2

 

 六歳の時。両親が死んだ。

 死因はそれほど珍しいことではない。飛行機事故より確率が高く、しかもこの現代ではあまりにありふれているので、ニュースにもならない。

 つまり、自動車事故で死んだのだ。彼を学校まで迎えに行く途中だった。

 後部に貨物をたっぷりと積み、空港までの道のりを急いでいた、大型トラックの運転手の、ちょっとした確認ミス。交差点で右折しようとして、二車線の向こう側を直進していたクーペに気がつかなかった。

 両親は即死だった。

 

 葬儀と一切の後片付けが終った後。彼を引き取ったのは、シカゴに住む祖父母だった。祖母はアイルランドの血が入っており、料理が好きでタルトタタンを焼くのが上手だった。祖父は心臓を患っていた。

 ある日の午後、彼は一ブロック先の友達の家に遊びに出かけた。戻ってみると、祖母がキッチンで倒れていた。

 原因は、漏電したコーヒーメーカーだった。

 電話の傍には、祖父も倒れていた。911に電話した後、心臓の発作に見舞われたのだ。レスキュー隊員は彼のすぐ後に到着したが、どちらも手遅れだった。

 彼は十歳になっていた。

 

 次に彼を引き取ったのは、カリフォルニア州バーストゥに住む父親の兄夫婦だった。叔父と叔母には同じ年齢の子供が一人おり、どうやら彼は突然の同居にいらついているようだった。事あるごとに大した理由もなく突っかかってきたが、ガウリイはある理由からただ耐えた。

 だが、思ったよりも短い期間でそれは終わった。両親の死から9年。今度はもう少し確率の低い事故が起きたのだ。

 カリブに向かう国際線の飛行機が離陸に失敗し、滑走路の端に頭から突っ込み、爆発炎上した。助かったのはほんの一握りの幸運な乗客だけだった。彼の叔母と叔父、従兄弟は、その中に含まれなかった。

 彼は留守番だった。そして一五の歳を数えていた。

 

 ・・・・9年。

 9年で7人が死んだ。

 ガブリエフ家の呪いだ、とガウリイは思った。

 

 

 

 涸れ谷は、奇妙な静けさに包まれていた。

 ふとガウリイは、その静けさが、平穏ゆえのものではないことに気がついた。すべてが、息を殺して気配を絶っている。そんな風に思い始めたのだ。

 ・・・こんな場所で何をバカなことを。

 ガウリイは苦笑する。

 既に見るべきものは見、見るべきでないものも見続けた彼にとって、恐怖を覚えることはほとんどなかった。死の危険と隣り合わせの任地から、彼は部隊の中でたった一人、かすり傷だけで生還したと言うのに。その頃の彼を生き延びさせたのは、何だったのだろうか。

 銃撃の音も、空を覆う熱風と轟音を伴う重ヘリの接近もなく、目に見えない細菌や、ガスに怯えることもない、平和な市街地で。

 ただ人を殺してみたかったという理由にもならない理由のために。全身に150箇所あまりの刺し傷を受けて、ショックと失血で人はかけがえのない命を落としたのだ。

 

 ・・・・・・すべてがバカバカしく。

 人生とは楽しむものではなく、ただ通り過ぎるだけのものだった。

 恐怖を覚えなくなった時。人は生きている感覚すら失う。

 今のガウリイがまさにそれだった。

 

 

 くぅぉおおおおおおおおおおおぅぅぅぅっぅぅ・・・・

 

 

 突然、涸れ谷中に響き渡ったのは、まるで、遠くの高速道路を走る16気筒のエンジン音のようだった。

 

 こぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおあああああああ・・・・

 

 違った。

 背筋を冷たいものが駆け抜ける。気がつくと、ガウリイは岩の上に立ち上がっていた。何かが変だ。

 びりびりと震える空気、さっきまで異様な静けさを守っていた周囲が、一斉にざわめき出した気がする。

 と、潅木の茂みが揺れ、小さな茶色いものが飛び出してきた。よく見えないうちにそれはガウリイの足元をすり抜け、まっしぐらに駆け抜ける。次の瞬間には、崖から飛び降りていた。それは地リスだった。

 風が止まったのに、どこかでざわざわと茂みの揺れる音がまた聞こえる。だがそれ以外は痛い程に静かだ。

 ガウリイは悟った。

 この涸れ谷に充満する、一つの感情を。