非日常的日々。





長いこと旅をしていると、いろんな事に出会うもんである。

買い込んだ食料の重い袋をテーブルの上に放り出し、あたしは大声を出した。
でぇええええっ!?
ちょっと待ってっ!!!ど、どーいう事なんです、それ!?」

これもまた、そーしたいろいろな事の一つなんだろう。

「いや、あの、ですから。なにぶん緊急事態でして。」
「き、緊急事態って………」

ごった返す宿屋の入口で、あたしは宿の主人と押し問答をしていた。
どうやら続く長雨で、街道の先の川が氾濫して渡れなくなり、宿に逗留していた旅人が足留めをくらっているらしい。

いや、事情はわかる。
わかるがしかし。

「元々泊まっていた方々も移動できずに残られてまして・・・。
皆さんには相部屋をお願いして回ってる次第でして。なんとか一部屋は確保していますのでそちらへ……」
申し訳なさそうに主人が差し出すのは、一本の鍵。
ひきつるあたしの横で、旅の相棒が首をかしげる。
「え〜〜っと。ってことはつまり、どーいう事だ、リナ?」
顔の作りはいいクセに、とぼけた表情が今のあたしにはちと腹立たしい。
「今の話、聞いてなかったの……。
宿が混んでるから、部屋が一つしか空いてないって言われたのよ。」
「へえ、そうなのか。ど〜りで周りに人が一杯いると思った。」
「あそ…………。予想通りのボケた回答ありがとう。」
「いやあ。礼を言われるほどじゃ。」
「…………………。」
 
話の通じないヤツは放っておいて、あたしは主人の方に向き直った。
「でもですね、魔道士協会が前から予約してたはずなんですけど。」
「ええ、いただいてますよ。お名前も伺っております。」
「なら………」
「いや、それがですね。お名前を伺ってたので、相部屋をお願いできるかと思ったんです。」
「…………は?
ここにもまた話の通じない相手が?と思ったあたしに、気弱そうな主人は自信なさげな笑顔を浮かべた。
「ほら、男女の組み合わせでしたら、何としても他の部屋を御用意するところでしたが。
同じ男性なら、お話しすればわかっていただけると………。」
「んにゃにぃっ!?」

がばっ!

カウンターにとりつき、あたしは主人の顔をにらみつけた。あまりの事に声がひっくり返る。
「ちょちょちょちょっと待って、なんであたしがなのよっ!?
名前からしたって、男とは考えないんじゃないんですか、フツー?
あたし、リナ=インバースっていうんですけど!!」
くいくいっと自分を指差す。
「ええ、そう伺ってます。」主人は眼鏡をずらし、宿帳に視線を落とした。
ガウリイ=ガブリエフさんと、リー=ナインバースさんですね。」
 

ごがらしゃっ!!

 
うわ、リナ、何やってるんだ!?」
慌てたガウリイが、カウンターに頭からつっこんだあたしの腕を慌てて引き戻した。
いだだ………
「当たり前だっ!顔から突っ込むやつがあるかっ。」
「だ……だって………。」
痛みに潤む目をガウリイに向け、それから宿の主人に向ける。
うらめしそーな顔で睨まれて、宿の主人は宿帳を抱きしめておどおどしていた。
「……だ、だって、だってだって…………!の人かと思っても仕方ないじゃありませんか………!
本人に会ったら、ちょ〜〜っと小さいけど、胸もないし、黒ずくめだし野生の猛獣みたいな雰囲気がそこはかとなくあって、見るからに危険そーな雰囲気といい、やっぱりって………」
「!!!!!」
ま、待て、リナ!落ち着け、こんなところで飛び蹴りはやめろっ!
話せばわかる、話せば!
「話してわかるか、今のあたしの気持ちがっ!!!!」














結局、話してもどーにもなるもんでなく。
こめかみに青スジを立てたあたしに、宿の主人は平身低頭で鍵を差し出した。

まあ………魔道士教会の手紙に書かれたあたしの名前が、あまりに汚い字でちゃんと読めなかった、という事情を差し引いてのことである。
明日の朝食がサービスでつくということで、仕方なく手を打つことにした。

部屋は二階の突き当たり。
ガウリイが先頭に立って鍵を片手で空中に投げ上げたり受け取ったりを繰り返しながら、廊下を歩いているところである。
ややうなだれたあたしがとぼとぼとその横を歩いている。
「しっかし、リー=ナインバースかあ。
なるほどなあ。そう聞くと、なんかすごく強そうな感じがするよな。
縦縞の服着て、棍棒を振り回すごついおっさんが九人くらいいるみたいな・・・なあ、リナ。」
事態がわかっているのかわかってないのか。
いや、おそらくまず間違いなく100パーセントわかってないガウリイが、呑気に楽しんでいる。
「オレの名前もどっかで切ったら、女と間違われたりするのかな。
ガウ=リイガブリエフ………じゃ変わらんし、ガウリイガ=ブリエフ……ってのもなんかヘンだな……羽からぱたぱた粉を飛ばす虫がパンツ穿いてるみたいな…………。
ガウリイガブ=リエフ……じゃ、長過ぎるよなあ、名前が。
これじゃあどう聞いても、女には間違われねーよなあ?」
「…………そーね……。」
あたしは目を半開きにして答えた。

彼とコンビを組んで旅を続けるようになってもう1年。
その間に、実にたくさんの事件があった。
今日のように、一つの部屋に泊まることになったのも、実はこれが初めてではない。
あたしとガウリイが出会って間もない頃、とある事情から、彼の部屋に押しかけたことがある。
命を狙われての、やむにやまれぬ上でのことだった。

「しっかし、良かったじゃねーか。
部屋は一つでも、ベッドは二つあるって言うんだし。お互い、床に眠らなくて済むな。」
「……………そーね………。」

初めて一つの部屋で眠った時の話である。
襲撃を予想して彼の部屋に押しかけたのはあたしの方だった。
しかし、彼は自分だけベッドに眠るわけには行かないといい、バカみたいな話だけど二人して床に寝た。
思えばその頃から、あたしは彼を信じていたのだろう。
「いい人」なのだと。
天然ボケもはなはだしいのは別にして。
 
ちらりと横を見上げると、まず顔どころか、たくましい腕しか目に入らない。
時としてデコボココンビなどと称されるあたしとガウリイは、歳も身長も離れていて、性格も全く違う。
つい1年前までは、全く見ず知らずの間でありながら、こうして気がつくといつも一緒にいるのが不思議なほどだった。

仮にも一晩、オトコと同じ部屋に泊まるというのに。
今のあたしにそれほど気後れがないのも、彼の人柄ゆえだろう。

へーきへーき。
別に何も起こりはせず、ガウリイは呑気にイビキなんかかいて、あたしはあたしでぐっすり眠って、爽やかに明日の朝を迎え………




「お、ここだ。」
ドアの上にかかったプレートの番号を見て、ガウリイが立ち止まった。
ふと、後ろに視線を感じた。

旅の魔道士と剣士という組み合わせは、時として厄介ごとに巻き込まれることがある。
ましてやあたしが天才美少女魔道士、そしてガウリイが腕の立つ一流の剣士ともなればなおさらだ。
旅先で思わぬ悪評が立っていたり、思いもかけない逆恨みを買うことだってある。
常に油断は禁物。

「…………?」
振り返った先は廊下で、数人の男がそこにいた。
あたしの視線を感じるやいなや、ぱっと顔を逸らすヤツ。
わざとらしく口笛を吹くヤツなんかは、やりすぎである。
「………………。」
またぞろ厄介ごとの前兆か?
と思い直して視線を前に戻すと、背後からヒソヒソと声が聞こえた。
すこぶる性能のいいあたしの耳は、そんな会話まで拾ってしまう。

「全く、今どきの若いもんは……」
「見ろよ、堂々と入ってくぜ、俺の若い頃はな、結婚前の男女が一つ部屋に泊まるなんて、考えもしなかったってのによ。」
「しかもこんなに宿が満員だってのに………。」
「何を好き好んであんなお子ちゃまを‥‥‥。」
「あの男、ロリコンか?ロリコンなのか?」
 
づどむ
  んろりんっっ

 
足を叩き付けるようにバックステップを踏み、振り返ってやると。
男達は飛び上がってどこかへ逃げてしまった。

「…………にゃろ…………」
ロリコンって………おい………。シリアスに盛り上がったあたしのこの気分を、どーしてくれる。
「お〜い、何してるんだ、リナ。入ってこいよ。結構広くていい部屋だぞ、ここ。」
中から、何も知らないガウリイの声が聞こえる。
周囲の疑いなぞどこ吹く風。
腹の虫のおさまりがどうにも悪かったが、あたしは背を向けることにした。
いけないいけない。気持ちを切り替えねば。
気にしなければ、どーだっていいこと………

「あら。相部屋って…………この方とですか。」
ベッドの脇に、ホーキを持ったおばさんが立っていた。ちょうど部屋の掃除を終えたところらしい。
「まあまあまあ、それはそれは。」
曖昧な笑みを浮かべ、さりげな〜くあたしの全身をチェックするおばさん。

‥‥‥‥‥おい。あんたもか。
 
「これは失礼しました、てっきり男の方二人かと………。まあ、可愛らしいお嬢さんで。まあまあまあ。」
部屋を出るまで、何回「まあ」と言うのか、思わず数えたくなってきた。
「お名前から、男性二人かと思ってましたので………」
「ああ、こいつ、リナって言うんですよ。」
荷物をソファの上に置いたガウリイが戻ってきて、あたしの頭をぽふぽふと叩いた。
「まあまあ。亭主が勘違いを。それは本当に申し訳ございません。」
ホーキを立てかけて、ぺこぺこと頭を下げるおばさんは、どうやら宿の女将さんのようだった。
「ああ、いや、いいんです。もう気にしてませんから。」手をぱたぱたと振るガウリイ。
「そうですか?」
「え………ええ、まあ。」仕方なく同意するあたし。
「そうですか………?あの………私にできることがあったら、何なりと仰って下さいね。」
女将さんは気ぜわし気にベッドを振り返ると、ぽんと一つ手を打った。
「これはいけない、離れ過ぎですよね。こうしなくちゃ。」
と言うと、いそいそとベッドに近寄る女将さん。
 
 ふんぐぐぐっ!
 
「これで大丈夫ですわっ!!」
何が大丈夫ですくわっ!!!」
思わず拳を振り上げるあたしを、大人気ないと言うなかれ。
女将さんの工作により、せっかく離れて置いてあったツインのベッドが、今や隙間なくぴっったりとくっつけられ、ダブルの様相を呈していたからである。
「元に戻して下さいっ!そーゆーのは困りますっ!」
女将さんはあたしの顔を見て、くすりと笑った。
「あらあら。こういう事は慣れてますから、別に恥ずかしがらなくても………」
「!!恥ずかしがってるんじゃありませんてば!!」
「そうですか?あらあら。」
何故か残念そうにあたしとガウリイを見比べる女将さん。
んが、ぱっと顔を明るくしたかと思うと、また手を打った。
「そうですよね、わたしとした事が気が利かなくて。狭いところがまた、いいんですよね。ほほほ。」
「だからそーいうんじゃありませんてば、あたし達わっ!!」
「………そんなに照れなくても………お顔を真っ赤にして……」
「照れて赤くなってるのと違いますっ!!」

ダメだ、このおばはんっ!ガウリイより話が通じない人に出会うとは!!
 
「あ〜〜。オレが戻しますから、もういいですよ。」
頬をぽりぽりかきながら、ガウリイが困ったように言い出した。
天の助け!今日ばかりはあんたが輝いて見えるわ、ガウリイ!
「あらあら。そうですか?まあまあ、これはこれは、お邪魔いたしました。」
おばはんはにまにま笑いながら、そそくさと背中を向けた。
絶対誤解しとるっ!あの目つきっ!
ようやく出ていってくれると思ったのだが、ドアの前でぴたっと立ち止まると、また手をぽんと打った。
口の周りに手を当てると、ガウリイに向かって小さな声でこう言った。
「あの。うちの宿の壁は、割と薄いもんですから、お気をつけあそばせ。」
「!!!」
「はは、はあ、まあ、気をつけます。」
暴れるあたしを背中に庇い、ガウリイはぱたぱたと手を振っておばさんを追い出した。


 
ガウリイ!何で文句の一つも言わせなかったのよ!」
おばはんの足音がぱたぱたと遠ざかってから、あたしは文句を言った。
「あのおばさん、絶対あたし達の事を誤解してるわよっ!」
「ああ。だろうなあ。」ソファにどさりと腰を下ろし、長い足を投げ出すガウリイ。
「あんたも!何で一つも言い返さなかったわけ?別にあたしとあんたはそーいうんじゃ……」
ソファの前に立ちはだかるあたしに、ガウリイは肩をすくめて言い返した。
「言うヒマなかったろーが。お前さんがぽんぽん言い返すから。」
「……………う。」
「それにあそこで食い下がったら、さらに追求されるところだったろ。」
大きく伸びをして、遠慮なくあくびをかましながら、ガウリイがいつもと変わらない声で言った。
「オレは保護者ですって言ったところで、信じてもらえないだろうしな。」
「………………………。」
何も言い返せず、突っ立ってるあたしに、ガウリイは優しい笑みを向ける。
「気にしなきゃいいじゃねーか。今日は仕方なく、都合で一緒の部屋になっただけなんだし。
それでオレ達が変わっちまうわけじゃないんだ。言いたいヤツには言わせとけ。」
「………………………。」

泰然と構える彼に、言いたいことを全て先に言われてしまい。
先を越された気分になったあたしは、少し悔しい思いをした。同じことを考えていたはずなのに。
「そ、ね。」
「そーいうこと。じゃ、荷物置いて楽な格好になったら、メシでも食いに行こうぜ。」
「ん。」
早くも防具を外しにかかったガウリイの、広い背中を見て。
その余裕の前に、あたしは思った。

何故ひとりで、こうも慌ててしまったんだろうと。

そして、何故彼は、こうも落ち着いていられるのだろうと。
 
 




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