「祭りの夜」

 

 ふふふふふふふふふふふふふ。ふ。

 暗雲たちこめるとはこのことよ。
たぶんガウリイにはこの遠い雷鳴のような、ゴロゴロとした音は聞こえてないんでしょうね。あたしの背中からは、さっきから聞こえてるんだけど。

 「なあ、リナ、オレなんか変なこと言ったか。」
「いいいいいいえええええええ。ぜぇんぜぇん。
だぁっっってえ、あたしには別にかんけーーないことだしいいいいい。」
「じゃ、なんでみけんにシワよせてんだよ?」
「あらガウリイったら、花も恥じらう、うら若き乙女のみけんにシワなんてあるわけないでしょ」
「ま、確かにお前が乙女なら花も恥じらうかもな・・・・・」

 ばきしどがぐしゃべこべこぽきん。

 「口は災いのもとってゆーありがたーーーい格言、そのヨーグルトのーみそにぷかぷか浮かべとくのね!!」
「な、なにカリカリしてんだよ」
「カリカリなんかしてないわよ、カリカリなんか!」
うーーーカリカリカリカリ。
「さっってっっっと、こーんなクラゲ男にかまってないで、あたしのうつくしーーー髪と、乙女のヤワハダのお手入れでもしよっかなっと。」
鼻歌なんか歌ってみる。
「ガウリイ、出かけんのなら、部屋に鍵かけるから帰るのは明日の朝にしてよね。」

 「へ?」

 『へ?』じゃないでしょぉう、『へ?』じゃ。

 「オレ、出かけるんだっけ?」
あのなああああああ。
「だって、約束したんでしょ、緑のドレスのあの人と!」
「ああ。あれか、あのな。」
やめてよやめてよやめてよ、頼むから説明なんかしないで。
「約束なんかしてないぞ、オレ」

 ・・・はぁ?

 「だってよぉ、オレはあの人のダンナって人の顔も知らないし、思い出話なんかできないじゃないか」

 ・・・はぁ。
 こいつ、ホントに思い出話するだけだと思ってたんだろうか。
あの人が。

「それにオレは一応お前の保護者なんだし、保護者ってのは夜、か弱い女の子ひとり部屋において出かけたりしないだろ?ま、お前はか弱いって柄じゃないかもしれんが今日は体調悪いみたいだし、オレとしては心配だしな」
「な、・・・なんで体調悪いって思うのよ?」
「だって、さっき計ったら少し熱っぽかったぜ、お前。
それにさっきからやけにからむし」
「べ、別にあたしは大丈夫よ。
あ、ああたしなら気にしないで、出かけてもいーのに。」
「約束してないって言っただろ」
「約束したけど忘れちゃったんじゃないの?」
うっっ。そこまで言うつもりじゃ。
「だ・か・ら」

床にへたりこんだままのガウリイが苦笑しながら言った。
「オレは行くつもりもないし、行きたいとも思わない。
今日のオレの宿はここだし、今晩はゆっくり寝て明日のモーニングセットに備えなくちゃいかんしな。」

 最初の一言は、離れているのになんだか耳もとで言われた気がした。

 「さあて、そろそろ寝るとするか。」
 ガウリイが伸びをする。
長身のガウリイにはすこし小さめに見えるパジャマは、なんだかきゅうくつそうだ。胸の筋肉の動きが生地の上からわかるような気がする。
 「ん?」
 やだ、あたしったら、なに今さらガウリイなんか見てんの。
年中一緒で、見あきてるはずなのに。

でももしかしたら今まで、まじまじとガウリイを見たことはないのかも。
そう、しゃべるときに相手の顔を見るのとは、ちょっと違う。
どつくときには顔なんか見ないし。
 「リナ?、お前・・・」
??やだちょっと、近付かないでよっ。
「やっぱ熱があるんじゃないか?なんだか目がうつろだぞ。」
 ・・・・・『もの思わしげ』と言ってよ。
まったく、デリカシー皆無男なんだから。

「薬かなんか・・・」
「だ、大丈夫だってば。さ、寝よ寝よ。
と、あたし、ベッドね。ガウリイはソファだからねっ。」
「・・・ソファなんか無いぞ」
「ええ?」

 ホントだ。あたしは今までドレッサーの椅子に座っていた。この部屋には、ベッドと、ドレッサーとつながってる物書き用の机しかない。
 
 っってゆうことは、どゆこと?ひとつのベッドに、寝る人間がふたり


 「はいはい、わかってますよ。オレは床に寝るから、毛布とってくれ。」

 ・・・や、わ、・・・わかってんじゃないのよ、ガウリイってばエラい。
「じゃ、お言葉に甘えて・・・」
ほほほ。なんだ、別に心配なんかいらなかったわね。
し、心配してたわけぢゃないわけぢゃないけど。
だってあたしってば、ほらかわいいし。
ガウリイだっていちおう、男だし。お・・・。
(かああああああああ)

 

 「顔赤いぞ」
毛布を床に敷きながらガウリイが見ていた。
「し、しつっこいわね、大丈夫って言ったでしょ、大丈夫って。ほ、ほらあたしの毛布も貸したげるから」
「いや、いいよ。お前かけてろ。それ以上熱が出たら困る」
 こういうときに優しくされるのって、なんかなあ。
 

 ・・・懸命な読者の方はもうお気付きでしょうね。
 あたしは今日、まだ一つも呪文使ってません。
使えないのよ。
使ってたらもうとっくにガウリイはお星さまになってるわよね。
微熱があるのも病気じゃないの。
ここまで言えばわかるわよね。わかるわよね?


 「じゃ、お休みなさーい。」
「ランプ消すぞお。」
「いいわよ」

 ぱふ。
あたしは掛け布団を目の下まで引っ張りあげる。
ごそごそ。
少し離れた床で、ガウリイが毛布にもぐりこむ。あとは暗闇があるばかり。



 どこかで、酒に酔ったオヤジどもの馬鹿笑いがこだました。
宿屋の中は静かだ。
もうみんな寝てるのかな。
・・・昨日までは、地面の上に寝てた。
たき火の焦げた木のにおいをかぎながら、何も考えずに寝たっけ。
聞こえるのは、虫の声だけ。
あと、ガウリイのいびき。
今日はまだ聞こえない。

 「眠れないのか?」

 変なところで敏感なんだから、ガウリイってば。もう、無視無視。

 「おはなししてやろうか」

 ちょっと、冗談でしょ。

 「いいから、寝なさいよ。」
がばっと起き上がったあたしに突如、激痛が襲いかかる。
「あた・・・しに、かま・・わず・・」いたた。なにこれ。
「リナ?」
ガウリイが起き上がる気配がする。
「な、何でも・・・」ない、と言いたかったが声にならなかった。
痛い。むちゃくちゃ痛い。おなかが。
「リナ?」

あ、そうか。おなかが痛くても不思議じゃなかったんだ。
でも、これは痛すぎる。
「いつつっ」あー、言っちゃった。でも我慢できないいい。
「痛い?どこが痛いんだ」
「お、おなか・・・」ガウリイはベッドの脇にひざまずいた。
「食べ過ぎか?」

 あーもう、こんなときに呪文が使えないなんてっ。
ガウリイのバカにバーストロンドぶちこんでやりたいいい。
いたいいいいいい。

 なんでこんな無神経なヤツとひとつ部屋で寝なくちゃいけないの。
「リカなんとかっていう呪文で直せないのか」
「リカバリィ。いっっ。いっ痛くて集中...でき・・」るわけないじゃない。
だいたい、呪文使えないのよ、今日は。

 ・・・・・・・・・。いたい。

 ・・・なんでガウリイなの?。
 なんでガウリイなのよ、あたしのそばに残ってるのは。
 あたしのそばにいつもいるのは。
 今もいるのは。
 いつでもどこでもあたしと一緒に行くのは。
 あたしが何を言おうと、さらりとかわしてへーきな顔してついてくるのは。
 ガウリイのバカ、
 あたしのバカ、
 あーもう痛くてなんも考えらんないじゃない。

 「よいしょっと。」
 ・・・・・・・・・・・ちょっと。ちょっと。

 なんでガウリィがあたしの布団に入ってくんのよ?!
ちょっっっっとおおおおお?



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