「呪いのガ=クラン」



四人と老人の一行は表通りを歩き、中央の広場を通り過ぎた。
その間に起きたでき事は、ある意味見物だったと言っていい。

「ああっ、家宝の壷がっ!!」
二階から素焼きの壷。
「お兄ちゃんごめん〜〜!」
子供達の群れから、革のボールが。
「ぬおおおおっ!売り物がっっ!!」
屋台の棚から大量のとうもろこしが。
「きゃ〜〜〜〜っ!!洗濯物が!!」
物干しからラクダのシャツが。
「ばぶうう!!」
赤ちゃんの手から風車が。
どれもこれもガウリイめがけて、一直線に飛ぶか落ちるかしてくるのである。
「!」

しぱたたたたっ!!!!

だが、ガウリイは怪我一つ負わなかった。
驚異の反射神経で全てそれを受け止めたのだ。
「よっ!」
壷でボールを受け。
「はっ!」
シャツでとうもろこしを防ぎ。
「んっ!」
風車を口でくわえて事なきを得るガウリイ。
「お〜〜〜〜!」
残る4人は安全地帯から揃って拍手。
さすがに恨めしそうな顔で、ガウリイが振り返る。
「お前らなあ。少しは手伝ってくれてもいいじゃねーか。」
「いやあ、いいお手前で。さすがダンナ。」
額をぺちんんと叩きながら、愛想笑いを浮かべるリナ。
「しかしこーなると、本当に伝説の不幸のガ=クランて気がしてきましたね。」
「不幸はともかく、何かを引き寄せる魔法効果がかかっているようだな。」
「そーね。まあ呪いの一つみたいなものかな。
仕掛けさえわかれば、何とかできるかも。
ひいおじいさんの日記とか残ってるといいんだけど。」
「おお、それなら大丈夫じゃ。」
老人は請け合い、一軒の石造りの家の前で立ち止まった。
「日記も何も。
本人から聞き出せばよいだけで。」
「ほっ………本人っ!?!?
 
開いた扉から、長い顎鬚をたくわえた老人そっくりの老人が出てきた。
「なんじゃ、わしに何か用かの。」
「父さん、ひいじいちゃんは。」
老人が声をかけると、またもうひとりそっくりの老人が出てきた。
「なんじゃ、わしに何か用かの。」
「じいちゃん。ひいじいちゃんは。」
さらに出てきた老人は、やはりそっくりだったが一番鬚が長かった。
「なんじゃ、わしに何か用かの。」
「おお、ひいじいちゃん。
この若いもん達がな、ひいじいちゃんに聞きたいことがあるそうでな。」
「わしにか。おお、入れ入れ。」
「入れ入れ。」
「入れ入れ。」
「むさ苦しいところじゃが、入っておくれ。」
ひょこひょこと老人が四人並んで、玄関の中に消えた。
「む……ちゃくちゃ物持ちのいい一家だな………。」
「や………物じゃないから…………。」
ガウリイの素直な感想に、リナの入れた突っ込みは力なく。
アメリアは何故か惚けたように、ハイホーハイホーと呟いていた。
 





 
家は縦に長い造りで、居間も細長い形をしていた。
かなり古くに建てられたものらしい。
縦に幾筋もの亀裂が入っているが、丁寧に修繕した跡があった。
長細いテーブルがあり、リナ、ガウリイ、アメリア、ゼルガディスの四人が座り、反対側に四人の老人が腰を落ち着けた。
壁には代々の主人の肖像画がずらりと並んでいたが、どれもそっくりの顎鬚を生やしていて区別がつかない。
「ここってまさか………コピーの研究所とかじゃないわよね。」
目を半開きにしたリナが呟くと、口に指を当てたアメリアが顔をしかめる。
「しいっ!失礼ですよ、リナさん!」
「え〜〜〜ごほん。
一番端の、食堂にいた老人が口を開いた。
「じゃあまず最初のお題は、好きな食べ物の名前を………」
老人が口を開いたところで、リナがはりせんを取り出した。
「フィー○ングカップルかっっっ!!!
ふ・ざ・け・な・い・で・く・だ・さ・い!」
ばしばしとテーブルをはりせんで叩く。
「ちょっとしたお茶目なのに。」
老人が目を潤ませる。
「お茶目いらんわっ!!こっちは大変なんですってばっ!
仲間の一人がこれじゃ、おちおち旅にも出られないでしょーがっ!!」
「それに、仲間が不幸になるのを、みすみす黙ってみているわけにはいきません!!」
拳を固めるアメリア。
「まあ、巻き添えを食うのはごめんだからな。話を聞こうか。」
ゼルガディスが言うと、老人たちは顔を改めた。
 
おォおォオ………!
いきなり大声を出して、顎鬚の一番長い老人が立ち上がった。
手がぶるぶる震えている。
「そ、それは伝説の、不幸のガ=クランでわないくわっ………!」
「や……やっぱり!!何か知ってるの!?」
「おうおうおう。何でも一番最初に袖を通した者が、不幸続きでの。
その不幸が乗り移ったように、着た者全てに不幸が訪れるようになったのじゃ!」
「本当だったのか…………」
呆れるガウリイ。
「………なんて端迷惑な話だ………。」
「それで!?もっと何か知りませんかっ!?
このガ=クランを脱がす方法とかっっ!!
あたし達、困ってるんですけどっ!!」
リナが身を乗り出す。
「うむむむむう…………」
顎鬚をさすりながら、唸る老人。
「ほらほら、よく見てっ!これっ!これですよっ!」
ガウリイの襟首をひっつかみ、ぐいぐいと引っ張るリナ。
「お、おい…………」

と、いきなりガウリイがリナを突き飛ばした。
どんっ!!
「ふぎゃっ!」
「うきゃあっ!」
「うおっ!」
リナはアメリアにぶつかり、アメリアはゼルガディスにぶつかる。

ドガラゴガラッッッ!!!!

突然の出来事だった。
轟音とともに壁が崩れ、辺りに細かい塵と埃が舞い上がる。
「なっ……!」
一塊になったゼルガディス、アメリア、リナが言葉を失った。
リナが座っていた場所が瓦礫で埋まり、外からの光が差し込んでいる。
ガウリイの姿はどこにも見えない。
「なんと!とうとう壁が崩れおった!!」
老人が一斉に立ち上がる。
「ガウリイ!」
リナが子供ほどある岩塊に飛びついたが、びくともしない。
「や………やはり、不幸のガ=クランじゃ……!」
老人が怯えたように指差す。
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょっ!?」
叩き付けるように言うと、リナは印を結んで渾沌の言語を唱えた。
『浮遊(レビテーション)!』
 ぶわぁっ……!

 
いくつかの塊が宙に浮かぶ。残すは小さな破片だけだった。
だが、椅子の上に倒れているガウリイの姿はない。
呪文をコントロールし、瓦礫を外に放り出す。
「ガウリイ!!」
悲鳴のようなリナの声がテーブルの下に谺する。
すると、間近で声が答えた。
「おう。」
びっくぅうう!!
その場で硬直するリナ。

壁に張り付いたリナの足下から、ガウリイの黄色い頭がぴょこりと現れた。
「いやあ、危なかった。頑丈な机で助かったぜ。」
「ガウリイさん!無事でしたか!」
アメリアがほっとした声を出す。
「すまんすまん、心配させたか。」
下から見上げるようなガウリイの視線と出会い、慌てるリナ。
「あ、あんたのことだから、どーせそんな事だと思ったわよ。
………それより、いつまで下に隠れてるつもり?出てきたら?」
「ああ、じゃ、お言葉に甘えて……よっ……っと。」
「!!」
ガウリイがぬうっと這い出てきたのは、驚いて開いたリナの足の間だった。
「あ………アホォォォォッッッッ!!!
 
ばっっしいぃいいんんんんっっっ!!!
 
「でええっ!」
リナのはりせんではり飛ばされ、頭を抱えるガウリイ。
「お前なあっ!いきなりはたくことないじゃないかっ!
お前が出ろと言ったから………」
「こっから出ろなんて、一言も言ってないでしょーがっ!!
乙女の足を割って出るなんて、どーいう了見よっっ!!
ええい、そこに直れっっっっ!!!」
「うぐうっ!!」

騒ぎを正面から見ていた老人達が、怯え切ったように呟き出した。
「恐ろしい………これぞまさに不幸のガ=クランじゃ……!」
「あああっ…あんなにどつき回されてっ……なんと不憫な!
「いや………あの………」
アメリアがぱたぱたと手を振って間に入った。
「あのですね。これはいつもの事でして……。
別に不幸のガ=クランのせいじゃないんですよ……?」
「そうだ。やつらにとっては日常茶飯事。今に始まったことじゃない。」
ゼルガディスが隣で強調する。
「こういう時は放っておくに限る。
下手に仲裁に入りでもしたら、とばっちりをくらうだけだからな。
こう見えても、あれはやつらのコミュニケーションの手段なんだ。」
「なんと!」
驚いて二人を見つめる老人ズ。
その場から動けないガウリイに足を巻き付け、ハリセンでタコ殴りにしているリナ。
「まあ……あれはあれで……」
アメリアが微妙な笑いを浮かべる。
「ラブラブと言えないこともないですから………。」
むむむむむ!
一番長い顎鬚を撫でていた老人が、乗り出すように二人を見つめた。
 
ぽんっ!
 
皺だらけの手を一つ叩くと、老人は何かを決断したように大声を出した。
よろしい!ならば可能性に賭けるしかないのう!」
「な、なになにっ!?」
とりついていたガウリイの顔を、ぐいと老人に向けるリナ。
「何か方法を思い出したとかっ!?」
「うむ。確実とは言えんが、心当たりがあるのじゃ!」
「えええっ!!本当ですかっ!」
喜ぶアメリア。
「息子よ、アレを持って参れ!!」
曾祖父が隣の息子を振り返る。
「息子よ、アレを持ってくるのじゃ!」
祖父が隣の息子を振り返る。
「息子よ!アレだ、アレ!」
父が息子を振り返る。
「おお、アレですな!!」
食堂で会った老人がそそくさと奥に消えたかと思うと、何やらいわくありげな箱を抱えて戻ってきた。
いかにも古そうで、埃を被っている。

「話せば長くなるが………」
曾祖父が鬚を撫でる。
「実は不幸のガ=クランとは、ワシの幼馴染みが着ておったものなのじゃ。
そやつはまことにツいてない男での。
歩けばドブにはまり、走れば転び、階段からは必ず転げ落ち。
帰る家を間違えては怒られ、待ち合わせにはほぼ遅刻し。
一週間に一度は財布を落とすようなヤツだったのじゃ。」
「………それって……単に度が過ぎたオッチョコチョイって言うんじゃ……。」
「しいっ!ガウリイ、黙って!」
「好きな子にはフラれ続け、ようやく袖を通した民族衣装は大きすぎ、引きずる始末。
………だがのう。
そんなやつにも春が来たのじゃ。
そう、あれは男子成人の儀式。
晴れてガ=クランを脱ぐ時のことじゃ。
これには隠れた習わしがあっての。
惚れた男のガ=クランの、ほれ、そこ。」
老人の震える指が、ガウリイの着た服の二番目のボタンを指差した。
「おなごがそのボタンをもらいに来ると、二人の思いが通じ合い、カップルになれるというのじゃ。
かくいうワシのボタンなど、人気での。
おなごが殺到して騒ぎになったものじゃが…………
…………聞いておるかの。」
「聞いてます!聞いてますから、続きを早く!!」
リナはつかんだ襟首をがくがくと揺すぶりながら先を急かした。

「その時じゃった。
ワシの幼馴染みのところに、おなごが走ってきたのじゃ!
幼馴染みは大層喜んでの。
第二ボタンに手をかけて、おなごを待っておったのじゃ。
するとな………。
なんと不幸なことに。
そこに突如、暴れ馬が!!」
「あ………暴れ馬っ!?
「そうじゃ!その暴れ馬の馬具に、幼馴染みのボタンがひっかかっての。
そのままやつは引きずられて行ったのじゃ!
驚くわしらを尻目に、遥か彼方へのう……。」
「な………………」
ぱかりと口を開くアメリア。
げんなりした顔のゼルガディス。
老人の幼馴染みの身の上話はまだ続く。
「後に聞いた話では、やつはそのまま街を出ての。
森に入ったところで今度は巨鳥に攫われ、谷間に落とされ。
あわや鳥のえじきというところで、たまたま転がっていた魔法の絨毯に助けられての。
街へ帰ろうとしたが、絨毯は勝手にどんどん遠ざかるわ。
眠っている間に落ちてしまうわで。
ついに街に戻ってきた時には、すでにじいさんになっておったのじゃ。」
「…………………」
さすがに眉を寄せ、顔を見合わせる四人。
「んな………いくらなんでもそれは………」
「わしが作り話をしていると思っておるだろうが、それは真実なのじゃ。
ほれ、よく言うじゃろうが。
事実は小説よりも奇なりと。
何より幼馴染み本人が、人生にこんなことが連続して起こるものかと疑っておったわい。」

「で………その、幼馴染みさんに告白しようとした女の人は……?」
おそるおそる尋ねるアメリア。
「うむ。馬に蹴られたところで記憶を亡くしての。
身寄りもないので哀れに思ったワシの親が引き取って………」
「なんじゃ、ひいばあさんのことではないか!!」
と、一番若い老人が言った。
「あんたが結婚したのか……………。」
思わずツッコむゼルガディス。
「まことに不幸な出来事じゃ!」
涙ぐむ老人ズ。


「むむむむむむ…………」
四人は頭を抱えた。
「確かに何かイヤ〜〜な思いがこもっちゃったとしても…不思議じゃないわね…。」
ガウリイのガ=クランをジト目で見るリナ。
「なんかオレ……同情しちまうな。」
頬をかくガウリイ。
「でも、関係ない人を巻き込むのは正義じゃありません!
ガウリイさんは頭は空っぽかも知れませんが、そんなにオッチョコチョイじゃないですし!」
「何だか慰められた気がしないが……………ありがとな、アメリア……。」
「どちらにせよ、このままにはしておけないな。
どんどんエスカレートしてきてるようだし、もっと危険な目に会うかも知れんぞ。
今のところ、ガウリイの常人離れした勘と身体能力で何とかなってるが……」
ぞおっ………
三人はありえたかも知れない想像に背筋を寒くした。
「た……確かに………これを着たのがガウリイじゃなかったら……とっくに…………」
「これが何日も続いたりしたら、いくらガウリイさんでも持ちませんよ……!」

しゅたっ!!ずりずりずりっ!!
 
リナはテーブルの上に飛び乗ると、老人に迫った。
「おじーちゃんっ!!話はわかったわ!!
で、可能性があるってどんなことなのよっ!!」
「うむ。そこで、お前さんの登場じゃ。」
「あ………あたし!?
老人がリナの隣に箱を置いて、蓋を開けて中から何かを取り出した。
「元はといえば、ガ=クランを脱ぐ日に発端があるのじゃ。
第二ボタンをもらわれなかった記憶がガ=クランに残っているに違いない。
そこでじゃ!!
ガ=クランに、幸せを味わわせてやるのじゃ。
あの日の幸せをな。」
老人が箱から取り出したのは、やはり民族衣装のようだった。
紺色の上着と長いスカートのセットで、上着の襟には三本の白い線が入っている。
襟の下には赤いスカーフが通してあり、胸許で結ばれていた。
「これは亡きばあさんが着ていたものじゃ。
男がガ=クランを着るように、おなごはこの聖ラー服を着るのじゃよ!
そしてはにかみながら、惚れた男に近づき!
ガ=クランの第二ボタンを下さいと、上目遣いにおそるおそる願いでるのじゃっ!
嗚呼、青春の日々よ再びっ!!」
「なっ…………
なぁあにぃいいいいいいっっっ!!???

聖ラー服に、リナの悲鳴、というか雄叫びが浴びせられた。
 




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