「愛すダンス」



さて、ほほえましい光景がこれでもかと続いた後。
陽がだいぶ高くなってきた頃には、リナもかなりスイスイ滑れるようになった。


「ほ〜〜ら、言ったでしょ♪ちょっと練習すればカンが戻るって♪」
「ちぇ。センセイ役も終わりかよ〜。結構楽しかったのになあ。」
「あんたね!本来の目的を忘れてもらっちゃあ困るわ!
狙うは優勝!そして賞金!」
拳をがっと振り上げるリナ。
「そういえば、その賞金っていくら出るんだ?」
「ま、あたしから見れば微々たるモンだけど。この村を出て次の街を目指すにはソリがいるでしょ?せめてそのレンタル代くらいにはなるわよ。」
「そうなのか。」
「賞金と、他に賞品のおまけもつくらしいわよ。」
「へえ。何だろうな?」
「さあ。でも、もらえるもんなら何でももらうわ!今は!」
「・・・・よっぽど切羽つまってるんだな・・・・・。」
腕を組んで深刻そうに首を振るガウリイ。

リナはすい〜〜っと滑ってきて、おもむろに片足をあげて蹴り一発。
「うぉわぁっっ!!」
さすがにガウリイは咄嗟に避けたが、顔は青ざめていた。
「そこ!!他人事みたいに言わない!あたし達の問題でしょ〜がっ!!」
「お、お前なあっ!!スケート靴履いてケリ入れるのはやめろよなっっ!!
危ね〜だろ〜がっっ!」
「ああら。蹴りをいれたんじゃなくってよ。
スピンの練習よ。はいはい、どいたどいた、邪魔邪魔〜〜っ!」
「・・・・・・・まさに、何とかに刃物だったな・・・・。」
ジト汗をかくガウリイ。まさに後悔先に立たず。ち〜ん。
 


そこへ、一組のカップルが滑ってきた。
二人が見ている前を通過し、くるりとターンする。

手に手を取り合い、身体を密着させ、うっとりとお互いを見つめあうカップル。
と、男性が女性を抱き上げてリフトをした。
男性の頭上で女性がポーズを取る。
やがて降ろされると、それぞれが逆の方向へターンし、軌道上で再び手を取り合う。
その間、二人の距離はほとんどないと言っていい。
離れることがあってもほとんど一瞬で、離れたかと思うとくっつき、離れたかと思うとすぐにくっつく。
傍目にはベッタリと寄り添ったアツアツカップル(死語)としか見えない。
 
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」

ぽっか〜〜〜んと口を開けて眺めていた二人は、やがておもむろに顔を見合わせた。
「あれ・・・やるのか、オレ達・・・?」
「そ・・・そういえば・・・勧めてくれた宿のおばちゃんが言ってたような・・・。
アイスダンスってのは・・・・・ペアは30秒以上離れちゃいけないって規定が・・・・」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」

何となく無言で見つめ合う二人。
そこはかとなく顔が赤い。
寒さのせいだけでは決してないだろう。

「や・・・やっぱ、無理じゃないか・・・・?」
おぼつかな気な声でガウリイがぼそりと言った。
「諦めて、ぢみちにアルバイトした方が・・・・。
ほら、子守りとか、夫婦ゲンカの仲裁とか、探せばあるって宿のおばちゃんが・・・」

ぴきぴきぴきっっ!!

リナのこめかみにたちまち、青筋が立った。
「何を弱気になってるかな!!ガウリイ!!
人間、成せば成るのよ、成せば!こ〜なったら、とことんやるわよ!」
「と・・・とことん・・・・の中・・・・・?」
「行くわよガウリイ!ほら、手!!」
「あ〜〜〜・・・・はいはい・・・・ったく、言い出したら聞かないんだから・・・」
「何か言った!」
「いえ!何でもないですないです。」
片手をパタパタと振るガウリイの、もう片方の手を掴んで引っ張っていくリナ。
その背中からぶつぶつと呟きが漏れていた。
「子守り・・・夫婦ゲンカの仲裁・・・そんな依頼だけは絶対にイヤ・・・」
 
 







そして炎の特訓は始まった。

「いい?アイスダンスってのは、上手く滑れればいいってもんじゃないのよ!
いかに相手と息が合ってるか、それから見た目もかなり重要ね!
ま、天才美少女のあたしは問題ないとしても!
ガウリイは・・・」
氷上でくるりと一回転して振り向くリナ。

宿のおばちゃんが貸してくれた衣装に二人は着替えていた。
リナは白を基調にしたワンピースで、腰から短いスカートがひらひらしている。
対するガウリイは黒一色。襟のぴっと立ったワイシャツに、細身のズボン、長い金髪は邪魔になるので、後ろで一つにまとめている。
「?」
きょとんとした顔で、ガウリイは自分を指差す。
「オレが?どうしたって?」
「い・・・・いや・・・な、何でもないわ・・・・」
思わずジト汗をかいて再び背を向けるリナ。
相手に聞こえないようにぶちぶちと呟く。
「ったく・・・見た目だけはいいのよ、見た目だけは。
あれでクラゲじゃなきゃねえ・・・・。」
「お〜〜い、リナ?そろそろ始めないと、時間がなくなっちまうんじゃなかったか?」
「わ、わかってるわよ。」

気を取り直してリナはガウリイと向かい合う。
「ところであんた、ワルツとか踊れる?」
「ワ・・・・ワルツって・・・・・・?もしかして、ほら、なんだ、ドジョウスクイの一種とか?」
ちっっが〜〜〜〜う!あ〜いうのよ、あ〜いう音楽で踊るやつ!」
湖の脇には音楽隊が並んでいた。競技前の練習を兼ねて、すでに演奏は始まっている。

「は〜。・・・な〜んか、どっかで聞いたような気もするが・・・」
「・・・・・。あんたの場合は、それでも十分記憶がある方ね・・・。
いいわ、この曲に乗せて、とりあえずやってみましょ。」
「ほいほいっと。」
「ほら、片手出して。その上にあたしが手を乗せて、んであたしのもう片手があんたの肩。んで残りの片手はあたしの腰にまわして。」
「こ、こうか?」
「そ〜よ。」

初めて二人の身体が密着する。
思わずガウリイを見上げたリナは、首が痛くなった。
「わかっちゃいたけど・・・相当な身長差があるわね、こりゃ。」
苦々し気に呟くと、ガウリイは照れたように笑った。
「いやあしかし・・・今さらだが、なんか照れるな、こ〜いうの。」
「!」
途端にリナもぼっと赤くなる。

だがそこは、我慢我慢。
「な、何言ってんのよ!これは勝つためだからね!
演技よ、演技!
い〜い?これから先、どんなにベタベタしたって!
それは全部、演技だからね!!え・ん・ぎ!!」
「わ・・・わかってるって。
わかってるから、そんなにムキになるなよな。」
「ムキになってなんかないわいっっ!!必死なの!切実なの!!」
「・・・はいはい。じゃ、お嬢様、参りますか。」
「わ・・・・わかればいいのよ、わかれば。」
 

流れるような旋律に乗って、二人は順調に滑り出した。
最初はリナがステップを指示したのだが、やがてガウリイがリードを始め上手くターンできるようになった。

「あんたって・・・ホント、運動神経だけはいいわよね・・・。」
驚くほどの進歩に、リナは感心したように言った。
「ちょっとやっただけでこれだけ滑れちゃうんだから。
やっぱ、ワルツとか踊ったことあるんじゃない?」
「どうだったっけなあ・・・踊った記憶ってのはないんだが・・・
なんかこう、身体が勝手に動くから、そのままやってるだけだ。」
「まさに本能の男よね・・・・。」
「リナはどうなんだよ。こ〜いうのとか、ちゃんとしたダンスって踊ったことあるのか?」
「あたしはね・・・その・・・」
「?何でいきなりボソボソ声になるんだ。」
「だからその・・・ほら・・・実家は葡萄の産地だって言ったでしょ・・・だから・・・収穫祭とかでね・・・」
「へ〜〜〜〜。」
「こ、こんなお上品な音楽じゃないけど。街全体がお祭りムードだしね、一週間くらいは飲んで騒いで踊って・・・」
「そうか。」

ガウリイは微笑むと、ふいにリナを両手で抱き上げた。
「な、何すんのよっ。」
「何って、さっきのペアだってこ〜やってただろ?。
こ〜いうの入れていいんじゃね〜のか?」
「リフトっていうのよ・・・でも・・・・そっ・・・・そっか・・・・」

両手で持ち上げられ、目の高さにかかげられたリナはとまどいながらも頷く。
ガウリイはくすりと笑うと、リナの顔を覗き込んだ。
「こうやってオレが持ち上げてやるから、くるって回って降りられるか?」

途端にリナの瞳が、挑戦的な色になる。
くっと顎をそらすと、リナはガウリイを見下ろした。
「はん。あたしを誰だと思ってるの?」
「OK。」
 
ガウリイはふわりと、自分の頭上近くまでリナを抱え上げる。
と、リナはガウリイの肩に手を置き、倒立。
そのまま身体を回転させて、背後に着氷する。

お〜〜〜〜〜っっ

湖の周りからいきなり歓声があがった。
いつのまにか、村人や観光客が徐々に集まってきていたのだ。
「ね、できたでしょ。意外に簡単ねっ。」
リナが得意そうな顔で観客にピースする。
「さすがはリナだ。
・・・よし、そっちから滑ってこい。受け止めて、またリフトしてやるから。」
「わかった。行くわよ、ガウリイ!」
「おう!」
 
 
 
 


 

 

次に続く。