「見えない未来(あした)、気づかない現在(いま)」

 

永遠なんて、そんじょそこらに転がっているものではない。
全ては変わっていくのだし。
たった一日先の未来でも、自分が今と少し違っていることだってある。

それでも思いわずらうことなかれ。
なるようにしかならない。
この道がどこまで続いているかわからなくても、日々歩いていくことはできる。

・・・だから。

ほんのすこし先の未来すら、考えたこともなかったのはこのあたし。
その時は全く見えていなかったのだ。
目に写るもの以外の大事なことが、すぐそばにあることに。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「で、この先の村で何をすればいいんだっけ?」
山間の道を下りながら、後ろからのんびりついてくるガウリイがのたまった。
あたしはぴたりと足を止める。
「・・・まさかと思うけど・・・。依頼の内容、聞いてなかったとか・・・?」
下は枯れ葉で埋め尽くされている。
ちょっと気を抜けば、そのまま下に転がりかねない山道。
ぴりっとした空気が伝わったのか、ガウリイが慌てて手を振る気配がする。
「いっ・・いや、聞いてたっ!聞いてたぞっ!
・・・ただ、覚えてないだけで・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」

つま先を支点にして、くるりと振り向く。
ここから先、何が始まるかはいつもの通り。

「ほほおぅ・・・・。
とするとあなたは、行き先仕事の内容も全て、このあたしに任せて下さると。
・・・そういうわけね?」
腰に両手を当て、目を半開きにして見上げる。
下り坂ということもあって、相手は雲をつく大男にも見える。
その大男が、ぎちっとその場で固まっていた。
「え・・・・・。」
「なるほどなるほど。
いや〜〜〜、いっぱしの男にはなかなかできない判断だと思うわ。
御立派御立派。」
首を振り振り、感心した様子のあたしにガウリイが慌て始める。
「え・・・いや・・・・・」
「そこまでこのあたしに全てを委ねて下さるとは!
このリナ=インバース、心から光栄に思うわ
これからは誠心誠意、あなたに最適な仕事を選ばせていただくわね♪」
「あ・・・あの・・・リ・・・リナ・・・?」
おたおたするガウリイ。
「な・・・なんか、怒ってないか・・・?」
いいえええええ????そんなこと、滅相もなくてよ・・・?
怒るどころか、喜ばしいことじゃないの。」

人さし指を振り振り、立ち尽くすガウリイの周りを回る。
「常々、あなたの潜在能力を万全に生かせてないことを、非常に残念に思っていたのよ。
あなたはまだまだやれるわ。
使えるのが剣の腕だけじゃないところを、みんなに見せてやりましょう。」
「・・・・へ・・・・?」
「例えばこの髪。もーちょっと手を入れて、こう、丹念に仕上げれば・・・。」
髪を指で掬い、ちょっと持ち上げてみたりする。
「え、え???」
「それから体型。高度なテクニックを要するけど、それはその道のプロに任せれば・・・。」
ぺたぺたと背中から腰回りを触ってみる。
「い・・・一体何の話を・・・」
戸惑うガウリイの腕と腰の間から、あたしはひょいと顔を出してにっこり。
「大丈夫。ま〜かせて。ドレスは特注ね。」
「ド!?!?!?」
「メイクは、は〜〜い、あたしやりまーーーす♪
いやーーー、楽しくなりそーね、ガウリイちゃん♪
お店のナンバーワン目指して、一緒にがんばりましょーねっ♪♪
目指せ夢の高給取りっ!!
ガウリイの腕を左手で抱き、右手を天に向けてガッツポーズ。
「おいっっ!!!!」

さすがに話がわかったのか、ガウリイが腕を振り放す。
「おまいなっ!!!」
「あら、嫌なの?」
「当たり前だろっっ!!ったく、何を言い出すかと思ったら・・・」
「いい話だと思ったのに・・・・。」
「どこがだっっ!!!」
「高給取りってとこ。あ、ガウリイにはちゃんと十分の一分け前払うからねっ♪」
「おい・・・・」

ぷくくくく、と笑って、あたしはガウリイの正面に立つ。
いつものボケにただツッコむだけじゃ面白くない。
いつもはひょうひょうとしているガウリイをからかって、慌てるところを見るのが楽しいのである。
どーもこの話題は本人心底嫌だったらしい。
めもめも。

「とまあ、世の中油断は禁物ってことよ。
全部あたしに任せてると、そーいうことになっても知らないわよ?」
とんっと胸をついてやると、ガウリイが嫌そうな顔で青ざめる。
「お・・・おそろしい・・・・」
ホントにこれであたしより年上の、大人の男なんだろーか。
と、時々疑いたくなる自称保護者殿。
「あたしに会うまでは、仮にもちゃんと一人で旅をしてたんでしょ。
その時はどーやってたのよ?」
「いやあ・・・それが・・・よく思い出せなくて・・・。」
かりかりと頭をかいて、ガウリイが情けない顔で笑う。
「全く。」
あたしは深々とため息をついた。
くるりと背を向け、両腕を広げて歩き出す。
「もーいーわ。これからもっかい説明するから。
しっかし、あたしがいなくなったらどーすんのよ、あんた。
生きていかれるの?それで・・・・」

ずるっ!!

「んぎゃっ!?」
足下がいきなり滑り、あたしはもろにのけぞった。
どさっ!
間一髪、差し出された腕の間に倒れこむ。
「あっぶな〜〜〜・・・あ、ありが・・・」

ぎゅっ・・・

お礼を言おうとして。
言えなかった。
支えてくれた腕に。
急に力がこもったように感じられたから。
「・・・・・・」

ざぁああああっ・・・・・

風が吹き、足下の枯れ葉を谷へと吹き流していく。
あたしの髪が吹かれて乱れるように。
あたしを後ろから抱いているガウリイの長い髪も、また。
乱れ、混じり、同じ方向へと流れていく。

ガウリイの腕は、あたしの胸のすぐ下を押さえつけるようにしていて。
まるで後ろから、抱きしめられているような気がして。

どきんっ・・・

心臓が、飛び出そうとしているかのように一つ大きく跳ねる。
動くに動けない。
背中に、後ろ頭に、感じるガウリイの体温。

「リナ・・・・」

呟いた声は、驚くほど耳の近くから聞こえて。
それだけであたしは、飛び上がりたくなる衝動を抑える。
「っな・・・なに・・・?」
「・・・気をつけろよな・・・。」
「うっ・・・うんうんうん、き、気をつけるわっ。」
バカみたいにこくこくと頷き、それしかできないあたし。
「リナ・・・」
「な、なにっ!?
声がひっくり返ってしまう。
慌ててるのは、今度はあたしの方だった。
そのあたしに、ガウリイがこんな言葉を呟いた。
「・・・お前・・・・この先・・・・
いなくなる予定でもあるのか・・・?」
「・・・・え・・・・・・」

ざぁあああああっ・・・・

ひときわ強く風が吹いた。
煽られた髪が作る影の中に、あたしはすっぽり収まってしまう。
風が強すぎて。
今の言葉の意味を考えようとして、できなくて。

続きを聞こうとしてそばだてた耳に、別の声が突然響き渡った。

ギャァアアアアッッッ!!!

確かに人間の悲鳴だった。
ガウリイが腕を解き、一早く駆け出す。
「!」
あたしははやる胸を抑え、翔風界の呪文を唱える。
「こっちの方が早いわ!つかまって!」
ガウリイに追いつき、後ろから抱きかかえる。
空を駆けて、村へ。

その村では、アンデッドモンスターが出没するという噂だった。
その噂の真偽を確かめることが、今回受けた依頼の内容だったのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


歩いて半日の距離を、一気に飛び越える。
村は思っていたより大きく、まとまった建物の集落が見えた。
中央にある広場らしき場所に降り立つ。

「一体、何が・・・」
「リナ!あれだ!」
ガウリイが指差した辺りから、転がるように逃げ出す村人と、それを追うモンスターが飛び出してきた。
死霊騎士。デュラハン。
頭のない甲冑騎士の姿をして、剣を振り回すアンデッドだ。
恐ろしく大きな黒い軍馬にまたがっている。
「噂は本当だったみたいね・・・!」
「あれを倒せばいいんだな!?」
「そうよっ!依頼は調査だけだったけど、見つけたら倒すのも条件に含まれてるわ!
ちゃっちゃとやっつけちゃいましょ!」
「・・そう簡単でもなさそうだけどな・・!」
背中の剣を抜いて、ガウリイが周囲を見回した。
建物の崩れる音や、村人のあげる悲鳴は、今やそこかしこで沸き起こっていた。




ゴガシャァッッッ!!!

「一体どーなってんのよ、この村はっっ!!」
特大の氷の矢(フリーズアロー)を放ちながら、あたしは叫んだ。
話に聞いていたのとは全然違ったからだ。
アンデッドが出没するという噂。
それも数体のスケルトンとゾンビという程度。
だが、モンスターは村のあらゆる場所に出現していた。
「全くだ!後から後へと・・・っ!」
タタッ!
足下が凍り付いて動けない数体の死霊騎士に走りより、ガウリイが斬妖剣を一閃させる。

バシュッ!

もう一閃。

バシュッッ!!

グギャァアアアアアアアアアッッ!!!

苦鳴を上げて一気に四体が倒れ込む。
村に到着してから、小一時間が経とうとしていた。

「なんかっ・・・こう、ぱっとやっつける派手なのないのかよ?」
振り返ったガウリイが焦った声を出す。
彼はすでに二桁のスケルトンとゾンビを倒していた。
あたしは軽く首を振る。
「ダメよっ、こんなところじゃ!
炎系も爆裂系も使えないし、面倒でも一体ずつ倒していくしかないわ!」
「・・・仕方ないかっ!」
倒れた死霊騎士の体を飛び越え、あたし達は建物の角を曲がる。
通りの向こう側にいたのは、なんとレッサーデーモンだった。

ヴォッヴォッヴォッ!!!


開いた口から、炎の矢を吐き出してきた!
「!」
あたしが身を隠すより早く、ガウリイが前に出る。
シュァッッ!!!!

片手に持った剣を回転させ、炎を薙ぎ払う。
普通の剣、普通の腕ではできない荒技だ。
「さっすが!」
「感心してるヒマないぞ、リナ!今のうちだ!」
「わぁってるわよ!
獣王牙操弾(ゼラス・ブリッド)っっ!!!!」

手のひらから生み出した光の帯が、しなる鞭のように相手に向かっていく。
「っっと!」
あたしはそれにアレンジを加えた。
手の動きに合わせて帯を操る。
また炎を吐き出そうとしたデーモンを口から切り払い、さらにその後ろに隠れていたもう一体を切り裂く。

ドオッ!!!

二体が重なるようにして倒れた。
見ていたガウリイが、ぴゅうっと口笛を吹く。
「さすがだな。」
「感心してるヒマないわよ、ガウリイ!」
「わかって・・・」
同じ会話の繰り返しが、そこで途絶えた。

ゴガァッッッ!!!!

突然、建物の壁が吹き飛んだ。
「!」
防御結界を張るヒマもなく、吹っ飛ばされる。

ドドドドドッ!!!

 


「・・ったた・・・」
衝撃から立ち直ると、あたしは目を開いた。
辺りに崩れた石の山ができている。
どうやら隣の建物の中まで飛ばされたらしい。
だが不思議なことに、その割に体が痛くない。
「・・・っ!?」
それもそのはずだった。
あたしの下敷きになるようにして、ガウリイが倒れていた。
腕があたしの腰に回っているところを見ると、咄嗟にかばったらしい。
「ガ・・・」
意識を失っているのか、彼はぴくりとも動かない。
「ガウリイっ!」

ガァアアアアッッッ!!!

背後で叫び声。
瓦礫を乗り越えて、新たなデーモンが迫ってきた!
「・・・のっ!黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!!!

あたしは振り向きざま、呪文を放つ。
デーモンは黒い球体に包まれると、それ以上叫ぶこともできずに塵と化した。
それを見届ける間も惜しんで、倒れたガウリイに声をかける
「ガウリイ!・・・ガウリイっ?」
だが、反応はない。

・・・まさか。
嫌な予感が背中を駆け上がる。


目に飛び込んでくる、叩き付けられた床に広がる赤いもの。
意識を失うほどの、深傷。
「ガウリイっ・・・!」

『あたしがいなくなったら、どーすんのよ?』
『いなくなる予定でもあるのか・・・?』

ほんの少し前に交わした会話が、氷の破片のように胸に突き刺さる。
あんなこと、言うんじゃなかった。
悪い言葉は時として、悪い未来を引き寄せることがある。
いなくなるなんて、嫌な言葉。
あたしじゃなくて、ガウリイがいなくなる場合だってあるんだ・・・・
「・・・・っ!」
あたしは急いで首を振り、右手で強く自分の頬をひっぱたいた。
今はそんなことを考えている場合じゃない!

リカバリィをかけたら・・・。
その魔法は、本人の体力を奪う結果になるので重傷には使えない。
さらに高度な治癒魔法であるリザレクションをかけるか、魔法医に見せるかだ。
残念なことに、あたしにリザレクションは使えない。
誰か、使える人間がいる場所までガウリイを連れて行くしかない。
モンスターの出没する村を・・・・

「くっ・・・」
覚悟して、立ち上がった時だった。
足下から、静かな声がした。
「後ろだ、リナ。」
「!」

ドガァアッッ!!!

あたし達が倒れこんだ建物の反対側の壁が崩れた。
その向こうに、火矢を口から放とうとしているデーモン!

「結破冷弾(ライブリム)!」

短い詠唱で済む呪文をまず放ち、相手の行動力を奪った上で破壊度の高い呪文を放つ。

「覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)!!!」

魔族をも凍らせる魔力の氷によって、デーモンは大きな氷の塊と化す。
のち、霧散。

「・・・ふうっ」
思わずため息をつき、あたしはしゃがみこむ。
短時間のうちに、かなりの高度呪文を連続で使ったせいで体が重かった。
・・・・それより。

「よく気がついたわね。あたしには、何の脅威も感じられなかったわよ。」
そう言うと、ガウリイがうっすらと目を開けた。
「・・・気配には、敏感なほうでね・・・。」
「知ってる。」
あたしはにこりと笑って、心の底からほっとしたのをごまかした。
声を聞くだけで、冷えた背中がほのぼのと暖まってくる。
「どこが痛む・・って感じじゃないわね。」
「・・・っ、大丈夫だ・・・」
意識は戻ったが、安心はできない。
顔は蒼白、眉がぎゅっと絞られ、額に脂汗が浮かんでいる。
「もう喋らないで。とにかく安全な場所まで移動・・・。」

フゥゥゥッ・・・

 

辺りが急に暗くなった気がして、暖まったはずの背筋がぞくりとした。
視界の隅を、するすると影が動いている。
「ゴースト・・・!」
普段ならば歯牙にもかけないところだが、ガウリイは傷を負っている。
怪我人や重病患者にとりついて弱らせ、死にいたらしめることもあるのだ。
「・・っ!」
どうすればこの場を・・・

 

「浄化結界(ホーリィ・ブレス)!」

 

突然、瓦礫の上から澄んだ高い声が響き渡った。
「!」
辺りが真っ白い光に包まれ、一瞬何も見えなくなる。

パァアアアアッッッ・・・!

「・・・・!」
ようやく視力を取り戻したころには、村全体に奇妙な静けさが訪れていた。
一帯を包んだ浄化の光によって、全てのアンデッドモンスターが消されたからだ。
「この呪文は・・・!!」

ガラガラガラッ・・・
ドスンッ!

高いところから何かが転げ落ちる音に続いて、衣服をぱたぱたとはたく音がした。
続いて聞こえたのは、呪文を唱えた時と同じ、聞き覚えのある声。
「ひさしぶりねっ、リナ!」
「あ・・・アメリア!?
額をさすりつつ現れたのは、かつての旅仲間。
セイルーンの王女であり巫女であるアメリアの姿だった。












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