「月の輝く夜に」2ページ目♪


「おい」
あ、やばい。ガウリイがじと目でこっちをにらんでる。
「じゃ、あたしも自分の部屋に荷物を置いてこなきゃいけないから」
うまく、ガウリイの横をすりぬけて、彼の部屋を出ようとする。
あたしを遮るようにガウリイが、ダンっと戸口に片手をつく。
避けようとするあたしの横をもう一方の手がふさいだ。
見下ろすような位置でアップの彼。
う、ちょっと心臓に悪いような、不機嫌な表情。
いつもより、濃さが増したような青い目についどきまぎしてしまう。
「どうして、よりにもよって今夜なんかに依頼を引き受けるんだおまえさんは!
すこしは、自分の身体ってもんを考えろ!」
「なんのことよ。身体を考えるって」
「しらばっくれるな!おまえこの村にはいってから、一度だって魔法を使って
ないだろうが!体調だなんて言い訳はなしだぞ」
う、鋭い。確かにこの村にはいってから、自分の魔力が衰えている。
あたしの魔力は変わってない。ただ、それを形にする前に何かが吸収
している。そう、魔力を吸い取るような何かがここにはいるのだ。
で、付け加えるなら、体力や気力といったものにまでそれは干渉して
いるようだ。
「そうね、ここには何かがいる。あたしの魔力をおさえるか、吸収して
いるかは良く分かんないけど」
「それがわかってて、なんであんな依頼を引き受けるんだ!魔法が使え
ないだけじゃない。おまえここにきてから絶対疲れやすくなってる。
そいつが食ってるのは魔力だけなのか」
「!」
そう、食ってる。ガウリイ、やっぱりあんた良い感してるわ。
そうよ、そんな感じなんだわ。これで昏睡した魔道士の山の謎が解
けた。あとは、そいつを見つけて、あたしの魔力をただで食ったつけ
をはらわせるのみ!
「どんな依頼だろうと一旦引き受けた以上降りるつもりなんて無いわ。
しかたないでしょ。人助けなんだし。それに神殿には絶対いかなきゃ
いけなかったんだし、ただで案内してくれるって言ってんだから。
それとも、あんたはあんなおばあちゃん一人に
デーモン出るような山道を行かすわけ?」
「う、そりゃそうだが、魔法の使えん魔道士がついてってどうなるってんだ」
「なに言ってんの。あんたがいるじゃない。
あたしだって増幅すれば、少しは使えるんだし大丈夫よ」
「じゃ、俺とあのばあちゃんとで行くから、おまえは残れ」
「あんたが神殿に行ったって、お目当てのもんが見つかるわけないでしょ!」
「う、しかしだな」
うっし、もう一押し!
「大丈夫だって。あたしだって、多少は使えるし。......無茶はしないから」
「おまえのそのセリフはあてにならんからな」
それでも、溜め息をつきながら手をはずそうとする。

ぽたり

ふいにあたしの顔にガウリイの手から滴り落ちたものがあった。
ん、なにこれ?手の甲でふきとってみたものは。
げ、血じゃないの!
「あんた、手を切ってるじゃない!」
「なめときゃ治るさ、こんな傷」
「そういうわけにいかないでしょ!」
彼の手をとり、傷をきれいにする。
戸口の金具でこすったようだ、ちょっと深い。
「うん、ちょっと待ってね。リカバリイ!」

呪文を唱えた終わったとたん、苦悶の表情を浮かべたガウリイが
ゆっくりと崩れ落ちた。


今、ガウリイは高熱を発し、宿のベッドに横たわっている。
全身に赤いポツポツした発疹、喉は腫れ上がって呼吸が苦しげだ。
ガウリイが倒れたとき、あたしがあげた悲鳴をきいて、宿のおやじさんと
アクアさんがかけつけて、寝かせつけてくれた。
原因はあたしのかけたリカバリイ。
前にも、風邪をひいた郷里のねえちゃんにかけ、肺炎にしたことがあったけど、
今回はガウリイにやってしまった。
同じ失敗をするなんて。
ぼんやりしてるあたしの前で、アクアさんは喉に湿布を当て、
氷を入れた皮袋を首と手と足のつけねに置いていく。
「さて、あとは薬なんじゃが。とりあえずこれでも飲んどいてもらおうかね。
大丈夫、あんたぐらい体力のあるにいちゃんなら、1週間もあれば治るさね」
そう、薬、その言葉で呆然としていたあたしは、目が覚めた。
してしまったことを、思い悩んでもしかたない。
あたしが、今できることをしなくっちゃ。
アクアさんに声をかけようとしたあたしを
「リナ」
かすれた声でガウリイが呼んだ。
はじかれたように側に寄ると、手でもっと側に寄るように手招きされる。
彼の口に耳をよせる。
吐く息が熱い。
「い、く、な」
「!」
しばらくためらったあと、あたしは平静を装い答える。
「わかったわ」
これは嘘じゃない。わかったとは言ったが、あたしはアクアさんと
神殿に向かうのをやめるとは言ってない。
あたしの返事をきいて、ガウリイの表情がゆがむ。
やっぱり苦しそうだ。
「........」
立ち上がろうとする、あたしの頭にガウリイの手がかかった。
「な、なんのつもり!」
そのまま抑えつけるようにされ、もう片方の手が首の根元にちかづいてくる。
う、はずせない。
彼がかすれ声で囁くように言った。
「だめだ、行かせない」
そのまま首の根元を強くつかまれて、あたしの意識は闇に沈む。

気がつくと、部屋は暮れかかる夕焼けの残滓に染まり、
側には心配そうなアクアさんの顔。
がばっと起き上がり、
「あたしどうして?!」
苦笑しながら、アクアさんが
「たいしたもんだね、あのにいちゃん。
あんたを行かせまいと気絶させたんだよ」
「.......それで?ガウリイの具合は?」
「あんたを気絶さすのに、自分も力を使い果たしちゃってね。
いまは、寝てるよ」
「それで?神殿跡へは?まだ間に合う?」
驚いた表情でアクアさんが聞き返す。
「あんた、魔法が使えないって、あのにいちゃんが言ってたが、行く気かい?」
「一度、引き受けたものを断るわけにいかないわ。
魔法は、完全じゃないけどまったく使えないわけじゃない。
..........それに、薬草、いるんでしょ?」
アクアさんの顔がわかっているよと、いたずらっぽく微笑んだ。
「リナ・インバースの名はだてじゃないようだね。
それじゃ、夜の散歩といこうか」
なぜか、あたしは顔が赤くなっていた。

いきがけにガウリイの部屋をのぞく。
夜のせいか、顔のポツポツもさして気にならない。
呼吸もよく寝ているせいか、落ち着いたようだ。
側にマリーナがついている。
アクアさんと一緒のあたしを見て
「どこへ行くんですか?あんなに止めたがってたのに。
それにこの人についてなくていいんですか?」
瞳にありありと非難の色を浮かべ 問いかける。
「ガウリイが止めたかったのはわかってる。
でも、そこで止まったらあたしがあたしでなくなっちゃうから。
こんなこと頼めたもんじゃないかもしれないけれど、このくらげのことお願い」
なんでと言いたそうなマリーナの視線を振り切るようにガウリイに囁く。
「ごめん。でも薬草は手に入れて来るから」

マントをひるがえすようにし、夜の帳のおりる外へと走り出す。

驚いたことにアクアさんは、かなり戦い慣れていた。
あたしがライテイングで目を焼き、アクアさんが強力な酸をぶっかける。
肉体を焼き体力を奪ったところであたしがとどめのエルメキアランスを放つ。
はじめて組んだわりには、なかなかの成果だったと思う。
ただ、レッサーデーモンも6匹目になるとあたしの息があがりだした。
体力の方の消耗をあんまり考えずに飛ばしすぎたせいだろう。
ただあたしが7匹目を仕留め、斜面を転げる前に
アクアさんがもう一息だと言っていた。

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