『指きり。』



  
「はあ〜、疲れたぁ――っ!」
  
時すでに、あたり一面 朱に染まる黄昏時。
魔道士協会から表に出ると、あたしは思いっきり伸びをした。
  
  
ここ半月ほど、あたしとガウリイの二人は
街の領主の依頼を受け、この街に逗留していた。
この街の領主は魔道士としてもそれなりに名の知られている人物で、
様々な伝説・伝承の研究をしている。
執務に忙しい自分に代わり、魔道士協会の図書館に所蔵されている資料から
とある伝説に関する記述を探し出し、
まとめあげて欲しいというのが今回の依頼だった。
  
自分の研究を他人にやらせようという根性は気に食わないが、
本来ならば外部に公開していない貴重書までも見ることが出来るし、
なにより報酬が抜群に良い。
そんなわけで、つい一も二もなく引き受けてしまったのだが・・・。
さすが魔道士が領主をつとめる街の魔道士協会。
規模が大きく、資料の量も半端じゃない。
半月かかってもまだ終わらないのだ。
こうも連日 本とにらめっこを続けていると、さすがに嫌気がさしてくる。
  
  
「ま、それも今日でだいたい目途がついたし。あと2、3日の辛抱ね!
 さーて、今日の夕飯は何かな〜♪」
  
気を取りなおして、こきこきと首を回しながら
部屋を提供してもらっている領主の館へ歩き出そうとした、そのとき。
  
「よ、お疲れ。」
  
すぐ脇から、声をかけられた。
振り向くと、今しがた出てきたばかりの魔道士協会の入口の横で、
ガウリイが壁にもたれてヒラヒラ手を振っている。
  
「ガウリイ。なんだ、待っててくれたの?」
「ああ。そろそろ、終わる頃だと思ってな。」
  
この依頼の間、ガウリイは言うまでもなく用無しである。
図書館での調べ物など、ガウリイがいても邪魔以外の何物でもない。
なので昼間、あたしが図書館に詰めている間はどこかで仕事を探すなり、
勝手にしていて良いと言ってあったのだけど。
そういえば、何をしてるのか聞いてなかったなー・・・。
  
  
壁にもたれたままのガウリイにちょいちょいと手招きされ、
あたしは深く考えずに近寄っていった。
ガウリイは、なにやらニコニコとご機嫌な様子。
  
「なあ、リナ。ちょっと腕だして。」
「は?」
  
何ごとか分からず反応できないでいたあたしの右腕をつかみ、
ガウリイは有無を言わせずぐいっと引き寄せる。
素早く後ろ手に隠していた物を取り出し・・・、
  
「よし、ピッタリだな♪」
  
満足げに笑うと、手を離した。
あたしは自由になった腕を顔の前に持って来て、しげしげと眺める。
  
「ブレスレット・・・?」
  
  
そこにはガウリイの手によって、ブレスレットがはめられていた。
いつもあたしが身につけている、
宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)付きの
護身用を兼ねたブレスレットの上に、重ねるように はまっている。
それはまるで、最初から一対のものとして作られたかのようだった。
  
「へぇー、ガウリイにしちゃ気がきいてるじゃない♪
 よくもまぁ、これだけあつらえたようにピッタリなのがあったわね。
 でも、どこから見つけてきたの、コレ? 高かったんじゃない?」
「いや、別に。買ったわけじゃないからさ。」
「買ったわけじゃない?
 って・・・まさか、どこかからかっぱらって来たとか?」
「んなわけないだろーが。お前と一緒にするなって。
 作ったんだよ。」
  
事も無げに言われた信じられない言葉に、
思わずぽかんと頭上の蒼い瞳を見上げる。
  
「は?・・・作った?」
「ああ。オレが自分で作ったんだ。」
  
それがどうかしたか?とでも言わんばかりに、平然と言う。
  
  
  
無言のまま、再びブレスレットに目を戻す。
隅から隅まで、吟味するようにじっくりと、時間をかけて眺めてみる。
  
完全な輪っかになっていない、少し風変わりなデザイン。
宝石もなにもついていない、一見シンプルな銀製のブレスレット。
しかしよくよく見てみれば、凝った細工が一面に施されている。
一般的に、あまりにも凝ったデザインは
ゴタゴタとした野暮ったいモノになってしまいがちなのだが、
これは絶妙なバランスでもって、逆に清楚な気品すら醸しだしている。
  
特殊なデザインは愛用のブレスレットに重ねてつけられるように出来ていて、
上からはめ込むように重ねてつければ、
もともと一体であったかのようにピタリと寸分の隙間も無くくっついた。
すると、ただ無骨なだけだった宝石の護符が引き立ち、
護身用として作られたブレスレットがたちまち洗練された装飾品になる。
かと言って派手派手しくはならず、あくまでスッキリとしてスマート。
  
単体だけでも充分に一つの美として成り立っているのが、
護身用ブレスレットとセットにするとさらにお互いを引き立てあうという、
デザインだけをとっても計算され尽くした一流のものだ。
  
さらにそのデザインを引き立たてているのは、見事な彫金の技。
ありとあらゆるところに細緻な彫り込みが施されている。
これだけの技をもつ職人は、世界広しと言えども
そうそういるものじゃあないだろう。
  
これを、ガウリイが作った・・・?
  
  
  
「・・・嘘でしょ?」
「そんな嘘ついて、何になるんだ?」
  
知らず洩らした呟きに、ガウリイは心底 不思議そうな顔で訊く。
たしかに。
ガウリイがわざわざ嘘をつく理由はないし。
そもそも、この男にそんな嘘をつこうとする知能があるとも思えない。
ということは、やっぱりガウリイが作ったことになる。
  
  
あたしは、思わず感嘆の溜息をついた。
  
「はぁ〜〜〜。あんたに、こんな特技があるとは思わなかったわ。
 たしか初めて会ったときは、旅の傭兵だって言ってたけど・・・、
 傭兵やる前は、どっかの工房で職人修行でもしてたわけ?」
「いや?オレは、ずっと傭兵しかやってなかったぞ。
 修行もなにも、そういうの作ったの、これが初めてだし。」
「・・・・・初めて?」
  
再々度、ブレスレットに目を移す。
ハッキリ言って自慢だが、こういう類の目利きにはちょっと自信がある。
盗賊いぢめで奪ったお宝・・・
もとい「極悪非道な盗賊を退治して徴収した盗品」を、
売りさばく・・・じゃなくて、「処分」するためには必要不可欠だからだ。
  
  
ためつすがめつ、よくよくじっくり眺めてみても、
やっぱりコレは意匠も技も、超一流としか言いようのない品。
宝石もついてないし、銀もあまり良いものを使ってるとは言い難いが、
商品としたらかなり高い値がつくのは間違いない。
素人が作ったなどとはとても信じられないけれど、
たしかにガウリイが自分の手持ちで買うことが出来たとも思えない。
ってことは、やはりガウリイの言葉に嘘はないということに・・・って、あれ?
  
「ちょっと待って。
 ガウリイ、あんた初めて作ったって、道具とかはどうしたわけ?
 作り方だって、イキナリ何も知らずに作れるわけがないでしょ?」
「ああ。それだったら・・・」
  
そしてガウリイが説明してくれたところによると。
あたしが魔道士協会に詰めているあいだ何もする事がないため、
暇を持て余して街中をウロウロしていたときに、彫金の工房を見つけ。
作っているところを見ていたら自分でも出来そうな気がしたので、
雑用などの仕事をする代わりに材料を分けてもらい、
ついでに道具と工房を使わせてもらえないかと頼んだのだそうだ。
毎日工房に通って仕事をしながら、合間にちょっとずつ作業をすすめ、
ようやく今日 完成したのだと言う。
  
「出来そうな気がしたって・・・何を根拠に?」
「ほら、オレ、刃物の扱いは慣れてるしさ。
 仕事しながら横で作ってるところ見て作り方覚えて、
 適当に真似してみたら、出来た。」
「適当に・・・って・・・・・。
 そ、それで? デザイン描くとこから自分でやったの?
 そういえば型も何も取ってなくて、
 よくここまでピッタリ合うのが出来たわね?」
「デザイン描く?そんなことしてないぞ。
 なんとなく、思いつくままに彫っただけで。
 大きさとかは勘でやったんだけど、ピッタリだったよなぁ♪」
  
な、なんちゅーアバウトな・・・!
刃物ったって、剣と彫金用の鏨じゃあ全く別物だろう。
デザインだって、どう見ても緻密に計算を重ねて作られてるようなコレが、
まさか深く考えないで作っていった産物とは。
適当に真似した素人にこんなもん作られたんじゃ、
その工房の職人も立場がなかっただろうなぁ・・・。気の毒に。
  
  
でもまぁ、改めて考えてみれば。
ガウリイってどこか坊ちゃんくさいとこがあるとは前から思ってたし、
何しろ光の剣を受け継いでる家の出なんだから、育ちは良いのかもしれない。
だとしたらある程度こういう宝飾品に関してのセンスを、
もともと持っていたと考えられなくもない。
それに人間離れしすぎているコイツの野生の勘をもってすれば、
ぶっつけ本番でピッタリの大きさを作ることも可能なのかもしれないし。
  
そもそも、ガウリイを常識で測ろうとするのが間違ってるのだ。
人間離れした視力、人間とはとても思えない運動能力、
そしてなにより、人間どころか霊長類とはとても思えないその知能。
何から何まで常識から外れた、人外魔境の『馬鹿』なのだから。
  
  
  
じっとブレスレットを見つめながら、つらつらとそんなことを考えていると。
戸惑ったような、少し不安まじりのガウリイの声。
  
「あのさ、リナ。
 まだ、気に入ったのかどうか、聞いてないんだけど・・・」
  
どうやら、信じがたいことを聞いてあたしが顔をしかめていたのを、
ブレスレットを気に入ってないのかと勘違いしているらしい。
ホラ、やっぱり馬鹿だ。
  
あたしは、わざと表情を消した顔を向け。
―――次の瞬間、思いっきり笑ってみせた。
  
  
「本っ当に、筋金入りの馬鹿ね。あんたって。
 これを気に入らないわけ、ないじゃない。
 もう、返せって言われたって、ぜぇっったいに返さないからね!?」
  
きっぱりと言い切ったあたしの言葉に、
ガウリイの顔が安堵したように緩み、そのまま心底嬉しそうに笑った。
それはまるで、叱られるのを覚悟していたのに
思いがけず誉められた子供のようで。
可愛いと思ってしまった自分に気づき、苦笑する。
  
  
「まったく、初めてでこれだけのものが作れるなんて。
 人間、どこに隠れた才能があるか分からないもんよね〜。
 本格的に、どこかの工房にでも入って職人になってみたら?
 今より、よっぽど稼げると思うわよ。」
  
あたしなりの最大級の賛辞として、半分以上本気で言った言葉に。
しかしガウリイは、きっぱりと首を振った。
  
「いいや。それは無理だな。」
「なんで?あんたの腕なら、絶対にやれるってば。
 太鼓判押してあげるわよ?」
「だってオレ、お前さん以外のヤツに作ってやるつもりないもん。」
  
しれっと言うガウリイ。
あたしの頭に手を置くと、いつものようにくしゃりと髪をかき回す。
  
「こんな面倒なコト、他の奴のためになんかやってられないさ。
 リナのためになら、いくらでも作ってやるけどな。」
  
えーっと・・・?
あたしはどう反応すれば良いのか分からずに、
ただ顔が赤くなっていくのを感じていた。
なんだか、さらりと凄いことを言われたような気がするのは・・・、
あたしの気のせいじゃない、よ、ね・・・・・?
  
あたしが何も言えずにただ口をパクパクさせていると、
ガウリイはいつもの調子を全く崩さずにニコニコ笑いながら続ける。
  
「まぁ、あくまでも『リナのため』だから。
 リナを養うためにだったら、商売用だろうといくらだって作ってやるよ。
 だから、安心してていいぞ?」
「な、な、な、何を安心するってのよっ?!」
  
やっとの思いで声を振り絞り、どうにかそれだけ言い返す。
それでもガウリイは相変わらず平然として笑いながら、
最後に耳元に口を寄せてきて、こう囁いたのだった。
  
「今度は、指輪作ってやるよ。そのうちな。」
  
そして呆然としたままのあたしを残し、
踵を返してさっさと歩き出す。
  
「ほら、早く帰らないと、日が暮れちまうぞー?」
  
  
  
な、なんてヤツ・・・。
なんで、あんなこと言って平然としてるわけ?
こっちはあまりの衝撃に、もう少しでへたり込みそうだっていうのに!!
  
自分を落ち着かせるために、すーはーと深呼吸を繰り返す。
耳まで真っ赤になっているであろう顔を、少しでも戻そうと努力してみる。
  
  
ふと、片手でもう片方の手首を握り締めているのに気がついた。
腰が砕けそうになったのを堪えようとして、
無意識のまま握り締めていたのだ。もらったばかりの、ブレスレットを。
  
笑いがこぼれる。
ようやく驚きから立ち直り、身体の奥の方からじわじわと、
何かくすぐったいような、暖かい何かが広がっていくのを感じる。
  
  
もう一度、ぎゅっとブレスレットを握り締めてから、
あたしは小走りに先を歩くガウリイの後を追った。
隣に並ぶと同時に何食わぬ顔で、スルリとガウリイの小指に小指を絡ませる。
視界の端で、ガウリイが一瞬驚いたように目を見開き、
それからゆっくり笑顔になっていくのを眺めていた。
  
  
  
  
  
ねぇ、ガウリイ。
いつか、そのうち。
  
  
  
・・・・・約束よ?
  























  
END





 
 
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