私は美少女天才魔道師、リナ・インバース。まだ見ぬ未来に不安を感じたりはしない
魔族の脅威にさらされても決して怯えるようなことはなかった。
それなのに。いつからだろう、そうでなくなってしまったのは。ガウリィを想うとこんなにも胸が痛くなるようになってしまったのは。
だけど、今日は大丈夫なはず。
その日、私達はとある事件を片付け祝杯なんかをあげてなんかしていたりする。
騒ぎに乗じて私はほんの一時でもそんな不安から逃げられるはず。
「ところで、どんな関係なんだあんたら?」
その宿屋の主人はかなりの話好きらしい。追加注文した料理をテーブルの上へ並べながらそう尋ねてきた。すでにかなりの酒がはいっていたせいか、
「俺とミリ−ナはもちろんラブラブな恋人同士」
ルークが軽い調子で答えた。
「だれがラブラブですか」
酒が入っているにもかかわらずしっかりミリ−ナが突っ込む。
「俺はこいつの保護者」
「のガウリィと、その妹のリナは伝説の剣をもとめて三千里」
リナがいつになく陽気な調子で言ってそのおっちゃんに酒をすすめた。
「ほう。しかしあまり似てないようだが…」
きゅっとあけたグラスにリナがまたしても酒をなみなみつぐ。
「だって私達異父母兄妹だもん」
「??そうか、そうか…そりゃ、苦労しただろう」
わけがわからないままに良い具合に酔いのまわった親父がふむふむと頷いた。
「おい、妹って」
ガウリィの呆れたような声もどこ吹く風でリナがこそこそっと言い返す。
「なによお、私、ウソはいってないわよ」
確かに、ウソは言っていない。異父母兄妹=母も父も異なる=他人、なのだから
「それにい、最初に'お兄さん'って言ったのはガウリィからだもん」
「――― 言ったっけ?」
ガウリィがとことんガウリィらしい返事を返した。
「言ったもん、'お兄さんにまかせな'って。会ったばかりの頃に」
宿屋の親父を巻き込み深夜遅くまでドンチャン騒ぎは続けられた。
「頭、痛え」
ルークが二日酔いの頭を抱えながらいった。すでに昼をいくばくか過ぎているがまだミリ―ナもリナも起きてこない。
「あんた、なんともないのか」
向かいの席で平然としているガウリィにルークが妬ましげに言った。
「ところどころ記憶がない」
「あんま、普段とかわらねえな。…今回は俺も記憶が途中から吹っ飛んでるが」
ガウリィが苦笑をうかべた表情を笑顔にかえて、
「よお、目が覚めたか」
階下に下りてきたリナとミリ−ナのほうを向いた。が、こちらも見事な二日酔いらしい。
リナが青い顔でギロリとルークをにらんでそのそばを通り抜けるとガウリィの隣の席へストリと腰をおろした。
「大丈夫か、リナ」
ガウリィに返事をするかわりにリナが大声で言った。
「おっちゃん、メニューにのっている料理、上から下まで全部一皿ずつ!」
ミリ−ナとルークはもちろんガウリィも呆れた。が、ガウリィが呆れたのは、ルークやミリーナとは違う理由からだった。
「おまえ。横着な注文のしかたするなよ」
ミリ−ナとルークがガウリィの台詞にひっくりかえったのは言うまでもない。
食欲があったのはガウリィとリナだけだったのだがあっという間に皿は空になった。それを見届けたウエイトレスが4人分のデザートと香茶を運んできた。リナがそれに口をつけながら、ドサリと机の上に皮袋を置いて言った。
「ガウリィ、これ」
「これって…??」
袋にぎっしりつまっているのは金貨。
「しばらくここに滞在するから……ガウリィは」
そこで言葉をきって、リナが笑顔をうかべた。
「このお金、あげるから、町で素敵な女の娘とでも遊んでらっしゃい」
ガウリィがぶうっと香茶を吐き出した。
「げほっ。リ、リナあ??」
ガウリィがリナの真意をつかめずにつめよったがつーんとリナは横を向いてしまった。
「よく考えたらさあ、今まで、お金、一切私が管理してたから。それじゃ、ガウリィひとつも遊べなかったでしょ。いくら付き合い長いって言っても、保護者を自称している相手に女と遊ぶためのお金をくれ、なんて言えないわよね」
ガウリィが困ったように頭をかいた。
「いきなりどうしたっていうんだよ」
「昨日のこと覚えてないの?―――ここの宿屋のおじさんがガウリィにどういう話の展開からかわからないんだけど'お嫁さんはいるのか'って聞いて、そしたら、ガウリィが'こいつがいるから'なんて言っちゃってさ。おかげでおっちゃんに力説されちゃったのよ。そりゃいかん。大の男が妹にだけかかりっきりでどうするって」
「だからってなあ。……妹に女と遊ぶ金もらってはいそうですかって納得する兄ちゃんはいないと思うぞ」
リナが人差し指をガウリィの目前で振りながらチッチッチと舌を鳴らした。
「このまま私の自称保護者を続けたらどうなると思うの。私が23歳なったころにはガウリィはもう30のおっさん。そのときになって慌てても遅いでしょ。妹としてこれでもお兄ちゃんの行く末を心配してあげてんのよ」
リナほど言葉に達者でないガウリィが言い返す言葉をうまく見つけることができずに口をとざしてただリナを見つめた。ガウリィの蒼い瞳が困惑していた。ただリナがその言葉を取り消してくれることだけを待っている。リナがボソボソと口を動かした。
ガウリィがそれを聞きとろうとその口元に耳を寄せた。
「……ぐずぐずしてないでさっさといってこいっ!!」
ガウリィが耳を押さえてひっくり返る。
「まだ、行かないって言うなら…」
リナの指先に小さな光点が集まり始めた。
「わかったよっ。行けばいいんだろ、行けばっ。後で怒るなよ」
「なんで私が怒らなくちゃなんないのよ」
ガウリィの捨て台詞にリナがベーと舌を出した。ムッとした顔ででていくガウリィの背中を見ながらリナがルークに、
「悪いけど、これ」
ガウリィが忘れていった金貨入りの皮袋をわたした。
「あのなあ、なんで俺がこんな馬鹿馬鹿しいことに巻き込まれなきゃないんだよっ」
「貴方にも責任があるから」
ミリ―ナの冷ややかな声が響いた。
「お、俺?…なんかしたか??」
ミリ―ナにはとことん弱いルークが尋ねた。
「覚えてないのね、昨晩のこと。ここのおじさんとすっかり意気投合しちゃって一々相槌うってたのよ」
言われてみれば。
こんな胸のないガキの面倒をみなきゃならないなんて同じ男として同情するぜ、とか。
あんな融通の利かないガキが見張ってるんじゃ遊べないだろ、とか。
いろいろ言ったような気がする。階下に下りてきたリナににらまれた理由がわかって救いをもとめてルークがミリ―ナの方へ視線をむけた。突き刺すようなミリ―ナの視線にどっと脂汗がでてくる。
「わかった、行ってくる」
「なんなら、貴方も遊んできていいわよ。男の女遊びは世の中の義務らしいから」
ルークの背中にミリ―ナの声が刺さった。酔った勢いだったんだ、と弁明してもとても今は聞いてもらえそうにない。すごすごとガウリィの消えた方向へルークが歩き出した。
「さて、と」
ミリ―ナと向合わせになったリナの表情にはさすがに屈託が残っているもののその声は以外に明るい。空元気というやつかもしれないが。
「どうするの?」
起きた時間が遅かったせいもあってすでに夕暮れである。しかし真夜にいたるにはまだ長い時間がかかりそうだ。ミリ―ナの質問にリナが弱々しく笑った。
「そうね。…やっぱり二日酔いの朝は迎え酒でしょ」
「もう、朝じゃないわ」
ミリ―ナが冷静につっこむ。それから小さく笑ってつけたした。
「私も付き合おうかしら」
「だからあ」
リナが紅い顔でミリ−ナに抱きついた。どうもリナには酔うと接触癖があるらしい。ミリ−ナが苦笑を浮かべながらその背中をかるくたたいた。
「あいつがわるいのよ、あいつがっ」
あいつってのは、ガウリィのこと。バタンと背後の扉が開いてその当の本人が戻ってきたのだがリナはそれに気がつかない。ミリ−ナがその様子をうかがうとガウリィの方もかなり飲んでいるらしい。れいによってそれはあまり表面からはわからなかったが一人では歩くこともできなくなってガウリィに背負われて帰ってきたルークの状態からそう推測した。
「あいつってば、一個も自分の昔の話、しないんだもん。結構長い間一緒にいるのにさ、私、ガウリィの故郷がどこなのかさえしらないのよっ」
「今更、故郷なんか知ってどうするの?」
ミリ−ナがガウリィにも聞かせるために的確な方向をもつ質問をしてやる。
「…これからさきもガウリィといつまでも一緒にいれるとは限らないから。私さあ、どうしたわけか魔族とかかわる機会がやたら多くてさ、ガウリィみたいな剣一本を命綱に
してるような奴にはきついヤマに巻き込まれることがすくなくなくって。―――やだから、さ、ガウリィが私の目の前で死んじゃったりなんかしたら。もっと、最悪なのは私のせいで死んじゃったりされると…。だからあ、そう遠くないうちに別れるときがくると思うんだ。でもさ、そのうち落ち着いたときに懐かしくって、会いたいなって思うときがきてもその時にはどこにいるんだか全然検討もつかない。…私、故郷に姉ちゃんがいるんだけど、戻るとね、いつもそこにいてくれて向かえてくれるんだよね。だから」
さっきから接続語がすべて‘だから’になっている。言葉を選択するなどという知恵がまわらない分、その言葉は普段ないぐらい素直なものだ。
ガウリィがルークを肩から床へ落とした。
「ガウリィも、どっかで待っててくれないかなあって。……すっごい勝手なこと言ってるのはわかってるんだけど」
リナの瞳からあふれた涙にガウリィが唇をあててそれをなめた。リナにかかる髪が炎の光に照らされて金色にきらきらと輝く。
「…きれえ。ガウリィの髪みたい」
リナの夢見ごちなその口調にガウリィが苦笑をうかべた。ミリ−ナが手をふって酔いつぶれたルークを部屋へ運ぶためそこから姿を消す。
「待ってなんかやらない、一緒に行く」
「って、いうかもね、ガウリィなら。保護者、気取ってるし」
どうもリナには目の前にいる人物がミリ−ナに見えるらしい。何がおかしいのかくすくす笑って声をつまらせた。
「夢をみたの。つないでははなれる、はなれてはつながれる…今までに出会った何人もの人達。…もし、これ以上魔族につきまとわれるようなら私はこの手を離さなくちゃならない。それに私がそれを口にする前にガウリィの方が言うかもしれない。ガウリィにつないだ手を振り払われたとき、いつものようにしっかりと一人で立っていられるように」
ガウリィがリナの手を掴んだ。
「離さない」
「ガウリィが本当のお兄ちゃんならよかったのに…そしたら離れてもまた、きっと会えるのに」
「俺は、兄ちゃんにはなれないからそばにいる」
また、リナが笑い出した。笑いすぎでおっきい瞳の端に涙をうかべた。
「寝る。こんだけ酔ってれば哀しい夢もみない」
ふらついたリナをガウリィが抱きあげた。そのまま寝室まで運んでいく。リナがガウリィの胸にコトリと頬をあてた。
「以外に力あんのね、ミリ−ナ」
ガウリィがため息をついた。
リナが白い日の光に目を覚ました。背伸びをしようと腕を布団からだそうとして奇妙な重量感にその正体を確かめようと目をこすった。すっと呼吸を止めたリナの前でそれの瞼がゆれる。
「…ん…。…なんだ…リナか」
ふたたび瞳を閉じかけたがウリィの頭をリナがスリッパで叩いた。
「なんだじゃないでしょなんだじゃ。なんであんたが横で寝てんのよっ」
リナが二日酔いまじり(三日酔い?)の青赤い顔でぶるぶると握りしめた拳を振るわせながら怒鳴った。
「なんでって…お前が一緒に寝てくれって手を掴んだままはなさなくって」
見れば確かにしっかりとガウリィの手と自分の手がつながれている。
「覚えてない…そんなバカな。ガウリィじゃあるまいし!」
「度を超して飲んでたからなあ、お前。気分は?」
ガウリィが心配気に尋ねるがリナが消え入りそうな声で尋ね返した。
「わ、私…なんか変なこと言ってなかった?もし、言ってても全部ウソだからね…酔っ払いの戯言を真に受けるんじゃないわよ」
ガウリィがにっこり笑った。
「何、心配してんだか知らないけど、俺の方もあんまり昨晩のことって記憶にないんだよな」
リナがはあ〜と脱力した。
「そんなことより、メシにしようぜ、メシに」
ガウリィがリナの手を掴んだままベッドから立ち上った。
「あのさ、リナ」
じっとガウリィがリナをみつめた。カッと顔を朱に染めて、
「な、なによ」
「わるい」
「へ?」
「昨日の金、最初に入った酒場で盗まれた」
リナがずっこけつつも叫んだ。
「なんですってええ。あれいくら入ってたと思ってんのよ」
「だから、謝ってるじゃないか」
「謝ってすみゃ」
「弁償するよ」
ガウリィが殊勝な表情で言った。
「――――いいわよ、あんたにあげたお金なんだから」
「弁償するよ」
「そんな甲斐性もないくせに」
リナの悪態も苦笑ひとつでするりとガウリィはかわした。
「そおだな。だったら、俺の時間をリナにやるよ」
一瞬、ガウリィの言った言葉を理解できずリナが首をかしげた。
「これから先の俺の時間をリナに全部やる」
「な、なにいってんのよ。そんなこと軽く言うんじゃないっ。だいたいね、これから先、もっとしゃれになんないような魔族が」
「って、いうか、俺、リナがいないと生きてけない」
息をのんだリナにガウリィがにやりと笑って言葉をつぎたした。
「魔族にやられる前にのたれ死ぬと思う。せっかくもらった金も一日でぱあにしちゃうもんな」
「ちょっとお。―――一生私に養わせる気?」
ガウリィがくっくと笑った。
「そうだな、なんせ俺、甲斐性無しだし」
あ、やっぱり、根に持ってたか。
それでもリナがまじめな表情で聞いた。
「―――本当にずっと一緒にいるの?」
「ああ。さっきから言ってるだろ、リナに全部やるって」
リナが笑った。
「そう。じゃあ、空腹でのたれ死ぬよりはマシな死に方をさせてあげる」
ガウリィが聞きようによっては不吉なリナの台詞にその肩を抱き寄せた。
「そっから、なんか悩み事があるんなら俺に言えよ。あんま、頼りにならないかもしんないけど酒でまぎらわすよりはマシだろうし」
「な〜に、言ってんのよ。悩み事なんてひとつもないわよっ。」
そう、私を誰だと思ってんの。まだ見もしない未来に怯えるようなことは一度だってないんだから。
リナが笑った。
END
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