「ぷれぜんと。」ぱーと4



「なるほど。状況は大体わかった。」

暖炉がぱちぱちと音をたてる、暖かな居間のソファの上で、ゼルガディスという人は頷いた。

吹き抜けの天井を持つ居間には、ざっくりとした麻布の生地を貼った、大きなソファが二つずつ向かい合わせに並べてある。
間には丸太を半分に割って作った、細長いテーブル。
あたしとガウリイは暖炉に向って左側、ゼルガディスは右側に座っていた。
シルフィールという人は、コーヒーを入れてくると言ってキッチンらしき方向へ消えていた。
「ズドラーストヴィチェは『死んだ』んだな?」
「ああ。確認した。アストラルサイド側に逃げたのでもない。完全なる消滅だ。」
「・・・・そうか。少なくとも、新型は役に立ったという訳だな。」
「ああ。」

あたしには訳のわからない話が続く。
一つだけ気づいたのは、『新型』。
ガウリイの武器。
今もガウリイの右手の人さし指に光る、あの銀色の指輪だ。

「だが、ヤツが単独で行動していたかどうかまでは自信がない。また襲ってくる可能性もある。」
「・・・・。それについては、調査させよう。」
「・・・・怒ってるんじゃなかったのか。」
ゼルガディスが組んだ手から顔をあげる。
相変わらず、フードを被ったままなので、こちらからはよく見えない。
「怒ってるさ。アルメニアに現れたヤツは、俺一人じゃ手こずったからな。」
「・・・・悪かった。」
ガウリイが頭を下げた。
「だが、オレは・・・・・。」

続いた沈黙は、あたしがいたたまれない程だった。

沈黙を破ったのはゼルガディスの方だった。
「まあいい。どっちにしろ、お前が日本に帰らなくても、ヤツは現れていたんだ。そこのお嬢さんを狙ってな。」
「・・・・・・・・。」
あたしはとうとう我慢できずに口を開いた。
「悪いけど。あたし、ガウリイから何も聞いてないの。
そろそろ、話してくれてもいいんじゃない?」
ガウリイの方を向いて。
「どうしてこのぬいぐるみが狙われたの?」
あたしの膝には、つぶらな瞳に暖炉の火を反射させている、犬のぬいぐるみ。
『がうりい』がいた。


シルフィールという女性が、銀色のトレーを持って出てきた。
テーブルの上に、一つずつそっとコーヒーを置く。
かちゃん。
まずはガウリイ。
「・・・・・。」
ガウリイは、カップの中で揺れる焦茶色の液体より、苦い顔をしていた。
次にあたしの前に。
かちゃん。
ソーサーの上の銀色の華奢なスプーンが、カップに触れて澄んだ音を出した。
ちいん。
「どうしてか、教えて。ガウリイ。」
次にゼルガディスの前に。
かちゃん。
「それは・・・・・。」
ゼルガディスが口を開く。
かちゃん。
今度は自分の席の前にカップを置き、ミルクピッチャーと砂糖壷をテーブルのセンターに置くシルフィール。
トレーをテーブル下の棚に入れると、自分の席に腰を降ろす。
絹のような光沢の長いスカートをさらい、佇まいを直す。

ガウリイが言った。
「オレのせいなんだ。」
「・・・・?」
「オレが、ついぬいぐるみに、声を吹き込んだりしたから。」
「え・・・?」


クリスマスプレゼントに、犬のぬいぐるみを貰って苦笑したのは、あたし。
やっぱりぬいぐるみなんて、子供扱いされてるショーコ、と。
でも、そのぬいぐるみには仕掛があった。
ぎゅっと抱き締めると、ある言葉を囁くのだ。

「声・・・・・?つまり・・・・・。ヤツらが欲しがったのは、このぬいぐるみじゃなくて、ぬいぐるみに吹き込まれたガウリイの声なの・・・?」
あたしは思いだして顔が真っ赤になりそうなのを必死に抑え、問題を整理しようとやっきになっていた。
「今まで・・・。自分のいた跡は、なるべく残さないようにしていた。それは、ヤツらに追跡されるからだ。」
「跡・・・・?」
「ヤツらは、オレの残した痕跡から、今現在オレがどこにいるかを割り出せる力を持っているんだ。・・・・突拍子もない話かも知れんが・・・・。」

あたしは首を振る。
もうとっくに、あたしはその突拍子もない状態に巻き込まれているのだ。
知りたい。
何が起きているのか。
そして、ガウリイが何者なのか。


話は長くなった。
陽は、傾きかけていた。

「つまり・・・・。今、オレ達のいる世界は、唯一無二の世界じゃなく、とある次元の一つに過ぎないんだ。」
「次元・・・・?」
「そうだ。そして、その次元は無限に近いと言っていいほど、無数にあるものなんだ。並行世界、パラレルワールドというのを知っているか。」
ゼルガディスがあたしの方をちらっと見る。
「う〜〜〜ん。よくわかんないけど、他にもたくさん、世界があるってことね。でも、それは別々の世界であって、存在していても、直接はあたし達の世界に関わりはないんでしょ?」
「・・・・ああ。」
ガウリイが頷く。
「本来なら、それは重ならない、重なっちゃいけないことなんだ。もし二つの世界が重なり合い、干渉し合うようになったら。全体のバランスにも影響する。」
「つまり、ヤバいことなのね。」
「そうだ。」

36階のあの部屋で、あの男が呟いた言葉。
ゲート。
ゲートから仲間が、と。
そして、ガウリイをゲートキーパーと呼んだ。

「あの化け物は、異次元からの訪問者ってわけ。」
「・・・・・そういうことになるな。」
何故だかガウリイが考え込む。
あたし、何か悪いことを言った?
「ヤツらは、異次元の存在だ。その異次元で、ある時、異常が起こり、この次元にまで限り無く接近した。そして、接点が生まれた。ヤツらは、そのことに気づいた。」
「・・・・・。」

カップから、飲まれないコーヒーが湯気を逃がしていく。

「ヤツらは、この次元に自分達の御馳走があることを知った。ヤツらは異次元でも異形の存在、ほとんど精神体に近い。そこで、精神体だけを切り離し、この次元に侵入することにした。」
「・・・・。」
あの男。
「この次元には、いくらでも乗っ取れる身体がある。人間の身体を乗っ取り、ヤツらはこの次元で狩りを始めた。ヤツらにとって御馳走とは、人間の持つ、憎悪や嫉妬、怨恨や殺意などといった負の感情なんだ。」


・・・・・・・・・・・胸が悪くなってきた。
人の感情を食べる生き物。
ううん、すでに生き物ですらないような。
果たしてそれは、どんな存在なのか。

「しかもこの次元には、ヤツらの天敵がいなかった。まだ精神体であるヤツらの侵入を察知し、それに対抗しうる力を持つ、敵が。」

天敵のいない生物は、個のポテンシャルの許す限り繁殖していく。
あたしの頭の中に、増え過ぎたネズミや、島を被い尽くす小さなカニの映像が浮かび上がる。
・・・・・・・・・・・・・気持ちわる・・・・・・。

「だが幸運にも、ヤツらの次元とこちらの次元を結ぶ接点、仮に俺達はそれを『ゲート』と呼んでいるが、非常に小さく、しかも短時間しか開かない。一遍にヤツらが大挙してくることは何とか防げたんだ。」
ゼルガディスの低い声は、小さな幸運を皮肉としか捉えていなかった。
「だが、ゲートはいつどこで開くか、普通の人間には皆目見当がつかん。だから俺達は、世界中にネットを張って、ゲートの出現に備えているんだ。」


ゲートキーパー。
その意味がやっとわかったような気がする。
つまり、異次元との接点であるゲートを見つけだし、そこから侵入しようとするヤツらを倒す者。
それがゲートキーパー。
門の守護者というわけだ。

・・・・・・・・・・・・・・でも、ちょっと待ってよ。
さっき、天敵がいない、って言わなかったっけ。
ヤツらには、人間では対抗できないって。
じゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ガウリイは・・・・・・・・・・・?


あたしは覚束ない顔で、ガウリイを見上げていたんだと思う。
彼はあたしの顔をじっと見つめ返し、次に、素早くにこりと笑った。
でもどこか、寂しそうな笑顔だった。

「異次元からの侵入者に対抗しうる手段は、その異次元からもたらされた。」
ゼルガディスが気づかなかったように先を続ける。
「その武器は、ヤツらを倒すことができた。それを発見した人物が、俺達を組織し、その武器を研究して複製を作り、さらに強力な武器を作った。それが、今、ガウリイが持っている指輪さ。」

思いだす、指輪から放たれた青い閃光。
あれが唯一、異次元からの敵を倒す手段なの。


考えなければいけないことが山積みで、あたしはしばらく黙っていた。
頭の中を整理する必要があった。
何かを見落としているような気がした。

だが、そんなあたしの胸のうちを、さらに引っ掻き回すようなことをゼルガディスが言った。

「・・・・話はわかっただろう、お嬢さん。
あんたの持ってるそれが、何故狙われたのか。
・・・・・・わかったら、それを引き渡してもらおう。」



え・・・・・・・。

『がうりい』を・・・・・・・・?
 


続きはこちら♪