
いつものように仕事を探しに街に入り、宿を取って一晩ゆっくり休んだ後の、いつもの二人だった。
ただ違っていたのは、ガウリイが終止あくびをしていた事くらいだ。
 
「まーいーわ。ここんとこ、野宿も多くて疲れてるのかもね。
とりあえず、そろそろ仕事を探しに行きましょうか。」
うず高く積まれた皿の向こうで、リナが膨れた腹をさすりつつ言った。
「まずは魔道士協会ね。場所は昨日、宿のおっちゃんに聞いておいたから・・・」
そこまで言いかけて、リナははっとする。
「って・・・・。ガウリイ、聞いてる・・・・・?」
向かいに声をかけたが、返事はなかった。
「ガウリイ・・・?」
「ぐご〜〜〜〜。」
返って来たのは、イビキ・・・・・・。

ぷちぃっ!
 




 
「いたたた・・・・・。」
「自業自得よ!」
しばらくして、宿の外。
痛む頭を抱えて、長身の男が小柄な少女の後をついていく。
リナはいたく御立腹であった。
ガウリイをどつくことには成功したのだが、おまけにテーブルの上の皿までもが犠牲になった。
当然、その弁償をさせられることに。
・・・おまけに。
魔道士協会で貰った仕事が、ケチなゴースト退治とくれば。
機嫌の悪さに拍車がかかったのも致し方ないといえばない。
「あ〜あ。あたしも落ちたもんね〜〜〜。
ゴースト退治じゃ一晩もかかんないわよ。明日からどーしよう・・・。」
「ゴーストって・・・そんなに簡単なのか?倒すの。」
頭をさするのを止めたガウリイが尋ねた。
もっぱら魔道に関する知識はリナが頼りで、自分は体力仕事が専門と弁えている。
「ん〜〜〜。まあね。
もともと残留思念みたいなもんだし、それほど力はないのよ。
物理的攻撃は一切効かないから、その点では恐いと言えるかもね。
でも、しかるべき武器や呪文さえあれば対処は容易よ。
さらにこのあたし、天才魔道士リナ=インバースと、その子分ガウリイ=ガブリエフがいれば!
ちょちょいのちょいってもんよ♪」
「子分て・・・・」
じと汗を垂らすガウリイに、リナはぴっぴっと指を振る。
「今あんたが持ってる魔法剣は、ちゃんとゴーストが斬れるヤツだかんね。
しっかり働いてちょーだい。子分。」
「おい・・・」
げんなりしたガウリイに、ふとリナが真顔になる。
「ただ・・・ね。厄介なことになる場合もあるわ。だから油断だけはしないで。」
「って・・・どういう風に?」
「ゴーストが、ゴースト単体で発生するんじゃなくて。
増幅する魔法具か何かがあったら、話は全く別よ。
それをまず壊さなきゃ、いくら剣で斬ってもまた復活して来るからね。」
「・・・げ・・・・」
「ま、こ〜〜んな寂しい街で、そんな手の込んだゴースト仕掛けるヤツもいないって。
だいじょぶじょぶ♪」
打って変わって切り替えの早いところを見せ、リナは笑顔でガウリイの背中をばんばんと叩いた。
逆に不安な顔を覗かせて、ガウリイがぼやく。
「ホントに大丈夫かあ・・・?」
 







ゴーストが出没する時間に合わせ、リナとガウリイは墓地で待機していた。
辺りが暗くなり、薄闇が訪れる頃。
それは出現した。
「出たわよ、ガウリイ!」
「おおよ!食らえ!」

しゅあぁあああっっっ!

風を切り裂き、満月の明るい夜にガウリイの剣さばきが冴え渡る。
刃を閃かせ、ほとんど空気のような手ごたえのない空間を薙ぎ払う。
墓地に現れたゴーストは、はっきりとした形を持っていなかった。
目を凝らせば、そこに何かが淀んでいるのがわかる程度。
確かにゴースト自体に大した力はないが、子供や老人、それに病で弱った人間が生きる気力を無くすことがある。
今、こうして対峙していても、その片鱗を伺わせる。
何となく背筋が寒くなる。
何となく直視しにくい。
何となく力が抜けていく。
 
「裂閃槍(エルメキア・ランス)!」

背後で呪文を完成させたリナが解き放つ。
ガウリイが二分したゴーストの頭部に光の槍が命中。
途端に、ゴーストであった形が分散、もの凄い勢いで広がる。
がしかし、それも瞬く間に消滅した。
同時に下半分も溶けるように消えていく。
「・・・あっけないもんね。」
リナは肩をすくめた。
「そうだな。」
しゃらりっと涼やかな音を立てて、ガウリイが剣を鞘にしまう。
しかるべき装備や呪文を備えた、健康な魔道士と剣士の前にはゴーストも太刀打ちできない。
「んじゃ、宿に帰って夜食でも食べましょ♪明日の朝報告して、報賞を貰えばいいわ。」
「わかった。」
すたすたと歩き出したリナの後を追いながら、ガウリイはちらりと背後を振り返った。








 

 
どんどんどん!
「ガウリイ!」
どんどんどん!
「ガウリイ!」
 
翌日。ガウリイの部屋のドアを激しく叩いているものがいた。
「ちょっとガウリイ!起きなさいよ。何時だと思ってるの?」
もう一度勢いよく叩こうとして、ドアが内側から開いたのでリナは肩すかしをくらってよろめいた。
「あー・・・。リナ?」
見ると、パジャマ姿の寝惚けまなこのガウリイ。
ぽりぽりと頭をかきながら、たった今まで寝てましたという顔だ。
「あー。リナ。じゃあないわよ!
何やってんのよ。全然起きてこないから、魔道士協会まで行って報酬貰って来ちゃったわよ。
いくら何でももう起きてるかと思ったら、今までず〜〜〜っと寝てたわけ?」
「あー。すまんすまん。」
「・・・寝てたわけね・・・。」
リナの目が平たくなったので、ガウリイは慌てて話題を変えようとした。
「そ、それより、次の仕事は貰えたのか?」
「・・・仕事は、なかったわ。
だから午後から、あんたと手分けして仕事探しに行こうと思ってたのに・・・。」
「午後って・・・」
「今は、お昼をとっくに過ぎてるわよ。」

ほんの少し怒りを納めたリナは、そっとガウリイの部屋の様子を見回した。
慌てて剥いだ毛布が、ずれてベッドから落ちている。
カーテンは閉めっぱなし。
ブレストプレートやショルダーガードなどの防具類は、ちゃんとハンガーにかけてある。
ただひとつ気になったのは、剣が枕元にあったことだった。
「どーかしたの・・・?」
何気ない振りを装って、まだ眠そうなガウリイの顔を見上げる。
「何で最近、そんなにいつも眠そうなのよ。」
確かにおかしいとリナは疑っていた。
考えてみれば野宿の時も、焚き火の番の交代に、なかなかガウリイが起きなかった。
「別に。どーもしないよ。ただちょっと、眠いだけだ。」
そう言うとまたあくびをし、ガウリイが答えた。
 





 
その日の夜。二人は宿の食堂で、遅い夕食を取っていた。
「結局、仕事見つからなかったわね〜〜・・・」
「・・・・・」
ぼやいたリナが顔を向けると、すでにガウリイは船を漕ぎだしていた。
走り回って収穫ゼロときた日には、疲れているのも無理はない。
ないが、食べながら眠ってしまうということはまれだった。
「・・・・・・」
声をかけずにじっと見つめていると、気配に気づいたのかガウリイが目を開けた。
途端に、慌てたように起きていた風を装おう。
「おう、明日も探してみような。うん。」
どこかおかしい。
だが尋ねても、何もないの一点張りで、それ以上どうしようもないリナだった。
ふと、ガウリイが気づいたように尋ねてきた。
「あれ。そーいえば、そんなのしてたっけ。お前さん。」
指差したのは、リナの開いた襟元からのぞく金の鎖だった。
その先に、透明な丸い玉がぶらさがっている。
「オーブ・・とかいうやつか?もしかして、魔力を高めたりするのか、それ。」
その場をしのぐためか、苦手なはずの話題をのぼらせるガウリイ。
リナはひと呼吸置いてから、その話題に乗ることにした。
「まーね。そんなようなもんよ。」
「へえ。お前さん、たくさんつけてるもんな。」
「そりゃあね。魔道士なら誰でも身につけるようなもんだし。
それで集中力を高めたり、相手の攻撃を逸らしたりする効果があるのよ。」
「ふーん。」
わかったのかわかってないのか、全くわからない相槌を打って。
ガウリイがまた一つあくびをした。

と、そこにバタバタと足音が近付いてきた。
魔道士協会からの手紙を持って、一人の少年が駆け込んできたのだ。
「リナ=インバースさんですか!?急ぎの用事だそうです!」
昨日、リナとガウリイが朝飯前とばかりにやっつけたはずのゴーストが再び姿を現わしたというのだ。
「何ですって。昨日のゴーストが!?」
しかも、昨日よりかなりはっきりとした形になっているらしい。
手紙を最後まで読み終えたリナは、はじかれたように席を立った。
食べかけのトリモモを持って、ガウリイが不審そうに尋ねる。
「おい、リナ。食ってからにしたらどーだ?ゴーストは逃げやしないだろ?」
「ゴーストは逃げないわよ!
でもこのゴーストきっちし倒さないと、報酬全額返せって書いてあるのよ!!」
「な、なるほど。」
二人が飛び出した食堂には、食べ残した皿と、ひっくり返ったイスだけが残された。
 







真っ暗な墓地に駆け込んだ途端、リナが大きく溜息をついた。 
「あちゃ〜〜〜〜〜。こりゃあ・・・・。」
「な、なんだよ。」
後から少し遅れて到着したガウリイが尋ねる。
振り返ったリナが、肩をすくめて答えた。
「昨日あたしが言った、ちょっとやっかいな事態になったってことよ。」
「げ・・・。」
再会したゴーストは、昨日とは比べ物にならなかった。
白く半透明な姿は鎧をつけた男性らしく、目鼻も区別がつくほどだ。
それだけならまだしも。
駆け付けてきたリナとガウリイに、にやりと笑ってみせたのだ。
「ぎえええ。気味わり〜〜〜〜。どーすんだよ、リナ。」
「どーするって・・・。前に言ったこと、聞いてなかったの?
何か、力を増幅するモノがこの近くにあるのよ。それを探すっきゃないわ。」
リナが口の中で呪文を唱え、魔法の明かりを上空に打ち上げる。
墓地はぼんやりとした光に包まれたが、ゴーストの体はまだはっきりと見えた。
「近くってことは、確かなのか?」
「あれだけはっきりしてるとこ見ると、おそらくね。」
「よし。オレがヤツの相手をする。
お前さんは魔法でも何でも使って、その魔道具とやらを見つけだしてくれ。」
「すぐって訳にはいかないわよ。」
「わかってる。・・・なるべく早くな。」ガウリイがウィンクを送る。
「わかった!」
リナは親指を立てて答え、ぱっと後方に下がる。
 
ひぃぃいいいいいいいいぃいいいいいいいいいぃぃぃいっ!

声にも言葉にもならないような、途切れ途切れの風鳴りに似た。
ぱっくりと割れたゴーストの口らしき裂け目から、たぎる音。
「どんな理由があるか知らんが。死んでまで人様に迷惑かけちゃあいけないな。
悪いが相棒があんたを成仏させるまで、相手して貰うぜ。」

ぅぅぅぅぅぅぅぅうおおおおぅぇぁあああああ!

途端に豹変するゴースト。
形相はさながら悪鬼と化す。
人と同じ身長だったその姿が、二倍に膨れ上がる。
やはり盲いたような白い瞳が、冷たくこちらを見下ろしていた。
 

「アストラル・プレーンで探索・・・すると、どうやらこの辺ね・・・。」
その頃、リナは精神世界での媒体の探索を終え、目星をつけた墓石の一つの前に辿りついていた。
しゃがみ込み、軽く呪文を唱えて魔法の光を作り出す。
照らし出された地面は、つい最近掘り起こされたようにでこぼこしていた。
「ははあん。」リナはにんまりと笑う。
「ビンゴ、かな?」
 


「せいっ!」
ガウリイが気を吐く。
左から右へ薙ぎ払った剣をそのまま手許で返し、逆手に斬り上げる。
ところが昨日はそれで二分されたゴーストが、今日は違った。
まるで霧を斬ったように全く効かない。
剣が素通りしている訳ではない。
一旦は切り開かれ、向こうの景色がはっきりと見えたのだが、次の瞬間、元通りに塞がってしまうのだ。
「ちぃっ!」
舌打ちし、体勢を整えるため、一旦背後に下がるガウリイ。
「これはちっと面倒な事になったかな・・・。」
平然と言ってはいるが、息が上がっている。
 
見つけたものを手に駆け付けたリナは、そんなガウリイを目のあたりにした。
・・・おかしい。直感が頭をよぎる。
例え相手がアンデッドでも、いつもの彼なら一合や二合斬り結んだくらいで息が上がったりしない。
だが彼は、すでに肩で息をしている。

間合いに踏み込もうと、ガウリイが身体を沈めた時だ。
ゴーストの何の感情もなさそうな顔が、一瞬歪んだ。
「そこまでよ。びくついてるとこを見ると、どうやらこれはアタリのようね。」
柔らかくなっていた土を掘り返して出てきたのは、小さな鏡だった。
持ち手が細く、細やかな彫刻の入った女性物らしい手鏡である。
ゴーストの盲いたように白い瞳が揺らいだ。

『そ・・・を・・・・え・・・・せ・・・・』

リナは驚く。
ゴーストの口から言葉らしきものが出たからだ。

『そ・・・かえ・・・・せ・・・・・』
 
「それを、返せ・・・?って、言ってるみたいだぞ、リナ。」
剣を構えたまま、ガウリイが用心深く下がってきた。
「そうね。でも・・・・・・。」
「何だ?何か、気になることでも?」
ゴーストから目を離さず、ガウリイが聞き返す。
リナは首を傾げていた。
「戻ってきてから、またアストラル・プレーンを覗いてみたんだけど。
この手鏡と、あのゴーストとの間につながりらしきものがないのよ。」
「・・・なんだって・・・?だってお前、アタリだって・・・」
「カマかけてみたのよ。で、ちゃんと反応したでしょ。
だからそうかなと思ったんだけど、どうも納得いかないわね・・・。」
「じゃあ、それが目当ての物じゃないって事か。」
「媒体じゃあなさそうね。何らかの関わりはありそうなんだけど・・・」
リナはちらりとガウリイの様子を伺う。
額には玉のような汗が浮いていた。
やっぱり、いつものガウリイじゃない。
そう確信したリナは、ここで意外な言葉を口にした。
「いいわ。ここは一旦、退却しましょ。」
「えっ・・・!?」
ガウリイも思わず驚いて振り返る。
「宿に戻るわ。作戦の練り直しが必要だから。」
リナはすでに踵を返していた。
「だって、お前・・・こいつ、どーすんだよ!?」ゴーストを指差すガウリイ。
「放っといていーわよ。どーせまだ大した影響力はないわ。
明日、立ち入り禁止の札でも貼っといて貰うよう頼むから!」
「ええっ・・・・お、おい、待てって!」
ほっとしながらも、気になるゴーストを一瞥し。
ガウリイはリナの後を追ってその場を去った。

後に一人、というか一体、残されたゴーストは。
闇に向かい、声を上げて深く呻いていた。
 







作戦を立て直すと言ったリナは、宿に着くとさっさと自分の部屋に戻って寝てしまった。
ガウリイは拍子抜けしたが、自分も休めるとばかりに部屋に姿を消した。

 
数時間後。真夜中のことだ。
宿の中は、客のかくイビキ以外の物音はしない。
犬の遠ぼえも風もなく、静かな夜だった。
 
きいいいいい・・・

蝋燭の灯る暗い宿の廊下に、微かな金属音が響いた。
古い蝶番が擦れる音だ。
それに続いて、パジャマ姿のリナがそっと部屋から出てきた。
スリッパも穿かずに裸足だ。
そのまま、誰もいない廊下を歩きだす。
床はきしりとも言わなかった。
「どこへ行くんだ。」
背後から声がかかり、リナがぴたりと立ち止まる。
いつ部屋から出てきたのか、同じくパジャマ姿のガウリイがそこに立っていた。
ただし、その手には抜き身の長剣を握っている。

「・・・・・」
振り返ったリナの動きは、どこか機械的だった。
瞳もまるで空洞のようにうつろだ。
「今度は、完全に乗っ取っちまったようだな・・・。」
まるで他人に話しかけるような口調のガウリイ。
「その身体で、どこへ行くつもりだった。」
『どこでもいいでしょう。』
リナの口から、リナの声で出た言葉だった。
だが、まるで別人のような気配がした。
ガウリイはかぶりを振る。
「それは、オレの相棒の身体だ。好き勝手にされては困る。」
『・・・相棒?』
リナの顔をした、リナの声で話す誰かは、くすりと笑ったようだった。
『余程、大事な人のようね。こうして毎晩、わたしの邪魔をするところを見ると。』
「まあな。これでも、自称こいつの保護者なんでね。」
面と向かっているのは、確かにリナとガウリイだった。
だが会話は全く別物だった。
『昨日まではあなたに邪魔された。宿を出ようとすると、いつもあなたに見つかった。
街に入る前もそうだったわね。
だけど、今日は違うわ。』
「何が違うんだ?」
『今日、彼女が触れたからよ。』
「触れた?・・・何に?」
『答える義務はないわ。わたしはどうしても行かなくては。
これ以上、邪魔するなら容赦はしない。』

リナであってリナでない者の意志で、彼女の華奢な腕が上がる。
両の手のひらを打ちつけ、それをぐっと広げる。
唇が微かに動いている。
リナの意識はないが、完全に乗っ取ったということは呪文も使えるに違いない。
ガウリイは舌打ちし、素早く動いた。
 
『・・・え!?』
飛び込んできたガウリイの一撃を、何者かは避けることができなかった。
神速の一撃。
だがそれは刃ではなく、柄の方だった。
モロに腹に入り、身体を折って苦しむリナの身体。
「・・・ごめんな。」
そう呟くと、倒れ込むリナの体を片手で受け止めるガウリイ。
片方の手を剣の棟区(むねまち)で握ったまま、リナの部屋へと戻る。
足でドアを閉めると、その手前で剣を突き立てた。
意識を失ったリナの身体を、ベッドに降ろす。
彼女を支配していた者は後退したようで、リナはすやすやと寝入っていた。
「・・・・・」
満月より一日だけ欠けた月が、窓のカーテン越しに寝顔を照らし出す。
毛布を肩までかけてやり、ベッドの背もたれに腕を掛けて、しばらくガウリイはそれを見ていた。
 








 
 
翌日のことだった。
魔道士協会からどやされ、その倍はどやし返して、リナは墓地の周りに結界を張って貰っていた。
どうやら事が簡単じゃなかったのを楯に、報酬の額も上げさせたらしい。
だが、ガウリイがそれを知ったのは、かなり後のことだった。
彼が目覚めたのは夕方に近かったからだ。

着替えを終えて慌てて食堂へ降りて行くと、お茶を飲んでいるリナがいた。
何故か、責める言葉は一言もなかった。
二人はそのままそこで夕食を取り、再び墓地へと出発することになった。
「さてと。お腹も膨れたし。そろそろゴースト退治に行きましょうか。」
「お・・・おう。」
ずっと眠っていたことにリナから何のお小言もないので、返って恐いらしい。
何となくびくつきながらガウリイが尋ねた。
「その・・・ゴースト退治の・・作戦は立てたのか・・?」
リナに迷いはなかった。
「まあね。この天才美少女魔道士、リナ=インバースに不可能はない!」
「ああ・・・そうですかい。」
いつもの彼女だと胸をなで下ろして、ガウリイが立ち上がるとリナが声をかけた。
「あ、ちょっと待って。行く前に、手出してくれない?」
「へっ・・・?」
唐突な言葉に、ガウリイの目が丸くなる。
「手って・・・オレの手か?」
「他にどの手があるのよ。いいから、両手出して。」
ガウリイの両手を、リナはぐいっと自分の方に引っ張った。
「お、おい・・・!?」

『・・・・・・治癒(リカバリィ)』
 
すうううううううっ。

リナが治癒の呪文を唱えると、ガウリイの手がすうっと暖かくなった。
昨晩、刃を握って傷が入った方の手だ。
同時に、ちょっとした目眩を覚える。
「怪我したままじゃ、剣を握れないでしょ。
これだとガウリイの体力減っちゃうけど、軟膏よりは治りが早いから。」
素早く笑みを送って、リナはガウリイの手を離した。
痛みと傷が消えた手を、ガウリイはじっと見つめる。
「リナ・・・・?」
彼女はそれ以上何も言わず、何も問わなかった。
ふと、何かに気づいているんじゃないかという考えがガウリイの頭に浮かぶ。
「じゃっ。行きましょうか。今日こそは決着つけるわよ。」
リナが席を立った。
 





 
ひゅごおおおおおおおおおっっっ!

「あちゃ〜〜〜。昨日よりずうっと力がついちゃったみたいね〜〜〜。」
「そうみたいだな。」
墓地に張られた結界を解いて貰って、中に入った二人はゴーストを見て驚いた。
今日は顔立まではっきりとわかる。
髪の毛の艶まで見えるようだ。
『返しに来たのか・・・。あれを・・・。』
言葉まではっきりしている。
「これはヤバいわね。今晩中に、どうしても決着つけるわよ!」
「おう。」
「それで、作戦なんだけど。」
「ん。何だ?」
「悪いけど、また少しあいつの相手しててくれる?」
「構わんが、リナはどうするんだ。」
「もう一度、アストラル・プレーンでの探索ってやつをやってみる。
今度は、周囲に探すんじゃなくて、あいつから伸びているつながりを探すわ。」
「わかった。」
ガウリイは剣を引き抜く。
 
『邪魔をするならお前も道連れにしてやるぞ・・・。』
「できるかな。」
ゴーストと対峙したガウリイは、油断なく剣を構える。
リナがかけてくれた治癒の呪文で、昨晩痛めた手のひらは大丈夫だ。
後は、体力との勝負。
『何故邪魔をする・・・?俺はただ、会いたいだけなのに・・・』
「会いたい・・・?誰に・・・?」
盲の瞳がさまよっている。
「誰に会いたいんだ?」
無駄と知りつつ、ガウリイはリナの為に時間稼ぎに出た。

 
「違う・・・。あのゴーストは、やっぱり昨日の鏡じゃない・・・。
でも、この精神の糸は・・・。近く、だわ・・・・」
マントの上にあぐらをかき、リナは魔法陣を広げて集中。
はっと、目が開かれる。
彼女は弾かれたように立ち上がり、足下のマントを取り上げて探り出した。
 

ゴーストはガウリイの言葉に反応したようだった。
会話を引き延ばすため、ガウリイはさらに尋ねる。
「お前が会いたいのは、誰なんだ?昨日の鏡って、確か女物だったよな。」
『あれは・・・あれは約束の品だった。』
「約束の・・・品?」
『そう。取り替えた。帰って来たら、また交換する約束だった・・・』
「交換・・・!?それって・・・」
 

「なるほど。どうやら事情が飲み込めたわ。」
「リナ!」
背後からしっかりとした声が聞こえ、ガウリイは少しだけ肩の力を抜いた。
リナは手に何かを持っており、それをゴーストに見せるように掲げて歩いて来る。
『そ、それは!』
ゴーストの白い瞳が夜の闇に濁った。
「やっぱりね。これがあなたの力の増幅をしていたのね。」
「どういう事だ、リナ。」
リナは今、ガウリイの横に来ていた。
ゴーストが微かに後ずさる。
「これが魔道具の正体よ。
人の思いってのはおそろしいもんね。こんな小さな懐剣に込められた思念と来たら・・・」
リナの手にあるのは、飾り気のない短剣だった。
錆び付いており、鞘から抜くことはできないようだ。
「これを壊せば、あんたはゴーストとしていられなくなるわ。」
『や、やめろ・・・』
青白い顔のゴーストの顔が、さらに青ざめたように見えた。

だが、リナはそこでかざした剣を下ろした。
空いた手で、懐から手鏡を取り出す。
「でもその前に。聞きたいことがあるのよ。
・・・これは誰のものなの?
あんたにどういう関係があるのか、聞かせてくれない?」
昨晩この墓地で見つけた鏡だった。
『そ、それは・・・』
剣と鏡、二つの品を持ったリナの前で、ゴーストの形が揺らめく。
「リナ、そいつ、何かおかしな事言ってたぞ。
取り替えたとか、交換するとか、約束だった、とか。」
隣でガウリイが言う。
「約束・・・・?」
リナがその言葉を口にしたその時だった。
 
「リナっ!!」

大きく目を見開くと、リナの身体が硬直した。
まるで何かに取り付かれたように、動きを止める。
ガウリイが剣を放り出し、リナの肩を掴んだ。
すると、乳白色のものがリナの手にした剣から立ち上った。
みるみるうちに形を成し、長い髪を垂らした、女性らしき姿に変貌した。
男のゴーストがたじろぐ。

女性型のゴーストが口を開いた。
『約束・・・。覚えててくれたんですね・・・』
『おお・・・』
男性型のゴーストは歓喜の声を上げた。
『取り替えた。約束だった。帰ってきたら、また交換しようと。』
『はい。約束でした。ですから、交換しましょう。』
『そうだな。』
『あなたは短剣に・・・わたしは手鏡に・・・』
『戻ろう・・・』
『はい・・・。今度こそ、ずっと一緒に・・・』
『ああ。ずっと一緒だ。』

リナとガウリイの頭上で、二人のゴーストは手を取り合った。
懐かしそうに抱擁を交わした後、二人はそれぞれの愛用の品に戻った。
男は、愛剣に。
女は、毎朝使っていた手鏡に。
 
硬直から解かれ、自分の両手に持った物にゴーストが吸い込まれていくのを、リナは不思議そうな顔で見つめていた。
リナの肩に手をかけたまま、剣をほっぽり出したガウリイも。

ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい・・・・

鏡と剣はほんの少し共鳴して震え。
やがて、止まった。
 











翌日。
二人が起きて、食堂で顔を合わせたのは昼過ぎだった。
自分でも気づかないうちに女のゴーストに取り付かれていたリナも、さすがに体力を減らしていたのだろう。
ガウリイも疲れた顔をしていたが、寝不足はかなり解消されたようだった。
いつもの健啖ぶりを見せ、大した会話も交わさないまま。
二人は大皿を次から次へと平らげた。

それから二人が向かったのは、昨晩の出来事が嘘のように穏やかな陽が差す、墓地だった。
「つまり。あの鏡に封じられていたのが、男のゴーストで。
おそらく墓場荒らしか何かがあれを掘り出したのね。
で、ゴースト見て恐くなって、埋め返したんだわ。」
「でも、力を増幅したのは短剣の方なんだろう?」
「短剣に込めた思いで増幅されたのね。
ちなみに女の方は、この短剣に封じ込められていた。
ゴーストと化した男の情念に惹かれ、こっちもゴーストとなって復活しちゃったと。」
「・・・何だかややこしいなあ。」
「ま、いーじゃない。終り良ければ全てよし。うんうん。」
満足げに頷くリナを見下ろして、ガウリイが軽く溜息をつく。
「お前なあ・・・。よっぽど魔道士協会からふんだくったな。」
「ぎくぅっっっ。」
「えっ!?ホントにふんだくったのか。」
「人聞き悪いこと言わないで!あたしは、正当と思える額を頂戴したまでよ。」
「正当ねえ・・・」
「何か文句ある!?」
「いーえ。ございません。」
「なら、よろしい。」

立ち並ぶ墓石の隅っこの方で、ガウリイが木切れで地面を掘った。
「こんなもんでいーか?」
「うん。いいっしょ。じゃあこれ。」
リナは抱えていた包みを、ガウリイが掘った小さな穴に入れた。
深紅の布で包まれたその中味は、鏡と短剣だった。
「・・・これであんたたちが望んだ通り、ずっと一緒よ。」
そっと呟いた声は、ガウリイにしか届かなかった。
「たぶん・・・戦争とかで、別れ別れになっちまったんだろーなあ。」
「そーね。たぶんね。
でもまあ、これで一件落着よ♪さあて、お腹減ったし宿に帰るとしますか♪」
わざとらしく腕を頭の後で組んで、くるりと向けた背中に照れを見て、ガウリイはくすりと笑った。
包みの上に土をかけながら。
この区画を買ったのは、他ならぬリナだったからだ。
「なあリナ。」
土だらけの手をはたきながら、リナに追いすがりガウリイが言った。
「なあによ。」
「包みの中・・・。鏡と短剣だけじゃないだろ。」
「ぎくぅぅっ。」
「他に何、入れたんだ?」
「・・・・・」
「ん?聞こえないぞ。」
「・・・オーブ。魔除けみたいなもんよ。」
「なんだ。そっか。」
その答えで満足したガウリイは、リナの僅かに染まった頬は見えなかった。
同時に、その襟元にかかっていた金鎖が姿を消したいたことにも気づかなかった。

墓地を去り、町中へ戻る途中。
二人は、久しぶりに見る空を見上げた。
なんだか随分と長い間、見上げていなかった気がしたからだった。
「こんなに明るいと、ゴーストがいたなんて想像もできないなあ。」
「まったくよね。ゴーストも、昼間に出てきてくれれば一発で倒せる気がするわ。
ってか、自分で消えそう。
いつまでもくら〜く漂ってるのがバカみたいな明るさじゃない?」
「そうだな。」
頷いて笑うガウリイ。
「死んで後まで怨みとか妬みとか、悔悟の念を背負ってるゴーストの気持ちってのも・・・。
あたしにはわからないけど。」
大きく伸びをし、リナは両腕を頭の後ろで組んだ。
「それだけ大事なもんがあったってことよね、きっと・・・。」
「・・・・そうだな。」
今度は笑わずに、ガウリイが頷いた。

「・・・・ねえ。」
背中を向けたまま、リナは背後のガウリイに尋ねた。
「死んだ後もずっと、一緒にいたいって思うような人。あんたには、いる?」
「・・・・え?」
戸惑った声が返ってきた。
リナは振り向かない。
その背中を、じっと見つめるガウリイ。
二人の耳にはまだ残っていた、ゴーストの長く尾を引く叫び声。
互いに手を取り合って、哀しそうに、消えていった二つの魂。
「・・・・・」

しばらくして、ガウリイが答えようとすると、いきなりリナがくるっと振り返った。
その顔が、周りに満たされた光より眩しくて、ガウリイは目を眇める。
「あたしはね!いないわよっ!そんな人!」
勢いよくそう言うと、リナは笑った。
「大体、発想が暗いわよねっっ!!
そんな人がいたらまず、死ぬことより生きててもらうことを考えるもの!!」
ぱたぱたと軽い足音で走ってきて、とんっと指先で突いた。
相棒の胸の辺りを。
「だからあんたも!
余計な気を使わないで、何でも隠さずに言いなさいよね!!
・・・あたしは」
少し優しい声になって、リナが囁いた。
「ちゃんと聞くから。あんたの話。
信じられないような話でも、ね。」
「・・・・!」
驚いたように目を開くガウリイを見上げて、リナはふと真剣な目になり、それからまた笑った。
「わかったなら、宿屋に戻りましょ!
とっとと溜まりに溜まった寝不足を解消して、いつものあんたに戻ったら。
また明日から。旅は始まるのよ!
先は長いんだから!」
「・・・・・・」

笑いながら、背を向けて歩き出したリナの後を。
ガウリイは遅れてついて歩き出しながら。
その背中に、届くか届かないかの小さな声で、請われた問いの答えを返した。
「・・・オレにも、いないさ。そんなやつ。
・・・このままずっと、生きて一緒にいたいやつなら、いるけどな。」
「・・・そゆこと。」
背中が、笑って答えた気がした。




 




















 
 




 
 
===================================えんど♪

 

新刊を出すため、前に書いた小説のフォルダを片っ端からのぞいていて見つけたお話です。
同じタイトルで、お友達HPにあげたお話もありました。
たぶんもうないと思うので、こっちにアップします。

アップする際にかなり書き直しました(笑)たった五年でも感じ方が変わるもんですね(笑)

作中ではわからなかった方もいると思うのでつけくわえますが、リナが一緒に埋めたのは自分が下げていたオーブで、記録するメモリーオーブでした。

ガウリイと女ゴーストとのやり取りが全部記録されていたと思われます。

その後、ずっとリナの寝顔を見ていたところも記録されていたんでしょうね(くすり)

新刊には、同じタイトルで違うタイプのお話を入れました。やはりガウリイが寝不足で、その原因はリナにあるのですが。取りついていたのはゴーストではなく・・・

今度の新刊は、五月に出した「春夏」の次の「秋冬」です。思ったより挿し絵が多くて、今から青ざめてます・・・本文70Pに絵が20Pって・・・またもや自分で自分の首をきゅっと・・・・(涙)



では、ここまで読んで下さったお客さまに、愛を込めて♪

死んだら化けて出たい相手はいますか?

・・・・そんなことはすっからかんと忘れて、今を楽しく生きられるといいですね(笑)
そーらがお送りしました♪

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