人生には、大きな分岐点が用意されている。
分岐点。
要は曲り角だ。
右へ行くか、左へ行くか。
それとも、行くか戻るか。
選択せねばならない。
その先には全く違った道が続くこととなる。
そもそもヒトという生き物は、常に選択を迫られている動物だ。
だがその選択が正しかったかどうかは、後にならないとわからない。
たとえ後悔することとなっても。
二度と後戻りはできない。
振り返るとそこに道はなく。
過去の残骸が蹲っているだけだ。
迷う暇もなく、前を向き。
迫り来る次の選択に備えなければならない。
………ある冬の寒い朝。
あたしがした選択は、正しかったのか。
それとも誤っていたのか。
いずれにせよ、それがあたしの歩む道を決定付けたことは確かな事実だ。
それはこんな風にして始まった。
「う〜〜〜〜〜さぶさぶさぶ。」
もこもこの毛糸で覆われた手をこすり合わせ、あたしはコンビニを探して歩いていた。
一時の暖とホット飲料、そして使い捨てカイロを買い込むためだ。
山奥で育った割には、どうも寒さに慣れない。
………まあおそらく?
あたしのこの華奢な体で、作り出すことのできる熱量に限界があるということだろうが?
小柄でスリム、小尻で小顔、今はお見せできないが小さなお手手に、大きな瞳。
これを潤ませて上目遣いにお願いごとでもすれば、男ならアイフ○に駆け込まずにいられないこと間違いなしである。
「ったく、ここはホントに過密都市の新宿なんでしょーね?
開いてるコンビニが、歩いて三分のところにないのは何でなのよ?」
会社員の出勤タイムには程遠い、午前5時。
太陽はまだ東の地平の遥か下、周囲は朝というには暗すぎる。
他に歩く人の気配もない。
そんな中を、大きなスーツケースをほぼ全身で抱えるようにして、一人ガラゴロと転がしてるあたしは、いかにも目立っていた。
「あ、見っけ♪」
暗闇にともる希望のともしび。
月刊マガジンGREATも買えてしまうお得なコンビニ、サークルKサンクスの赤と緑と黄色の看板が見えてきた。
あと少し。
「あったか肉まん♪ゴロっと角煮まん♪冬のチーズカレーまん♪
聞こえるわ、餅入りあんまん雪見うさぎがぴょんぴょん跳ねている音がっv」
期待に胸膨らませ、あたしは小走りに急ぎ……………
そして、コケた。
「ぶぎゃっ!!」
スーツケースのキャスターが、敷石に挟まったか何かしたらしい。
胸の高さほどあるそれが倒れもせず直立している傍で、あたしは鼻をさすりながら立ち上がった。
「ったく、何で………?」
ふと、キャスターが何かを踏み付けているのが目に入った。
小さな部品だったが。
「歯車………?何で……こんなとこに………?」
ひょいと屈んでそれを拾い上げた。
ざああっ………
その時。
背筋を冷たい風が走り抜けたのにあたしは気がついた。
「っ……!?」
顔を上げてはっとした。
真正面に、サングラスをかけた男の顔。
今の今まで、何の気配もなかったのに。
「な……」
おまけに、いつのまにかスーツ姿の男達がぐるりと取り囲んでいた。
「……あんた達っ……」
スーツケースとあたしを中央に、円を描いて並んだ者達。
背格好も、着ているスーツも、かけているサングラスの型も色もほぼ同じ。
微妙に顔かたちの印象は異なるが、どれも共通して全くの無表情。
白い能面のような顔で、あたしを凝視している。
街灯の中に浮かび上がった光景は、背筋を寒くするには十分の不気味さだった。
「………あたしに、何か用?」
言いながら素早く周囲に視線を配るが、悔しいことに誰も通りかからない。
誰かひとりでもいれば、無力の少女を装って、か弱い悲鳴の一つでもあげてやろうかと思ったのだが。
コンビニの看板まであと少しだ。
『リナ=インバース。お迎えに上がりました。』
一人が微かに口を開き、あたしの名前を呼んでこう言った。
顔と同じく感情のない、だが滑らかな発音。
「迎え………?」
『一緒に、来ていただきます。』
タイミングを計ったように、背後で車のブレーキ音が響く。
黒塗りの高級車。プレジデント。
『さあ。』
包囲網の輪の一方だけが開く。
両端に立つ男が促すように腕を広げる。
開いた車の扉の向こうに、果てしない闇が待ち受けている予感がした。
「イヤよ。」
スーツケースの隣にしっかりと足を踏ん張って、あたしは答えた。
活路が見出せたわけではない。
だが、こんな得体の知れないやつらの言いなりになる気は毛頭無かった。
『さあ。』
聞こえないのか、聞こえなかった振りをしたのか、男が繰り返した。
とんっ。
背中を押される。
「ぢょ〜だんじゃ……ないわ……!」
スーツケースの鍵を握りしめた拳を開こうとした瞬間。
その時は訪れた。
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