『最後に君は微笑んで。』


 5。
 
 
 昼間は晴れていた空は、見事な夜空となった。
 満月が星の光を食い散らかして、燦然と輝く夜が続いたが。
 曙光には勝てなかった。

 一番星を残してすっかり明るくなった空を背景に、二人は窓際に立っていた。
 いつもの貫頭衣に装備をすっかり着け終わっている。
 テーブルの上には、一通の置き手紙。
 「アメリア、怒るかな。」
 「たぶんな。でも、ゼルガディスが何とかしてくれるだろう。」
 「そだね。こ難しい説明でもつけてね。きっと。」
 「余分な心配はかけたくないなんて、お前さんらしいって。
 わかってくれるさ。」
 「…………ん。」

 その目にはもう、濡れて光るものはなく。
 別の光が宿っている。
 ガウリイがそう願ったように、いつもの彼女の強い瞳に戻っていた。

 変わらずにいるガウリイの顔を、リナは眩しそうに見上げた。
 出逢いとは不思議なものだと思う。
 ひょんな事から出逢った相手が、ただ一人の相手になるなど。
 あの頃は想像もしなかった。
 手を繋ぎ、開いた窓から鳥のように飛び立つ。
 
 
 六芒星をかたどった町を見下ろし、その向こうへ。
 昇る朝日の金色の箭が、山の尾根を突き刺し、湖面を燃え立たせる。

 広大な土地を細い糸で結ぶように、街道が見えかくれしながら続いていた。
 二人はしばし息を飲み、その光景に心を開いた。




 
 城が見えなくなった頃、リナは翔風界を解き、林の入口に降り立った。
 「さて。どうするかな。」
 広げた地図に目を落とす。
 まだ日は東に昇ったばかりで、薄青い光が辺りを満たしている。
 「何か考えがあるのか?」
 「まあね。」
 ガウリイの言葉に背中を押されたのだと思いながら、リナは頷いた。 
 「症例が少ないから、研究のしようがないって誰かが言ってたでしょ。
 ………なら、症例を集めればいいんじゃない?
 セイルーンでは報告が少なくても、他の国ならあるかも知れないし。
 ゼルガディスだって、旅の途中で小耳に挟んだんでしょ。
 だからあたし達も、旅をしながら情報を集めるのよ。」
 「なるほど。」
 「で、どこから行こうかなと……。」
 上から指が降りてきて、ひょいっと地図をつかんであがっていった。
 「ちょっと。ガウリイ?返してよ。」
 「行き先は最初から決まってるじゃないか。」
 「………え?」
 リナは目をしばたく。
 ガウリイは笑いながら地図をくるくると丸めた。
 「お前さんの実家に行って、葡萄を食べる約束。忘れたのか?」
 「ゼフィーリアへ………?だって………」
 「家族に紹介してくれるんだろ。
 ………最初から、そのつもりだったし。」
 「……………へ……」

 あっけにとられて立ち尽くすリナを見下ろして、ガウリイは微笑み。
 体を折るようにして曲げると、小さな顔に自分の顔を近づけ。
 少し開いた唇に触れた。
 
 「!」
 
 突然のキスに驚いたリナが、暴れ出す前にガウリイは顔を離した。
 見る間にリナの顔が真っ赤に染まり、キスされたばかりの唇を両手でばばっと隠す。
 「ぶ………ブワカっっ!!!
 うっ……うつっちゃうかも知れなひって、言ったでしょぼがっ!!
 手の中でもがもがとリナが叫んだ。
 「……ははははっ。」
 ガウリイは声に出して笑い、呆然と立っているリナを置いてさっさと歩き出した。
 丸めた地図でとんとんと肩の上を叩きつつ、背中から声をかける。
 「一番近くにいるやつにうつる病気なら、とっくにうつってるだろ。」
 「………………
 「じゃあ何しても同じことだよな。」
 「なっ………!!ま、待ちなさいよっ!!」
 
 



 
 こうして二人は、旅の空に戻った。
 それまでと同じように、あちらの街、こちらの村、その先の港と言ったように。
 ゼフィーリアを目指し。
 しばしそこで過ごした後、ゼフィーリアからも離れた。
 依頼を受け、仕事をし。
 頻繁に事件には巻き込まれ。
 
 盗賊を恐ろしがらせ。
 ちょっぴり騒ぎも起こして。

 賑やかに、二人の旅は続いているようだった。
 







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