『寄り添う想い』



「つ、疲れた…………。」
「全くだ……………。」
「足が棒です…………。」
「こりゃ、長丁場になりそうだな………。」

仲良し四人組は、宿屋に入って食堂のテーブルに身を投げ出していた。
「そんなに大きい町でもないのに………。」
「なんでこんなに噂話ばかりごろごろ………。」
「港町だからな…………。」
「全部確認するには、相当の時間がかかるぞ………。」
 

異界黙示録の話を聞いて回った四人は、その噂話の多さに閉口した。
やれ東の町で見かけただの。
船で行き来する町にあっただの。
旅の商人から聞いただの。
うんざりするほどの話が聞けたのである。

「うだ〜〜〜〜。こーいうぢみちな作業ってあたし、苦手なのよね………。」
テーブルの上に頬をぴったりとつけて、リナがぶつぶつと文句を言う。
「仕方ありませんよ、リナさん………。
どれがただの噂で、どれが価値ある情報なのか、区別がつかないんですから…………。」
さすがのセイルーンの元気少女も、声に力がない。
「とにかく、根気よく潰していくしかないぞ、片端から………。」
他には忍耐を示さないゼルガディスも、ことこの件に関しては別である。
一人なんとか起きていて、忘れないうちにメモを取っていた。
 
「そういや………ランツのやつ、どうしたろうな。」
リナの向い側、ほとんど頭同士が触れそうな距離で、ガウリイが呟いた。
リナがなかば投げやりに答える。
「そういえば、町じゃ見かけなかったけど。
ミワンは会えたのかもね。………いとしの人に。」
「さあ……………………。
って!?」
アメリアががばりと跳ね起きた。
「いとしの人って!?リナさん、何か知ってるんですかっ?
ミワンさんが探してる人について?」
「それは俺も初耳だぞ。」
ゼルガディスもメモを取る手を止めた。

リナはだるそうにまだテーブルに突っ伏したまま、目を閉じた。
「そんなの、大体わかるでしょ〜よ。
一国の王女、もとい、王子が、贅沢な生活を離れてこんな田舎くんだりまで出てきてさ。
会いたい人がいるって聞けば、女だってゆーし。」
「だ、だって、ミワンさん、見かけは女じゃないですか!」
「見かけは女かも知れないけど、一応、中身は男なんだし。
あれだけ思いつめて探すとしたらやっぱ、肉親じゃなきゃ、恋愛絡みなのと違う?」
「えええええっ!!」

アメリアの黄色い声に、リナはようやく片目を開けた。
「そんなに驚くこと?考えればわかるっしょ。」
「いいえ、そうじゃなくて!」
「じゃあ、なによ。」
「私が驚いてるのは、ミワンさんじゃなくて、リナさんのことですよ!!」
「へ?」
ぼんやりと尋ね返すリナに、アメリアは目に星を浮かべてきらきらと輝かせながら答えた。
「だってだって、リナさんがそんなに男女の恋愛に鋭いなんて!!
私、リナさんを誤解してました!!」
うるうる。
手を組んでかなり嬉しそうな顔だ。

リナはげっと青ざめ、慌てて顔を起こしてぱたぱたと手を振る。
「ち、ちょっと。やめてよ、それ。
単なる観察の結果なんだから。大騒ぎするほどのことじゃないでしょっ?」
「いいえ!リナさんにしては快挙です!!
早速セイルーン王立図書館の魔道士録に、大幅に書き換えが必要ですっ!」
「ま…………魔道士録??」
「ええ!
リナ=インバース、凶悪にして野蛮なる粗暴きわまる黒魔道士。
しかしてその実体は恋愛にはちょーオクテ!という項目を!!」
「ア……ア………ア〜〜〜メ〜〜〜リ〜〜ア〜〜〜〜〜っっっ!!!!
あんた、聞き捨てならないことをんな大声できっぱりとよくもっ!!
ええいっ、そこになおれ〜〜〜〜〜いっっっ!!!」
「んきゃあああああっ!!そ、そんなつもりでは決してっっ!!
ただちょっと素直に………いやぁああっ!!リナさん、許して下さいいいいいい!!!」
「許さな〜〜〜〜い!!」

目を釣り上げて席を立ったリナの首ねっこを、誰かが捉まえた。
「あ?」
「こら、いい加減に静かにしろ。他のお客さんの迷惑だぞ。」
ガウリイだった。
隣のアメリアに迫ろうとしていたリナを止め、両脇の下に手を入れて、背後からひょいと事もなげに持ち上げる。
「止めないでよ、ガウリイっ!!元はといえば、アメリアがっ!」
ぢたばたと暴れるリナ。
「あのなあ。ここで騒ぎを起こしてみろ、明日からまともな聞き込みなんかできないぜ?」
「…………hっ。」
ガウリイに持ち上げられた格好のまま食堂を見回してみれば、すでに好奇の視線の的になっていたことがわかった。
しぶしぶ怒りを納めるリナ。
「わっ………わかったわよ。わかったから、とにかく降ろしてよ。」
「わかったんならそれでいい。」
 
そう言うと、ガウリイはリナを降ろさずにそのままテーブルを周り、椅子の上にすとんと降ろした。
「んもうっ!レディはもうちょっと慎重に扱ってよねっ!」
腕を組んでぶうたれるリナに、ガウリイはふっと笑うと、今度は躊躇なく手を伸ばし、その頭を撫でた。
「はいはい。レディになったら慎重に扱ってやるよ。
そのためにはしっかり食って、大きくならんと。」
「ちょっと!あたしのどこがまだレディじゃないってゆーのよっ!?
17って言ったら、もう社交界デビューはとっくに過ぎてるんですからねっ!」
「そうだなあ………。」
顎に手を当てて考え込む素振りで席についたガウリイは、にこやかに答えた。
「どこがって言われたら、やっぱりあれだろ。…………胸。」
「!!!」
はらはらと二人を見守っていたアメリアは、テーブルの下の攻防を知らなかった。
リナのブーツがガウリイの足を思いきり蹴飛ばしても、ガウリイは涼しい顔を崩さなかった。
「…………はあ。」
前途多難な旅と二人の行く末を案じ、一人いらぬ重荷を背負うアメリアだった。
 
 
 




 
 
やがて食事が終わる頃、げっそりとした顔でランツが戻ってきた。
その後ろに、ミワンが申し訳なさそうについてくる。
「ランツさんが、急に元気がなくなって。
私のせいであちこち引っ張り回してしまったからですね。」
「……………………。」
ランツはうらめしそうにミワンの顔を見つめ、長々とため息を吐いた。
「悪いが………俺は一足先に休ませてもらうぜ…………。」
そう言うと、逍遥とした足取りで階段を昇っていった。
その後ろ姿を、ミワンが心配そうに見送る。
「体の調子でも悪いんでしょうか………。」
「いや、気にしなくていいから。」
たははと笑ったリナには、何があったのか大体察しがついていた。

「で、ミワンさん。
探していた人には会えたんですか?」
この質問に、ミワンの顔が一気に明るくほころんだ。
頬を薔薇色に染め、彼女(彼)は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。会えました。」
「で?」
「会えたには会えたんですが、フラれてしまいました。」
「えっ。」
リナの背後で話を聞いていたアメリアが口に手をあてる。
「フラれたって…………。」
「一緒に国に来てほしいって言ったんですけどね。見事に断わられてしまいました。」
そう言いながらも、ミワンの頬はまだ染まっていた。
「でも、諦めないつもりです。
彼女には是非、私と一緒に国を治めて欲しいですから。」
「ええええええええ!」
リナの推察通りだった事を知り、アメリアは腰を抜かすほど驚いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ガウリイは夜中にはっと目を覚ました。
ランツに耳もとで叫ばれたように感じたが、当のランツは隣のベッドでヤケ飲みした顔を真っ赤にして、ごーごーと高いびきをかいて眠っていた。
反対側のベッドでは、ゼルガディスがたまらんとばかりに枕の下に頭をつっこんで、これも眠っているようだった。
「…………………………。」

窓から差す月明りの中、ガウリイは所在なげに、ぽりぽりと頭をかいた。
「何であんな夢、見ちまったのかな…………。」

その耳に、夢でも響いたあの声が谺する。
何故その言葉が頭から離れないのか。
わからなかった。
 
『嬢ちゃんがホントに結婚しちゃったら、兄貴はどうするんだよ〜〜〜〜っ!
来賓席で、拍手してやんのかよっ!?
出てきた花嫁と花婿に、花を捲いてやんのかよっ!?』

 
夢の中で、小柄な少女が白いドレスを着て立っていた。
薄いベールの向こうで、その表情はよく見えない。
よく知っているようで、その実どこか、知らない初めて会う人間のように思えた。
レースの長手袋を嵌めた華奢な手は、小さな花束を抱えている。
いつか見た光景だった。
ステンドグラスを透かして落ちてくる、さまざまな光の模様の中。
赤い絨毯の上を歩いてきたその少女が、立ち止まった。
誰かがその前に立って手を差し伸べている。
ベールを持ち上げるのが見えた。
その下にいたのは、彼がこれまでずっと守ろうとしてきた少女だった。
 
 
ガウリイは手を開いて閉じ、また開いた。
窓の外を見ると、離れから白い煙がうっすらとあがっているのが見える。
そういえば、この宿には一日中でも入れる温泉が湧いていると、聞いたことを思い出した。
「風呂でも入って、さっぱりしてくるか………。」
誰に言うでもなくそう呟くと、ガウリイはベッドから出た。
 
 
 






 
 
 
ぼそぼそ…………
ぼそぼそ‥‥‥‥
 
宿の二階から離れへと続く、屋根のついた長い渡り廊下を歩いていたガウリイは、ふと下の方から聞こえる人の声に気がついた。
二人の人間が声をひそめて、何かを話し合っているようだった。
「?」
手すりから身を乗り出し、ひょいと下を覗き込む。
少し離れた庭石の上に、見覚えのある人影があった。
「………リナ?と…………あれは………?」
目を凝らしてみると、それは浴衣姿のリナとミワンだった。
夜とはいえ、これから夏へと向かおうとしている、暖かい風が南から吹いてきていた。
その風が、二人の会話をガウリイのところまで運んでくる。

 

「へ〜〜〜。親衛隊長だったんだ、その人。」
「ええ。常に私の傍にいて、私を守ってくれていました。」
「男子禁制の国だもんね。親衛隊長も女の人ってわけか。」
「誰よりも私のことをわかってくれて、誰よりも心の優しい人でした。
いつも自分の立場から逃げることしか考えていなかった私を、よく諌めてくれました。」
「その辺はあたし達も知ってるもんね。で、なんでその人がこんな遠くの町に?」
「実は………つい先頃、私に縁談がありまして。」
「ほうほう?」
「相手は隣の国の王女だったんですが、母がどうしてもと聞かなくて。
でも私は、その頃にはもう、彼女への思いが募っていましたし。
縁談をお断りしようとしたら、彼女が…………。」
「ああ。身を引いちゃったわけね。んで、姿を消した、と。」
「ええ………。」
 
綺麗に刈り込まれた生け垣の前で、ミワンがすらりと立ち上がった。
長い黒髪が闇に溶けていくようだった。
「でも私は………心は彼女に決めていましたから。
だから国を出て、こうしてやって来たという訳です。」
「なるほど。………で、これからどうするつもり?
あなたの為に身を引くような人じゃ、簡単には頷いてくれないと思うわよ?」
「ええ………そうですね。でも……………。」

「でも、諦めるつもりはないんでしょ?」
ミワンの先を引き取ったリナは、大きな庭石の上で体を伸ばした。
「だって昨日と今日じゃ、顔が全然違うもの。
やっぱり会えて嬉しかったんでしょ?」
そう言ってふわりと微笑んだリナの顔に、月光が柔らかな光を投げかけた。
風が遊ぶ髪の端が口に入り、細い指がするりと引き抜く。

 
ふとガウリイは、自分の手に残った、あの小さなパールのことを思い出した。
岩の上で。
長い浴衣をたくしあげて着ているリナが、見ることができなかった姿に見えた。
白い肌、憂いを秘めた瞳で誰かを探していた、寂しい人魚姫に。
 

ミワンの答える声でその幻想は消えたが、ガウリイはその場を去ることができなかった。
「ええ。諦めるつもりはありません。
………だって、彼女の傍こそが、私が私でいられる場所なんですから。」
「………………………」
その言葉に何を思ったか、リナが黙り込んだ。
「私が私でいられる場所、か…………。」
呟いた声は、ガウリイにもかろうじて拾える程度に小さかった。
ミワンは微笑むと、リナの前に立った。
「リナさんにもありますよね。リナさんが、一番リナさんらしくいられる場所が。」
「………………………。」
「もし同じ立場だったら、リナさんは諦めますか?
失っても構いませんか?その場所を?」
「………………………。」
「当たり前になってしまって、気づかずにいるのではありませんか?
でもそれが大事な場所だってこと、あなたならわかっているはずですよね。」
「…………………………。」
 
伸ばした足を、リナは見つめていた。
足を組みかえると、細い足首の先で、かたかたと下駄が鳴った。
「あたしはあたしだし…………。いつでも、どこでも、あたしはあたしよ………。
急に変われやしないし、無理に変わろうとは思わない…………。」
 
真直ぐに前を見つめるその顔は、ガウリイもよく知っていた。
迷いのない瞳。
行き先を知っている瞳。
自分の足下を見誤らない瞳。
「それがたとえどんなに大事でも、いつかは無くしてしまうかも知れない。
居心地いいからってだけで、いつまでも続くものじゃないってわかってる。
でも、それに怯えて生きていたくない。
自分を変えてまで、無理に続けようとも思わない。」
意志の強さを秘めた声。
自分の内面を見つめることができる声。
 

ガウリイは目を閉じる。
そうだよな。と、心の中で頷く。
何も知らない子供じゃないことは。
一番子供扱いする自分が、一番よく知っている。
彼女が、自分の歩く道を一人で選べることくらい、とっくに。
時には非情なほどきっぱりと切り捨てる。
自分の弱さを、甘えを。

そんな彼女だからこそ。
今まで守ろうと傍を歩いてきたんじゃないのか。
 




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