「標的の名はリナ=インバース」


ぴちぴち。ちゅんちゅん。
 
―――翌日。
空は綺麗に晴れ上がっていた。
「いやー、いい天気ね。ガウリイ。」
真っ青な空を背景に、リナが大きく伸びをした。
目覚めもすっきりと爽快な気分らしい。
対照的に、ガウリイはやや憂鬱な顔で背後を歩いている。
「しかしなあ………。」
あくびをかみ殺すと、彼は深くため息をついて言った。
「朝っぱらからどこへ行くかと思えば、わざわざ情報誌の編集部とやらとは……。」
どうやら早朝から叩き起こされたらしい。
「文句を言いたかったのはわかるが、何も実名で名乗り出なくても……。
あの分じゃ、すぐに噂が広まるんじゃないか……?」

すでに一騒動を起こし、景気よく啖呵を切ってすっきりしたのか。
リナは上機嫌のようだった。
背後に向かってぴっと指を振り、明るい声で答える。
「何言ってるの、それが狙いなんじゃない。
いつまでも付け狙われてるんじゃ、おちおち旅もできないでしょ?
なら、まとめて片付けた方がスッキリするじゃない。」
「そりゃそーだが……。
関係ないやつらまで追いかけてきたらどーするんだ?」
「関係ないやつら??」
「たとえば後ろのやつらとか。」

ガウリイが肩ごしにくいっと親指を傾けると、その向こうの木立が揺れた。
と、ルークが頭をかきかき現れた。
「いやー、気配を消してたつもりなんだが。やっぱダンナは鋭いな。」
「何してんのよ、あんた?」
途端にリナの目が平板になる。
「決まってるだろうが。」
にやりと笑ったルークは、腕組みをして辺りを見回した。
面白いから見物。
おい!!
「言っておきますけど、私は違いますから。」
その後ろから、冷ややかな表情のミリーナまで現れた。
「私はただ、この人の無駄な行動を止めに来ただけです。」
「あちゃ〜〜〜。」
頭を抱えるリナ。
「まあ、気にしないでくれ。ただの見物人だ。
空気とでも思ってくれればいい。」
のんびりと手を振るルークにリナは呆れ顔で呟いた。
「随分と自己主張の激しい空気よね……。」
 


ざわわっ……
 
風が吹き、森の木々を揺らす。
「来たぞ………。」
ガウリイが低く呟く。
リナはぴたりと足を止めたが、まだその気配を感じ取れずにいた。
「何人?」
「二人……いや、三人だ。」
「あらら。全員グルってこと?」
「そうじゃない。別々の方向からバラバラに来てる。
協力してるって感じじゃないな。」
「じゃあ別口が偶然にもこの場所に集合したってことね。
まー、一度でカタがついていーかもしんないけど。」
「……気をつけろよ、リナ。」
緊張したままの声で、ガウリイが言った。
「……そんなに心配してないって、昨日あんた言わなかったっけ?」
リナがとがめるように言う。
するとガウリイは、わずかに首を動かしてリナをまともに見た。
「じゃあ抱きしめた方が良かったか?」
「な………!」
 
ザザザザザッ!!
 
今度ははっきりと音がし、草むらから数人の男が飛び出してきた。
「!」
我に返ったリナが咄嗟に剣を抜く。
その前に、転がるようにしてひとり。
背後を守ろうと後ろを向いたガウリイの前にふたり。
全部で三人だった。
ルークとミリーナは、少し距離を取った木立の中で気配を断っている。

「探したぞ、リナ=インバース!!」
三人が異口同音にリナの名を呼んだ。
同時に、やっと自分達以外の人間に気がついたらしい。
お互い驚いたように他の二人を見回している。
「………確かにあたしはリナ=インバースよ。」
油断なく剣を構えたまま、リナがその場を制した。
「あたしに何か用?
あんた達の顔に全然見覚えないんですけど?
一体このあたしに、何の恨みがあるってゆーのよ?」
剣で相手をすると見せておいて、口の中ではすでに先制攻撃のための呪文を唱え終えている。
いつでも発動できる手はずにはなっていた。
「答えられるうちに、聞いておきましょーか?
口がきけるうちにね?」
快晴で平和な朝から一転、不穏な空気が辺りに充満する。
 
「何だと………?」

リナの前にいたひとりが、不審そうな声を上げた。
濡れた黒髪に青白い顔。
見た目から判断するところ、食堂の主人に金を渡していた男らしい。
確かにうそ寒い雰囲気を漂わせている。
「あんたがリナ………?」
その冷ややかな視線が、上から下まで見下ろすようにリナを眺めまわす。
すると、意外な言葉がその口から漏れた。
「おいおい、何かの間違いじゃないのか………?」
「へ……?」
先手を打って攻撃呪文を仕掛けようとしていたリナが、動きを止める。
「な、何よ……?ど〜いうこと??」
「いや………だから。
お前がリナだっていうのは、何かの間違いじゃないのかって言ってるんだ。」
男の顔は、思いきり怪んでいるようだった。
「なっ……何言ってんのよ。
あたしが正真正銘のリナ=インバースだってば。」
「証拠は?」
「証拠っ!?!?」
「ないだろう!
何故ならお前は偽者だからだ!!」
「んなああっ!?!?」

どうもさっぱり話が噛み合わない。
「な……何がどうなってるんだ??」
ガウリイさえも首をひねる。
「証拠も何も、本人が言ってるんだから間違いないんだってば!!
あたしは偽者なんかじゃなくて、本物の……」
自分の胸に指をつきつけるリナ。
黒髪の男は首を振る。
「いや………違う!!お前はリナではない!」
頑として譲らないとばかりに腕を組む男。
うどぁあああああっっっ!!
本人がそー言ってんのに、何で他人のあんたが否定すんのよっ!!」
痺れを切らしたリナがじれったげに土を踏み付ける。
「ふ。そんなことか。
それならこちらには証拠がある!」
「はあ!?」
男はシャツの中から、紙切れを引っ張り出した。
その一面を、びしっとばかりにリナにつきつける。
「こっちが本物のリナ=インバースだ!!!
お前はこの絵と全然違うぞ!!!
「そっ……それは!!」

言うまでもなく。
男がつきつけたのは、あの無料情報誌だった。
風に髪をなびかせた、ナイスバデーの女性が描かれている。
誰とは言わない。
盗賊キラー。
伝説の美女魔道士。
リナ=インバース。

「ああああっ!?」
「ホ、ホントだっ!!あんたの言う通りだっっ!!」
ガウリイの前にいた二人が首を伸ばしてのぞきこみ、一様に首を振る。
「絵と全然違うっ!!」
「だろうっ!!」
妙な意気投合がその場で行われる。
「あ……あ………あ………あんた達え……………
リナの声が尻上がりにトーンを上げていく。
次第に増してくる迫力と、場にたれ込めてくる暗雲に気づかないのか。
男はさらにまくしたてる。
「見てみろ!!
本物のリナ=インバースは、お前のよ〜にちっこくないわ!!!
睫も短いし!!!!
そんなどんぐり目のガキんちょでもないっ!!
おまけに!!
絶対に別人だと言えるのは!!
そのム……」
ゃかましいいいいっっっ!!!
火炎球
(ファイヤーボール)!!!
ぷちhぁーじょん!!」
 
っ………
ごぉんんんっ!!

 
リナに言わせれば超ミニサイズの火炎球が、男の目の前で爆発した。
「ほがぁっ!!」
百戦錬磨の殺人鬼を思わせる男が、情けない表情で真っ黒コゲになる。
だしっ!!!
地に落ちた情報誌を、ブーツの踵が踏み付けた。
あたしが正真正銘のリナ=インバースよ!!
こっちのがウソっこなのっっ!!!
そんなテキトーな情報を鵜のみにしてからにっ!!
本人目の前にして、よ・く・も好き放題言ってくれたわねっっ!!!」
「………………」
ぶすぶすと黒い煙を上げて横たわる男には、もはや答える気力も反論する体力も残ってはいなかった。ぎんっ!!
憤懣やるかたないといった凄い形相で、リナが振り返る。
「そっちの二人も!!
まだ言いたいことがあるなら、相手になるわよっ!!!」
「………は、ははは。」
一緒に睨まれたような気がして、ガウリイが乾いた笑い声をあげる。
「うひいいいっ!!!」
男達は仁王立ちのリナと、足下の黒焦げをかわるがわる見比べていた。
「おー、やったやった。」
背後の木立から、のんきな拍手と歓声があがる。
「そこの兄ちゃんたち。
そのチビッコを怒らせるたぁいい度胸だねえ。
んじゃそーいうことで、ひとつ派手にヨロシク!」
楽しそうに声をかけるルークに、リナが一喝。
「うるさいよ!外野!!」
「おーこえーこえー。」

「う………うわ〜〜………。」
ガウリイの背後で、残る二人は青ざめた顔でお互いを見つめた。
「………で。どうする?」
苦笑したガウリイが先を促した。
「あれが本物だってことは、オレが保証するまでもなさそうだな。
それでもまだかかってくるっていうなら。
まず、保護者のオレが相手になるが?
言っておくが、リナはそんなに簡単に狙える相手じゃないぜ?」
「……………!」




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