『運命の出会い』

 
晴れやかな日。
人混みでごった返す街の表通りを、一人悠然と歩く男。
風になびく金色の髪。
空の青よりも透き通った青い瞳。
何人かの若い女が振り返る。
 
………ふ。まったく参ったな。
俺ってやつは、どうやってもモテちまうようだ。
ふふふ。
込み上げる笑いを何とか押しとどめ、何ごともなかったように歩く。
エモノを求めて。
そう。俺は運命の女を探して時を渡る旅人………じゃねえ、狩人。
いつか本物に出会うまで、数々の出会いを大切にするのさ。
 
さてと。今日はどんな出会いが俺を待ってるのかな。
ふふふ。
 
 
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、これ買ってかねえか。
うまいよ、安いよ!」
「え〜〜〜〜そう?」
子供のように高い女の声がした。
「お嬢ちゃんみたいに可愛い娘にはおまけしちゃうから!ねっ!寄ってきなって!」
「またまた〜〜。そんな事言っても騙されないからね〜〜?」
「ウソじゃないって!」
 
昼下がり、どこでもある光景。
屋台からかかる声と客のやり取り。
だが何故か心を惹かれ、俺は振り返った。
 
「おまけしてくれるってホント〜〜〜?」
「ホントもホント!とにかく見ていくだけならタダだから!」
「え〜〜〜。タダより高いものはないって言うじゃない〜〜〜」
「うちはそんなことはないよ!現地直送、新鮮素材、しかも中間マージンとってないからホント〜〜〜〜に安い!」
「でも〜〜〜」
「ま、ま、ひとつ寄っていきなって!」
 
八百屋の屋台からのぞいているのは、毛深いぶっとい腕のおやぢだった。
その時、俺の目が、屋台の前に立っているほっそりとした姿に釘付けになった。
 
「ホント〜におまけしてくれる〜?」
「するする!まあ何といっても今はこれが旬だしお勧めだね!見なよこの黒光り!焼いてよし煮てよし揚げてよし!何にでも応用がきくし、しかもうまい!」
 
女、というよりまだ少女のようだった。
つやつやの髪は栗色、紺色のリボンが泣かせる。
ふんわりとしたスカートとブラウスからのぞくのは、真っ白な肌。
小首を傾げた横顔は、まだどこかに幼さが残っているような。
それでいて、これから咲く大輪を匂わせているような予感がした。
 
……………………こ、これは。
 

「んじゃそれは?」
「おっ、こいつもうまいよ!ぷっくりと膨らんで、しかも見てみなこのヘタ!ヘタがしおれてないのは新鮮の証なんだよ。何たって朝採りがうちのモットーだから!」
「う〜〜ん。」
「他に何か気になるものはあるかい?」
「うん、そこのピーマンなんだけどね………?」
 
買い物に来てるということは、お使いか。
どう見てもまだ結婚してるようには思えないが、万が一ということもある。
………まあ、たとえ相手が人妻でも。
二の足を踏む俺ではないが。
 
「ピーマンを探してたのかい?」
「う〜ん、いや、普通のピーマンじゃないの。おっちゃん知らないかな、赤いピーマン。」
「お〜お〜お〜、知っとる知っとる!知っとるも何も、うちで扱ってるよ。」
「ホント!?どこにあるの、それ?」
「俺っちは兄弟でこの仕事をしてるんだ、兄貴の店なら置いてあるよ。ほれ、あの角だ。」
「嬉しい〜♪探してたのよ、おっちゃんありがとう♪」
「なになに。兄貴の店でたんまり買ってやってくれな!」
「うん♪」
 
軽やかな足取りで女が屋台から遠離ろうとしていた。
明るい笑顔。
華奢な体。
高い声。

……………………好みのタイプだ。
どうやらまた運命の人に出会ってしまったらしい。
ふ。天は俺に味方している。
 
「っっておい。」
天に感謝の祈りを捧げていると、女の姿がなかった。
さりげなく後ろからついて行こうと思ったのに、なんて足の速さだ。
「ち。」
慌てて俺は駆け出す。
運命の出会いを逃すわけには行かない。
 
 
 
 
 
 
「お嬢さん。」
「え?」
肩にそっと触れると、女が振り返った。
「あたし?」
「ええそう、あなたです。」
 
髪を振り乱して猛ダッシュしてきたとは、毛ほども悟らせない。
愛の狩人たるもの、日々の体力づくりは欠かせないのだ。
「実はあなたが落としたこのハンカチを………僕が足で踏んでしまいまして。」
そう言って見せる、少し汚れたレースのハンカチ。
「本当に申し訳ない。」
少し伏せた目に、憂いの色をたたえる。
ここできちんと謝らないと、相手は引っかかってくれないのだ。
「……………………。」
女の目がハンカチに注がれる。
「洗って返したいところですが、それよりもこのお詫びに、新しいハンカチをプレゼントさせてもらえませんか。」
心から申し訳ないという顔で、向かいの店を指差す。
もちろん、タイミングはばっちりだ。女性が好きそうな服や雑貨が綺麗に並んだ店。
「どうでしょう?よかったら好きなものを選んで下さい。」
「…………………。」
きょとん、とした女がこっちを見た。
 
な……………なんて可愛いんだ。
大きな目はきらきらと輝き。
肌と同じく白い顔は、小さく。
思わず頬を手で包みたくなる。
やはりまだどこかにあどけなさがあるが、あと数年たてば辺りをはらう美女になるのは間違いない。
欲をいえば背とボリュームにかける体だが、俺はどちらかというとスレンダー好みなのだ。
女は何といっても足である。と公言してはばからない。
その点からいくと、この女は満点だった。
………そう、これは運命の出会いだ。
 
「あたし………ハンカチなんて落としてないけど。」
もちろんこのハンカチは彼女のものではない。俺がいつもポケットに用意している七つ道具の一つだ。
「えっ………そうなんですか……?」
明らかにがっくりした様子を装う。
困ったなと辺りを見回す。
「あなたの後ろに落ちていたので、てっきり………。」
「他の誰かじゃないの?」
「そう………なんですか………。なんだ、残念だったな………。」
「え…………?」
よし、ひっかかった。
「せっかくきっかけができたと思って、少し喜んじゃって………。俺、馬鹿みたいですね………。」
へへ、と照れ笑い。
「声をかけてみたら、あんまり可愛い娘だったから………すごくラッキーだって思ったんですよ、たった今まで。」
そう言うと、また残念そうな顔を浮かべる。
「そうか………。いや、人違いしてしまってすいません。
あなたのハンカチじゃないのに、あなたを誘ったら……低俗なナンパになっちゃいますよね………はは………。」
自嘲気味な笑い声をあげ、最後に笑顔で頭をさげる。
「呼び止めてすいませんでした………。」
そして肩を落とし、去ろうとする。
この去り際が肝心だ。
 
「あの…………」
 
背中に、小さな声。
やった!これで万事OKだ!
ここでさっと振り返り、自慢の金髪をさらりと流し、青い瞳で見つめ返す。
「あの!でももし良かったら、お茶をご馳走させてもらえませんか……………」
 
…………って…………あれ……………?

振り返った先にいたのは、彼女だけではなかった。
いつのまにかわらわらと、むくつけき男共が四人ほど、俺達を囲んでいたのだ。

「ようようよう。お熱いねえ、見せつけてくれちゃって。」
「幸せそうでなによりだなあ。」
「そうそう。その幸せを、おれっちにも分けてくんねえかな?」

ああ。いやだいやだ。
このテの連中は俺がもっとも嫌いなタイプだ。
傍に寄るだけで、女にモテない菌が伝染しそうだ。
ごつい、くさい、暑苦しい。

「まあつまりだな、幸せのお裾分けってことでひとつ。」
「そうそう。無理な金額じゃないし。」
「幸せの薄いおれ達に思いやり予算……じゃない、思いやりカンパってことで♪」
「お財布を軽くしていきませんかあ?」

「……………………………。」
彼女が驚いた顔をしている。
ふ。面倒だが、ここはささっと追い払って、いいところを見せなくては。

「君たち。彼女が怖がっているだろう。やめなさい。」
「おうおうおう、何だぁ、この兄ちゃんは。やろうってのか、おれ達と。」
「へっ!チャラチャラしやがって、坊主におれ達の相手ができるのかよ。」
ずずい、と男達が俺の前に並ぶ。
ぶ、ぶっとい腕でやんの………………。
がしかし、ここで引くわけには行かない。
適当にあしらったら、自慢の足でとっととトンズラこく。
これだ。

「下がってて下さい。」
とっておきの流し目を送り、俺は彼女を庇おうと…………

…………………………………あれ??








次のページに進む。