『花嫁の座は?』


3
 
 
「なんていうか」
「よくここまで集めたもんだなあ」
 あたしとガウリイは顔を見合わせる。
 と、あたしはわれに返った。
「って感心してる場合じゃないでしょ。あんたの花嫁候補なんだから」
「そうは言われてもなあ」
 ぽりぽりと頬を掻くガウリイ。
 マイアさんは有言実行のひとだった。
 本当に集めてしまいましたよ。ガウリイ坊ちゃまの花嫁候補。
 メルカバ・シティでも、1、2を争う大きさだというホールには、それこそ妙齢の美女がうじゃうじゃとひしめきあっている。
 まあ、あたしもガウリイも扉を開けて、そっと中をうかがっただけなんだけど。
 いや、恐ろしくて入れないってば、中になんて。
 ぱっと見ただけだが、それぞれの身なりから察するに、みんなそこそこよい家の人間らしい。
 いったいどうやって集めたんだか。
 そしてこのホールはどうやって押さえたんだか。
 何かのイベントと勘違いして、全然関係ない人が迷い込んでしまったらしいし。……わからないでもないけど。
 そりゃあ、これだけの美女が勢ぞろいしていたら、ミスコンかなんかをやっていると思うわな。
 誰が、一人の人間の花嫁選びだと思うだろうか? しかも、その主役のガウリイの格好はいたって普通。さすがに防具類はつけていないけれど。
 マイアさんには、きちんとしたスーツを着るように言われたようだが、あたしとの二人旅、いったいどこをどうすればスーツを着る機会が巡ってくるというのだ? というわけで、そんなものあいにくガウリイは持っていない。
「なぁ。どうする、リナ?」
「あたしに聞かないでよ。とにかく、あんたが行かないと始まらないんだから。
 なんだかんだ理由つけて気に入った人はいなかったって言えばいいのよ。
 だいたい、どーしてあたしがあんたの花嫁選びに付き合わなくちゃいけないの」
「いいじゃないか。どうせ暇なんだし。
 それより……本当に行かなくちゃだめ、だよなあ」
「何怖気づいてるのよ。ほら、さっさと行きなさい」
「でもなあ」
「男ならぐじぐじ言わない!」
 スパーン!
 あたしは、なおも渋るガウリイのおしりをスリッパで思い切り強く叩いて、会場にぶちこんでやった。
 
 
 
だあああああああ。いってー! 何すんだリナ!」
 彼が叩かれたところをさすりながら、こちらを向いて文句をいう。
 あたしは、べーっと舌をだしてやった。
 一方会場はというと、ちょっと問題があったとはいえ、主役の登場に沸きあがった。
 みんな、ガウリイの顔は知っていたようである。
「ガウリイ様ぁ!」
「ガウリイさん!」
「実物のほうがやっぱりかっこいいわ!」
 ガウリイにアピールしようとみんな必死である。
 もみくちゃ状態。あわれガウリイ。
 これも運命だと思ってあきらめてちょうだい。
 ったく。外見にだまされてるわよ。
 あたしはなぜか腹立たしかった。
 これ以上見ていられなくて、あたしは会場の扉をしめて歩き出す。
 ちょうどいいスペースがあったので、そこに座り込んだ。
 ぼんやりと考える。
 もみくちゃにされるガウリイ。
 歓声をあげる、きれいなお嬢様たち。
 たしかにガウリイ、外見だけはいいかもしれない。
 流れるような金髪は、ろくな手入れもしていないのに(いや、毎日髪の手入れに気を使っているガウリイっていうのもそれはそれで微妙だけど)サラサラだし。
 蒼い双眸は、時折いぬくような鋭さを持つくせに、いつもはふんわり柔らかだし。
 顔の造作にはまったくもって文句のつけようがないし。
 剣士として鍛えられた肉体は、ひきしまっていて、それに加えてあの長身。
 女の子の理想の王子様を具現化したような奴である。
 でも中身はどうなのよ。
 のーみそはとことんビンボーだし、常識には欠けているし、大食いだし、それにそれに……。
 あたしは、必死になって彼の欠点を探していることに気づいた。
 ……何してるんだろう。
 彼のよいところだって、あたしはたくさん知っているはずなのに。
 悔しいのだろうか?
 マイアさんに花嫁候補にも入れてもらえない自分が。
 妬ましいのだろうか?
 会場のなかにいる年相応の大人びた雰囲気を持つきれいな女性たちが。
 ガウリイは、今はケッコンなんて考えてないけど、でも過去にそういうことを考えたことは事実で。
 それは、ガウリイにもケッコンを考えたことがある女性がいたという事実を示唆しているわけで。
 そのことが。
 悲しいのだろうか?
 ……わからなかった。
 あたしたちの間には何の約束もない。
 一緒に旅をするのに理由は要らない。
 そう思ってきたけど、こういうことがあると、あたしたちの関係の不確かさを突きつけられるような気がする。
「こんなとこにいたのか。探したんだぜ」
 聞きなれた声がして、あたしは振り向いた。
 女性たちにもみくちゃにされたせいか、幾分ぼろぼろになったガウリイが突っ立っている。
 あたしは大きくため息をついた。
「あんたねえ。主役が会場から抜け出してきてどうするのよ」
「お前さんだって抜け出しているだろうが」
「あたしはいいのよ。部外者なんだから」
「どうして」
「ここはマイアさんが選んだ花嫁候補の女性が集うところでしょ?
 あたしには関係ないもの」
「そうはいかないんだな」
「……どうしてよ?」
「いいから来な」
 彼は、にかっと笑うと、有無を言わさぬ勢いであたしの腕を引っ張った。
「ちょっとガウリイ。痛いってば。離しなさいよ」
「お前さんにも関係あるんだ」
「そんなわけないでしょ」
 力でこの男にかなうわけがない。
 小柄なあたしを引っ張ることなど、ガウリイには朝飯前だろう。
 無駄な抵抗はやめて観念することにした。
 ガウリイは会場の扉をぎいいと開ける。
 突然主役とともに登場したあたしに(しかもしっかり手を握られているし)、当然のように注目は集まった。
「その女は誰ですか!」と詰問する声まで聞こえる。
 しかし、そんなもの意に介したふうもなく、ガウリイはあたしのことをなおも引っ張りつづけるのだった。
 心なしか、感じる視線が痛いような気がする。
「ついたぞ」
 ようやくガウリイがあたしの手を離したのは、会場の隅に着いてからだった。
「何ここ?」
「見ればわかるだろ?」
「そりゃあわかるけど。どーしてこんなところにキッチンがあるのよ」
 家庭にあるような本格的なものではないにしろ、火も起こせるし、水もある。よく見ると鍋などの調理器具もある。食材もある。料理に必要なものは最低限そろっているのだ。
「オレの嫁さんになるには、最低限の家事ができないとだめなんだってさ」
「で?」
「周りみてみろよ。
 みんな何か作ってるだろ」
 たしかに。
 さっきまで余裕がなかったが、改めて周囲を見てみると、みんなそれぞれ料理している。
「オレの口に合うものを作れた人が次の段階に進めるんだそーだ」
 人事のように言うガウリイ。
 ……いよいよミスコンじみてきたわね。
 って、そんなことをしみじみ思っている場合ぢゃない。
「って、どーしてあたしがこんな茶番に参加しなくちゃいけないのよ。
 あたしは花嫁候補ですらないんだからね」
「でも、マイアに自分のことを認めさせたいと思わないか?」
 うっ。
 あたしは一瞬言葉に詰まった。
「別に花嫁候補なんてどーでもいいんだよ。
 ただ、ここでリナが自分の力を発揮できたら、マイアだってリナのことを無視なんてできなくなると思うんだ。
 リナだってこのままじゃヤだろ?」
「でも……」
 なおも言葉を濁すあたし。
「まさか、周りのお嬢様たちに勝つ自信がないなんていわないよな」
「言うわけないじゃない!
 あたしを誰だと思ってるの?」
「自称美少女天才魔道士リナ・インバースだ」
「その通りよ。料理だって負けるわけがないでしょ。やってやろうじゃない」
 思わずタンカを切ってしまうあたし。
「それでこそリナだ」
 くしゃり、と頭を撫でられて、なんかうまくガウリイに乗せられてしまったことにあたしは気づいたのだった。
 でも、時すでに遅し……。
 
 
 
「あなたは……」
 会場を回っていたのだろう。
 本来ならここにいないはずのあたしの姿を見止めて、マイアさんが立ち止まった。
「どうして……」
「こんにちは」
 あたしは、彼女の言葉を制止して愛想よく微笑む。ぶりっこは得意技だ。
「食べます?」
 あたしは、できたばかりの料理を彼女に差し出した。
 メルカバ・シティはおさかなさんがおいしい、ということで、カレイの煮付けを作ってみた。
 周囲のお嬢様がたのつくる格式ばった料理からはかけ離れているけれど、こういう素朴な味もいいだろう。
 マイアさんは、何か言いたげに、あたしと料理を交互に見比べる。
 きっと、庶民的な料理だとでも思ってるんだろうなあ。
 あたしの名誉のために断っておくが、あたしだって決してそういう凝った料理ができないわけじゃない。
 ただ……ケッコン相手に毎日、そういう料理ばっかり食べさせるだろうか。
 答えはNOである。
「おー。リナ。できたのか?」
 ひょっこりと匂いにつられたか、ガウリイもやってくる。
「うまそーだな」
 普通にそういって、ガウリイはあたしのつくった煮つけを口にする。
「うまい!」
 ガウリイのその言葉を聞いて、あたしはうれしくなってしまった。
 料理を作っていて、一番うれしいこと。それは、食べてくれた人が、料理をおいしいといってくれることである。
 その言葉があってこそ、腕を奮った甲斐もあるってものよ。
 ガウリイの様子を見てか、マイアさんもしぶしぶといった感じで料理に手を伸ばした。
 一口。
 わずかにマイアさんの表情が変わったのをあたしは見逃さなかった。
 もちろん、マイアさんがそれを素直に言葉に出すわけもない。
「まあまあね」
 まるで負け惜しみにように言うと、その場を去っていってしまった。
「どーしたんだ? うまいならうまいって素直に言えばいいのに」
 その後姿を見て、ガウリイが首をかしげる。
 あたしは言った。
「いいのよ。別に。少しは認めてくれたみたいだしね」
 
 
 
 当然のことだが、そんな家事の腕前くらいで花嫁問題に決着がつくわけがない。
 大前提としてある、ガウリイが花嫁を探している、という事実がまず間違っているんだから。
 だから、日が暮れても勝負の決着などはつかなかった。
 料理のほかにもマイアさんは、いろいろ選別基準を考えていた。
 服のたたみかた、掃除の基礎知識、そしてなぜか治癒呪文についてまで。
 あたしは、あたりまえのごとく、そのすべてをこなしていった。
 とはいっても、あたしは別にガウリイの花嫁目指してのことじゃないんだけど。
 あたしはひとつの課題をクリアするたびに、マイアさんが悔しそうな顔を見せるのが面白いのよね。
 溜飲が下がるって、きっとこういうことを言うんだろう。
「どうするんですか? ガウリイ坊ちゃま」
 ガウリイをマイアさんが詰問する声が聞こえた。
 本来の花嫁候補たちだが、能力なんて、それこそどんぐりの背比べ。
 育った環境も似たようなものだから、多少、個人差があるにしろ持っている知識も似たようなものなのだ。
「……どうするって言われてもなあ」
 ちらり、とガウリイはあたしを見た、ような気がした。
「思うんだけど、結婚って毎日一緒に暮らすんだろ?」
「何をあたりまえのことをおっしゃっているんですか!」
「なら、そんな能力なんかよりも、相性ってやつが大切だと思うんだが」
 珍しく、ガウリイにしては言っていることがまともだ。
 たしかに、家事なんていうものは、まあ下地があったにこしたことはないが、毎日やっていればイヤでもうまくなる。
 それに第一、家事は女の仕事っていう考え方が間違っているのだ。
 ま、それは話がずれるからおいておくにしても。
 たしかに、これから先、多くの時間を過ごすパートナーなのだから、相性は一番大切なのかもしれない。
「だから、考えたんだ。
 マイアの住む村まで、ここから歩いて3日かかるって言ったよな。
 まさか、ここにずっといるってわけにもいかないだろ。
 そこまで、みんなで旅をするっていうのはどうかな」
 ……なんか、ガウリイが頭つかってるぞ。
 明日は雨だ、っっていうのは月並みな冗談にしても少しは脳みそ復活したのか。
「まあ、3日ですべてを分かり合うなんていうのは無理かもしれない。
 でも、少しくらいなら判断できるだろ?
 3日間一緒に旅して、オレについてくることができた人となら、結婚してもいいと思う」
「ガウリイ坊ちゃま!」
「いいか?」
 マイアさんは、ぶんぶんと首を縦に振った。
 あたしは、ガウリイを見やる。
 あんたにしては、至極まともでしかも建設的な意見を述べたことは敬服に値するけど。 でも。
 ……いいの? そんなこと言っちゃって。
 あたしの心配を知ってか知らずか。
 あたしと目が合うなり、ガウリイは器用にウィンクをしてみせた。
 
 







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