「じゃんぷ」


さて。
デーモン退治自体は、それほど難しい依頼じゃない。
でも、どこに出るかもいつ出るかもわからないヤツを倒すのは、こりゃちとやっかい。やみくもに町外れの森を歩き回っても、そうすぐ遭遇するとは限らないのだ。

逗留は一日、一日と長くなった。
アメリアの為にはいいのだが。

あたしは、何となく、うずうずしていた。
何故そんな風に思うのか、自分でもわからない。
なんとなく、物足りないのだ。
ガウリイの顔を見ると、無性にそういう気分になって困った。
ガウリイも、何かを考えているようだった。

その晩、パジャマに着替えようとしていたあたしたちの部屋で、とんとんとノックの音がした。
「はい?」
アメリアが出てみると、そこにガウリイが立っていた。
「ガウリイさん?」
ぽりぽりと頭を掻きながら、ガウリイがあたしの方をちらっと見た。
「リナに話があるんだけど・・・」
「なによ?」
「あ。どーぞどーぞ。どこへなりとも連れ出して下さい。あたしは先に寝てますから。リナさん、ごゆっくり。」
にこにことアメリアは、笑いながらあたしの背中を押し出した。
「ちょ、ちょっとアメリア。」
「リナさん、がんばって下さいね♪」
耳もとでひそひそと囁いて、アメリアは無情にもばたんとドアをしめた。
後には、みょ〜な沈黙に包まれたあたしたち。
「え・・・えっと・・・」
「散歩でも行かないか。」
「う・・・うん・・・・。」

黙って並んで。
あたしたちは宿を出て、ゆっくりと街路を歩いた。
誰もいない、真っ暗な町。
家家から漏れる灯と、月の光だけが頼り。

「アメリアの城出の原因は聞いたのか。」
「え?ああ。・・・何でも結婚させられそうになったからって。」
「へえ。そうだったのか。」
「うん。」
「で、どうするんだ。アメリア、セイルーンに戻るのか。」
「わかんない。アメリアは戻りたくないって言ってるし。ゼルは、戻ったら結婚させられるってこと、知らないみたいだし。」
「言ってやったら?」
「それは、アメリアが言うべきことなんじゃないの?」
「そうか・・・。」
「そうよ。」

普通に話を続けながら、歩く。
そっと触れた手が、いつしか握りあう。
「なんだか久しぶりに話した気がするな。」
「うん。そだね。」
アメリアとゼルガディスの前だと、変に意識しすぎて前と同じように振る舞えなかったのだ。
「オレは何だか、少し寂しかったな。」
「え。そう?」
どきん、としたあたしに、ガウリイは振り向いてからかうように言った。
「リナが甘えてくれなくなったし。」
「そ。それはあんたが・・・!」
「ああ。もうちょっと黙ってりゃ良かったって、後悔してる。」
「・・・甘えてほし〜の?」
「だって、そういう時のリナはすっごく可愛く見えるんだぜ。」
「む。それじゃ普段のあたしは?」
「ん?」
くいっと繋いだ手が引っ張られ。
その手に、ガウリイの唇が触れる。
「もちろん。可愛い。」

うう。
恥ずかし〜〜〜。
でも、ちょぴっと嬉しい。

「話って、アメリアのこと?」
「え?ああ。さっきの。実は違う。」
「じゃ、なに?」
「言っても怒んないか?」
「言わなきゃわかんないわよ。」
「実は。」
深刻そうな顔をしていたと思ったら、それがぱあっと明るくなった。
「リナに逢いたかったから。じゃ、ダメか?」
「うひ?」

(ぐはう。
砂糖が咽につまる・・・・・。でももうちょっと(笑))

「や、な、何言ってんのよ!?」
「何って?しょーじきに話したんだけど。」
「う。」

誰もいない町角で。
あたしたちはキスをする。
どこかの家の塀にもたれかかり。
くすくすと他愛のない言葉を呟き交わしながら。
それは・・・アメリアの言う通り。
恋人同士、って感じなんだろうな。

また変なとこに伸びてきたガウリイの手を、ぺち、と叩くあたし。
「いて。」
「こんなとこで何すんのよ。」
「オレは別に気にしないけど。」
〜〜〜この男は。
いつものぼ〜〜〜っとしたガウリイは、どこ行っちゃったのよ。
「あのね。アメリアの国では、キスした二人は結婚しなくちゃいけないって法律があんのよ?それくらい、キスは神聖なの。わかる?」
「・・・・。結婚、したいのか?リナは。」

え。

こっちを覗き込む、青い瞳に貫かれそうになる。
どうしてガウリイは、こんな風にときどき、あたしを絞め殺しそうな目をするんだろう。
「そういうこと言ってんじゃなくて。」
「じゃあどういうこと言ってんだよ?」
「え・・・と・・・」
「キス以外、まだダメってことか?」
「う・・・うん、そう。」
「ふうん。なら、無理にとは言わない。」
あっさり手を引っ込めたガウリイに、あたしの胸が何故かちくん、と鳴る。
「でも、こんな風にまた散歩、しよ?」

精一杯の言葉だったが、ガウリイには届いたのかな。
彼はあたしの頭をくしゃくしゃにすると、ふっと笑った。
「そうだ、な。今頃、アメリアが眠れずに待ってるかもしれないけど。」
「あ。アメリアのこと、すっかり忘れてた・・・・」





---------翌日。

ぎしいいいいいいいいいやあああああああ。

「アメリア、掩護を!」
「はい!」

町に留まること一週間目の日、やっとお目当てのデーモンにぶつかる。
一頭かと思ったら、それがなんと10を超える団体さんだった。
「ガウリイ!右翼を。ゼルは左!アメリアはもっと下がって、防御結界をいつでも張れるように準備!」
「油断するなよ、ダンナ」
「それはこっちのセリフだ。」

男二人は奇麗に左右に展開。
わずかにガウリイの方が速く手前の敵に斬りかかる。
駆けながらゼルガディスは魔皇霊斬の詠唱をしていた。
「アストラル・ヴァイン!」
手にしたブロードソードが赤く燃え上がる。
「はああ!」
デーモンの、突き出た毛むくじゃらの膝を足場にして、振りかぶり、一閃。
一方ガウリイはすでに一頭を倒している。
腹部で二つに切断されたデーモンの死体を乗り越え、次の目標に向かう。
あたしは長い詠唱をそろそろ終わる頃。
「ガウリイ!ゼル!」
あたしのかけ声で、二人はダッシュで術者であるあたしの元へと駆け戻る。

霊王崩爆発旋(ガルク・ルハード)!!

術者を中心に、その結界の外を爆風で吹き上げる。
精神と肉体の両方にダメージを与える、無差別攻撃に適した便利な精霊魔術だ。
派手であたし好み。
さらにアメリアの防御結界で、内側からシールを強固にする。
ガルク・ルハードを増幅で使ったのは初めてだし、考えられる危険は取り除いておかないと。

爆風がおさまると、そこにはもうよろよろの2頭が生き残っているだけ。
ガウリイとゼルには汗もかかない結果となった。




「終わったな。」
「ああ。ともかく、これでセイルーンに帰れる。」
「・・・そのことだけど。」
とうとう、あたしは黙っていられなくなった。

「セイルーンに帰ったら、アメリアは結婚させられるかも知れないって、ゼル知ってんの?」
「・・・・え?」
剣を鞘にしまおうとして。
がらん、と下に落としたゼルガディスだった。
「今・・・なんて言った?」
「だから。アメリアが、どこの誰とも知らないバカ息子と結婚させられてもいーの、あんたわ。」
「おい・・・」
横でガウリイが思いっきり脱力してる。
「それは、アメリアが言うことだって、オレに言ったくせに・・・」
「アメリアはどーなのよ。それでもいーの。」
「わたしは・・・・・」

真っ赤になったアメリアは、そっとゼルガディスの方を見て、俯いた。
「か、帰りたくないです・・・。でも、それじゃゼルガディスさんに迷惑がかかるし・・・・。やっぱり、戻ります・・・・。」
「ほれほれ。ゼルちゃん。どうなの。」
呆然と突っ立つゼルガディスを、つつく。
「ホントか・・・・・アメリア・・・?」
彼がやっと言えたのは、これだけだった。
「え・・・・はい・・・。」
「何故もっと早く言わなかったんだ・・・。」
「だ、だって・・・・言っても、ゼルガディスさんに・・・」
「俺に、なんだ。」
「関係ないって言われたら、どうしようかと・・・・」
「う。」
「ゼルちゃん。ほれ行け!」
「うるさい。外野は少し黙っとれ。」
「むが!」
「安心しろ、ゼル。これはオレが押さえとくから。」
「むぐむぐ!」
誰がこれよ、ガウリイのクラゲ〜〜〜!

「それで、城を出たのか・・・・」
「ええ。だって、誰とも知らない人と結婚なんか、嫌ですから・・・」
ゼルガディスの方を見れないアメリア。
「フィルさんには言ったのか。」
「言っても、ダメみたいです・・・。父さんにも立場がありますし・・・」
「立場より、お前の人生のが大事だろ!」
「でも・・・。」
「もういい。そんなに嫌なら、俺がフィルさんにかけあってやる。
それでいいか。」
「え・・・・・。」
「無理矢理連れ戻すのは簡単だが、ちゃんと事情を説明しなかったフィルさんにも責任がある。俺には、それを問いただす権利があると思うが?」
「は・・・・あ、ああ。そういうことですか。」
「そういうことって・・・他に何がある。」
「いえ・・・。もういいです・・・。」

「ちょっとゼル!そりゃないでしょ!アメリアはね!」
「リナ。」
「むぐ?」
ガウリイはあたしの口を塞ぐ。
それも、自分の口でだ!このたわけ〜〜〜!!
ぽかんと口を開けた二人が、こっちを見てるじゃないか〜〜〜!!
「ゼルに任せろよ。人のことを心配してる場合じゃないって。」
「な、な、なんでよ?」
「いいから。」

「どうなんだ、アメリア。俺が一緒に行って、フィルさんを説得してやる。
それでいいか。」
「・・・・・。もし、父さんが説得されなかったら?」
「されなかったら・・・・そうだな。そういう場合もあるか。」
「そうですよ・・・」
俯いて、目に涙を溜めているアメリアを見たゼルは、心を決めた。
「なら、こうしよう。」
「え・・」
ぐいっと柔らかな体を抱き寄せて。

「あ。」
「な。だから言っただろ?」と外野のあたしたち。

ゼルは唖然としたアメリアから体を離すとこう言った。
「セイルーンでは、キスした男女は結婚しなくちゃいけないんだろ?
だから、すでにキスした人がいるって、父さんに言え。」
「ゼルガディスさん・・・・!」
「わかったのか、アメリア。返事は。」
「はい、はい・・・・!ゼルガディスさん!!」
アメリアがゼルガディスに飛びつき、今度はゼルガディスが真っ赤になった。
何だかちょっと前の自分たちを思い出して、ほほえましくなる光景だった。
うんうん。
よかったよかった。


ところが、事件はこの後に起こったのだ。


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