「呪いのガ=クラン」

 
 
 
らりっ…………
 
妖しげに揺らめく蝋燭の灯の下で、二つの影が蠢いていた。
しなびた手がテーブルに黒い布の塊を広げる。
「こちらの品でございます………。」
それは街の裏通りにある、怪しげな雰囲気のマジックショップの中だった。
店の奥からいわくありげな逸品を出してきたのは、店の主だ。
「うむ、これか。」
興奮を押し殺した声を出したのは、もうひとりの人影だった。
茶色くのっぺりした顔は、四隅に角があり、両目と口の辺りに切れ込みが入っている。
どうも人の頭にすっぽりと被せられた、ただの紙袋のように見えるが……。
問題はその下だ。
申し訳程度の布きれで覆われたボディ、丈違いの長いブーツ、加えてツノの生えた防具類。
一度見たら忘れられない服装だった。

これぞ頭隠して尻なんとやらの典型ではないかと店主は思う。
思うが、そこは客商売。
にっこり笑って品物を差し出す。
「伝説級の代物ですので、扱いには十分お気をつけて……」
「わかっておる。……効き目は確かだろうな?」
「それはもちろん。
これのおかげで不幸になった者の数は、数え切れませぬ。」
「そちも悪よのう。」
「いえいえ、何をおっしゃいます。お客さまこそ。
して、代金の方は………」
「うむ、まずは手付けじゃ…………
きゃぁ〜〜〜〜〜っ!!ちょっと!!いやん、拾ってぇ〜〜〜んっ!!
内職で溜めた大事なお金が〜〜っっ!!」

ちゃりんじゃりんと音を立てて、小銭をばらまいた客は騒ぎ出した。
店主は密かにため息をつく。
もしかして、とんでもない客に売り付けてしまったのではないだろうか、と。
ほ〜〜〜ほっほっほ!
見てなさいよ、リナ=インバース!!
この呪いの民族衣装で、今度こそお前を不幸にしてやるんだから!!」
いつのまにかジャリ銭そっちのけで、客は高笑いを始めた。
 
 








 
 
「あ〜〜〜まだ体が痛い〜〜〜」
朝食の席である。
我らが主人公、リナ=インバースがテーブルに突っ伏していた。
本人言うところの『美少女』で『天才』かどうかは確実に証明できないが、確かに魔道士らしい服装をしている。
肩防具にひきずりそうな黒いマント、護符だらけのアクセサリーや貫頭衣だ。
「………当たり前だ。
途中で効力が切れたからいいものの、そのままつっこむとは考えがなさすぎる。」
カップを片手に、呆れた様子で呟いたのは白装束の青年だった。
銀色の髪、人とは異なる肌のキメラの剣士ゼルガディスだ。
「大分無茶をしましたからね、リナさんてば。」
横から口を出したのは、セイルーン国の王女で英雄かぶれのアメリア。
事情を知っているだけに、口ぶりが同情的だった。
二人はある事件からリナと行動を共にしている。
いわば旅の連れだった。

「そーいや……なんでマルチナと戦ってたんだっけ?リナ。」
コーヒーに砂糖を入れながら、のほほんとした口調で言ったのはガウリイ。
金髪碧眼長身の美青年で、伝説の剣の持ち主、剣の腕は超一流、でも頭の中身は超三流。
そして他の二人よりも早く、リナと旅を始めた剛胆な度胸の持ち主でもあった。
本人いわく、単に我慢強いだけかも知れないが………。
自称、リナの保護者だ。
「………………………。」
リナはその問いには答えず、疲れた顔をぐったりと伏せただけだった。
「……だからだな、ダンナ。
マルチナのやつが、国を滅ぼされた逆恨みでリナを狙っていて。
リナのバンダナに呪いをかけただろう。
相手に与えた痛みが自分に返ってくるとゆー、ある意味恐ろしい呪いを。」
ゼルガディスが代わりに説明する。
「……………ああ。思い出した!」

ぽんと手を叩いたガウリイは、やや青ざめた顔で人さし指を立てた。
「それをオレに教えるために、ゼロスがひでー目に会わせてくれたっけ。」
ぐわばっ!!
それを聞いたリナが跳ね起きた。
ちょっと!!!聞き捨てならないわねっ!!
ひでー目に会ったのは、あたしの方よっっっ!!
あ……あろうことかあんたわ!!
あたしの胸触っといて、小さいとかぬかしたじゃないのよっっ!!」
「しっ、仕方ないだろ、あの時はゼロスに無理矢理……」
小さいと言えと言ったの、ゼロスが!!」
「…………そっちか………」
「と………ともかくだな、呪いを消すためにマルチナと呪文で戦ったわけだ、リナが。
そのおかげで、今朝は体が痛いんだそうだ。」
話をまとめようとするゼルガディス。
「まあ他にも、リナさんには戦う理由がありましたけどね。」
ため息をつくアメリア。
「他にも?何なんだ、リナ、その理由ってのは?」
きょとんとしたガウリイにのぞきこまれて、リナの顔がかあっと赤くなった。
何故か慌てた彼女は、その場で立ち上がろうとした。
「ちょっとアメリア、余計なこと……」
 
がっっしゃん!!
じょばじょばじょばじょば…………
 
うぁちいっ!!
その隣でガウリイが飛び上がった。
立ち上がったリナに驚いた給仕が、お盆の上のポットをひっくり返したのだ。
芳醇な香りを辺りに漂わせつつ、紅茶はガウリイの頭に命中した。
「も!申し訳ありませんっっ!!こここれをっ!!」
給仕が腕にかけていたタオルを差し出す。
「だ……大丈夫、ガウリイ………?」
受け取ったリナがおそるおそる拭いてやるが、髪から服からびっしょりだった。
おまけに頭から湯気が立っている。
「いよっ、紅茶もしたたるイイ男っ!ニクイね、このこのっ!」
「………お前なあ…………」

「ああああのっ、よろしければ着替えがありますので、どうぞ奥へ……!」
すっかり怯えた給仕がガウリイの腕をつかんでぐいぐい引っ張っていく。
「い、いや、いいって。オレは………」
「いいいえっ!!そうはいきませんっ!!
とっておきの服がありますから、お借しいたしますっ!!ささ、遠慮なさらずっ!!」
「いいじゃない、ガウリイ。借りてきなさいよ。そのとっておきの服とやらを♪
ほら、そのままじゃ風邪引いちゃうし。」
「リナ………お前………面白がってるだろ………。」
「べっつにぃ〜〜?」
「ウソだっ!!目が笑ってるぞっ!!」
「ぢゃ、お願いしますね〜〜♪」
「おいっ!!」
 
強引にずるずる引っ張っていかれたガウリイが姿を消すと、リナはくすくす笑いながら席に戻った。
「んねっ、とっておきの服ってどんなだと思う?
脇の下に白いフサフサがついてて、動くとばっさばっさ広がるやつとか?
袖が7段フリルになってて、全部色が違うレインボーなやつとか?
くっくっく……こりゃ楽しみね〜〜っ!」
「…………………………。」
「…………………………。」
ゼルガディスは黙ってコーヒーを啜り、アメリアはしたり顔で黙ってリナを見つめた。
「………何よ?二人して黙っちゃって。」
「いえ、何でも。」
と言いつつ、訳ありげな含み笑いをするアメリア。
「な、何だってゆーのよ!?」
「いいええええ。
ただちょっと、リナさんが可愛いな〜〜って♪」
「か………可愛いっ!?
「さっき、答えてあげれば良かったですね。
マルチナさんとの戦いで、リナさんがあれだけムキになっちゃった理由を、ねえ?」
うぷぷっと吹き出しながらアメリア。
「マルチナさん、とんでもない計画立ててましたもんね。
ゾアナ王国復活に向けて、ガウリイさんを夫にするとか、子供は何人欲しいとか♪
ガウリイさんが婚約者だとか、ダーリンvなんて呼んでたんですもんねえ。
……リナさんがムキになるわけですよね♪くす♪」
「な……………」
リナの顔がみるまに真っ赤になった。
なななななななななななにを言ってるかなアメリア!!
ああああああたしに何の関係が……」
「あ、ガウリイさん。」
「ごまかしても無駄よ、アメリア!今日という今日は………」
「いえ、本当にガウリイさんが出てきたんですってば。
へえ、あれがとっておきの着替えですか………。」
「へ………………?」

 かっくん!
 
振り向いたリナの顎が外れた。
頬をかきつつ現れたのは確かにガウリイだったが、それが予想外の服装だったのだ。
「んな………なにそれ………?」
その場にいる全員が、初めて見るものだった。
全身真っ黒の衣装だ。
詰まった襟元の上着と、中央に折り目のついたズボンが揃いの生地でできている。
リナが期待していたような派手な飾りは一つもない。
ただ目立つのは、上着の胸許に縦一列に並んだ金色のボタンだった。
「服……ですよね、確かに………。でもなんていうか………
ちょっと変わってますよね………?
軍服……に見えないこともないですが……。」
「俺も旅の間で見たことはないな………」
口々に言う仲間の言葉に、ガウリイも首をかしげる。
「エルメキアにもこんな服はなかったぞ。
オレだって、何がなんだか………」
 
がたんっ!

その時、隣のテーブルから椅子を蹴って立ち上がる音がした。
「おお、それは…………!!
老人がしゃんと腰を伸ばして、ガウリイを指差していた。
懐かしいのうっ!それは昔、この辺りで着ていた民族衣装じゃっ!
それも若い男が着るもんでのう!」
「へ〜〜〜。この辺の民族衣装なんだ〜〜〜。」
リナが話に乗ると、老人は嬉しそうに先を続けた。
「おう。儂のひいじいさんが着たことがあってな!
絵で見たことがあるんじゃが、懐かしいのう!
これにはの、ある言い伝えも残っておるんじゃ。」
「言い伝え?」
「それはな…………」
老人が言いかけた時だった。
 
ピシッ!
 
「危ないっ!」
ガウリイが咄嗟にリナと老人を床に引き倒した。
アメリアとゼルガディスもそれにならうと同時に、テーブルの上で轟音が上がった。
「な、なんだっ!?」
下に隠れていたゼルガディスが顔を起こすと、もうもうと埃が立っていた。
辺りには、砕けた木片と蝋燭が数本散らばっている。
「あっぶな〜〜〜〜!上から照明が落ちてきたんだわ。」
しゃがみ込んだガウリイの下から、リナと老人が這い出してきた。
「ありがとうよ、兄ちゃん。
あそこにおったら車輪の下敷きになっとったわい。」
「でも一体何で………」
うわ、手が滑ったぁっ!!そこの人ぉっ!!気をつけろおっ!!」
今度は少し離れたテーブルから別の声が上がり、空の皿が勢い良く飛んできた。
ガウリイの頭をめがけている。
「ガウリイ!」
「っと!」
 
すぱっ!
 
ガウリイが咄嗟に上げた手に、皿はぴたりと収まった。
「な………なんだあ?」
さすがに驚いた顔で、ガウリイが立ち上がる。
きゃ〜〜っ!すっぽ抜けたぁっ!フォークがっ!!」
反対側のテーブルから、今度は若い女性の悲鳴が上がる。
うわ、こっちはナイフだ、すまんっ!」
奥のテーブルからも男の声が。
金属の光沢を放ちながら、鋭く尖ったフォークとナイフが飛んでくる。
それもまた、ガウリイに向かってである。
「危ないっ!!」
思わずリナが叫ぶと、ガウリイはぱっと皿を放り投げ、両手を素早く左右に動かした。
しゅびびっ!
その指にはどうやったのか、フォークとナイフがしっかり挟まれている。
そこへ皿が落ちてきて、ガウリイは一旦フォークとナイフから手を離す形で皿を受け取った。
その上に、ちゃりんちゃりんとフォークとナイフが収まる。
 
おおおっ!
 
食堂から驚きと賞賛の声が上がった。
「すげえぞ、兄ちゃん!」
「大したもんだ!」
「並の反射神経じゃないな!」
「すまんかったな、怪我はなかったか!」
「ごめんなさい、急にフォークがすっぽ抜けちゃって!」
「は………はあ。」
両手にフォークとナイフの乗った皿を持ち、ガウリイが覚束なげな顔で仲間を見下ろした。
「なあ………これって………何がどうなってるんだ?」
「………う〜〜〜ん…………」
三人は腕を組み、難しい顔をして唸った。

「物が落ちて来たり、飛んできたり………。
それも全部ガウリイを狙ってくるなんて………。
偶然にしちゃ、でき過ぎよね……。」
リナは眉を寄せた。
「どの人も、嘘をついてわざとやったようには見えませんが………」
とアメリア。
「わざとにしても……まだこの街に来て日が浅いしな………。」
ゼルガディスが顔をしかめる。
「わかんないわ………。」
リナは顔をしかめてガウリイを見上げる。
「まー、確かに顔はいいかも知れないけど。
脳みそが沸騰してる男を恨んでも、何の得にもなんないと思うんだけど………。」
「おい………」
ガウリイが思いきりジト目でリナを見下ろす。

はうっ!?
老人がいきなり絞め殺されそうな声を出した。
「ど、どしたの、おじいちゃんっ?」
「こ……ここれはもしや、あの……伝説の……?」
「で……伝説………?」
「何か知ってるのか、じいさんっ!」
四人に囲まれ、老人は顔を真っ青にして震え上がった。
「あわわわ………いや、わしはただ思い出しただけで……」
「何でもいいから教えて!何が伝説なの?」
「いや……あの、ひいじいさんから聞いただけでうろ覚えなんじゃが………
あの民族衣装『ガ=クラン』には……伝説の一着というのが存在しておってな……。
それを着た者には………」
「き………着た者には…………?」
リナが先を促すと、老人はごくりとつばを飲み込んで言った。
不幸のガ=クランと申してな………!
漏れなく、不幸のおまけがついてくるんじゃよ………!」
「ふ………不幸!?!?
四人は顔を見合わせ、素頓狂な声を出した。

老人はガウリイの服を見つめ、ぶるぶると震え出した。
「そうじゃ………伝説によると………!
それに袖を通した者は、ありとあらゆる物が四方八方から飛んでくるので……しまいには物が何もない荒れ地で一人で住んだという話じゃ……。
他にも、空からありとあらゆる物が落ちてくるというので………
天井の低い、狭い洞穴に住んだりとか………。
女性にフラれ続けて一生独身で、事業に失敗し………
犯罪に手を染めて獄中生活を送った者も………。
やることなすこと裏目に出るわ、危険な目に会うわで、みな不幸になったという噂じゃ……!!」
効果音をつけるとしたら『ゴゴゴゴゴ』という地鳴りが相応しい重大発言だった。
リナは頭をかかえる。
「んなアホな…………。」
「アホではない。真実じゃ!!
とっくに処分されたと聞いていたが、もしかすると………。」
「ガウリイが着てるのが、その伝説の一枚、とか……?」
「まさか、ねえ………?」
全員が振り返り、ガウリイは力なく笑った。
「まさか、なあ………?」
だが手にした皿の上には、いつのまにかフォークとナイフの本数が増えている。
老人が話している間も、食堂中から飛んできたらしい。
 
「あの〜〜〜〜〜。」
アメリアがおそるおそる手を上げた。
「もしそれが不幸の民族衣装だったなら、脱いじゃえばいいんじゃないですか?」
「!」
リナの頭に蝋燭の灯がついた(イメージです)
「なるほど!脱ぐのよ、ガウリイ!」
「え、ちょ、ちょっと待て、ここで!?
オレ、この下は何も………」
焦るガウリイを押し倒し、馬乗りになるリナ。
「いいから脱ぐ!!命と恥じらいとどっちが大切か!!」
「んな大袈裟な………こ、こら、脱がすなって!!自分で脱ぐから!!」
「え〜〜い、よいではないか、よいではないか!!」
「………お前は善良な娘をかどわかした悪徳代官か………」
「リナさん、何か楽しそうですね………。」
第一ボタンを外し、第二ボタンにとりかかった時だった。
 
ビリビリビリリッ!!!
 
稲妻が走ったような音がして、全てのボタンが金色に輝いた。
「うきゃあっ!!」
途端にリナが弾き飛ばされ、隣のテーブルまで吹っ飛んだ。
「リナっ!」
「リナさん!!」
目を回したリナに、アメリアが駆け寄る。
「は………はらほろひれはれ??」
ぶ〜〜〜〜!!!ダメ、ダメなんじゃよ!!」
老人が両腕で大きくバツを作ってしきりに首を振っていた。
「一度着ると、持ち主が死ぬまで離れないんじゃ!!
無理に脱いだり脱がそうとすると、電撃が走ったり吹き飛ばされたりするんじゃよ!」
「な………なんですって!!」
その時、またナイフが飛んできて、リナの頭のすぐ上を通り抜けた。
「うひゃあっ!」
「このままじゃ、周囲の人間にも危険が及ぶぞ!」
辺りを見回すゼルガディス。
「どこか避難する場所は………」
バタバタバタッ!!
リナは老人の元に駆け付けると、襟首をひっつかんで揺さぶった。
「おじいちゃん。もっと何か知らない?
伝説の不幸のガ=クランについて!!
知ってたら教えて!!今すぐよ!!」
「そ、そんなに、ガ、ガクガクされると、こ、答えられん、わ!」
「あ、ごめん。」
「………うむ。ごほん。儂の家に来るかね。
何か手がかりがあるやも知れん。」
「行くわ!!」
 
 
 



彼らが去ってしばらくのことだった。
暗がりからすっと人影が進みでる。
茶色の紙袋こそ被っていないが、昨晩マジックショップにいた怪しい人物と同じ服装の少女だった。
「とんだ計算違いだわ………!
リナに着せるはずが、手違いでガウリイ様………
もとい、ガウリイが着てしまうとは迂闊!
これでは私の野望が、リナへの復讐がなりたたないじゃないっ……!」
碧の巻き毛につり目の猫目。
思い込んだら茨の街道まっしぐら。
こんな遠回りでリナに嫌がらせをかける人物は他にいるまい。
リナにはずみで滅ぼされたゾアナ王国の元王女、マルチナその人だ。
「まあ、いいわ。
不幸のガ=クランを着たガウリイの傍にいれば、リナにも不幸が訪れるはず!!
早速見届けなくちゃ!」
マルチナはがさがさと紙袋を取り出すと、頭にすっぽり被る。
と、暗がりから暗がりへと移動。
………真っ昼間ともなれば、それが不審を通り越して怪しさ大爆発である事にも。
本人は全く気づいていないようだった。
 


 


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