後悔先に立たず。
昔の人は、いいことを言う。
言ってしまった言葉は、取り消しが効かなかった。
言葉は言葉で取り消せばいいのだが。
オレにはそんな才覚も、機転も、持ち合わせがなかった。
次に言うべきセリフを迷っているうちに。
主演女優は、唇をきゅっと噛み締めた。
「どうかしたんですか?」
背後から、脇役が現れた。
いや、違う。
リナが主演女優なら。
主演男優はオレじゃなく。ハル、なのか。
そして、オレはしがない脇役の一人?
近付いてきたハルは、そっとリナの肩に手を回す。
おい・・・・。
「リナちゃん。ガウリイさんは疲れてるんだよ。お邪魔しちゃダメじゃないか。」
「・・・・。」
何でリナは、抵抗しないんだ?
「ガウリイさん、すいません。昔っからリナちゃんは、思ったらすぐ行動しなきゃ済まない性格なんですよ。」
すまなそうに謝るハル。
・・・・お前に教えられなくても、知ってるさ。
第一、何故リナでなく、お前に謝られなければならないんだ。
それに、何故オレは、そう言ってやらない。
「そのようだな。オレは寝るから。お前さん方も部屋に戻ってくれないか。」
何故そんなことしか言えないんだろうか?
脇役は、今が退場のきっかけか?
「ええ。すいません。ゆっくり休んで下さい。」
にっこりと笑ったハルは、リナの肩にかけた手に力を入れ、促す。
「さあリナちゃん。行こう。ガウリイさん、おやすみなさい。」
「・・・・ああ。おやすみ。」
「・・・・・。」
「リナちゃん。僕の部屋でハーブティーでも煎れよう。」
閉めかけたドアの向こうで。
ハルの部屋に消える二人を、オレはただ見ていた。
翌朝。
眠れずに明けた朝の光を、窓越しに浴びていたオレは、ノックの音で我に返った。
続いて呼び声。
オレの部屋の前じゃない。
もうちょっと先だ。
ブーツを穿くと、部屋から出た。
リナの部屋の前で、ハルがドアを叩いていた。
「リナちゃん。リナちゃん。出ておいでよ。」
「嫌よっ。」
「リナちゃんてば。」
「どうしたんだ。」
オレが近付くと、ハルはドアを叩くのをやめてオレを見た。
「ああ。ガウリイさん。リナちゃんが部屋から出ないんですよ。朝食ができてるって呼びにきたのに。」
「リナが?」
オレは代わって、ドアをノックする。
「おい、リナ?」
「・・・・・・・悪いけど、ほっといて。」
中から、くぐもった声が聞こえた。
まだベッドの中だな。
「具合でも悪いのか?腹でも痛むか?」
昨日、リナにイラだったことも忘れて、オレの心配性が騒ぎ出す。
「・・・・別に、大丈夫。だから、ほっといて。」
「・・・・。ああ言ってるけど。」
オレはハルを振り返る。
「あのリナちゃんが、ご飯を食べないなんて。」
ハルは少なからずショックを受けたようだ。
まあ、オレも驚いてるけど。
「やっぱりリナちゃんは具合が悪いんだ。それも相当、酷いに違いないです。だって少しくらいの熱だったら、いつもと同じくらい食べる子でしたから。」
ああそうかい。
「どうしよう。お医者さんを呼んだ方が。」
「・・・・。ほっとけば。」
「そんな。ガウリイさんて、意外に冷たいんですね。」
ハルが憤慨した声を上げた。
オレは寝不足で、その上、胸のムカムカのせいであんまり食ってなくて。
訳のわからないことでイライラしてるというのに。
こいつにこんなことを言われるとは。
「好きにしろ。」
そう言って、その場を立ち去るのが精一杯だった。
再び部屋に戻ると、オレは眠ろうと決意した。
ブーツを脱ぎ、ベッドに入り。
毛布をかぶる。
がばりと跳ね起きる。
脳裏から、昨晩のリナの顔が消えない。
何かが変だ。
何かが違う。
何かがオレ達らしくない。
たった一人。
リナと結婚の約束をしたヤツが、現れただけで。
ばたばたと、階段を降りて行く音が聞こえた。
どうやらハルが医者を探しに行ったらしい。
オレは起き上がり、リナの部屋をもう一度ノックすることにした。
こんこん。
「・・・・リナ?」
返事はない。
今まで、オレは何度、こうしてリナの部屋のドアをノックしただろうか。
平気なように見せて、内側に問題を一人で抱えちまうヤツ。
それを少しでも分担しようと。
オレは何度も、このドアを叩いてきた。
それはまるで、リナの心のドアのようで。
今、こうしてすぐに開かれない扉のこちら側で。
オレはいかに、リナが。
今までオレに対して、心を開いてくれていたかということを、今さらながらに思い知ったのだった。
こんこん。
「・・・リナ?開けて、くれないか。」
もう、開けてはくれないのだろうか。
オレはもう、保護者のお役ご免だから?
・・・・かちゃ。
返事の代わりに聞こえてきたのは。
ドアの鍵が開く音だった。
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