ざわざわと賑やかな食堂の片隅で、リナ達一行はテーブルを囲んでいた。
リナの隣では、幸せそうに腹をさするガウリイ、額に皺をよせてコーヒーをすするゼルガディス、デザートをまだつついているアメリアが並ぶ。
そこに、仲良し四人組に含まれないメンバーが一人。
ふわふわと広がる金髪に愛らしい顔の、はたちそこそこの若い娘である。
「で、人を探してほしいって話だったわよね。」
リナが話を切り出すと、若い娘はごくりと唾を飲み込んでテーブルを見渡した。
視線の先に気づき、リナが慌ててパタパタと手を振る。
「あ、気にしないでっっ!
いつもはこんなんじゃないのよっ?ほら、ちょっと忙しかったから、まともにご飯食べてなくてv」
「そ……そうなんですか?」
うず高く積まれた皿を不安気に見上げた娘は、ハンカチで口をおさえていた。
「そ、そうそうっ!で、依頼の話をしましょう!探してほしいのは誰なの?」
リナは手早く店員を呼んで、皿を片付けさせる。
「探していただきたいのは、私の婚約者なんです。」
娘はすみれ色の瞳を潤ませて話し出した。
「昨日のお昼まで一緒でした。ところが今朝になったら、どこにも見当たらないんです。」
「今朝………ねえ。」リナが首を傾げる。
「今はお昼よね。まだそんなに時間が経ってないじゃない?心当たりの場所は探したの?」
「家にも行ったんですが、確かに早くから出かけたと言うんです。
でも約束の場所に現れなかったし……。」
「約束って、デートですかっ?」アメリアが目を輝かせる。
「くだらん。」ゼルガディスが一刀両断する。
「たかが待ち合わせに遅れたくらいで。
おおかたその辺をうろついてるか、でなければ心変わりしたって場合もあるだろう。」
「…………!」
娘がわっとハンカチに顔を伏せる。
慌てて取りなすリナ。
「あ、や、やだ、冗談よ、ねっ?
あの苦虫噛み潰したようなやつ、ちょっと口が悪くてっ!
でも、悪気はないのよ、悪気は!ねっ、ゼル!?」
「誰が苦虫噛み潰したようなやつ…………うがっ!!」
途端にゼルガディスが脛を抱えて呻き出す。
が、リナは何事もなかったように、にっこりと娘に顔を向ける。
「ね、悪かったって、あの通り頭を下げて謝ってるから。で、話を続けて?
待ち合わせの場所って?」
その隣では、ガウリイがしきりに首をかしげ、リナの足を見下ろしていた。
「………こんなにちっちゃいのに、何で足が届くんだろう。」
「…………!あんたも!!レディの足をしげしげと見るんじゃあないっつーの!!」
がいんっ!!
「はぐっ!!」
今や、男性が二人とも脛を抱えて呻くこととなった。
ますます不安気な顔になった娘は、おそるおそるリナを見上げる。
「あの……本当にこんなこと、お願いしても良かったんでしょうか?」
「んなっ?なに言ってんのよ、当たり前じゃないっ!!」
リナはがしっとばかりに娘の手を両手でつかみ、真剣な顔をする。
「言っておきますけど、引き受けた依頼を理由もなくキャンセルしたことなんか、ただの一度もないわっ!!せっかく掴んだメシのタネ、いやもとい、久々の獲物、じゃあなくってカモ、あ、違った、え〜とその」
「リナさん、泥沼です………。」
「そうだ、依頼、依頼はちゃんとこなしますとも!で、待ち合わせの場所って?」
「…………それが………」
「うんうん?」
「教会なんです。……私が心配しているのは、
実は今朝、そこで二人っきりで式を挙げることになっていたからなんです………。」
「ええええええ!!!」
「ぬわんですって!!」
がたがたがたんっ!
リナとアメリアが突然立ち上がったので、食堂中がぴたりと静かになった。
すぐ隣のテーブルで深刻そうに話をしていた一団も、話を止め、びっくりした顔で二人を見比べている。
「あ………あははははは。」
二人は揃って頭をかき、慌てて腰を下ろす。
食堂はほんのしばらくの間、静けさを保っていたが、すぐに元のざわめきに戻った。
隣のテーブルでも会話が再開される。
「それは大変だわ!!じゃあ式が挙げられないじゃない!」
リナが顔を寄せるようにして依頼人をのぞきこむ。
「教会でいくら待っても彼は現れなくて………。私、どうしたらいいか………。」
娘は途方に暮れていた。
「もしかしたら、あちらの方の言った通り、急に心変わりしたりして………。
私と結婚したくなくなったのかも…………うっ………」
ぎっ!
涙にかきくれる娘の前で、リナがゼルガディスをにらみつける。
ゼル、じと汗。
「で、でも、昨日までは何ともなかったんでしょう?」
助け舟を出すアメリア。
「様子がおかしかったとか、何か置き手紙とかあったわけじゃないんですよね?」
「ええ………。それで何も手がかりがなくて、もうどうしたら………。
街の人に尋ねたら、それらしい人が花束を持って教会に向かったって聞いて………。
てっきり彼も着いているものと思ったんですけど………。」
「う〜ん、教会に向かったってことは確かなのね。
考えたくはないけど、何か事件に巻き込まれたって可能性もなくもないわ。
とりあえず、時間的に街から遠く離れてはいなさそうだし。
手分けして探してみましょう。いいわね、みんな?」
「はいっ!!」元気良く手を挙げるアメリア。
「う〜〜〜〜〜」
「う〜〜〜〜〜」うめき声で返す男性軍。
「で、あなたの婚約者の特徴は?」
「はい。」
娘もようやく落ち着いて、指折り数えて話し出した。
「まず黒髪で、あ、髪は短くてこざっぱりしていて。」
「ふむふむ、黒髪で短いっと。」
「鼻筋がすうっと通っていて、高すぎず低すぎず。」
「ふむふむ」
「頬骨が高くて、肌が健康的に日焼けしていて、唇は少し薄いけど大きくはなくて」
「………で?」
「瞳は綺麗なグリーンで、ほら、なんて言うんですか、春の草原にたなびく若葉のよう?」
娘はだんだんうっとりしてきた。
「……………はあ。」
「それでもって眉毛がきりっとしてて、あの目で見つめられたらもうv」
「…………あの…………もう少しその………
わかりやすい特徴を話してもらえると有り難いんですけど………」
さすがにうんざりしてきたリナが低い声で呟く。
「あ、やだ、ごめんなさい〜vこれじゃノロケですよね、きゃっv」
「……………………………」
「リナさん、おさえておさえて!どうどう!」
「あたしゃ馬かいっ!!で、何か目印になるようなものはないのかしらっ?」
「目印、ですか…………。」
娘が顎に指を当てて長考の気配。
リナは目を半開きにし、どっかりと自分の椅子に戻る。
背後の喧噪に耳を澄ませていると、隣のテーブルでもどうやら仕事の話をしているようだった。
断片が耳に入ってくる。
『ええ………今朝突然に………。僕はもうどうしたら………』
…………今朝?
おやと思って振り返ると、そこに黒髪の男性が座っていた。
髪も短い。鼻筋も通っている。
確かに目も明るい緑だ。
だが、何といっていいかその。
金髪の美人がうっとりと語るような顔ではなかった。
おまけに耳からぶらさがっているのは、ドクロのピアス。
………………はっきり言って趣味悪。
リナが視線を戻すと、依頼人が手を打って顔を輝かせた。
「あ、これなら目印になるかも!
あの人、耳にドクロのピアスをぶらさげているんです!オシャレでしょう!」
づがた〜〜〜んんっっっ!!
「リナさんっ!?どうしたんですかっ!?」
脛を抱えていたガウリイは、慌てて椅子から降りて、椅子から転げ落ちたリナを覗き込む。
「お、おい、リナっ!!大丈夫か、頭打たなかったか??」
「うし、うし、うし」
「あああっ!やっぱり頭打ってるっ!!」
「ちっが〜〜〜〜うっっっ!!後ろっ!!後ろのテーブル!!
特徴とぴったしこんの男がいんのよっっ!!」
「なにっ!?」
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