『絵に描く空と』



 
 
さらさらさら……………

耳もとで、小川が流れるような心安らぐ音が聞こえる………。
川……………??
 
あたしはがばりと跳ね起きた。
「え、えっ!?」
直前の記憶は、穴に落ちて行く時のものだった。
身体中をぺたぺたと触ってみたが、どこも痛くない。
周囲は闇に包まれている。
『光!』(ライティング)
左手に魔法の光を生み出すと、それで辺りを見回してみた。
地面は、手をつくとずっぽり埋まるほど、深く積もった砂で覆われていた。
「一体、どこから………」
上を見上げると、それほど高くないところに岩の天井があり、そこからどっと金色の砂が落ち続けている。
どうやら降り積もった砂のおかげで、衝撃がやわらいだようだ。

「ガウリイーーーー!」
頭上にいるだろうガウリイを呼んでみるが、答えはなかった。
岩に反射して、あたしの声があちこちから帰ってくる。
『ガウリイ』
『ガウリイ』
『ガウリイ』

「参ったわね、こりゃ……。
天井を吹き飛ばしでもしたら、自分が生き埋めになりそーだし……。
もうちょっと広く開いてる穴さえあれば、飛び出せるんだけど。」
立ち上がり、光で照らしてあたしは歩き出した。
 
岩の天井を、岩の柱が支えている。
まるで長細い回廊を歩いているようだった。
時折、どさっと音がして大量の砂が頭上から降ってくる。
おかげで、行き先と天井の両方に注意して進まなければならなかった。
「今頃、ガウリイも困ってるだろーなあ……。
床を崩したら、あたしが生き埋めになるかも知れないし。
そろそろ暗くなってくるだろうし。
バカな考え起こして、あたしが落ちた穴に飛び込まなきゃいいけど。
二人してこんなとこへ落っこちたら、誰があたし達を探してくれるってのよ?」
ふと心配になり、後ろを振り返ったが、誰かが上から落ちてくる気配はなかった。
「たぶんあたしと同じで、どこか他に入口はないか探してるんだろうな。
それとも、助けを呼びに街まで戻ったとか。
だとしたら、あんまりウロウロ動かない方がいいかも。」
立ち止り、目を閉じて、声でも聞こえないかと耳を澄ます。
聞こえてくるのは、さらさらと砂が流れる音だけ。
それ以外は、不思議と静まり返った静寂がこの場所を満たしている。
「……………あれ?」
再び目を開けた時、前方にぼんやりと光るものが見えた。
砂や岩ではなく、何か形のある小さな物が、魔法の光を反射している。
「………もしかして。こりは♪
 
 
近付いてみると、盛上がった砂の小山の上に、半分埋もれる格好で光を反射している金属製のものがあった。
「もしかして、もしかして?」
魔法の光を頭上に打ち上げると、光がぱあっと広がった。
片側に取っ手がついた、丸みを帯びたこの形。
引っぱり出してみると、反対側には細い嘴がついている。
「これがあの、魔法のランプ??」
薄汚れた胴を指でこすってみると、確かに金色の金属が見えた。
 
ぼわわわわあんんっ……………
 
「うひゃっ!?な、なにっ!?」
突然、ランプから煙が立ちのぼった。
それも青紫色の、派手なもくもくとした煙だ。
煙は渦を巻き、その中から、眠そうなのっそりとした声が聞こえた。
『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ〜〜〜ん……
はぁい、ご主人様一名、ご案内〜〜〜〜ん………』
「は…………はい???」

煙がくるくるとまとまって紡錘形になったかと思うと、ぱっと両手のようなものがつきでた。
頭の部分を両手が撫でると、顔が現れた。
ほっぺたがむちむちした、まん丸の顔。
なのにやたらと黒くて濃い眉毛と、猫のように光る金色の目がそこにあった。
よく眠っている所を起こされたような、半分閉じられて眠そうな目だ。
青紫の煙と同じ色の身体は、何やらどこぞの平和主義者を彷佛とさせるような、筋肉ダルマ。
『起こしてくれて御愁傷様〜〜〜ん。
起こされた仕返しに、一つだけ願いを叶えてあげる〜〜〜ん。
ぼくちんはランプの妖精さ〜〜んだからね〜〜〜ん……』
「………………………」
聞いているこっちが欠伸をしたくなるくらい、のんびりだらりな発言が続く。
発言…………
「って、ええっ!?まさか、伝承通りに本物なのっ!?
何でも願いを一つだけ叶えてくれるっていう!?」
『そうよ〜〜〜ん。
ぼくちんにできない事はないの〜〜〜〜ん。
だからして早く願いごとを言って〜〜〜〜ん。
んでまた眠らせてほしいの〜〜〜〜〜ん。』
筋肉ムキムキの腕を伸ばし、長々と伸びをした自称ランプの妖精は、またふわふわと欠伸をした。
どーも信じられないが、自称本物だってゆーし。
ここは一発、ここから出してもらって本物かどーか確認するというのがベターかも。
 
「じゃ、じゃあね、まず………」
わくわくしながら近寄ったあたしに、むちむちの掌が向けられた。
『ちょっと待つ〜〜〜〜〜〜ん。
願いごとは一つだけ〜〜〜〜ん。
ぼくちんランプの妖精さ〜〜ん。
ご主人様の願いごとくらい、とっくに了解済み〜〜〜ん。』
「って、え??」
ランプの精はぼんやりとした目をこちらに向けて、ふわふわと笑った。
『ご主人様の願い〜〜ん。
さっきご主人様、相棒の事考えてた〜〜〜ん』
「………え……………」
金色の目がもっと細くなった。
『ご主人様の相棒〜〜〜ん。
自称保護者の〜〜〜ん。
金髪碧眼でハンサムだけど、脳味噌が石綿のガウリイさ〜〜〜ん。
ご主人様、彼のことずっと考えてたでしょ〜〜〜〜ん。』
「かっ………考えてたって……
そりゃ、助けに来てくれるかどーかってことで………」
『ふ〜〜〜〜ん……………』
眠そうな目がちろりとあたしを見ている。
何故かしどろもどろになるあたし。
「そりゃ考えてたけど、その、別に変な意味じゃなくてね。
って、そーいう言い方されると紛らわしいのよっ。
だ、大体、あたしの願いとガウリイのどこに関係がっ………」
『あるよ〜〜〜ん………』
 
自称ランプの精は両手の人さし指を立てると、胸の前で腕を交差させた。
『ご主人様の相棒を〜〜〜ん。
世界中から誰でも一人だけ、交換できる〜〜〜〜ん。
頭脳は天才、顔は超絶美形、剣の腕は超一流〜〜〜ん。
おまけに魔道も使える〜〜ん。
スーパースペシャルビッグデリシャスなパートナーでも〜〜〜。
ご主人様の希望通りの人材を〜〜〜ん。
ぼくちんが呼び寄せてあげる〜〜〜ん。』
「…………………へ…………???」
『どんな条件でもいいから〜〜〜ん。
早く言って〜〜〜〜ん。
早く叶えて〜〜〜ぼくちんまた寝るの〜〜〜ん。』
「ど、どんな条件って……………
って、願いごとってそれに決定なのっ!?」
『は〜〜〜いいん。
もう時間ないのでそれに決定〜〜〜ん。
早く言って〜〜〜ん。
早く叶える〜〜〜〜ん。
制限時間〜〜〜、あとぼくちんの欠伸が十回終わるまで〜〜ん』
そう言うと、また一つふわふわと大欠伸をするランプの精。
ってことは、あと九回欠伸をするまでが、願いごとを叶えてもらえる時間ってこと??
って、大体、その願いごとってのが……
 

「ね、他に変更できない?願いごと。」
『何で〜〜〜ん。
ご主人様、相棒に不満があるの、ぼくちんわかってる〜〜ん。
だから願いごと、これに決定〜〜〜〜ん。
相棒がもっと優秀なら、ご主人様、こんなとこに落っこちてこない〜〜ん。』
「や、それは違うと思うけど………。
あたしがここに落ちたのは、別にガウリイのせいじゃないし……」
『もうとっくに助け出してもらってるはずだし〜〜〜ん。』
「いくら優秀な相棒ったって、こんなとこからすぐには無理よ。」
『おや〜〜〜〜〜ん……?
ご主人様、なぜ今の相棒庇うの〜〜〜ん?
もしかして…………ん?』
どきっ!
「や、庇ってるとかじゃなくて!
あたしは事実を述べてるだけに過ぎないのであって……」
『話をしても聞いてない〜〜、聞いてもすぐに忘れる〜〜、
ご主人様をレディーだと思ってない〜〜〜
デリカシー皆無の男のどこが〜〜〜ご主人様はいいわけ〜〜〜ん?』
「‥‥‥っへ……………」

ランプの精が二度目の欠伸をして言った。
『世界には〜〜〜ん。
もっとご主人様に相応しい人がいくらでもいると、ぼくちんは思うわけ〜ん。
だからもっと優秀な相棒〜〜〜ん。
ぼくちんが交換してあげる〜〜〜ん。
今の相棒より頭良くて顔良くて優しくて頼りになる、そーいうパートナーにする〜〜ん?』
「あの………ちょっと聞いてもいい?」
『いいけど〜〜〜〜早くね〜〜〜ん。
ご主人様考えてる間に〜〜〜ぼくちん二回欠伸をしたから〜〜ん。』
「ってことは、あと六回か………。
えっとね、相棒を交換ってどーやるわけ?」
『ぼくちんランプの精〜〜〜ん。
できない事は何もない〜〜〜〜ん。
一から全部取り替える〜〜〜ん。
出逢いから今までの歴史、ご主人様の相棒は、新しい相棒と取り替える〜〜ん。
今の相棒の事はもう、思い出しもしない〜〜ん。
綺麗さっぱり〜〜〜ん。
だって最初から会わないんだから〜〜ん。
これ合理的〜〜〜ん。
悲しいお別れもなし〜〜〜ん。』
「………………………………」
黙り込んだあたしに気がつかず、ランプの精は特大の欠伸をした。
あと五回。
『さあ、どうする〜〜〜ん?
ご主人様のご希望通り〜〜ん。
ぼくちんが叶えてあげる〜〜〜ん。』
もう一度欠伸。
少し、目が開いてきたようだ。
金色の瞳がぴかりと光った。
『ふわわ………ご主人様〜〜〜ん?』
あと三回。
 
ガウリイと、別の相棒に交換する?
ガウリイと出逢わなかった事にして?
最初の出逢いから、今までの道のりを、全部?
………………それは………………。
 
 
「ごめん。やっぱこの話はなかったことにして。」
あたしはくるりと身を翻すと、すたすたとその場を後にした。

慌てたランプの精が、身体をぐんと伸ばして追いかけてきた。
『何で?何で〜ん?
願いごと言うのが決まりなのに〜〜〜ん。』
「願いごとが相棒交換だって言うなら、頼めないわ。」
『何で〜〜〜ん?
ご主人様、相棒に不満あるんでしょ〜〜〜ん?
もっと優秀な…………』
あたしはぴたりと足を止め、ランプの精を振り返った。
ランプの精は八度目の欠伸をしているところだった。
 
「世界中を探せば、ガウリイより優秀な人はいるかも知れないわ。
けど、今までの歴史を変えるつもりは、あたしにはないの。」
『歴………史……………?』
「もし………彼に出逢わなかったら………。」
苦もなくラクラクと、頭に浮かぶあの顔。
「あたしは…………今のあたしじゃ、なかったかも知れないから。」
『………ううん………?
…どういう事か、ぼくちんわかんない〜〜〜ん‥』
「あんたにはわかんないわよ。」
あたしは一人でに浮かんできた笑顔を浮かべ、頭を振って歩き出そうとした。
『う〜〜〜ん‥…‥‥‥‥』
 
九度目の欠伸を長々とした後、ランプの精の目がぱっと開いた。
今はもう、眠そうな気配はどこにもない。
腕組みをして、胸を逸らした偉そうな姿が、きらきらと光る猫目があたしを見おろしていた。
のんびりとした声ではなく、低く轟く雷のような大声があたしに告げた。
『相棒交換は決定事項だ。
今より願いごとを成就させる。
我は再び眠りに就き、再び砂の中に帰る。』
「え………ちょっと待って…………」
ざらざらと嫌な予感が背中を這い上がってきた。
「まだあたし、願いごとを言ってないわよ、どんな相棒にするかとかっ……
だ、だからこの願いは無効よっ!」
『私は優秀なランプの精。
主人の願いなど、口にする前からわかっている。
一からやり直す。
ご主人様の歴史は、また再び始まり、今の時へと戻ってくるのだ。』
「待って、あたしはっ………」
両腕を高く差し上げ、盛上がった筋肉の上で大きく口を開け、半ば叫ぶように。
ランプの精は、最後の欠伸をした。
ふわわわわわわわ。
 
ぶわっっ!!
ランプの精が人の形を取るのをやめ、煙へと戻った。
 
ぐるぐると渦を巻き、それがぱあっと広がって、あたしへと覆いかぶさってくる。
「じょ、冗談じゃないわっ………『魔風!(ディム・ウィン)!』
ごおっ!!
魔法が生み出した強烈な風は、煙を吹き飛ばすかに見えた。
が、風は煙をすり抜け、周囲の砂を巻き上げて砂嵐を起こしただけだった。
煙は、煙ではなかった。

『時は来た。汝の願い、今ここに成就せん。』
顔はないのに、声だけが響き渡る。
「だから!あたしは願ってないってば!!」
かぶさってくる煙が、大きなむちむちとした両手に見える。
あたしを捕まえようとしている。
『烈閃咆(エルメキア・フレイム)!
本体の煙を攻撃しても、何も起こらなかった。
煙でできているはずの手が、ぎゅっと身体を握り締める感覚。
『案ずるな。
目が覚めたら、前の相棒の事は何も思いださない。
何も。』
「それじゃ困るんだってばっ!!放してっ!!」
『それまでしばしの眠りを。』
「い…………やっ………………!!」
 
身体中から力が抜けていくのを、くるくると回る視界の中で感じていた。
煙は夜の帳のように上から降りてきて、あたしの目を闇で満たした。
地下よりもっと深いところへ、砂とともに。
もう一度転げ落ちていく。
「やめて…………っ……………………!」
なすすべもなく、ただ。
上げた悲鳴は、口の中で微かに囁いたに過ぎなかった。
何もかもが沈んでいった。
 
 
 
 
 
 
 


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