「月の輝く夜に」3ページ目

* * * * *

だれ、あたしのほっぺを叩くのは。
うん、なんかペパーミントの匂いがする。
「リナさんや」
この声は!目をあけると、アクアさん!
あ、しまった、あのまま転がり落ちちゃったんだ。
起き上がろうとすると、身体中が痛む。う、でも骨は折れてないようね。
アクアさんに助けられながら何とか身体を起こし、周りを見る。

そこは平地で、所々に白い岩があった。
月明かりに白く、まるでそこだけ光るように浮き上がってみえた。
ふーん、よく見るとこれこの平地全体を覆うように五角形に配置されている。
よくよくみるとそれをつなぐように文字が、描かれている。そう、これは、
「なんておっきな魔方陣なの」
「ああ、封印をしているものがやっかいなものだったんでね」
その声に含まれるものに、なによりその気配にあたしの身体が威圧される。
さっきまで、人のよさそうなおばあちゃんだった。
その外見は変わらないが、人としての気配は脱ぎ捨てられ
魔族とも違う威圧感にあたしは思わず圧倒される。
「ごめんよ。だますつもりはなかったんだ。
私があれに施した封印はもうあと幾ばくももたん。
あんたが現われたこの機会を逃すわけにいかんかった。
わたしはもうほとんどの力を封印とその維持で使い果たした。
あれを還すゲートを開く力がなかったんじゃよ」
「.......その封印してあるあれってなんなの」
「それは、降魔戦争の時空の歪みで紛れ込んだ。
魔族が負の感情をくらうように、感情をくらったり、放出したりする精神生命体。
あんたや、ほかの魔道士の魔力をも、好物と感じたようでね。私の封印の隙を
ついてはどうやら 精神力や、生命力もつまみ食いしてたようだね。 あれは
どちらかというと獣に近い。降魔戦争のとき、そいつがわたしを助けてくれた」
「それじゃ、そのまま飼っときゃよかったじゃない!」
「あまりに異質すぎて、理解を超えるんじゃよ。
おまけに、強力すぎて制御も滅ぼす事もできん。
それに帰りたがってる。
私を助けたのも、それに協力すると約束したからなんでな」
「それであたしになんのメリットがあるっての!
人に物を頼むのにこれはないんじゃないの?
あんたの正体がなんなのかは知らないけど
このあたしをだましてただで済むとは思ってないでしょうね」
「すまなかったね。あれから1000年。
闇のものが蠢く気配を感じるのに、わたしには残された時間がない。
このままでは、還すという約束を果たせないままになってしまう。
そこにやっとゲートを開く事のできるものが来た。
老い先短いもんで、ついついあんたを頼っちまったのさ」
すっとぼけた物言いに、だんだん怒んのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
1000年かあたしには気の遠くなるような時間だけれど。
その紛れ込んだ奴には、この人たちにはどうだったのか。
この人たち、いや人じゃなくこれたぶん神族の残留思念のようなものだと思う。
そういえば、クレアバイブルの神殿でこんなふうなおばあちゃんにあったっけ。
「そうそう、報酬はこの神殿の跡にある神聖呪文のオーブを進呈しよう。
それとあんたの相棒のあのハンサムなにーちゃんの治癒。
そして、ルナさんに感謝の言葉を伝えておくよ」
やっぱり、神族もくえんやつばっかり。
あたしは心のなかで毒づいた。
姉ちゃんの名前をだされちゃ引き受けないわけにいかないじゃない。
「わかったわ。んで、具体的には何をするの?」
「ああ、魔方陣の中心に立っておくれ。わたしが魔方陣を活性化して
あんたに魔力をそそぎこむ。
そして、現われたゲートを切ってくれたらいいんじゃよ。
そのあいたゲートのすきまから、封印してたあれを送り出すから」
あたしは、ゆっくりと魔方陣の中心に向かう。

その頃、宿の一室でマリーナは、横たわるガウリイに見惚れていた。
ずいぶん発疹もおさまり、呼吸もらくになったようだ。
金の髪がシーツの上に広がっている。
整った顔は、昔あこがれた絵本でみた王子様のよう。
「きれい」
我知らず顔が赤くなり、手で頬をおさえる。
そのとき、階下から父の呼び声がした。
起こしちゃいけないとそっと立ち上がり、ドアを閉める。

ベッドに横たわる男の顔が不意にゆがみ、くいしばった歯のあいだから
絞り出すように言葉を紡ぐ。
「...リ....ナ」
自分の声で意識がもどる。
「リナ!」
叫びながら、ベッドを飛び降りようとし、
汗ばんだパジャマが身体にまとわりついて思わず床に片膝をつく。
日ごろの彼からは想像出来ないその姿。
唇を噛み締めながら、起き上がり頭を振って、意識をはっきりさせようとする。
そして、自分の守るべき少女がいないことを感じる。
「あの馬鹿」
まだ身体はだるいが、動けないわけじゃない。
手早くパジャマを脱ぎ捨てる。

そのときドアが開いた。
盆をもったマリーナが上半身裸の彼をみて、硬直する。
名工がうった彫刻のようなその裸身。
おもわず見とれて、顔が赤くなってしまう。
そんな彼女に気づかないかのように、ガウリイは黙々と装備を身につける。
彼が何をしているか、やっと理解したマリーナが止めようとする。
「何してるんですか!まだ寝てなきゃ........」
振り返ったガウリイの目を見て、それ以上の言葉は飲み込んでしまった。
底知れない冷たさを感じさせるアイスブルーの目。
身体全体から、よく切れる剣のような殺気を放っている戦士。
がっちゃーん
知らないまに身体が震え出し、カップを載せたお盆を取り落としていた。

彼女の様子をみて、ふいに彼が苦笑する。

マリーナがほっとしたことに、彼の身体が震え出すような殺気は
一瞬にして拭い去られる。
「それじゃ、俺は行くから」
はっとして止めようとするが、すでに彼の姿は消えていた。

夜の森を疾駆する、金髪の戦士。
月明かりだけの獣道を尋常ではない速さで進んでいく。
ところどころに無残なデーモンの残骸がころがっているのが彼の道標になる。
彼の心を占めるのは、栗色の髪の少女のみ。
傍らに彼女がいない、ただそれだけで心が凍り付くようだ。
普段の茫洋とした雰囲気のかけらもなく、現われたデーモンを
すれちがう唯一瞬で剣をふるい、まっぷたつにして屠る。
鬼神のようなその姿。
想うのは、自ら守ると誓った少女のこと。
彼女を守りたい。なんに替えても。何をしても。
彼女が傍らにいない、それだけで心臓を握り潰されそうな気持ちがする。
この気持ちを表わす言葉を知らない。
ただ彼女を守りたい。
ただ彼女の傍らにいたい。
そのために剣をふるう。

ふと、空気の揺れる気配と何かの力が溢れ出すのを感じる。
尋常ではない。
迷わず、彼はその方向にむかう。
「リナ」

あたしは魔方陣の中心と思われる場所に立ち
精神集中をしようと軽く身体の力を抜く。
「あ、言い忘れとったんじゃが、光に集まる蛾のように
魔のものが集まってくるかもしれんから」
おい、言い忘れていいことかそれが!
「だいじょうぶじゃよ。この近くにおるんは
レッサーデーモンがせいぜい数十匹程度じゃから。
この魔方陣の内側なら防げるって」
おい、しゃれになんないぞ、そいつは!
「さ、始めるよ!オオゥーー、アナク・ラクス........」
とうとうと、流れるような神聖呪文に呼応するように巨大な魔方陣が輝き出す。
そして、抗議の間も与えずにあたしにエネルギーが注ぎ込まれる!
そのエネルギーを受けるように
あたしの身体は光に包まれ髪が軽く浮き上がっていく。
自然と腕を正十字に組み、あたしはカオスワーズを紡ぎ出す。
「四海の闇を統べる王.........」
神聖呪文を唱え終わったアクアさんがあたしの横に立ち、口を開け
あたしには聞こえない言葉で何かの呪を紡ぎ出す。
空間が震え出す。
「悪夢の王の一片よ 世界のいましめ解き放たれし.........」
あたしがラグナ・ブレードを完成させると同時に
巨大な結界の外にデーモン達が群れ出したのが感じられる。
そして、アクアさんの前にそれは呼び出される。

それは最初、大人の頭部ぐらいの光にみえた。
それの放つ、望郷の念におもわず飲み込まれそうになる。
「リナさん。あれを断ち切っておくれ!」
アクアさんの声ではっとし、剣を目には見えないが
確かにあると感じられるその呪縛に振るう!
「!」
途端に身体に凄い衝撃を感じる。
その瞬間なにかに包まれ、守られる。
「あったかい」
思わずつぶやいた。
あたしは、この気持ちを知っている。

彼がかすかな、だが確かな存在を感じ取る。
なんだろうこの気配は。

ガウリイが立ったのは、奇しくもリナが転げ落ちた斜面。

もう少しで、感じる力の中心につく。
あいつは絶対そこにいる。

あの窪地で光っているのは魔方陣か!
そしてその中心にいるのは
「リナ!」
う、あのまわりに集まっているのは?!
何て、数のレッサーデーモン!
考えるより早く、彼は斜面に身体を躍らせた。


デーモンたちに取り囲まれてるっていうのに、あたしときたら
この光に包まれているせいかただただ幸福を感じていた。

ヤットカエレル
ひかりの塊の感謝の念を感じる。
その時、魔方陣を囲んだデーモンが無数の炎の矢を生み出した。
おかげで、自分の置かれている状況にはっと、気がついた。
まづい、確かに結界のおかげで当たりはしないが
このままでは蒸し焼きになってしまう。
冗談じゃない!もう魔力なんかかけらだって残ってない。
この子が包んでなきゃ、もう倒れ込んでるはず。
くそう!

そのとき、リナを包んでいるその柔らかい光が笑った。
歓喜!
その思いに圧倒されそうになる。
まるで、光の洪水のよう。
アクアさんがガードしてなかったら、あたしの心は
すっかり焼き尽くされていただろう。

そして、それが収まったあと、魔方陣の周りの
デーモンたちはきれいさっぱり倒されていた。

いや、遠くに何か、まだ動くものがある。

え?あっというまにあたしに駆け寄ってくるあの姿は
「ガウリイ?!」
やっぱり、あの金髪は見間違えようがない。
でも、なんだろう。
いつもとずいぶん雰囲気が違ってる。
「??!!」
不意にアクアさんがあたしを放し、あの光の獣とともに
あたしたちの真上にきている月に向かうように飛んだ。
ああ、帰っていくんだ。あの子。
そう、間違ってこの世界にきたあの子はまだほんの子どもだったのだ。
笑っているのね、二人とも。
あたしは、安堵とともに、消えていく魔方陣の上に倒れそうになる。
そのとき、急にふわりと、たくましい腕に抱き止められる。
「ガウリイ」
ああ、いつもの彼がいた。
そのブルーの目は、暖かい春の空の色。
私を慈しむようにそっと抱き止め包んでくれる。
あたしは、微笑みながら彼の胸に身体を預ける。

彼の想うことは自分のすべてをかけて彼女を守りたい
ただそれだけ。
何者にも代え難いもの。
大切すぎて、言葉にできないもの。

月の光を浴び、金色の髪の戦士が、
少女をその思いをこめてそっと抱きしめる。

どれぐらいたったろう。
あたしは、ほっぺに固いものがあたってる感触で
身じろぎをする。
あたたかくあたしを包んでいるたくましい腕。
え?腕?腕って、
「!!!!??なんで、熱だして寝込んでるはずのあんたがここにいるのよ!」
あたし、知らないまにガウリイと抱きあってた。
う、なんか身体に力がはいんない。
「........心配したんだぞ」
あたしは今までのことを思い出す!
ああ、ガウリイの治癒、してくれたのかぁ。
「よかった」
そのまま幸せな気分で彼に身体を預けていた。
ああ、あの光の子、還る前の幸せな気分を置いていったみたい。
そのとき、コツンとあたしの足にあたったものがあった。

月の光を反射して綺麗に輝く、ルーンオーブ!
あたしは自然とガウリイの手を抜け、ルーンオーブに手を伸ばす!
「やった!これで神聖呪文を使えるようになるかも!」
ルーンオーブを抱きしめながら、ガウリイを仰ぎ見る。
ふいに彼があたしの頭をその大きな手でくしゃりとなでる。
ああ、月の光に彼の金髪が光ってすっごく綺麗。

ガウリイもリナを見て、月の光のなかで微笑む彼女に見とれていた。
いとおしすぎて、言葉にできない。
大切すぎて、束縛できない。
ただ側にいたい。守ってやりたい。

二人、いつのまにか座り込み、リナはルーンオーブを
ガウリイはそんなリナを、飽きずに見つめていた。
二人を照らす月の光は、この夜、いつもより温かかった。



*****

後書き:前書きでの、本気のリナとガウリイではどちらの主張がとおるだろうということ、アキの意見、ガウリイはリナの身の安全のためなら手段を選ばない。でも、それでリナを止めることはできない、したくないと思ってるから結局リナの思うようにさせ、自分はフォローにまわる。と考えました。さて、楽しんでいただけたなら嬉しいな♪

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