「名前を呼ぶ声」

 
 
どこまでも続く、夜のように暗い地の底。
 
一面に転がる無数の屍。
 
返り血に染まり、血まみれの剣を持ったまま、
笑みすら浮かべてその中に立っている――オレ。
 
 
射し込む太陽の光に、オレは重い瞼を開けた。
「夢か・・・」
そう、夢。
だけどそれが現実(ほんとう)ということも知っている。
決して消えることのない闇――それはいつもオレの中に蟠っている。
誰より“闇”に近しい俺が“光”の剣を持っている。
――全くお笑いだ。
 
 
 
「ちょっとガウリイ!何してたのよっ。遅いじゃない!!」
食堂へ降りていくと栗色の髪の少女―リナがくってかかってきた。
「ああ、悪い。ちょっと寝坊しちまって・・・」
オレの言い訳になおもぶつぶつ文句を言いながらも、リナは早速
朝食を注文し始めた。
 
一ヶ月ほど前、偶然このリナという少女と出会った。
それからは今まであったこともないような、とんでもない事に
巻き込まれてばかりいる。
そんな中でこの子のことを知っていったが、知れば知るほどに
わからなくなっていくから不思議だ。
小さくてまるでお子様。
――でも“どらまた”だの“ロバーズ・キラー”だのの異名を
持ち、それに劣らない実力も持っている。
わがままで自分勝手。
――でもお人好しで、弱い奴にはとことん甘い。
金にがめつくて、しっかり者。
――でも、どこか危なっかしい。
いつでもまっすぐに未来(まえ)を見つめ、決して諦めることは
ない。
たとえ戦う相手が魔王だったとしても――必ず勝つ、と。
そうはっきり言い切る強さが、この小さな身体の一体どこにあっ
たんだろう。
 
だけど何より不思議なのは。
たまたま出会っただけの人間と一緒に、今でも旅を続けている
オレだった。
 
 
 
「ねえ、あの木陰で一休みしてかない?」
照りつける陽射しにたまりかねたように、リナがそう言い出した。
そこでオレ達は一本の大木の下に腰を下ろした。
「はー、いい気持ち。少しくらいなら寝ててもいいわよ、ガウリイ」
「・・・言っておくが、寝てる間に剣を盗もうとしても無駄だぞ。
紐で縛りつけてあるから」
「や、やあねぇ。そんなことしないわよー。(ちっ)」
やれやれ・・・。
ため息をつきながら、オレは幹に寄りかかった。
 
 
どこまでも続く、夜のように暗い地の底。
 
一面に転がる無数の屍。
 
返り血に染まり、血まみれの剣を持ったまま、
立ち尽くしている――オレ。
 
“・・リイ”
 
“ガウリイ”
 
静寂が、破られた。
 
“ガウリイ!”
それはオレの『名前』。
しいて言うなら、識別番号のようなもの。
その程度の意識しかない。
それなのに。
“ガウリイ!!”
どうしてこの声は、オレを振り向かせるんだろう?
“ガウリイ!!”
その瞬間――光が、射し込んできた。
そしてその光を背に、オレの目の前に誰かが立っている。
逆光で、顔は見えないけれど。
オレはこの人を知っている?
その人は、すっとオレに手をさしのべた。
“何してんの、ガウリイ!行くわよっ!!”
差し出されたその手を取ろうとしてオレは・・・
 
 
「・・・リイ」
「ガウリイってば!!」
呼ぶ声にオレは目を開ける。いつのまに眠っていたんだろうか。
「やーっと起きた。まったく、少しならいいとは言ったけど
ぐーすか寝ちゃって起きやしないんだから」
顔を上げると誰かが目の前に立っていた。太陽の光を背に。
「・・・リナ?」
「?なぁに寝ぼけてんのよ。他の誰だってーの」
呆れたように言うと、リナはすっとオレの前に手を差し出した。
「ほら、何してんのよガウリイ!さっさと行くわよ!!
早くしないと日が暮れちゃうじゃない!!」
・・・ああ、そうか。
「??なにニヤニヤしてんのよ。早く立ちなさいってば!」
オレを引っ張ろうとしたリナの手を、逆に掴んで立ち上がる。
「ああ、さっさと行こうぜ。日が暮れちまうからな」
そう言って歩き出したオレの背中から、焦ったような声が掛かる。
「さっさと行くのはいいけど・・・ちょっとお!手ェ放しなさいよっ!!」
「いー天気だなあ」
「ちょっと!ガウリイ!!」
 
 
 
どこまでも続く、夜のように暗い地の底。
 
それは決して消えることのない、オレの中の闇。
 
だけど。
 
必ず光はさす。どんな闇の中にいたとしても。
 
この名前を呼ぶ声がある限り――。
 
 
END
 
 

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