「ほーむ」



「懐かしい、ね・・・・・。
何だか、不思議な感じがする。」
「そうだ、な・・・・。」



ぼく達があれから、三人そろった一つの家族として旅を始めて。
二つ目の街に着いた時。
何も言わずに二人の足が向った場所が、ここだった。

郊外の、ひっそりとした小さな一軒家。
誰も住んでいないみたいだ。
周りは草ぼうぼう。
その草をかき分けるように、母さんが家に近付く。
そのドアに手をあてて、母さんは言った。

「このドアまで・・・・・遠かったわ。」
言って、振り返るとにこりと笑う。
「ね。入ってみない?」


しばらくして、父さんがどこかから鍵を借りてきた。
なかなか開かない鍵をしばらくがちゃがちゃやり。
ようやく、ドアが開いた。
父さんがドアを開けて立っていると、まず母さんが入った。
ぼくがその次に入り、父さんが最後に入ってドアを閉めた。

母さんが家の中で深呼吸していた。
両手を広げて、何度もすうはあ、と。
父さんは何故か、奥の部屋へ続くドアばかり見ていた。
何となく、辛そうな顔に見えた。
でもそれは一瞬で。
母さんがこう言った途端、消えた。

「げほげほ。・・・・やば、埃吸っちゃった。」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
ぷ。

ぼく達は顔を見合わせ、吹き出す。
いきなり母さんが、ぼくの手を掴んで引っ張った。
「おいで。いいもの見せてあげる。」
「・・・・・・?」
母さんが導いたのは、さっき父さんが見つめていたドアの向こうの部屋。
そこには、大きなベッドが二つと、小さなベッドが一つ置かれていた。
母さんが言った。
「ここが、あんたの生まれた部屋よ。」


母さんが。
ぼくを産んですぐにいなくなった家。
それが、ここだった。







「ぎょえええええ。クモの巣だらけ〜〜〜〜。」
「お、おい、リナっ!オレの頭の上にクモの巣落とすなよなっ。」
「あ、ごっめええん。つい♪」

その日、ぼく達は家の大掃除に取り掛かることになった。
ホーキやチリトリやモップなんかを買い込んできたぼく達は、みんなで腕まくりし。
手分けして、その家の掃除を始めた。
母さんがハタキで壁をパタパタ叩く。
父さんがホーキをかける。
ぼくがチリトリでゴミを受ける。

「ホントについ、か・・・・?」
「ひどひっ。ガウリイってば、あたしのことそんな風に思ってたのねっ。
をとめの心を傷つけた罪は重いわよっっ!
罰として夕飯の買い出し、あんたに決定っ!」
「こらこらこらっ!いつ誰がどこで乙女の心とやらを傷つけたっ?
第一、乙女なんてどこにいるんだよ?」
「あ、またやったわね。
ガウリイ、第一級婦女精神的暴行罪で、風呂場の掃除と水汲み決定っ!」
「おひ・・・。一体いつからそんな罪ができたんだよ・・・・。」


二人のやり取りは、こうしてえんえんと続く。
初めてこれを見た時、ぼくはボーゼンとしてしまった。
10年ぶりに会った母さんは、ぽんぽんよく喋る明るい人だった。
・・・明るすぎる、と言うかもしれないけど・・・・。
それにくらべるとちょっとのんびりした感じの父さんが、それでもちゃんと受け答えしている。
二人の会話が始まると、ぼくの入り込む隙き間がないくらい。

でも。
実はぼく、今、にこにこしている。
こんな二人の会話を、聞いているのが好きなんだ。

「・・・・あ。ガウリイ、それ取って。」
「・・・・・ん?」
「・・・・・え?」
「・・・・・・・・・・・あ。」

し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

「そうだった・・・・。」
ぽりぽりと、母さんが頭をかいた。
「あんた達、同じ名前だったっけ・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
父さんとぼくは、何となく顔を見合わせた。






「じゃあな、買い出しに行ってくるから、ガウリイ、母さんのこと頼んだぞ。」

夕方になってから、父さんはご飯の買い出しに出掛けた。
今日はこの家に泊まるみたいだ。
父さんは玄関でぼくの肩にぽんと手を置き、真剣な顔をする。
ぼくはどきりとした。
「・・・・母さんがカンシャク起こして、呪文でこの家吹っ飛ばさないように。
お前がしっかり見張っててくれ。」
マジメな顔で父さんがそう言った。
「ガウリイっっ!!」
家の中からハタキがぴゅうっと飛んできた。
「うおっっとおっ!」
咄嗟に父さんがひょい、とよける。
「・・・ちっ。よけたか。」
ぷんすかした母さんが腰に手をあてて出てきた。
「ははははははっ。」
父さんは笑って、手を振って去って行った。

「ったく。子供に変なこと教えないでほし〜わっ。」
「・・・・・・ぷっ。」
ぶつぶつ言う母さんが面白くて、つい吹き出すぼく。
母さんはかあっと顔を赤くして、また家の中に戻った。




二人で黙って、床にゾーキンをかける。
「・・・・・・・。」
ごしごし。
「・・・・・・・。」
ごしごし。

なんとなく、ぎこちない。
さっきの父さんみたいに。
あんな会話は生まれない。

ぼくと母さんは、まだお互いに。
どこか遠慮があったのかも知れない。
話したいけど、どこから話していいのか。
きっかけがなかなか掴めないんだ。
「・・・・ねえ・・・・母さん。」
ホント言うとぼく、まだ、この呼び名も慣れない。
「あの・・・・ひとつ、聞いてもいいかな。」
「・・・・・なに?」
テーブルの足の向こう側で、母さんが顔をあげる。

母さんとぼくは、10才くらいしか年が違わないそうだ。
『そうするとお前、リナが10才で産んだ子供ってことになるなっ♪』
年令の計算をしていた父さんが、楽しそうに言った。
勿論その後、母さんに頭をはたかれていたけど。

「あの・・・・・。
どうして、父さんと結婚したの・・・・?」
「・・・・・えええええええっっ!?」
ぼん、っと音がしたみたいに。
母さんが真っ赤になった。
「・・・・・・・え・・・?」
「・・・・・・・え?」
真っ赤な母さんと、きょとんとしたぼく。

・・・・・知らなかった。
母さんって。

ものすごく、実は照れ屋なんだ・・・・・。


ごほん、と咳き払いした母さん。
まだ顔は真っ赤だ。
「き・・・・・・・・・聞きたい・・・?」
ぼくじゃなく、壁の方を向いている。
そんなに恥ずかしいのかなあ。
「うん・・・聞きたい。」
「・・・・そ・・・・・・か・・・・・。」
天井を見上げて、ぽりぽりっと頬をかく。
母さんは。
何だか可愛かった。








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