「愛すダンス」


『本日のメ〜ンエベントもいよいよ盛り上がって参りました!
冬のオリンピアード一華やかな競技と歌われるアイスダンス!
すでに10組が滑り終わりました。どの組も精一杯がんばっております!!』
 

木製のメガホン片手に、実況中継をしているのは冬のオリンピアード実行委員長だ。
と言っても普段の職業は、いたって素朴なワカサギ釣りだったりする。
イベントの成功に目を潤ませながら、彼は日頃、魚相手に独り言で鍛えた咽を披露していた。

『現在のところ、前年度優勝者のマネシナ・ヤナコッタペーダ組が最有力候補ですが、果たしてどうなりますか!
さあ最後の組となります、飛び入り参加のお二人です!』
そう言うと、懐からカンペを取り出す実行委員長。
『プロフィールを見ますと・・ええと、男性の方は旅の傭兵だそうで・・・これは力技が期待できそうですね!そして女性の方はといいますと・・・え!?黒魔道士!?
し・・・しかも、自称天才美少女の肩書きまでついております・・・・・(汗)
・・・・・・・・・・・な、なんだか・・・・。
滑る前から全く予想もつかない取り合わせではありますが・・・・・。
さて、どういうダンスを披露してくれるのでしょうか。』

委員長が片手を広げて自分の右側を示す。
そこには机が並べられ、ずらりと9名の審査員が並んで席についていた。
おのおのの前には、それぞれ数字が書かれた二組の札が用意されている。
『審査員の皆様!ご用意はいいですね?公平な審査をお願いいたしますよ!』

委員長の張り切った声とは裏腹に、審査員席ではこんな会話が交わされていた。
「・・・・・・はあ?なんじゃったかのう?」
「いやですねえ、おじいさん。検査ですよ、検査!」
「わかっとるわい、孫の名前はケンタじゃ!それにしても飯はまだかのう。」
「ホントにヤナコッタペーダさんはいい男で・・・」
「そうそう、やはり見た目も重要ですからねえ・・・」
「わしゃ、女の子のスカートがひらひらするのがええのう。」
「んだんだ。ひらひらがええ。」

『・・・・・・・・・。』

メガホン片手に、しばし頭を抱える委員長。
がんばれ委員長、負けるな委員長!
イベントの成功も、この村が安全な未来を迎えられるのも、密かに君の双肩にかかっているのだ!
『え〜〜、ごほん。お待たせしました。
・・・・リナ=インバース、ガウリイ=ガブリエフペアの登場です!』
 
わ〜〜〜〜〜ぱちぱちぱち!
 

マネシナ組の連覇を目前にして、村人は盛り上がっていた。
名前も知らない飛び入りにも、熱心な拍手が送られる。
・・・・が。

「な・・・なんじゃ、ありゃ・・・・・・・?」

拍手がぱたりと途絶えた。
村人の視線が一斉にペアに注がれる。
「あれは・・・・・に・・・人間か・・・?」

紹介され、そこに現れたのは。

びしっと黒い上下を着こなし、麗しい金色の髪を束ねたハンサムな男性が。

何と、もこもこの毛皮で被われた、謎の小柄な生き物の手を引いて立っていたのである。
ざわざわざわっ!!
村人はざわめき出した。 
 
 
 
「だ、だから、出るのはやめよって言ったのよ。
こ、こんな恥ずかし〜思いはごめんよ!」

氷の上では、小柄な生き物がぼそぼそと囁いていた。
勿論、片割れの正体は新種の動物などではなく、毛皮を着込んだリナである。
「だって、まだ寒いだろ?さっき水に落ちたばかりだし。」
こそこそとガウリイが囁き返す。

・・・そうなのだ。
練習に夢中になるあまり。
リナは勢い余って氷が薄くなった部分を踏み割ってしまい、湖水に落ちてしまった。
なにしろ氷点下の水中である。
急いで着替えて身体を暖めたが、鼻水は止まらないわ、毛皮を脱ごうものならくしゃみの連発ものだった。
 


村人は依然ざわついている。
「なんだ、着ぐるみか・・・。
おりゃてっきり、冬眠から覚めた森のクマさんかと思っただよ。」
「全くだ、見た目クマそっくりだぜ。」
「お〜〜〜い兄ちゃん、油断してるとそいつに頭っから食われっちまうぜ〜〜〜!」
「ぎゃはははは!」
次第に二人を指差して、笑い始める。
 

「だから出るのをやめようって言ったのよ。
笑い者になるなんて、イヤよあたし。」
ひそひそひそ!
「でもなあ。ここまで来ちまったし。とりあえず、ダメもとで滑ってみね〜か?
って、さっきも言っただろ?」
ひそひそ。
「だ・・・だけど・・・・。」
「大丈夫だって。」

ガウリイはクマさんの肩に手を置き、にっこりと笑った。
「笑い者になる時は、オレも一緒だから。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜。」

毛皮の下でリナは赤くなったが、実は何もリナだけのことではなかった。

若くてハンサムで長身の男性が出てきたかと思ったら、優しそうに笑ったのである。
その顔を見て、多くの若い女性がぽぽっと頬を染めた。
遠慮なく大声で笑う村人に混じって、目配せや興奮した囁きが女性達の間で交わされたのである。
 
 


『これはどうしたことでしょう。自称天才美少女とのことでしたが、何故か毛皮をまとっての登場です。今、滑り出しました!
しかしこれは意外な扮装でしたねえ、さすが飛び入り参加、祭の最後に色を添えてくれたと言ったところでしょうか。
おやおや、どうやら男性の方は女性に人気が出たようです。お聞き下さい、この声援!』

「きゃ〜〜〜〜〜!ガブリエフさ〜〜〜ん!!」
「がんばって〜〜〜〜!」

その声が聞こえたか、ガウリイが片手をあげ、にっこりと観客席に微笑む。
女性客は一斉に色めきたった。
「きゃ〜〜〜〜!笑ったわ、彼!笑うと可愛いわ!」
「それにヤナコッタペーダより美形だわ!!」
「あたし断然こっちを応援しちゃう!ぎゃ〜〜〜〜〜〜!!」
 
『これはポイント高いですね。
滑りもこう言っては何ですが、意外に順調です。
男性がクマさんをくるりと回し、上手にターンを決めました。
それにしても惜しい、これで相手がクマでなければ・・・・!
いやしかし、そのクマさんですが、子供や一部の大人には人気があるようです!』
 
「かわい〜〜〜〜〜!クマさん!かわいい、かわいい、かわいい〜〜〜!」
「買って、クマさん買って、欲しい〜〜〜!」
「クマたん〜〜〜〜」
「いや〜〜〜んっ、あんなにちっちゃくてもこもこなのに、ちゃんとターンしてるう〜〜〜〜〜。か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜。キャラクターグッズ欲しいい〜〜〜〜。」
 
『流行りの癒し系と言えばよいのでしょうか。クマさんと美形青年、この意外な取り合わせが滑っている光景は、何ともはやファンタジーな雰囲気満点です。』
 
「けっ。でもクマだろクマ。」
「そ〜だよなあ。クマはね〜よなあ。オレ達、野郎を見に来たんじゃね〜し。」
「そうそう。やっぱ女の子だよなあ。」
「マネシナは美人だが、もっとこう、守ってやりたくなるよ〜な、そんな可憐な女の子いね〜かなあ。」
「全くだ〜〜〜。クマは論外だぜ〜〜〜。」
 
『一部の男性アイスダンスファンからは抗議の声が続いておりますが、ペアは極めて順調に滑っております。お、リフトしました。続いてそのまま空中で回転して背面へ着氷!これは素晴らしいです。よくあのもこもこであそこまで機敏に動けるものですね!何やら私、感動して参りました。』
 


氷上の二人はようやくリラックスしてきた。
「やっと身体があったまってきたわ・・・・。」
「お?やる気になったな?」
「まあね。こうなったら開き直りしかないわよ。さっさと滑って、やるだけのことはやるわよ。」
「それでこそリナだ。
それにしても・・・・・。」
「なによ?」
「楽しいな。」
「へっ!?」

着ぐるみの下でリナが目をぱちくりさせると、ガウリイはにこにこと笑っていた。
「なんかこうしてると、楽しいなと思って。・・・な、楽しくないか?」
「そ・・・・・・・。」
ガウリイの視線につられ、リナは辺りを見回す。
 

冬の日ざしはきらきら。
湖の氷は透明度の高い水のせいで濁りなく。
世界は一面雪景色。
樹氷もまた彩り。
その中を、風を切って滑る。
歩いたり走ったり、乗り物に乗ったときとはまた違う感覚。
 

「・・・・そ・・・・ね。」
リナもまた微笑んだ。
「楽しいなら、ま、いっか。」
「そういうこと。この際だから、楽しんじまおうぜ。」
「うん。」
 
 




次に続く。