「せくし〜をあなたに。」


「人魚姫コンテスト〜〜〜〜っ!?」

素頓狂な声を上げたリナに、アメリアが目を輝かせて答える。
「そうですよ、リナさんっ!明日、ここのお祭りであるそうなんです!」
「だから何?それがどーしたってのよ?」不審そうなリナ。
「だからですねっ!出てみませんか、そのコンテストにっ!」
「はああああ!?」
ゼルを待ちながら、ついでにお茶でもと、四人はテラスに出ていた。

アメリアはポスターを出して力説する。(はがして来たんか・・・?)
「ここをよ〜〜〜く見てください!ほら、条件はぴったりでしょ?」
「なになに。対象者は未婚の女性、それも10代に限る。なるべく小柄で(ぴくっ)なるべく華奢で(うんうん)キュートな女性(こくこく)求む。」
「ほら、賞品のとこ見てください!シ−ズン中、三泊四日の宿泊券、食事はタダ、おまけに金貨100枚ですよっ!」
「タ、タダ・・・?き、金貨・・・・?(ぴくぴくっ)」
「やるっきゃありませんよ、リナさん!」
「で・・・・でもねぇ・・・。」
ポスターに描かれた、スタイルのほっそりした人魚姿の女性に目をやるリナ。
貝殻でムネ隠すのか・・・・。

ぶはっ。
テーブルの反対側から笑い声。
「リナが人魚っ・・・・?やめとけやめとけ、柄じゃねーーって!」
ぴくっ。
リナのこめかみがひきつる。
「そ・・・そーよね。あ、あたしの柄じゃないわよね・・・。」
心なしか、声が低い。
ガウリイはそれに気付かず、なおも続ける。
「そーいうのは、こう、もちょっと色気のある人がやるもんだ。リナみたいなおこちゃまにはちょいと無理だなあ♪やめとけやめとけ♪」
「あ、兄貴・・・・」
つんつんっ。
ランツが必死にガウリイの袖を引っ張るが、ガウリイは一向に意に介しない。
「まあお前さんがやるなら、海ウシとか、ヒトデとか、もっとふさわしいもんが・・・」

ごごごご・・・・

同席のアメリアとランツは不気味な地鳴りを耳にする。
「ま、欲に目がくらむといいことないぞ?今までだってそーいう目にあっただろーが。」訳知り顔で続けるガウリイ。
リナが小さな声で呟く。

「・・・・ぷち地雷波(ダグ・ウェイブ)
「おごわああっ!?」
ガウリイの足元の地面だけが、突然スポット爆発。

しゅごおおおおおおお
どっか〜〜〜〜〜〜ん!

ひゅ〜〜〜〜〜〜っ!

「威力を最小限に抑えた術よ。町中だったのを感謝することねっ!」
「リナさん・・・。ガウリイさん、ふっとんじゃって聞こえてません。」
アメリアの言葉は、すでにリナの耳に入っていない。
「い〜〜〜わよっ!そこまで言うなら、出てやろ〜〜〜じゃない!」
「リ・・・リナさん?」
肩をふるふると震わせるリナ。
「ふっふっふ・・・。ガウリイめ、後悔させてアゲルわ・・・・。」
「リナさん、恐いっ!」




「で。その何とかって下らないお祭りに、本気で参加するつもりなのか、リナは。」
「・・・・」
包帯だらけのガウリイは、こくりと頷く。
宿屋の階下で、ゼルはガウリイと酒を酌み交わしていた。
「お前が悪いんじゃないのか?またリナを挑発するようなことを言ったんだろ。」
ガウリイのグラスに酒をついでやり、ゼルは意地悪く笑う。
「オレは別に、そーいうつもりじゃ・・・・・。いててっ。シみる・・・・」
「まったくリナも、お前が相手だと遠慮会釈無しに吹っ飛ばすからな。」

がらがらがった〜〜〜〜んっ!
階上で、凄い物音が。

「な、なんだ?」
ほどなくしてリナの罵声が響いてきた。
「二度とノゾキなんかしたら、殴るだけじゃすまないからねっ!」
「殴るだけじゃなくて、かみついてひっかいて蹴っとばしたじゃね〜〜かっ!」
続くランツの泣き声。
「あ〜あ。懲りないな、ランツも。」ガウリイ、苦笑。
「ほら見ろ。今だってランツは殴っただけ(?)だが、お前は簡単に呪文で吹っ飛ばされただろーが。」
「・・・いいんだ。たまには、吹っ飛ばしてほしい時もあるし。」
「・・・?」
ぼつりと呟いた声は、ゼルには聞こえなかった。
ほどなくして、ぼろぼろになったランツがとぼとぼと階段を降りてきた。

「兄貴。・・・・信じてくれ、俺はノゾキしてた訳じゃ・・・」
ガウリイの視線に気付き、慌ててランツが言い訳する。
「何か入り用の物はないかって、聞きに行っただけなんだ。」
「リナが着替えてるとこにか?それをお前、ノゾキって言うんじゃないのか。」
ゼル、呆れている。
「だってよお・・・。俺は兄貴のために・・・。」
「は?オレのため?何のことだ、ランツ。」
「い、いやこっちの話。あ、俺も酒もらおっかな〜〜〜。」


「アメリア・・・・。これって変じゃない・・・?」

鏡の前で、リナはアメリアを振り返る。
「変なんかじゃありませんっ!すっごく綺麗です!リナさんてば、磨けばこんなに綺麗なのに勿体ないですっ!」
リナの顔にうっすらと化粧を施し、アメリアはほれぼれと鏡を見つめる。
「ガウリイさんにも見せてあげたいです・・・・。」
「ちょっと・・・。何でここでガウリイが出てくんのよ・・・?」
「えっ?あ、いや、何でもないです。何でも。」
「髪にはパールを編み込んだらどうかしら?」
「そうですね、それはいいと思います。ネックレスとイヤリングにも・・・・・・・・・・・・・って、え?」

新たに聞こえた声にアメリアが振り返ると、そこにはミワンがにこにこと立っていた。
「楽しそうですね。私にもお手伝いさせてくださいな。」
「ミ、ミワンさんっ?具合が悪いんじゃ・・・」
「もう大丈夫です。それに、賑やかで眠ってなんかいられませんわ。」
ミワンはすたすたと部屋に入ってくると、リナの髪を手早くまとめ始める。
「ここをこうしてアップにすると、ほら、うなじが綺麗に出るでしょ?」
「おおっ!なるほど。」


「なあ、兄貴よお。俺はど〜〜〜してもわからんのだが。」
「おいおい。お前はからみ酒か・・・?」
ガウリイの肩に腕を回し、べたべたと張り付くランツ。
「あの嬢ちゃんのことだ。今までずっと一緒に旅してきたんだろ?」
「リナのことか?まあ、そうだけど。」
「なのに!何で手のひとつも出してないんだよ〜〜〜〜。」
でろっ
すでに酔っぱらったか、真っ赤な顔のランツはガウリイによりかかる。
「兄貴ともあろうもんが。男がすたるぜ〜〜〜〜。」
「〜〜〜おいゼルガディス、見てないで何とかしてくれよぉ。」
「見てる方が面白いから、遠慮する。」
「お前・・・。アメリアに似てきてないか・・?」
「なっ!何を言う。」
「なあ〜。あの嬢ちゃんが好きで一緒に旅してんだろ〜〜?兄貴よ〜〜〜。」
「ランツ。いい加減に寝ろよ。」
「じゃあ嫌いなのかよ〜〜〜〜。」
ガウリイ、珍しくしかめ面を作る。
「嫌いな訳ないだろ。嫌いなヤツと一緒に旅するほど、オレはお人よしじゃないぜ。それに、好きとか嫌いとか、何でそんな話になったんだ。」
「じゅ〜〜〜ぶん、お人よしだと思うがね。」
「ゼルは黙っててくれ。」
「おっと。」

「あのなあ。ランツ。」
自分の肩からランツの腕を外し、ちゃんと椅子に座り直させるガウリイ。
「オレはな、リナと一緒に旅をしてきたし、これからもあいつが望むならそれは続けていくつもりだ。何てったって、ほっとけないし、危なっかしいし、オレがついてなきゃ何をしでかすかわからんからな。」
「保護者、ってわけか?」
「まあ。そういうことだ。」
ひっく。
ランツは一つしゃっくりをすると、いささかまじめな顔でこう言った。
「んなノンキなこと言ってっと。あっという間に、あの嬢ちゃんはオトナになるぜ?」
「リナはまだ子供だよ。」
「い〜〜〜〜〜や。そう思ってるのは、兄貴だけかもしんないぜ?そう思おうとしてるのも、な。」
「・・・・」
「明日のコンテスト、絶対に見に行けよ、兄貴。」
にやりと笑ったランツは、ゆらっと体を揺らし・・・・そのまま後に倒れた。

ゼルとガウリイは顔を見合わせた。
「これ。どーする・・・・・?」


「リナさんて、ホントにちょっと手を入れれば素敵な女性になるのに。何故そうしないんですか?」
リナの髪を編みながら、ミワンが首を傾げた。
鏡の前で、リナは赤面する。
そ、そーいう風にあんまし言われたことないけど・・・(ぼしょぼしょ)
「そうですか?勿体ないなと思いますけど。」
「・・・ホントに?」
「ええ。」
アメリアは、部屋の奥で衣装をあれこれ広げている。
「例えば、服装ひとつでも違いますし。髪型をちょっと変えるだけでも。」
「服装、ねえ。」
「ドレスを着て歩いてみたいとか、思いません?」
うっとりとした声でミワンは言う。
「わたくし、あんなことになって、偽りの生活はやめて本来の自分らしく生きていこうと決めたんですが・・・。ふと気付くと、毎朝鏡の前で髪をとかし、スカートを穿いているんです。もう、これは慣れといいますか、結局自分らしいってこういうことなのかなって・・・。」
きゃっと照れ笑いするミワン。
何とコメントしていいかわからず、ひきつった笑いを浮かべているリナ。
「リナさんだって、好きな男性と腕を組んで、ドレスを着てお出かけしたいと思いませんか?」
「あ、あたしがっ!?」
「そうですよ。例えば、ガウリイさんとか。」
リナは席を立ちそうになる。
「な、なんでそこでガウリイが出てくるのよ?」
「あ、ダメですよ。せっかくの髪が乱れてしまいます。」
「・・・・」不機嫌そうに座り直すリナ。
「あ・・・あいつは、ただの自称保護者よ。す・・・・好きとか、そゆんじゃ・・・。」
そう言い放つ顔は、かすかに赤い。
ミワンはにっこり笑うと、鏡の中のリナに向って言った。
「そうですか?お似合いだと思いましたけど。」
えええっ!?
「どうかしましたかあ?」
リナの声に、ベッドの上にまで店を広げ始めたアメリアが呼び掛ける。
「べ、別にっ!何でもないわよっ。」慌てて呼び返すリナ。

「あ・・・あいつは、ほら、さ。あの通りクラゲだし、脳ミソよ〜ぐるとだし、剣法バカって言うか、さ。あ、あたしのことなんか、まるっきり子供扱いだし。」
アメリアに聞こえないよう、ぼしょぼしょと話すリナ。
「うふふ。」
笑うミワン。
「な、なにがおかしいのよ?」
問い返すリナ。
ミワンは、そっとリナの耳に囁いた。
「わたくしには。いい加減に子供扱いはやめて、1人の女性として見て欲しいって、聞こえましたけど?」



「ふぃぃ〜〜〜〜。重かった・・・・。」
男三人部屋で、ガウリイとゼルは疲れた顔を見合わせた。
三つならんだベッドのまん中で、ごおごおとイビキをかいて眠るランツ。
「・・疲れた。俺はもう寝るぞ。」
マントを脱ぎ、剣を外したゼルは寝仕度を始める。
ふう、とため息をついたガウリイは、ザックからタオルを出し、ドアに向う。
「何だ。まだ寝ないのか。明日はコンテストに行くんだろ?」
「汗かいたから、風呂入ってくるよ。先に寝ててくれ。」
「別に待ったりはしないさ。」枕の上で笑うゼル。


階段の手前で、ガウリイは洗面器を持ったリナとばったり出くわした。
「あれ。リナ・・・・まだ寝てなかったのか。」
「ガ・・・ガウリイこそ。」
女風呂も、男風呂も、入口は階下だったので、二人は肩を並べて階段を降りる。
リナはちらりと、傍らを歩くガウリイを見上げた。

『いい加減に子供扱いはやめて・・・・・』
ミワンの囁きが聞こえる。
リナは頭を振ってそれを追い出す。

「あんた、1人なの?ゼルとか、ランツは?」
「ん〜?二人とも先に寝てるよ。お前こそ、アメリアやミワンは?」
「まだドレスの前で楽しそうにおしゃべりしてるわ。」
うんざりしたリナの顔を見て、ガウリイは笑った。
「やっぱり嫌なら、無理して出なくてもいいんだぜ?ま、どーしても出たいってんなら、止めねーけど。」
「・・・・」
「オレがなんか言ったから、ムキになってるんじゃねーのか?まったく、子供なんだからなあ。」
ははは、と笑うガウリイ。

『1人の女性として見て欲しいって・・・・』

リナはかっと赤くなり、俯いた。
その様子に気付いたガウリイが、不思議そうな顔で覗き込む。
「どーしたリナ?・・・お腹でも痛いのか?」
リナは顔をきっと上げ。
両手をふりかざし。

ばこんっ!
「いてっ!」

屈んだガウリイの頭に、洗面器が乗っかっている。
勢いよく置いたため、中のセッケンやシャンプーの入れ物がいくつか、足元に落ちてしまった。
「リ、リナ・・・・?」
「どーーーせあたしはおこちゃまですよっ!ガウリイのばかっ!」
「へ・・・?」
「明日のコンテスト!絶対出るけど、あんたは見ちゃだめだかんねっ!」
「え・・・・・な、何で・・・・?」
突然のリナの変貌に、ガウリイはなすすべがない。
「何をそんなに怒ってんだよ・・・?」
「何ででも!絶対に来ちゃダメだかんねっ!」
「おいっ・・・」
「見に来たら」リナは女湯ののれんの前でくるりと振り向く。
「ドラグスレイブだかんねっ!」
そしてばさっと、のれんの向こう側に消えた。

「一体・・・・何だってんだよ・・・・?」

頭に洗面器を乗せたまま、ガウリイは呆然と呟いた。






ぽんぽんっ!
きゃ〜〜〜〜〜〜っ♪

知らせの花火も上がり、街には嬌声がざわめく。
大通りには垂幕が下がり、音楽を供する一団が角を陣取り、人々は一張羅を着て浜辺の会場へと急ぐ。


ぽりぽり。
ガウリイはベッドの上に起き上がり、頭をかいていた。
賑やかな物音で目が覚めたが、陽がすっかり上がりきっていることに気がついたからだ。
「・・・夕べ、長風呂したせーかな。えっと・・・。コンテストってやつは何時からだっけ・・・?」
ごそごそとベッドから出ると、両脇のベッドはもぬけの空だった。
ドアにはり紙がしてあった。
ゼルの几帳面な字で書かれている。
『コンテストは浜辺の会場。目が覚めたらダッシュで来い。』

「何だ・・・。みんな、行っちまったのか・・・。」
アクビをひとつし、大きくノビをする途中で、昨日のリナのセリフが蘇った。
『絶対に、来ちゃダメだかんねっ!』
伸ばした腕は、そこで止まってしまった。

ため息をつき、ガウリイは呟いた。

「さあて。・・・・・どうすっかな。」



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