「一年後の未来に」ガウリイさいど♪    


「あれ?・・・花だ」
オレは道端で足を止めた。



こんこんこんこん

「おーい、リナ。何してるんだ?
昼食終わったと思ったら、ずっと部屋に閉じこもりっきりで。何かあったのか?」
その呼びかけに、応えはなかった。
だが、オレが尚もしつこく戸を叩き続けると、ドアを挟んでくぐもった声が聞こえてきた。
「・・・なんでもないわよ。
今日は次の街へ行くつもりないから、ガウリイはここの村の中でもぶらぶらしてきなさい!」
面倒そうに言い放ち、それきり声は聞こえない。
「・・・・・・へ? おい、リナぁ?」
我ながら間の抜けた声をあげて聞き返すが、リナはそれ以降返事をしなかった。
「・・・しょうがないな。じゃあ、ちょっと出かけてくるから」
ややたって、返事を諦めたオレがドアの向こうに声をかけたが、やはり無反応だった。



朝食の席での少し落ち着かない態度、昼食時の上の空だった様子。
リナの、まるで虚空を見つめていたような瞳がオレの頭をかすめる。
「あいつ、また何か考え込んでるんだろうな」
・・・少しくらい頼ってくれてもいいのに。
「オレだって、話くらいは聞けるんだけどな」
・・・たとえ、それが解決の糸口にはならなくても。
溜息さえ漏れる。あいつはそういうやつだって、分かってはいるんだが。
「花・・・か。」
オレは再び視線を落とす。
鮮やかで、どことなく淡い色をした花びら。
みずみずしい緑。
じっと見ていると、後ろから人の気配が近づいてきたのに気付き、振り向く。
「おや。花を見ているのかい? 綺麗だろう? あたしもここを通るたびに見るんだよ」
振り向いたオレに話し掛けたのは、確か・・・宿屋にいたおばちゃんだ。
何やら沢山の荷物を抱えているが、なんとなくあまり大変そうな様子には見えなかった。
宿泊手続きをするリナとオレを見て、何だかしきりににこにこしていたから印象に残って
いた。
「この花の種、風がここまで運んでくれたんだろうね。ここらには無い花だよ」
「へえ・・・そうなんですか」
オレが興味を示すと、おばちゃんは嬉しそうにこんなことを言い出した。
「どうだい、お嬢ちゃんにプレゼントしたら?」
「・・・へ?」
「お嬢ちゃん。あんたの連れの。女の子は、花を貰うと嬉しいもんなんだよ」
「・・・・・・そういうもんですか」
オレがそう言うと、おばちゃんはにーっと笑ってみせた。
「それじゃあ、頑張りな」
「?」
おばちゃんは含み笑いのようなものを残し、宿に続く道を歩いていった。
・・・・・・それにしてもあの大荷物はなんなんだ・・・・・・
オレはぽりぽりと頭を掻きながら、再び花へと視線を移した。



「あれは・・・リナじゃないか。まだ部屋にいたのか」
宿へと帰る道、オレの目は遠目からでもリナが窓辺に佇んでいるのに気が付いていた。
歩を進めながら、目を凝らしてその表情を伺う。
「なんかやっぱり・・・思いつめた顔してるな・・・・・・」
窓を外へと開け放ち、頬を付いて空に見入っているその姿は、それでいていつもより綺麗
に見えた。
「どうするかな? ・・・きっとまた部屋には入れてくれんだろうしな」
ちらりと視線を下に移し、オレは無言で頷いた。



「よっ・・・と」
オレの伸ばされた足が、支えになるところを見つけ出す。
そこに重心をかけると、もう片一方もそこへと移動する。
・・・何だか泥棒みたいだな。
オレは、今の自分を振り返り、苦笑した。
いや、塔に幽閉されるお姫様を救いに来た騎士か?
・・・そんな格好良いもんでもないか・・・
オレはもう一度苦笑すると、取っ掛かりに腕を伸ばした。


リナは相変わらずそこにいた。
しかしその視線は窓の外へは向けられていなく、やはり虚空を見つめてぼーっとしている。
ただ、少し寂しそうな色をするその瞳に、オレは見入った。
その憂いを帯びたその表情は、普段とは違った彼女の雰囲気をかもし出している。
だが、オレが最も気に入っているのは、リナの輝く瞳だった。
その瞳を輝かせたくて。虚空じゃなく、自分を見て欲しくて。オレは片手を握り締めた。


こんこん

「ん?」
軽やかに鳴ったその音に、リナがこちらに視線を向けた。
その瞳に窓から顔を出すオレを認めると、いきなり慌て出す。
「ガウリイ!? ちょっとあんた何やって・・・何階だと思ってんの、ここ!」
オレはそれには応えずに、ただにこにことしておく。
オレは先程、自分の部屋の窓から隣のリナの部屋へと壁をつたって来たのだ。
確かに落ちればヤバい高さではあるから、リナが目をむくのも仕方ない。
さすがのオレも、地面から登ってくる気は起きなかった。
オレの顔が自然と笑みになる。何故だか知らないが、笑みが零れる。
リナは、さっきまでの表情を放り出し、オレを見ている。
少なくとも今だけは、オレのことを考えている。
オレは片手に握っていたものを両手に移し替えた。
「ほら。リナこれ」
そのまま両手を差し出すと、ぽかんとした顔をされるが、気にせずリナの手に渡す。
「何よ、これ・・・」
リナはそれを両手で抱えると、じっと見つめる。何だか呆然と。
「何って。花だよ」
とりあえず見たままの、ごく当たり前の事を言っておく。
「・・・なんでまた?」
オレはリナにそう聞かれると、今まで平然としていた自分が、どんどん照れていくことに
気付いた。
そういえば、花を摘む時はリナの喜ぶ顔が見たかった一心だった。全く照れはなかった
はずだ。
だが、改めてリナに指摘されると・・・
やっぱり、なんか照れる。自分が『リナのために』花を持ってきたということに。
「いや、な。ちょっと散歩に出てたんだが・・・何か綺麗な花が咲いてたから。それで」
オレはその気持ちを持て余し、照れ隠しに笑ってみせた。
「それは・・・わざわざ・・・・・・・・・ありがと」
やはり、リナは素直に感謝を伝えるのはどうも照れくさいらしい。
だが、その表情が、オレに満足感を与える。
「どういたしまして」
オレはその、リナの精一杯の感謝の言葉に、笑って返した。
リナがもう一度、自分の抱える花を見つめる。
オレはその様子にふっと笑うと、
「綺麗だろ?」
そう、問い掛ける。
「うん」
リナは意外にも素直に頷いた。
その様子が可愛くて、オレはそのリナの髪を撫でてやった。
リナはそんなオレをじーっと見つめていたが、やがてちょいちょいと、指でオレを部屋の
中へと呼んだ。
「あのね。そんな風に子供扱いしないで。あたし、誕生日来たから」
リナは少し乱された髪を片手で整えながら、そう言った。
「へーっ、知らんかったぞ。オレは。で、何歳になった?」
これは普通の質問だろう。だが、リナは笑って言った。
「れでぃに歳を尋ねるのは失礼ってもんよ。ガウリイ。それに、考えてみなさい。すぐ
分かるから」
「そっか」
オレはしょうがなく頷くと、少し考えてみる。
ずっと前にリナが言っていた歳は・・・確か、15だったはずだ。
・・・それから・・・・・・確か、誕生日が来たって、どさくさ紛れに報告されたはずだ。
そういえば、今までリナの誕生日、祝ってやったことって無かったなぁ・・・・・・
結構長い間、一緒にいたのにな。
そんな風に、オレがしみじみ思い出していると、リナから呆れた声がかかる。
「・・・まさかガウリイ。あたしの前の歳忘れたんじゃないでしょーね?」
一応、忘れたってわけじゃないんだが・・・
「いや・・・・・・まあ・・・・・・・・・っと、リナ。それで、お前さんの誕生日って
いつだったんだ?
オレ、教えてもらってない気がするんだけど」
「また忘れたんじゃないの?」
・・・・・・・・・そうだっけ?
いや、そんなはずは・・・
「う・・・・・・でも・・・聞いた覚えはないぞ・・・・・・誕生日はもう来た、って
言われたことはあった気がするんだが・・・・・・
今日もそうだし・・・」
オレが言い訳めいた事を言っていると、リナがジト目で見てきた。
その視線に、オレは思わず声を張り上げる。
「お前さんの誕生日だったら、いくらオレだって忘れないって! な、教えてもらって
ないよな、オレ!」
そしてリナをじっと見る。すると、やがてリナの目がふっと緩んだ。
「はいはい。教えてないわよ。誕生日なんて、教えても仕方ないし」
軽い口調でそう言うと、ぱたぱたと手を振る。
・・・やっぱり教えられてなかった。
リナって時々物凄く意地悪だよな。
「でもな、教えてたら・・・今年くらいはオレ、プレゼント用意できたのに・・・」
これは本音だ。
前の時とかはもう仕方ないとしても、まだ大きな事件に入っていない今年くらいは、
言ってくれたらなんとでもしたっていうのに。
過ぎちまったことはしょうがないのだろうか?
第一、来年の・・・リナの誕生日が来るまでに、オレとお前が一緒にいられるっていう
保証はどこにもないから。
今年くらいは、祝ってやりたかった。
リナは、少し考え込んでしまったオレの表情に心配したのか、明るく笑って言った。
「そんなことないわよ。現に今、ちゃんと貰えたしね」
今度は悪戯っぽく笑うと、花を抱えてドアの方へと歩いていく。
そしてくるりとターンをする。
リナの、艶やかな髪が合わせて動く。
「せっかく貰ったことだし・・・宿屋のおばちゃんに花瓶と水、ちょっと分けてもらう
ことにするわね」
オレは呆然としていた。リナの言っている意味が、分からない。はぐらかされた気も
する。
リナはそのままオレに背を向けて、ドアノブに手をかけると、
「そーだ。ガウリイ、今夜のお食事は豪勢に行くわよ。楽しみにしてなさい。
なんたって今日は・・・・・・あたしの、誕生日なんだから!」
リナは一瞬振り向き、オレの顔を見た。
そして足早に廊下へと出て行く。
その瞳はもう、普段と同じ。


いや、それ以上に輝いていた。




やがて花を生けた花瓶を抱え、戻ってきたリナの顔は、何故だか真っ赤に染まっていた。
オレがその理由を知るのは、食堂で、リナが宣言した通り豪勢な飯にありつきながら、
にやにや笑いを浮かべる食堂のおばちゃんに、オレとリナが始終からかわれることに
なった時だった。
あの時の、おばちゃんの大量の荷物はリナが前もって頼んでいたこの食事のためだった
らしい。


まるでおばちゃんに計られてしまったようだと、オレとリナは照れながら笑い合った。


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『一年後の〜』の、謎解きです。
実はこういうことが裏で(笑)行われていたんだな、というくらいに思って読んで下さい(笑)。
・・・リナSideだけの方が夢があったかもしれない・・・(汗)

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